勒の章-1
「シオンくん、シオンくん、シオンくん!!」
名を呼び、明らかに返事をするはずのないものを揺するルカ。シランが見ていられなくなって、彼女の肩に手を置く。
弾かれたように振り向いた彼女は潤んだ瞳でシランを見上げた。
「シラン、どうしよう? シオンくんが動かない。シオンくんが、シオンくんが」
「ルカ」
シランは眼鏡の奥から真っ直ぐルカの瞳を射抜いた。
「シオンは死んでる」
きっぱりと事実を述べる。ルカは凍りついた目で自分の手とシオンを見下ろす。鮮やかな赤に染まった、自分とシオン。シオンの腹部からその赤は溢れていて、その中は赤いだけで何もない。耳を澄まさなくてもいつも聞こえる心音も、ない。
「あ、あ……あああああっ!!」
ルカは泣き叫んだ。シランはすがってくる彼女の頭を抱き、優しく撫でた。
そんな一方でシランは職員室に目を走らせる。もう教師は来ているだろうか。昇降口は開いているようだし、職員室の明かりも点いているから、誰かいてもおかしくはないが。それより誰か通ってくれないだろうか。
祈ったところで望んだとおりになるはずもなく、シランは泣き止まないルカを懸命に宥め、声をかけてから大人を探しに立った。
職員室に駆け込むと、男の先生と事務の人がいた。
二人に状況を説明し、事務員が救急車を、教師が現場に確認となり、シランは教師を案内する。
昇降口に戻ると、ルカはシオンを抱えて血まみれのままでいた。シランが戻ってきた足音に反応してか、ゆらりとこちらに振り向く。
「な、君、大丈夫か!?」
教師が血まみれのルカに驚いて叫ぶ。ルカはびくりと肩を跳ね上げ、反射的に耳を塞ぐ。
「混乱しているのはわかるが、状況を教えてくれ」
教師は大きな声のままルカに語りかける。ルカは怯えきって応じない。シランが間に入った。
「先生、彼女は耳が敏感なんです。俺が説明しますから……ルカ、俺が戻ってくるまで、他に誰も来なかった?」
シランが優しく問いかけると、しばらくぽかんとしていたルカははっとして告げる。
「女の人、いなかった?」
何故か疑問形で返され、シランたちが首を傾げる。
「女の人が通ってったってこと?」
「ううん。シオンくんが倒れてきたとき、歌声が……女の先生かな?」
「まだ女の先生は来ていないぞ。大人は先生と事務員さんだけだ」
事務員が男であるのはシランも確認している。
「歌声、ね」
シランが険しく目を細めてルカの言葉を反復する。それから尋ねた。
「ちなみに、何の歌だった?」
「えっと……からすなぜなくの……だったから"七つの子"」
「っ!?」
シランの表情が驚愕のあまり硬直する。ルカがそれに疑問符を浮かべるが、シランは答えようとはしなかった。
ほどなくして救急車がやってきた。
サイレンの音がぐるぐると耳の中を掻き回して気持ち悪い……耳を塞ぎながら、ルカは空っぽになった自分の手を見つめた。
スカートもブラウスも鮮烈な赤に染まっている。これは全てシオンの血。
シオンは、死んだのだ。