これアレでやったやつだ!!
「今年の福岡県農作物品評会、トマトの部。第一位に選ばれたのは…。」
緊張感あふれる静寂の中、
ステージ上のスーツを着た眼鏡の男はマイクを片手に少し間をとる。
ジリジリと熱のこもった視線が一点へと集まっていた。
「―――星森高校!」
同時にワッとした声が左右から聞こえた。
「ツクル!やったやったよぉ!」
左に座っていた女の子、桃山リンゴは僕の手を掴みブンブンと振った。
僕も興奮気味にその手を強く握り返した。
二人で顔を見合わせ、感動で二の句を継げずに――。
「ツクル、桃山…!うぅ‥お前たちの日頃の…丹精…込めた結果…が出て良かっ…たなぁ…。」
「先生―ッ!」
声がかかった方を見ると、田園先生が涙ながらに僕らを抱擁してこようとしていた。
ガッチリと二人まとめて田園先生の大きな体躯に抱きしめられる。
田園先生は僕らの苦労を知っていたのだろう。
しゃくり上げながらステージの上に向かうように促した。
先頭は先生で僕、リンゴと続きステージに上がった。
「ツクルがトロフィーを貰いなよ!」
リンゴが笑顔でそう言うと、僕をドンと押した。
「え!?――うわぁああああ!」
ステージの上から落ちる僕。
目を覚ますとそこは布団の中だった。
「ツクルー!さっさと学校行かないと遅刻するわよー!」
下の階から母さんの焦らすような声が聞こえた。
どうやら、夢を見ていたらしい――。
僕は髪を手櫛でとき、いそいそと着替えご飯を食べる暇もなくに学校へ向かった。
僕の名前は作物ツクル。
星森高校に通う二年生だ。
子供の頃から花や農作物を育てるのが好きで、入学してからすぐに園芸部に入った。
この高校の園芸部は県内でも有数の園芸部で設備もなかなかなものだ。
騒々しい教室の中、僕は主人公になったように頭のなかで紹介していた。
「はい皆、座れー。」
担任で園芸部顧問の田園先生が皆に席につくように促す。
時計の針はとっくに一時間目の授業が始まる時刻を指していた。
「早速だがテストを返すぞー。出席番号一番から取りに来い。」
田園先生の呼びかけで一番から続々と席を立ち、向かい、受け取り、また席に座る。
十三番の僕の番が来て、田園先生から同じように受け取った。
「ツクルはもうちょっと頑張ったほうが良いな。」
僕は点数を見る。――46点だ。
席に戻り、採点にミスがないか確認していると
隣の席で幼なじみのサッカー部、大空シンゴが肩をポンと叩いてきた。
「ようツクル。お前何点だった?」
そう言いながらシンゴは自分の答案をペラリと見せた。――86点。
「え!?僕といつも変わらない点数だったシンゴがなんで!?」
「最近親に言われて塾に行きだしたおかげかなぁ?――にしてもお前46点って…。」
僕の疑問に答えながら、半ば呆れたように僕の顔をみて溜息をつくシンゴ。
「でも僕は園芸部で忙しいから、塾なんて時間かかるし嫌だよ。」
「お前なぁ・・・もうすぐ三年になるんだし、もう受験のスタートラインは超えてるんだぜ?」
そういうとシンゴは参考書を取り出し、間違えた場所の復習を始めた。
いつもと何か違う違和感を覚えた僕はシンゴに尋ねる。
「そういえばサッカーの練習着はどうしたの?」
「ああ、部活は週三で出るようにした。監督にも話してあるから大丈夫だよ。
そんなことは心配しなくていいから、お前はお前の心配しろ。」
そう笑って言うシンゴに、僕は苦笑いで応えるしかなかった。
「あ、ツクル。今から部活?」
ビニールハウスに向かう途中、リンゴにばったり会った。
「そうだよ。リンゴも今から?」
「うん。そういえば聞いた!?シンゴの話!」
僕とシンゴだけではなくリンゴは幼なじみだ。
僕たちはシンゴのことをあーだこーだと言いながらビニールハウスに向かった。
「もうすぐ三年生も卒業して、お前たちが最学年になる。」
着いて早々に耳に入るのは顧問の田園先生のお言葉だ。
「だが学生の本分はあくまでも、勉強だ。」
二年生を中心にざわざわとした波紋が広がる。
パンパンッと手を叩く音が聞こえた。
どうやら静かにしろ、まだ話の続きがある。ということだろう。
「なので今回のテストの点が悪かった者は勉強を優先するように。」
僕はその言葉を理解するのに時間がかかった。
理解したくなかったからだろう。
僕が青い顔をしていると、隣のリンゴが心配そうに声をかけてきた。
「え?点数そんなに悪かったの?」
僕が46点だったと蚊の鳴くような声でつぶやくとリンゴは驚いたようだ。
「今回のテストってそんなに難しくなかったよ?」
僕はすがるような気持ちで、リンゴにどんな勉強の仕方をしているのか尋ねた。
待ってましたと言わんばかりに笑顔になったリンゴは鞄から何かを取り出した。
「じゃーん!これ知ってる?」
「え?これって―――。ああいつも届いたら、漫画だけ読んで捨ててるやつだ。」
僕の答えが不満だったのかプクーっと膨れるリンゴ。
僕が冗談だよと付け足すと、もーって可愛らしい怒り方をした後、語りだした。
「私ね、これ始めたの。今まで家に帰って勉強の復習とかしてたら
全然家での時間がなくて困ってたんだけど、
これを始めてから庭で家庭菜園とベランダでプランター栽培を本格的に始めることが出来たの。」
そういうリンゴに僕はとても驚いた。
前にリンゴは部活で園芸をして、家に帰って復習をしてたら
大切に育てていたクリサンセマム・ムルチコーレやガーデンシクラメンを枯らしてしまったと
とても嘆いていたのを思い出したのだ。
「相談になら乗るよ!これやってみない?」
話している内に、田園先生から僕は勉強するようにと追い出されたのだった。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
お母さんといつも通りのやりとりをして二階にある自室にあがろうとする。
「あら今日は早かったわね。あとテストが返って来てるんじゃない?見せなさい。」
弁明の余地も工作の機会もなく、僕の手元を離れていってしまう答案用紙。
怒られる前に自室に逃げ込もうとした僕であったが
「うーん。あの子も塾に行かせたほうがいいのかしら?」
そう独り言をつぶやくお母さんに僕は戦々恐々し、自室に立てこもった。
鞄を床に置き、体をベッドへと放り投げる。
今はただゆっくりと次に何を育てようか考えたい。
そう思いながらふと机の上に目を運ぶと何か封筒のようなものが置いてあった。
僕は起き上がり、それを手に取る。
「これって――リンゴが言ってたやつか。」
放課後にリンゴが熱く語っていたのを思い出し、封筒をハサミで切り中身を確認する。
「なになに?【一日三十分で楽々マスターできる】?」
「【リズムで英単語をスラスラ君】だって?」
気付けば時刻は17時を刺しており、外はすっかりと赤みがかっていた。
「これなら僕にも出来そうだ。」
そう思うやいなや、部屋を飛び出しリビングへと向かった。
「お母さん!僕これやりたいんだ!」
出会った直後、先制攻撃のように口火を切る。
「これって…あんたどうせすぐやめちゃうでしょ…。」
「今回は違うよ。【一日三十分で楽々にマスターできる】なら僕だって出来そうなんだ!」
「ふーん。あんたがそう熱くなるのも珍しいわね。なにか企んでる?」
お母さんは舐めるように僕を見渡した。
「え、リ…リンゴもやってるっていうし、ただこれなら僕も出来そうだなって思っただけだよ。」
「なるほど。そういうこと。わかったお父さんには言っといてあげる。」
「ありがとうお母さん!」
こうして僕はリンゴが進めてくれたこれを始めることになった。
―数日後―
部活に出ると先生からまた怒られそうなので帰宅する。
しかし別段落ち込んでいるわけではない。
今日は着いてるのではないかという好奇心から家へと向かう足取りも軽やかだ。
「ただいまー。」
「おかえり。――あーあんたになにか届いてたわよ。」
「どこに置いてるの!?」
僕は食いつくようにお母さんに問いかける。
「そう焦りなさんな。別に逃げるわけでもないでしょうに。
あんたの部屋の机の上に置いてるわよ。」
お母さんの言葉を途中に僕は自室に向かった。
「なになに?新三年生スタートダッシュ号?」
僕宛に届いたそれにはデカデカとそう書いていた。
僕は中身を確認する。
「こんなに沢山種類が…!よし早速使ってみるぞ!」
―三十分後―
「――っとコレで最後か。」
時計を見る。
時計の長針は円を半周だけ回っていた。
「すごい!本当に三十分で出来た!」
嬉々とする僕に階下から声がかかる。
お母さんの声だ。
「ツクルー!そろそろご飯だから降りて来なさい。」
僕の頭はもう植物のことを考えていた。
「おはようツクル!始めたんだって?」
斜向かいの家からちょうどリンゴが出てきて一緒に登校することになった。
「そういえば英語の小テスト今日あるんだよね。」
「私はバッチリだよ?」
僕が浮かない顔をしてるとリンゴは鞄からあるものを取り出した。
「じゃーん!【リズムで英単語をスラスラ君】!」
「そうか、これがあったね!」
僕とリンゴは二人でリズムに乗りながらウッキウキで英単語を勉強したのであった。
「来週から期末テストが始まるから、そろそろ準備しとけよー。」
田園先生の言葉に皆が一斉に不満の声を漏らす。
僕とリンゴは目を合わせてニッコリと笑った。
もう一人の幼なじみはどうだろう?
「シンゴ、顔色悪いけど大丈夫?」
僕は隣の席の幼なじみに声をかけた。
「最近塾の宿題が多くてな。塾自体の時間も長いからちょっと疲れてるんだ。」
僕はシンゴの机の横に目をやる。サッカーの道具はない。
「ああ……サッカーは大学に入るまで辞めることにしたよ…。
どうしても時間がな…。」
「シンゴ…。」
「そんな顔するなよ。よっし!俺は今から塾だからまたな!」
そういってふらつくようにシンゴは下校した。
「さて!私たちは私たちで始めますか!」
元気いっぱいにリンゴがドバっと僕の机に広げてきた。
【見て触って図形マスター】だ。
粘土のように柔らかく、形を作れば体積が出る。
その体積を出すための公式まで別に付いている【math pad】を使えば一発だ。
僕らは遊ぶように勉強を楽しめた。
―試験当日―
配られる答案用紙。
テスト試験官の先生の号令とともに裏返す。
問題を見て、すぐに電撃が走った。
(これ、アレでやったやつだ!)
スムーズに答案用紙を書き描く様は、まさに芸術のようであった。
(ここも!リンドと【見て触って図形マスター】やっててよかった!)
他の生徒がうなりを上げる中、僕は鼻歌交じりに解き見直しまで終えたのだった。
一方…
(これは…確か塾で習ったこの応用を使えば…?)
(くっそ!なんでbがそうなっちまうんだ!)
焦りが焦りをよび、シンゴのほうが今ひとつのようであった。
―数日後―
「それじゃあテストを返すぞ~」
担任の田園先生がそういうとクラスの半分は顔を伏せた。
「今更後悔するくらいなら最初からやっとけっての。それじゃ一番から取りに来い。」
足取り重く一番の浅原が取りに向かう。
僕はというと今までにない会心の出来だった。
いつもは平均45点くらいだけど、今回は相当いってる自信がある。
そうニヤニヤしてると名前が呼ばれたので取りに行く。
「ツクル。お前は魔法でも使ったのか?頑張ったな!」
そう言ってニカっと白い歯を見せる田園先生も嬉しそうだった。
平均点は87点!
「リンゴ!やった!こんな高い平均点とったの初めてだよ!」
戦友に報告すると、駆けつけてきた。
「まだまだ甘いね!私は92だよ。」
「くそぉ。今度は負けないぞ。」
二人で和気あいあいとしていると隣の席のシンゴが話しかけてきた。
「87と92って…お前らいつの間にそんなに勉強したんだよ…。」
シンゴの机の上に広がった答案を平均すると74点であった。
「俺はサッカーまで辞めて…夜遅くまで塾の宿題もして…なんで…。」
悔しそうに涙ぐむシンゴの肩を二人でつかむ。
「「相談になら乗るよ!これやってみない?」」
そして四月。
新入生歓迎会があり、僕は新入部員の前に立つ。
「新入部員のみなさん、僕が部長の作物ツクルです。」
遠くで運動部の声が聴こえる。
これはサッカー部の声だ。あいつも緊張せずに言えてるかな?
「色々なことに悩むこと躓くことも多いとは思いますが
躓いたらそのままにせずまず相談してみましょう。」
横で副部長のリンゴが微笑み頷く。
先生もウンウンと首を縦にふっている。
「学校には仲間が友人がいるのだから。
折角の学校生活、部活。楽しみましょう!」
さあ僕らの学校生活もこれからまたスタートだ!