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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
この世界の服は、被るか穿くか帯で締めるかボタンで留めるか、で着られる。その辺り地球の洋服と大差無い。無論複雑な構造のドレスも存在するみたいだが、現時点で私には関わりが無い。
問題はこのボタンだ。
この国の物はどんな物であれ見れば大抵用途と使用法が分かるのだが、当然分かっても使いこなせない物も有り、ボタンもその一つだった。ボタン穴の方は普通なのだが、ボタン自体がとってもふにゃふにゃなのだ。
地球にもあったのかも知れないけど、私は彼のシャツを初めて洗った時が初見だった。ボタンが余りにも軟らかいから留めるのが大変なのよ。いや、洗う時はむしろ助かるんだけどね。服と同生地で出来ていて、生地から生えてるみたいな構造で、雑に洗っても千切れそうにないから。
でも手応えのあるボタンしか知らない私の手指では、このふにゃふにゃをボタン穴に通すのはなかなかに難しい作業だ。しかも私が日本で着てたブラウス等のボタンと同じか、それ以上に小さくて参った。
王宮を出てから時々、伯爵様の服を洗濯前にこっそり着て、ボタン留めの練習をしているのは秘密。
果たして、そのふにゃふにゃボタンを5つボタン穴へ通す所要時間が、師団長野郎はたった3秒ほどだった事が今、目の前で証明されてしまったのである。
き、器用なのね。この顔とガタイで・・・。
伯爵様なんてローブの下のお召し物は、着脱に一切関係無い飾り帯や飾りボタンとかがあしらわれてるだけの、被って終了なTシャツばかりだというのに。その伯爵様より手のごっつい軍人さんのくせに。三白眼のくせに。
座り込んだまま見上げる先、濡れそぼる色男の手先の器用さに若干敗北感を得てしまいながら、とにかく「仕事しろ」と脳の隅で怒ってる自分に従った。
「あの、師団ちょ・・黎明様」
「俺は今、黙れ、と言わなかったか」
言った言った。黙ってたのに黙れ言った。沈黙の最中に黙れって言った。
周囲を見渡しながらふにゃふにゃボタンを手早く留めるという荒業を成し遂げていた彼は、私の方へ目を向ける事もしないでそう言った。と言うか、件の「黙れ」発言直後から一度もこちらを見ない。周辺観察に忙しそうだ。
でも私の背後、戦闘が行われた場所へ行く気配も無かった。偉いサンだからちょこまか動かないものなんだろうけど、私がいつまでもグズグズここに居る所為もある気がする。ならば、せめて仕事させて貰おう。だってまだ、立てないし。
「申し訳ありません。この町の娼婦と行商人から嫌な話を聞いたので、黎明様に聞いて頂きたくて」
この騒動の中、私達の会話に耳をそばだてている者は居ないと思うが、慎重になって損は無いだろう。行商人達が師団長野郎の事を「黎明様」と呼んでいたのを意識しながら、声を落として表情をなるだけ消した。
「導師に言え」
だというのにこの師団長注意力散漫野郎は気付きもせず、素気無くそう言い捨てて見向きもしない。けど、今の私に彼のお仕事を気遣う精神的余裕は無い。
「もちろん伯爵様にもご報告致しま」
「五月蠅い。黙れ。同じ事を何度も言わせ」
「ヨハンソン市の北西に大量の不審物が持ち込まれたそうです」
勇気よりも怒気を振り絞り、師団長野郎の言葉を遮って一気に言った。言葉尻の奪い合いに剣呑さが発生する・・・よりも先に、意外にも、彼は妙に力の無い無表情になってこちらを見下ろして来た。
・・・あれ?
その表情に違和感を感じたけど、それ以前に再び真っ直ぐ交わされた視線にビビって、前髪が濡れて降りてしまっているおでこへ目線をずらしながら、もうとっとと勝手に喋っておいた。
「ダニーと呼ばれている傭兵さんが、フリード首都行きの隊商の行商人さんから、魔力を吸った藁とか干し草を買ったそうです」
師団長野郎が今すぐに私を殺す気が無いのは分かったから。私はすぐに排除すべき有害な虫けらじゃ無くなったらしいから、だったら少しくらい勝手したって大丈夫だろう。たぶん。きっと。恐らく。あれ?やっぱ怖い!
「ヨ、ヨハンソン市北西って、場所的にそのー、エミリオの森の南東で、すぐ傍ですよね? その、内緒で、口止め料払ってこっそり大量に運ばせたって聞いて、しまいまして。一応、ご、ご報告をと思った次第です」
ダメだ。もう彼のお腹のやわらかボタン辺りしか見れません。情けない。
徐々に視線を下げ、挙句どもりだした私を暫く、師団長やっぱ怖い野郎はじっと見下ろしている様だった。返事も無く、おっかないのでこっそり顔をチラ見してみたら、感情が全く無い鉄の無表情が戻っていた。
うわ!調子乗ってごめんなさい!
「えと・・・あの、そのダニーさんはですね、評判が悪くて、腕力より悪知恵、的な方の様です。それから、最近話題になるくらい、羽振りが良いそうです。その行商人さんへもかなり払ったみたいなのに」
必要かどうか分からない補足をしながら何とか間を持たそうとしてみるけど、脳みそのどこをひっくり返してもこれ以上、伝えておきたい情報は出て来ない。出て来ないからそんなにじっと見下さないでってば!
と、不意に、突っ立っている彼を呼ぶ声がした。歯切れの良い若い男性の声だ。たぶん軍人さん。
「師団長!偵察が戻りました!」
そう言って駆け寄って来る音もしたが、私は部外者なので知らぬフリをしておく。転じて呼ばれた当人は一拍たっぷり間を置いてから、大股で踵を返した。剣を地面から引っこ抜いて腰の右側にぶら提げている鞘へ放り込みながら、という相変わらずのせっかちぶりで。
「レーダ、次があれば力尽くで導師へ引き渡せ。嫌がっても構うな」
このヒトは切り替えも直線的だなあ・・・。
すれ違い様、これ見よがしにそうチャランスへ言い渡す。暗にもう勝手な真似して煩わすなと言ってるんだろうが、残念ながらそれを承知する訳にはいかない。師団長野郎に大人しく従っても、得られるのは精々犯罪者扱いなのだ。
そうして聞かなかったフリする私の背後で、チャランスは間髪入れず是を返した。師団長野郎は呼びに来た部下を引き連れ、北の方へ歩み去りながらあの声で何か指示を飛ばし始める。
もう、その意識下に私は居ない。
「・・・あ」
上着置いてった・・・。
魔獣の血を吸って打ち捨てられた様に地面へ転がっている、夜と朝の間の色をした大きなコート。襟章も付いたままだって事は、コレ、私に拾っとけって事かしら。他に意味があったらどうしよう。まさか使い捨てって事は無いよね?
悩んでる内に喧騒が一段階静まって、遠く幾つもの馬の足音が遠ざかって行く。はて、と顔を上げて見渡すと、騎士の数が半分以上減っていて、師団長野郎の姿ももうどこにも無かった。先へ行ったのだろう。
行軍の日程を想像するに、やっぱり彼ら、不眠不休で何日もああやって戦い続けてるんじゃなかろうか。普通なら考えられない時間計算になる。
うん。この程度でぐったりしてる場合じゃない。とにかく立とう。そして見知った顔を探そう。
私はダンディさんへ情報料をまだ払って無い。彼の状態を考えると直接は渡せないから、他の誰かに預けて行こう。命懸けで守り合う仲だ。ネコババはしないと思う。それから何か手伝える事が無いか、素直に聞いたら良いんだ。
そう考えながら師団長野郎の軍服を手に立ち上がって振り向くと、すっかり調子を取り戻したらしいチャランスが軽い笑みを見せて言った。
「まだここにご用ですかー?なんなら代わりに済ましときましょーか?」
・・・・・・・・・超怖い。
ここで逆らったら真面目にボコボコにされる気がする。本能の部分でゾッとしてしまい、理性の部分で妥協してしまった。
今すぐ、怪我をした行商人や、亡くなった行商人に会って、ちゃんと顔を見て、逃がしてくれた礼と何も出来なかった詫びをしたいのは、私の手前勝手な自己満足だ。後でだって出来る事だ。
状況はどう見たってそれどころじゃないし、チャランスはさっさと私を手放して彼らを手伝ってやりたいに違いない。だいたい、傷口を見るだけで怯む私に出来る事なんて、高々知れている。
今は伯爵様に私の身を委ねるのが、誰にとっても有益なのだ。
ここに居ない方が、皆の為なのだ。
この考えが冷静で正しいのか、魔獣の死骸や行商人の惨い姿を見ずに済ませたいという本音があって逃げようとしてるのか、判別は付かない。
でも、私がここに居た方が良い理由が、1つも思い浮かばなかった。
「・・・ではお願いします」
チャランスに銀貨を1枚預け、彼らへ背を向けて歩き出した、その時。
「待って!おねーさん!」
陽気な少女の声が呼び止めるのに振り返ると、あの勇ましい少女商人が駆け寄って来る姿が見えた。全身ボロボロで右足を少し引き摺っている。綺麗な赤系グラデーションのワンピースは見るも無残な状態で、首から上にも血の滲む灰色のガーゼを幾つか張り付けているその姿は、ここが日本の往来なら道行く誰もが凝視する痛ましさだ。が、応急処置は受けた様子。大事には至らなかったのだろう。良かった。
驚いたのは、近付いて来る幼い顔に広がる、屈託の無い笑顔。
・・・どうして笑えるの?
「これ、忘れてるよ」
傍まで来るなりそう言って、はい、と小袋を差し出して来る。はっきり見えているだろう私の顔立ちに大した反応もせず、にっかり笑って続けた。
「ラッキーだったね。まさか黎明の騎士様達が助けに来てくれるなんてねー。しかもおねーさんたら黎明様とちゃっかりイイ雰囲気になっちゃってさ。このこのー」
さっきの今だ。この娘は、たった今、一緒に旅する仲間を目の前で4人も喪ったところだ。なのに、この笑顔は何だろう。上手く笑い返せず、されるがまま小袋を受け取った。
この世界に生きる少女は言う。充血している目元を明るい笑顔で隠して。
「とにかくお互い助かって良かったね。人生めっけもん。おねーさんも残りの人生楽しんでよ? じゃ、またご贔屓にー!」
愕然とした。
この娘は、まだ仲間の死に喘いでいる最中だ。当たり前だ。けれど生きるという事も死ぬという事も、私などより遥かに良く理解しているんだろう。自分だって辛いまま、それでも、立ち上がれずにいた私に気付いて、励ましに来てくれたのだ。
名前も知らない私を。何も出来なかった私を。何も言わず去ろうとした私を。
この混乱の中で、後回しにしないで。
大切な今、この瞬間に。
「・・・っ」
手を振りながら仲間達の元へ走り去って行く少女の精一杯の笑顔へ、結局一言も返せないまま。
届けて貰ったものを、持つ手の震えはなかなか止まらなかった。
稚拙極まりない趣味駄文を晒し続けておりまして、大変申し訳ありません。
以下小ネタ・小話
ボタンの件のツッコミは不要です。自覚してます。
主人公、師団長野郎をせっかちせっかち言い(思い)ますが、本当は彼は仕事中の軍人さんとしては極普通です。むしろどっしり構えてる方です。という設定です。
本来せっかちでも無ければ、主人公の前では急いだ事すら無いです。
凡人と軍人の立ち居振る舞いのリズムの差を表現したいのですが、やっぱ一方的な視点だとどっちかが割を食う感じに。。。
また、主人公の彼へ対する感情もあって嫌味的な意味でもせっかち認定なので、精々がテキパキしてるって感じが正解です。
鍛えてる人って、ゆっくりな動作から素早い動作までの振り幅が、鍛えて無い人のそれとはだいぶ違いますよねー。
くいっくいっすろー的な。




