表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

激走《はし》る

作者:

サーキットに奴が姿を現した。黄色い歓声があがる。


奴が現れたのは1年前。瞬く間に頭角を現し、「スピードスター」の称号を手にした。

無敗のスピードキングとして君臨していた俺の牙城を崩すのではないかという噂を聞く度、奴の存在を苦々しく思っていた。

今日は、最初にして最後の直接対決になるかもしれない。奴もそれを分かっているのだろう。俺をチラリと見て、不敵な笑みを浮かべた。

今日だけは絶対に負けるわけにはいかない!たとえどんな手を使う事になっても!俺は覚悟のもと、スタートラインに向かった。

クルーたちが俺の愛車の最終点検をしている。真紅まっかなボディーに刻印された「Speed King」の文字。それは俺のアイデンティティを支えて続けてきたものでもある。

隣のピットには奴の蒼いマシン。ボディーには俺を挑発するかのように刻印された「Speed Star」の文字。

あれを見る度に俺のアドレナリンが放出され、頭に血が登る。

今日の決勝には8台が参加するが、事実上は俺と奴の一対一タイマンになるだろう。ギャラリーの目も、俺たちだけに向けられている。

「今日も頼むぜ!相棒!」俺は愛車のボディーを優しく撫でながら語りかける。もしもの時のための秘密兵器はポケットの中にある。負ける訳がない。


スタートを告げるチャイムが鳴った。

先手を取ったのはやはり俺だった。得意の先手必勝ロケットスタートで奴を引き離す。このままリードを保ち、走り抜ける!勝てる!俺は確信していた。第1コーナー、第2コーナーも俺の前を走るマシンはいない。いつもと同じ、誰もいない風景に俺の何処かにスキが生まれていたのは否定できない。


一瞬の油断だった。S字コーナー途中で、俺の横を蒼い疾風かぜが走り抜けた。


奴の風圧を感じながら、俺は初めて奴のレースを見た時の事を思い出していた。


あの時、俺は生まれて初めて他人の走りに目を奪われた。他のマシンを薙ぎ倒すかのような「剛」の俺のスタイルに対し、コーナーを華麗に駆け抜ける「柔」のスタイル。その姿は正に「舞姫」。こいつは俺の所まで登ってくる。そう確信していた。


そして今、奴は俺の前を疾走している。華麗なるハングオン。俺は奴の背中に、舞い踊る蒼い乙女の姿を見た。


負ける?俺が負ける?

そう考えた時、俺の中で何かが切れた。心の中でナニカが囁きかける。

「チカラガホシイカ?」

「ワレヲカイホウセヨ」

俺はそのナニカに身を委ねた。負けたくない!その焦りに鬼が漬け込んだのだ。


真紅まっかな鬼が俺の中に入ってくる。それは今までに感じたことの無い力となり、俺は赤い弾丸となって奴を追随する。ぶつからんばかりに接近するマシン。闘いは互角だった。


闘いの最中、俺は忍ばせた秘密兵器の事を考えていた。ドス黒い感情が、俺の中の鬼と融合し、再び俺に囁きかける。

「ソレ、ツカエヨ」

「マケタクナイダロ?」

確かにコレを使えばたやすく勝てるだろう。


でも、それでいいのか?

それで、奴に勝ったと笑えるのか?

そんなもんじゃないだろ!俺が目指した疾走はしりの極みは!


「使わねーよ!」

俺が叫ぶと同時に、俺の中の鬼は霧散した。いや、正確には違う。全てを勝負に賭ける者のみが手にする事ができる意志の強さが鬼の力を取り込んだのだ。

秘密兵器こんなものはいらない!キングの称号は伊達じゃない!


真に覚醒した「真紅の鬼」と「蒼い舞姫」の互角の攻防は続いた。2台は抜きつ抜かれつの攻防のまま、最終LAPに突入していく。


かつてない緊張感に俺の感覚は極限にまで研ぎ澄まされ、時間ときが、そして空間せかいが捻じ曲がり凝縮される。

これがスピードの向こう側なのか?

周りの動きが停止しているかのように見え、俺と奴の2人だけがこの世に存在している。奴の心が俺の中に入ってくる。おそらく奴もそうなのだろう。俺たちの意識は完全に同調シンクロし、奴と融合したかのように感じた。俺たちは産まれて初めての快感に陶酔し、2人だけの時間ときを走り続けていた。一生このまま疾走はしり続けていたい。そう思った。

奴の動きに無意識に反応し、俺はスリップストリームを狙う。考えるのではない。これまで身体に刻み込まれた数えきれない程の経験だけが俺の肉体を支配していた。奴も承知の上で俺を迎え入れる。数え切れないほどの攻防が爆音ことばとなって俺たちの間を無数に飛び交った。


しかし、至福の時間は突然終わりを迎えた。

周回遅れのマシンが進行を防ぐかのように前方に見えた刹那。奴のマシンのバランスが大きく崩れた。コマ送りの世界の中、スピードに乗った奴のマシンはゆっくりと転倒した。蒼い舞姫が俺の眼前に迫ってくるのを俺は事態を他人事のように観ていた。

奴のマシンに貼り付けられた黄色の「Speed Star」の黄色の刻印が俺の憶えているレースの最後の記憶だった。



※※※※※※※※



「今日でこのサーキットからもお別れか」

俺は年少組がきどもを振り払い、感傷に浸りながら一人サーキットを眺めていた。やはりここは落ち着く。

デビュー、初勝利から頂点へ、そして、強敵ライバルとの出会い。これまでの俺の人生は常にこのサーキットと共にあった。


結局、最後の勝負はお預けとなった。幸いにも、俺たちはかすり傷で済んだ。

事故った原因を責めても仕方が無い。不幸ハードラックダンスっちまった。ただそれだけのことだ。先生にはこっぴどく叱られたのであるが……。


サーキットの出口では奴が肩まで伸びた黒髪をなびかせながら立っていた。結局、奴とは一度も話すことは無かった。

俺は奴に話し掛けようとしてやめた。何を言っても陳腐な言葉にしかならないと分かっていた。あの時に交わした何百、何千もの駆け引き。それ以外に余計な言葉はいらない。

「マイちゃーん。帰るわよー」

奴を呼ぶ声が聞こえる。

奴は何も言わず、俺に背中を向けた。長い黒髪がクルリと半円を描き、「舞姫」が踊るのが見えた。

奴の言いたい事は俺の心に響いている。

「次は自転車うえのクラスでやろう!」

去っていく強敵ともの背中に、俺も語りかけた。

「ああ。次は新しい小学校ステージでな!」


キーンコーンカーンコーン


下校のチャイムが鳴っている。

そろそろ帰らないと…ママに怒られるな。


俺は、最後に、俺の愛車に別れを告げた。

真紅の三輪車マシンは夕陽を浴びて、金色に輝いていた。





最後までお読み頂きありがとうございます。

最近の幼稚園には、三輪車専用のコースがあるところもあるみたいです。

二人の初めての激闘こいはまだまだ続くのでしょうね。


重度のスランプ中で、半ばヤケクソで書いています。いろいろな所からパクっていますが、分かった方も、分からなかった方も感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 勢いで書いただけあって、勢いありましたね。 熱い戦いが頭に浮かんで、かっけー、ってなりました(笑) あと、オチ。 なんじゃそれってなってクスリと笑えました。私的には好きでしたよ。 [気に…
[良い点] 熱さと勢いですね! 男の勝負っていい! レース表現がオチに負けてないのがいいです。 [気になる点] さすがに爆音までは飛び交えないかな~? [一言] ヤケクソとおっしゃるだけあって、勢いの…
[一言] あらすじ全然関係ないやん!! なんか途中からミスリード狙ってんだろうなと薄々感づいてしまった。過剰反応し過ぎて嘘がバレるそんな感じです。秘密兵器、最後まで使わないから秘密なのか!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ