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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
傭兵ダニーはそれからすぐ、見張り役さんに雑な感じで担がれて行った。行き先は竜骸の独房だそうだ。
もう声を出す力も無かったのだろう。師団長野郎が私に聞こえるように、彼へ私と話す様にと声を掛けてくれたが、返事は無かった。意識が無かったのかも知れない。
師団長野郎は、何れ直接対話をさせてくれると、約束してくれた。
どんな心境でそれを言ったのかは、鉄面皮な横顔からは全く察せられなかった。
そして先ほどの、エア膝かっくん現象。ダニー氏が連れてかれた後、よっこいしょ、とワザと能天気な掛け声を掛けて立ち上がってみたら案外すんなり立てた。はてアレは何だったのかと首を捻っていたら、熊の魔獣と向き合っていた師団長野郎が目線だけ寄越す。
さっきまで獲物が居た場所で。
ダニー氏と交代したかの様に、魔獣の眼前、血を吸って濁って萎れた下草の上に立っている。威圧的な程大柄な体格が、巨大な魔獣の傍だからかどこかぽつんと、頼り無く見えた。
「魔獣の処理まで見学していくつもりか」
三白眼はもう魔獣へ向けられていたし、精悍な横顔は微塵も無表情を崩さなかったけど、言葉と声に、ほんの少し、迷いを零している。何も言わずさっさと処理する事も出来るのに、その前に、私へ一声掛けたのだ。通りの良い筈の声も少し、籠って聞こえた。
逃げ道を与えるのは、逃がしたいからか、逃げて欲しいからか。
「・・・はい」
「・・・・・・」
処理、と言われても何をするのか、良く分かっていない。伯爵様に訊ねた事があるが、近い内に嫌でも見る事になるから説明めんどくさい的なあしらわれ方をしたので、実は全く予備知識も無いんだよね。
解体的な事だろうか、と最悪の場合を想像して身構える。あわよくば手順を覚えられたら良いけど、魚も切り身で買った事しか無いのに高望みが過ぎるかな。
いや、もし吐いちゃったとしても昼食抜いたから胃液しかないし、この人にはゲロ姿初披露じゃ無いから今更だし、足手纏いなのもとっくに周知の事実だ。恥ずかしいとか迷惑掛けるとか言い訳しないで、やっぱりここはちゃんと見とこう。
何れにしろ、孤児達のあの姿よりはマシな光景に違いない。
鼓動5回分たっぷり沈黙した後、師団長野郎の横顔にふと、ほんの一瞬、苦い感情が過ぎった様に見えた。
同時、彼の左腕だけが動く。
あんなに大きな鉄の塊を、まるで自分の腕の延長の様に予備動作無しで、片手で大上段へ持ち上げた。きらり、彼の頭上で鉄塊の銀がグラッシィブの光を反射する。
けれど一転、振り下ろしは剣の重量をしっかり利用したのがはっきり見て取れた。肩どころか膝から撓る様に剣先へ力が伝わって行って、彼の腕より一回り以上長大な刃が音を立てて直下する。
一閃。
「っ・・・」
大きな熊の頭部が裂けた。骨のある魚をブツ切りにする時に似た音が一瞬遅れて届く。その音と同時に、大量の魔漿液と血と、脳髄らしき物が勢い良くぶちまけられた。周囲の地面が更に汚れ、悪臭が私の所まで漂って来る。
その先に立つ英雄に、それらの飛沫は一切届かなかった。まるでモーセみたく、汚物は彼を避けて飛び散る。
後にそれも魔法のひとつだと聞いたが、この時の私は知らなくて、見当違いの感想を抱いていた。
・・・せめて汚れられたら、まだマシなのにね。
酷く無機質な淡い青灰色の瞳。人間臭く汚れる事も出来ない英雄。
初めて目が合った時の事を思い出す。高い位置から虫けらを見下ろす様な、怜悧な眼差し。
あの魔獣も、私だ。
突っ立って茫然と見詰める私に構わず師団長野郎は、動作の邪魔になるからだろう足の付け根辺りからボタンを外している長い軍服の合わせ目を、剣を持つ手とは反対の手で捲り、その手で濃い食塩水みたいな色の液体が入った小瓶を取り出した。
洗濯した事のある服だから、太腿辺りの変な位置に内ポッケみたいのがあるのは知ってたけど、魔獣処理に使う道具等を入れてたのか。なんて、今更に生唾飲んでしまう私には無論構わず、彼は徹頭徹尾無駄を省いた所作を崩さなかった。
何十回、何百回、繰り返した作業なのか。小瓶を取り出した手でそのまま蓋を口に銜えて雑に外し、中身を死骸となった魔獣に注ぎ、その合間に反対の手は軽く剣を振り、血糊を落とす。
そうしてあまりにも素っ気無く注がれた液体は、魔獣の体に触れた端から発火していった。
上がるのは、真っ白の炎。
王城の壁。古代ヴァレンティア人。白色の無い町々。黒は罰。
「・・・・・・」
白色に関する暗示がもうひとつ、だ。純白の炎で腐りを掃う。浄化、って事は正常って事だ。正常って事は、正しいという事。
・・・ダメだ。この人は。
気付いてしまったかも知れない考えに囚われ、うっかり俯いた私に、師団長野郎は興味も示さなかった。何の感慨も無い様子で手早く剣と小瓶をしまいながら、燃える白い炎をじっと、尽きるまで眺める。何の感情も湛えない瞳で。
この人は、正義に身を委ねて、他の色んな事を放棄してしまったんじゃないだろうか。考える事、感じる事、痛みも哀しみも、全部軍人の務めの所為にして心を捨ててしまってるのだとしたら。逃げてるだけなのだとしたら、これまでの伯爵様の師団長野郎へ対する態度について、私が考え付いた事全てに説明が通ってしまう。
嫌われても良いから、憎まれても良いから、心を失わせたくない。失いたくない。
あ、これダメだ。偏り過ぎ。
再会からこっち、考えが完全に凝り固まってる。全然客観的じゃない。全部勝手なただの想像なのに。
そもそもがとても嫌な想像だ。人の心を捻くれた考えで判断する嫌な考えだ。軍人という職務に従事している人達の抱える苦悩に、心痛に、一欠けらも配慮しない一方的な邪推だ。
でも、この人と向き合うと頻繁に感じる壁の色が真っ白なのは、もう疑えない。
目を凝らせば見えてくる、そんな事は当然で。拙いのは、ここへきてもう、目を凝らさずに居る事が難しいって事だ。
熊の魔獣の遺体だけが塵も残さず自然に燃え尽きたのを見届けてすぐ、伯爵様の居る場所へ戻る師団長野郎の2歩後ろをまんじりともしない心地のまま黙って付いて行くと、前方からまた白い炎が上がった。1頭燃やした時とは臭いの濃さが違う。頭の布を巻き直した。
「・・・っ」
黄色と薄紫の淡い光を放つ森の中、真っ白な炎が燃え盛っている。魔法で制御されていて元々そういう性能の炎であるらしく、草木に燃え移る事は無い。が、日本の裕福な一軒家がすっぽり入るくらいの規模の火炎だ。異様なのは、音も熱も普通の火の精々焚火くらいしか無い事。
そして近付くに連れ、炎の手前に真っ黒の影が浮き上がって見えて、焦った。そんなに近いと危ないから離れて、と思ったのは最初に視界に入った一瞬だけだった。
月光宮の前庭の階段で抱いたのと同じ感想が脳裏を過ぎって思わず、無礼を承知で師団長野郎を追い越しその隣へ駆け寄る。
白い世界に落とされた黒い染みも、2つなら模様になる・・・とかちょっと恥ずかしいかしら。
「お疲れ様です、お師匠様。ご機嫌いかがですか?」
横から見上げた漆黒の魔導師は、瞼を閉じて赤い瞳を隠していた。女神の様な憂いの横顔。その魅惑的な唇から零れ出る美声が、こんな事言わなかったら完璧なのに。
「最悪だね。大した収穫は無かったよ。ただ無闇に動物を魔獣化させて、殺して、解体して、燃やしただけだ。 まったく、フレドホルムの糞には小便を引っ掛けても足らない」
「え?うんちにおしっこを掛けるんですか?」
悪態や皮肉を言うのが伯爵様なりの現実の受け止め方、気持ちの切り替え方なんだろうか。そう思って付き合ってみたんだけど、「そうか、じゃあ糞の種類を」とか何とか伯爵様が更に吐きだそうとした時、辿り着いた師団長野郎が両断した。
「糞はお前らだっ。不謹慎や下品という言葉を知らんのか!」
ああっ、素敵ツッコミ・・・。
伯爵様も、重低音の絶妙な鋭さのツッコミに、勢い良く目を見開いて振り返る。背後で眦を釣り上げている師団長案外お上品野郎に、伯爵様は猫なで声で擦り寄った。
「怒るな。仲間に入れてやるから」
「断る!」
やっぱり光と闇は、一対が正しい姿だ。見ていてこんなにも、ほっとする。例えそこに対等性が無くて欺瞞と惰性が根を張っていても、壊れて砕け散るよりはずっと良い。まだ確かにここにある、という事に喜びがある。修復だってきっと十分可能だ。
だったら目に痛い光を放つ白い炎は仰る通り、無闇に腐らされた哀しい命の断末魔で、対の無い過剰分なんだ。
・・・戦争の被害者って、人間だけじゃないんだ・・・。
その事にようやっと、実感した瞬間でもあった。
捕虜を拷問し、衰弱した魔獣の頭をぶった切り、大量の魔獣の死骸を解体して燃やした後に、洗濯済みの軍服と大盛り弁当を「私の気持ちです。きゃっ」って頬染めて渡したのはマズかったかも知れない。過去最高くらいに胡乱な三白眼で睨み下ろされた。ちょー怖かった。
うん、でも、受け取ってくれた。
「少しでも食べて下さると良いんですけど」
そして残すなら他の人と分け合って、全部食べ尽くして欲しい。
リ魔ジンに乗り込むまで見送ってくれた師団長野郎を思い出して、腹の上の頭へ呟いてみた。私の腹を枕にする技を習得された頃から、伯爵様は馬車内ではフードをお外しになる。ので、分厚いクッションに頭を預けている私の視界には、剥き出しの美顔が間近ではっきりと見えるのですが。
これくらい至近だとやはり、目尻の小皺が見えて、なんかちょっと安心する。
そんな事とは露知らぬだろう伯爵様は、私の呼吸のリズムで頭部を上下させられながら、眠そうな表情で眠そうな声を出した。
「部下の前であんな渡され方をしたのだ。受け取らずにも、食わずにも居れまい。それを狙ってあのタイミングだったのだろう?」
ええまあそうですがね。
英雄の恋が芽生えるのは数日後だが、いきなり唐突に始まっては流石に疑われるだろう。何せ役者が大根同士。練習がてら、せめて前振りとか分かり易い事例とか、最低限は撒いとかないとね。と言っても単に、失魔症女の方はもうすっかりグイグイ状態だってアピっておくだけなんだけど。
てワケで、導師が現場を立ち去る頃合い、導師の調査の為に残ってくれていた騎士様達が見送ろうと集まってくれた頃合いを見計らって、「初めて出会った時」に忘れて行った軍服と、サラダやフルーツみたいなのを中心とする疲れていても食べ易い感じの軽食を差し入れとして渡した。
イメージは中学校の体育館の裏だが、実際はバッチリ視界の開けた公衆の面前。ぶっちゃけ満足のいく出来でした、はい。
師団長ノリ悪い野郎は完全にドン引きしてたけどまあ、ああいう態度は幾らでも後付け調整可能だろうから問題無い。彼も分かってて何も言わなかったのだろうしね。明確な否定の言葉や態度さえ出さなければ、如何様にも出来る。
でもそれとは全く別に、再会した瞬間に見たあの暗い瞳が、おぞましい情景達が記憶にこびり付いていて、いつもの馬車の中で少し経って冷静さが戻って来ると、師団長野郎の身の置き所の苛酷さがどうにもこうにも気になってしまった。
「・・・お立場上、仕方の無い事なんでしょうけど」
うっかり溜め息吐いて愚痴ってしまった。暗黒魔導師の目の前で。本心から。
迂闊過ぎる。
「ふむ。では良い提案をしてやろうかな」
しまった!!
と思った時にはもう遅い。さっきまでの眠気はどこへやら、見る見る楽しそうな笑顔になっていく伯爵様が高らかに唄う。
「あ、ちょっと待っ」
「恋が芽生えた後は、共に竜骸へ行くと良い。前線基地でひとつ屋根の下に住んで、一層愛を育んでしまいなさい。ああもちろん私が一緒に住み込んでその過程を見守るとも!」
テンション上がっちゃったらしい彼はそれから、「愛の巣と見守り隊」計画についてワクワクドキドキのスケジュール調整に取り掛った。最悪です。
そんなふざけた様子の彼はしかし、師団長野郎と別れる直前、現時点でのフレドホルムの一件に関する考えをちゃんと真面目に伝えていた。オグロ君達にまたひとっ走りよろしく挨拶をしながら聞きかじったところによると、師団長野郎も概ね伯爵様と同じ考えの様だった。
同時に、愛の巣こと竜骸を無事奪還し東軍前線部隊と協力して態勢を整え、どんな展開にも即応出来る様に準備運動中なんだとか。意味は分かる様な分からない様ないつものアレな感じだが、国境線以南の国内治安はこれ以上急激な悪化はしなさそう。
加えて怖いストーカーの件について、師団長野郎が護衛を付ける予定を繰り上げるかい的な提案をしたが、伯爵様はまだイラネ的な返事で突っぱねた。もう暫く泳がせておく、という映画やドラマでお馴染みの台詞をナマで聞きました。実際は多角的に超怖い言葉でした。
で、ビビった私がでも交代出来ないと辛いよね的な事を明後日の方向へ向けて呟いたら、2人が折衷案として怖くないストーカーをこっそり増やす方向で話を纏めてくれた。私の呟きに栗毛のマロンちゃんが同意するかの様に鼻を鳴らしてくれたお陰だ。良い女である。
聞いてたら、彼らが最初想定してたよりだいぶ多めに私が勝手にウロウロする事に思い至った、ってのが正しい理由の様だったけどね。日本人の危機管理能力の低さを侮るなよふへへごめんなさい。
増えた怖くないストーカーはやはりと言うか何と言うか、ナントカ男爵嫡男のエドワード様だった。んー、バラ、バランス・・・バラネフ様、だったかな?高校生くらいの年頃の、出迎え騎士3人組の最若手のヒトだ。
たぶんチャランスの仕事を覚えさせる為の訓練的な意味合いもあって彼なのだろう。たった数日の事だから。でも、実力主義の黎明師団の事、全く適性の無い人材を回すとも思えない。彼には何かしら、チャランスに似た技能や才能があるんだろうね。
そしてこの流れなら、カルヴァート市都で付けられる予定の正式な護衛は、出迎え騎士3名とチャランスの4名かも知れないな。脳内渾名考えとかなきゃ。
だいぶ横文字名前に慣れたつもりだけど、ともすれば右から左へ抜けそうになる。地名は王宮に居た時のお勉強会で大方叩き込んで来たからマシだけど、人物名は微妙だ。和名だったらだいたい一発で覚えられます、とかこの世界では言い訳にもなりゃしない。
だのに数日後には子爵面会で、更にその数日後には夜会だ。名前いっぱい来るぞー。
今更ですけど、夜会ってなんだよ的な愚痴はナシですかですよねそりゃそうだ。
こんな乱文にも関わらずお読み下さり、本当にありがとうございます。
以下小ネタ・小話
師団長さんのエクスカリ●ーは、所謂バスタードソードとかグレートソード辺りのものごっついヤツです。
刃の長さ150センチ程度、重さ4キロ程度を想定していますが、なんせ刀剣の身丈や重量をパッと見で普通は測量出来んだろうと思い、主人公脳内な本文では具体的な数字は出さない予定です。
以下は今後本文で出るかも知れないですが、師団長バーは特注の特注で本人以外には抜剣も出来ないという魔法剣でございます。
抜き身で転がってるのを拾っても、体感重量が1トンくらい軽く超えてくる的な仕様です。
両手剣サイズの長物をショートソード(下手すりゃレイピア)ばりにお手軽に振り回せるのは古代ヴァレンティア人の血のアレです。
彼らの膂力とかは、全く鍛えて無い伯爵様でも約3ゴリラくらいです。
中2ジャ★プ!




