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カレン  作者: f/1
光と闇
54/62

52

作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。

誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。

また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。





 私の世界、地球でも、どこかで日々飢えて亡くなる人は居たし、私はそれを知っていながら食べきれずに残した物を平気で捨てていた。

 だってしょうがないじゃない。極力食べ物を粗末にしない様に心掛けてはいるもの。

 食べる分だけ買う様にしてるし、余り物だって極力冷凍保存して後日食べる様にしてるけど、断れない貰い物を消費しきれなかったりとか、突然体調が崩れて食欲が失せたりとか、事情があって捨てるんだもの。仕方ないんだ。

 だいたい飢えとか、私とは直接係わらない遠いどこかの出来事だし。私一人が心を痛めて何か尽くしたところで、世界は変わらないし。作り手の人や命にはちゃんと感謝もしてるし。

 そんな言い訳で自分を納得させて、心を痛めてるフリで、その実平然と食べ物を捨ててたんだ。

 でも、きっともう出来ない。

 つい先刻の騎士様達のディナー時に、偉そうに「もったいない」とか思ったところだったけれど、その言葉の意味ももう変わってしまった。



 懲りずに夜中、街の散策へ出掛けた。ラーゲフェルトの宿場町で辛うじて形になって以来3度目の行き当たりばったり現地調査。

 今回は出掛けに騎士様達がお供します的な申し出をゴリ押しして来たので、伯爵様にやだーって泣き付いて、何とかこっそりストーキングして貰う方向で我慢して頂いた。誰が付いてくれてるのかは知らない。あの人達ちょいちょい目で会話なさるのよね。ちぇ。

 大々的なお供をお断りした理由は勿論目立ちたくないからだ。濃紺の生地に金糸の細かな刺繍の縁取りの軍服は、見た目だけなら地味と言えなくも無いくらい落ち着いたデザインだが、この国においては意味が有り過ぎる。特に今、この地域では。

 だからって英雄とお揃いの軍服を脱いで貰ったとしても、一般人の私ですら一目でご立派な立場の方々と見て取れる、過ぎる程折り目正しい所作の彼ら。連れ歩いたら街の人達にちやほやして貰えるかも知れないが、私の見るべきものはきっと隠されてしまうだろう。

 丁寧に遠回しに分厚いオブラートに包んであんたら邪魔って訴えても聞き入れて貰えなかったので、最終兵器伯爵に間に入って貰った訳だ。

「私の弟子の言は、私の言。それを聞けぬと言うのかね、紺青の猟犬ども」

 想像通り、効果絶大な鶴の一声。案の定頼り癖が付いている自分にちょっとぞっとした。いけないいけない。

 ともあれ、スタートに若干手間取りはしたが結局この日も無事、私はお仕事をする事が出来た。それは間違い無い。

 いきはよいよい、かえりはこわい。

 覚悟はしていたつもりだった。いつか行き当たる光景だ、と。ついさっき戦況を少し聞かされて、最悪近々にでも目の当たりにするんだろうなと思ったけど、まさかその日の内とは。

 戦争孤児。ストリートキッズ。難民。正しい呼び方も分からないのに。

 目の当たりにしただけで、ただそれだけで、甘えた心が決め込んだ覚悟などまたしてもあっさり圧し折れた。


 自分の目が拾う映像に、耳が拾う音に、肌が拾う感触に、胸が千切れそうだ。


 閉店作業中の商店等での世間話調査を終え、貧相な勇気を振り絞って足を向けた暗い路地には子供の姿があった。その一角のパッと視界に収まる範囲だけでも10人は下らない。

 これまで栄養失調の子供を間近に見た事が無い私には、彼らの年齢を推察する事は不可能だ。ただ、年端も行かぬ子供という事だけは分かる。私の3分の1程度しか生きていない、日本ならただただ遊びに夢中だろう年頃の筈だ。

 だが彼らは、汚れた地面にぐったりと身を放り出して空虚を見詰めたり、私の姿を見るなりゴミにしか見えない何かを買えと詰め寄って来たり、身一つでお情けをと繰り返し縋って来たり、隙あらば襲って来そうな鬼気迫る目で睨んで来たりして、遊びを強請る愛らしい姿は一人も見せてはくれなかった。

 テレビやニュース記事でストリートキッズというものをある程度知っているつもりだった自分が、一瞬で消し飛ぶ。

 そうして路地に入った瞬間に立ち竦んだ私の周りには、あっと言う間にどこからともなく似た様子の子供達が湧いて来て数が倍増。一歩も進まない内に身動きが取れなくなった。どんどん増える。何日もお風呂に入っていない人特有の据えた臭いを、何十倍にも濃縮した様な異臭に取り囲まれても、えずく間も無かった。

 腕に、肩に、背中に、腰に、胸に、腹に、尻に、剥き出しの手に、夜気に冷えた殆んど肉の無い小さな手が縋って来る。

 未発達のまま枯れた手指が掴む私の体は、最期の藁なのだろうか。

「っ・・・」

ああ・・・だめだ・・・。

 この手を取るのは簡単だ。でもどの手から取ったら良いのか分からない。

 伯爵様に泣き付けばさっきみたく、鶴の一声できっとこの子供達を保護してくれるだろう。彼の経済力がどれほどかなんて知らないが、立場的に相当の規模に違いない。十数人どころか下手したら数十人程度なら、今すぐにでもどうにかしてくれるかも。少なくとも今私の目に映る手を全て取る事は可能な筈だ。

だめだ。待って・・・待ってよ。

 地球の餓死者の数はどれくらいだったっけ。難民の死亡率は、貧しい国の孤児の路上死する頻度はどれくらいだった?

 この世界の、この国の、戦時下のこの地域の、戦争孤児の総数は?

 伯爵様を利用して、侯爵様から預かっている権限を乱用して、片っ端から保護していって起こる問題を果たして、私は解決出来るか?

 その問題が次の戦争を産まない保証を、孤児を倍増させない手段を、私は確保出来るか?

 目の前の、投げ出す様に縋って来る小さな小さなこの体を抱き締めてやって、その後、明日から、私に何が出来る?

 本当に今より良い暮らし、人生を、この子達に約束出来る?

 命、幾つ救える?

 この、何の確かさも無い身の上で。

違うっ!全部言い訳だ!

「・・・っごめ・・・」

だめだ、私・・・。

 私は何も出来ない。

 毎分の様に、世界のどこかで誰かが飢え死にしている。私はそうと知っていて食べ物を平気で捨ててた人間だ。

 そんな非道を行えていたのは、私が自分の属する国に守られていたからだ。労働し、納税し、法を順守する代わりに、私は日本という名の組織に飢えや暴力から守って貰っていた。乱暴な言葉を使うなら、日本からあらゆる安心を買っていたのだ。代償を支払って買った安心があったからこそ、傲慢にも当たり前に日本の一般的な生活水準に甘んじていられた。

 権利者として吸える汁の甘さだ。日々頑張って色々先払いしてんだ。

 そういう言い訳を持っていたから、脳裏に何が過ろうと遠いどこかの物語として何も感じないで居られた。

 けれど、この世界には何も無い。私はこの国へ何も支払っていない。何の権利も所有していない。香坂花蓮のアイデンティティが成立しないここには都合の良い生温い目隠しはどこにも無く、この身に起こる尽くが全て何のクッションも無く直撃で、安全ネットも、命綱も無い。

 そうして慌てて受け身を取るのが精々の、私の決死の押し売りに応えてくれた伯爵様。けれど私が彼へ売ったのは、途轍もなく不確かな口約束の無形物だ。ぶっちゃけただの出世払い。それも底辺スタートの。

 そんな価値の無いものを担保に、私は不相応な安心を受け取っている。明らかに多過ぎる見返りを貰ってる。

 その辻褄合わせにクリスたんやパパ侯爵様にも身売りして見せて、どこかでバランスを取ろうと足掻いている真っ最中で。

 首が回らないどころか皮一枚で繋がっている様な状況の私に、抱き寄せられる子供はどんな心地がするだろう。碌に飢えた経験も無い私に彼らの苦悩が理解出来る筈も無いのに、暫くそんな事をぐるぐる考え込んでしまった。

 ここまで必死に閉じていた蓋がずれる音がする。

 今この瞬間に助けなくては死んでしまう子も居るかも知れないのに、私はただ益体も無い事を考えて動けなかった。動かなかった。

 何を感じ、何を思っているのか、彼らの瞳から何も無い私が読み取れるものは、やはり何も無い。


 振り払う事なんて出来ない、と無防備に立ち尽くす程確かに思った小さな手達を、自分の身の危険を察した途端、私は無情にも振り払ってその場を立ち去った。思いの外強く縋る子も居たので、本当に全力で振り払って足早に裏路地から離れた。

 何の反応も示さない私に焦れた子らが、飢え故の焦りか、とても緊迫した様子になりだしたのだ。徐々に力が入りだす無数の目と手。次の瞬間には身包みを剥がされてしまうかも知れない、引き摺り倒されて暴行されるかも。そんな危機感を抱かせる雰囲気が、じわじわと子供達の中に沸き始めたのを肌で感じた。

 魔獣に襲われた時に嗅いだ大量の血の臭い。記憶に新しい生臭い鉄の臭い。自分の体からあの強烈な臭いが漂ってきた気がして。

「ぅっ、っ」

 衰弱した孤児の手を、次の瞬間には力尽きるかも知れないか細い手を、力いっぱい払った自分の手が信じられない。立ち止まりもせず高級ホテルへ向かって動き続ける自分の足が、スカーフが重くなる程滂沱と流れる涙と鼻水が、嗚咽を堪え切れない喉が、信じられない。

 こんなに汚らしい自分、初めて見た。

 どこも、一欠けらも、私は正しくない。優しくない。常人に値しない。

なにこれ。なんなのこれ。なんでこんな・・・。

 こんな思いをしている自分が憐れで泣いてる。過酷な不運を泣いている。なんてひとでなしだ。せめてあの子供達の為に泣けばまだ人としてましだろうに、何もしない内から何も出来ない自分が辛くて泣いてる。自分には何も無い事を痛感して、失望して、哀しんでる。偽善にすら満たない。受け止め切れない現実に打ちのめされてるだけだ。

 だから現実は嫌いなんだ。

 小説や映画の世界に浸りたい。どんなに辛くても「この物語はフィクションです」の一言で済む世界に行きたい。

 この世界はあまりにも、リアル過ぎる。

・・・・・・もうやだ・・・・・・。

 ぐちゃぐちゃの心が最低の言葉で脳みそをひたひたにした頃、辿り着いたホテルのリビングには、眠りの気配が一切無い赤い瞳が待っていた。

 入口で無様に怯んで立ち尽した私を見るなり、寝起きの雑な猿芝居付きでソファから身を起こした真っ黒の人は、躊躇いも何も無く、いつも通りするりと眼前へ歩み寄って来る。眼前に立たれて思わず俯いて顔を隠した私のストールを、当然の様に長い指先で除け、何も言えずに強張って濡れる頬を拭った。けれど無理に私の顎を上向けたり顔を覗き込んだりはせず、俯いた私の頭の天辺へ向けて普段と変わらぬ美声で囁く。

「昼までに?」

 ラーゲフェルトの宿場町で魔獣に遭遇した後、私が気持ちを切り替えるのに時間が必要だと言ったのを覚えていてくれたらしい。この気遣いも、過ぎる対価だ。

「・・・いいえ。予定通り、陽が昇るまでに支度致します」

 何とか絞り出した答えにも、陽気なあくどさで応えてくれる。

「もう朝の匂いがし始めているが、良いのかね?」

 頬を繰り返し撫でる彼の指は、てのひらは、手袋の無い暖かい素肌。触れるだけよりほんの少し強めの力で撫でる優しい手。それが余計、神経に障った。

 直に触らないで欲しい。今は生々しい体温が一番嫌だ。頼んでもいないのにこれも現実だと証明するから。

「問題ありません。出発の準備自体は済んでいますので、後は伯爵様のお支度だけです」

 切り替えますとも。絶対処理し切れない感情をこそ、タンツボにでもぶち込んで蓋してみせますとも。だから暫く放っておいて。数日落ち込むくらい許してくれたって良いじゃない!

 営業用の笑顔はきっといつも通り出せている。涙塗れで下を向いたまま繰り出した滑稽なそれが、この優しい魔導師には見えてるんだろうか。これ以上私の価値が下がるのは避けたいが、こんなんじゃとても言えた事じゃない。

・・・だめだ。落ち着け。

 どんなに涙に止まれと命じても、止まってくれないのは分かりきっている。こんな時は、自分のその滑稽さを冷静に思い馳せて血の気を下げれば良い。「泣いて見せている」という状態の自分がどれだけ卑怯で卑劣か、どんなに意味が無いか、一大人として自覚すれば良いんだ。胸の痛みなんて所詮甘えだ、と自分に理解させれば羞恥心が涙を止めてくれる。

 本当に苦しんでいる人が味わっている痛みと比べてみろ。

「・・・・・・」

 ほら。止まった。

 あっさり涙を切って顔を上げた私を至近で見下ろす赤い瞳は、目が合うと一度重い瞬きをした後、あからさまに鋭利になった。


「挫ける事だけは許さん」


 はい、知っています。私には黙る力も、目を逸らす力も、耳を塞ぐ力も無い。そんな事はとっくに知っていました。

 でも、これはその内終わる非現実、と甘えていたかったんです。

「はい。挫ける時は死ぬ時だと分かってます」

 神経が尖っているのが声に乗ってしまっている。これじゃ八つ当たりだ。失敗。

 でもこの手の失敗は、伯爵様なら受け流してくれる事ももう知っていた。結局私はこの人に甘えてるんだ。

 そしてそれがこの人の手管と、この時はっきりと理解した。魔法の明かりで昼間の様に明るい中、満足気に細められた血色の瞳を見た瞬間に。

「それで良い」

 甘くゆるりと呼び寄せ、弛緩している所を小さく切り付け痛みを与え、確認させる。誰が支配者なのかを。厳選された言葉が与える精神的苦痛でもって、相手のより深いところへ確実に擦り込むんだ。

 怖ろしいのは何よりも、その凶器たる言葉が的確な事。対象人物の心にその瞬間最も効果的な痛みを与える言葉を、伯爵様の洞察力は的確に嗅ぎ分ける。その言葉をどんな抑揚で、どんな間で、どんな表情で言ってやれば最も効果があるのかすら、確実に捉えている。

 この世界に心理学や精神系の研究が存在するのかどうか知らないけど、今目の前でほくそ笑んでいる悪魔はそっち系のスペシャリストな気がする。私にとっては魔法云々よりその方がよっぽど解り易くて、身近で、リアルで。

「・・・はい・・・」

 少なくとも、伯爵様の掌からはみ出しさえしなければまだやっていける、と確信させられたのは事実だし。

 拭い切れない伯爵様への恐怖心が密かに増大した事もまた、事実だ。

 この人の狙い通りに。



 この世界が現実だと思い知れば知る程、胸が塞ぐ。当たり前だ。痛みでしか「これは夢じゃない」と確認出来ないのだから。

 だから痛くないフリをしたいのに。

 飢えた幼子らと遭遇して傷んだ心は、じっとりと根っこを腐らせる様な痛みを産んだ。痛みを感じないフリは出来ても、腐りは払えず侵食するだろう。侵食が進行すれば痛みは無視出来ない程に増し、進行した分長引く。

 気を抜くと甘えてしまうくらい近しい存在になってしまっている伯爵様が、私の目を覚まさせる為に打った釘は逆に、その場であっさり抜かれて痛みも傷もすぐに消えて忘れそうで、その分怖ろしい。痛みは忘れない事で繰り返さないのだとしたら。

 魔獣に殺されるかと思った時もそう。私は結局不運な立場の所為にして、どれも本気で向き合わずに受け流そうとして・・・全部失敗してるんだ。

 本当はきっともう消えない予感がしてる。

 矮小な涙で濡れる頬を撫でた手の感触も、この手が触れた浮浪児の手の感触も、手や太腿に溢れて滲みた他人の大量の血の感触も、地面に叩き伏せられたり顔面を踏みにじられた感触も。

 あの娘の暖かい涙の感触がもたらした胸の痛みも、本当はこれが夢じゃない証拠。

 もう、次の瞬間日本に帰れて何の変哲も無いOLの日常に戻っても、以前の私には戻れないと思う。

 現状、どちらかと言えば、悪い意味で。





 この様な駄作にお付き合い下さって、心より感謝申し上げます。



以下小ネタ・小話

 この世界では主人公には自転車も単車もありません。

 馬も乗れないので、馬車移動以外は全徒歩です。

 ので、この回にもありますが、単独行動時は相当歩いてるかと思われます。

 主人公の心理状態がアレなので時間経過に対する描写をかなりぶっこ抜いてたりして良く分からない仕上がりですが、一回のお出掛けに掛かる時間は相当です。

 という脳内補完依頼でございます。よろしくどーぞー。



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