第②話 あぁ、異世界で勘違い
何匹スライムを倒してもレベルが上がる気配が無い。
その様子は先程から見学していたナンシーピクルスにも、武蔵のステータスは見えないにしろ、一向にスライムへ与えるダメージが増えない事でそれが見てとれていた。
「何なのかしらねぇ……全くレベルが上がらないなんて」
「はぁはぁ……俺にもさっぱりわからん」
折角ギルドに誘ってもらってもレベルが上がらないのでは使いっ走りにか役に立たない。そんな異世界生活なんて真っ平ゴメンだ。
「これはギルメンに相談した方がよさそうね」
ナンシーの言う事ももっともだ。戦闘に使えないにしろギルメンである以上は何かしらの役目を全うしなくてはならないからだ。
だがしかし。
「なぁ、おっさん」
「おっさん言うな!」
「この事は少しの間でいいからギルメンには黙っててくれないかな」
「……気持ちはわかるわ。でもね、今の私達の状況……こんな異世界に閉じ込められた可笑しな状況では仲間との協力が不可欠なの。だから、辛いだろうけどわかって」
ナンシーの俺を諭す理由は分かる。たが、まだ何かが足りないだけの様な気がしてならなかったのだ。
「んじゃ俺もナンシーの中身がオカマなのギルメンに報告する」
「いいでしょう。この事はしばらくの間二人だけの秘密にしておきましょう」
ナンシーはちょろかった。
――取り敢えず朝食をと言う事になりギルドハウスへ引き返す。
――俺は頭上に浮かぶ自身のステータスを眺め、本当に何も上がっていない事にがっかりするばかりだった。
彼らは現世からピーチサーバへログインした事でこの異世界に取り込まれてしまった。そして勿論現世でもその奇怪な事件に手を打っているはずだが、極希に俺の様にピーチサーバへ迷い込む者も居るそうだ。
もしかしてその違いか?
……いやいやいや、俺ってばメディアに飛ばされてここへ強制排出されてるから、その理屈ってば全く関係ないよな。
これはいよいよ本気で考えないと不味いぞ? レベル1なんかじゃ流石にこの世界では生きて行けないだろう。
それにペンドラゴンと同じように周期的に街中にモンスターがポップしようものならNPCの衛兵に守ってもらうとか情け無い状況も考えられるしな……。
「どうしたのだお主、浮かない顔をして。まるでプロットが全く浮かばない漫画家の様な顔をしているぞ?」
朝食のテーブルでしかめっ面の俺に声を掛けてくれたのはアサシンのサムシングエロスさんだった。
「朝からすみません。エロスさん」
「い、いや。構わんのだが、出来ればサムシンとでも呼んでくれると助かる」
そのやり取りにギルメンがクスクスと笑いだし。ポコアポコさんが笑いながら。
「サムシンたらね、キャラネーム入力する時エルスって打ったつもりだったらしいのよ」
「そ、そんな昔の話しは忘れたな」
ふて腐れるサムシンさんに追い打ちを掛けるように。
「そしてね、それに気付いたのがレベル20超えてからで、もう流石に最初っからなんて時間が勿体ないってそのままなのよ」
「それにだ。名前が間違っている事に気付いたのは私だからねぇ~本当にサムシンさんの事となるとネタが尽きないよ」
そう言ったのは犬の使いさんだった。
「ネタが尽きないとか、リアルでネタを散々提供しろと言っても出さない編集が何を言うか。大体私がゲーム始めるって言ってんだから最初は誘ったあんたが私を案内するのが筋ってもんだろうに。それを君はだなぁ」
「あぁ~はいはい分かりましたよ先生。それはここから帰還できたらちゃんと聞きますって」
その会話に不思議に思い。
「あのぉお二人はリアフレか何かですか?」
その問いに犬の使いさんが、よくぞ聞いて下さいました!とばかりに俺の隣の席へ移動してくると。
「いやね、サムシングエロスさんが漫画家さんなのは先日お聞きしましたよね」
「ええ、それは馬車の中で」
「その漫画を出版している担当編集が私なんですよ。しりません?少年とお姉ちゃんって漫画」
そのタイトルを聞いて一瞬固まる。
何故ならその漫画は有名も有名。内容は少年にお姉さんが恋をすると言うショタ斬新な内容の漫画で流行の最先端なのだ……別の意味で。
「おっ顔が赤くなったねぇ。案外あの漫画はエロとドエロの丁度真ん中を突き進んでるからね。いいよいいよ!編集として青少年の反応はこうでなくっちゃ。そう思うでしょ先生。いやサムシンさん」
「ま、まぁ武蔵君の今の表情は……良い、な」
なんかテレてるサムシンさんカワユスなぁ。等と幸せをかみしめていると。
「さてさて皆、朝食も済んだ事だし。今日はレベリングでフィールド狩りに出かけたいんだけどいいかな」
両手を胸に、目を輝かせるポコアポコ。
「貴方は6人でパーティーが組めるのが楽しみなだけでしょう?」
俺のピッさんがそう言ったのには勿論理由がある。
6人でPTを組めば盾職ナイトの真骨頂スキル、パーフェクトシールドの発動が可能なのだ。それがたとえ低レベルの俺が居たとしても変わらず発動できる。
「えへへっ、ばれたか。でもいいでしょ?」
「仕方が無いですね、どうでしょう武蔵君。レベリングすれば貴方のレベルは60程度までは上がるでしょうが、後方で見学って事になるでしょうが……」
「あ、全然いいですよ。是非皆さんの戦い方も見ておきたいですし」
「あはははっ、元虹ギルドの方に見られると思うと少し緊張しますね。ではギルマス、武蔵君の許可も出た事ですし狩りに出かけましょうか」
ヤッホーーーイ! と、はしゃぐポコアポコに気付かれぬ様にナンシーが近づいてくる。
「あんた大丈夫なの? もしレベリングですらレベルが上がらなかったら、あなたのHP150よ? 飛んでくる石ころにすら命の危険があるのに」
「……死んでも生き返るからいいんじゃないかな」
「あんたねぇ。死体を見るこっちの身にもなりなさい」
そう、このペンドラゴン。勿論しんだらホームポイントなのだが、死に至るその死に様はリアル過ぎる程にリアルなのだ。画面上に、モザイクのアイコンが常備されている程に。
――――
――そんなこんなで装備を整えギルドメンバー6人での始めての狩りになった。
狩り場に到着すると、先ずはそれぞれが自分のステータスを確認し、そのステータスに使いよいアイテムを並べていく。
「――ピッピッとこれがここでこれがココっと」
ポコアポコが得意げに自分のアイテム画面を開いて操作をしている姿が、此方から見ればパントマイムをしている様にしか見えず、思わず笑みがこぼれる。
さて、俺もレベル1だけどレベリングに成功すれば60になるし、アイテムの整理だけでもしておくか。そう思いステータス画面を開く。
「えっと、ギルド専用のアイテムBOXを先ずは開いてっと……あれ?」
「どうかしたのか少年」
首を傾げる俺を心配してか、サムシンさんが覗き込んで来た。
「あ、いえ大丈夫問題ないです!はい」
「うん。君に言う事でも無いと思うが気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
とは言ったものの、心ここに在らず。いったい何が起こっているのか自分で自分を疑った。いやしかし、これは自分を疑うとかでどうにかなる問題でもない。
なにがどうかと聞かれれば。
今の今まで気付かなかった俺が馬鹿なのだ。これまでずっとこのペンドラゴンで遊んでステータス画面にも馴れていた。馴れ親しんでいた。
が、そのゲームから離れ次のゲームであるパイロットウォーズにも慣れ親しんだのだ。二つのゲームに慣れ親しんだ。
……そう、今俺の頭上に表示されているステータスはペンドラゴンの物ではなく、パイロットウォーズのそれなのだ。
俺の呆然さを打ち消す様に。
「さぁみんな行くわよ!」
ポコアポコのかけ声が響き渡る。
その掛け声は俺の心に冷たい汗と涙を更に増やす事となった。
「あーっと。どうすんのコレ……」