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カレン  作者: f/1
光と闇
47/62

45

作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。

誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。

また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。






 密着する体の筋肉の動きと、伝わる振動で、どこかへ運ばれているのだと分かっていた。そしてこの人が私を殺したがっている以上、運ばれる先は決して優しい場所じゃない事も。

 だけど私のお尻を支える手も腕も、私の上体を受け止めている肩も胸も、力強く、小揺るぎもせず、それなのにちっとも痛くなくて。

 移動距離が長かったらきっと、安心しきって気を失ったと思う。

 けど現実には数分も歩かぬ内に水を割る音と、同時に大きな振動があって、がくんと落ちる感覚に襲われた。咄嗟に呼気を詰め、身を固くする。が、落ちたのではなく、下がっただけらしい。

 お尻を抱えていた右手が背中に回って、支えるように添えられた。その代わりにお尻には別のものが。たぶん太腿。どうやら器用にも、片手で私を抱えたまましゃがみ、片膝突いてその上に私を降ろしたらしい。どんな腕力・・・ん?

・・・っ?!っぎ!

 そのお尻に、ジワリと冷えた水の感触がして、状況を完全に把握した。

ぎゃああああああああっ!!

 内心絶叫しながら、闇雲にしがみ付く。目を閉じてたから、がっつり握り締めてから、それが体勢的に彼の軍服の胸倉辺りだと気付いた。遅れて、米神の辺りに何か触れて、暖かい肌と硬い感触に、彼の顎辺りにぶつけちゃったんだと知る。うわわわわきっとこれほっぺにも返り血べっちょりですよねうわまじごめんなさいでも貴方が悪いと思うんですよっ。

 と、私が慌てだした途端、耳朶に触れる様な位置に低い舌打ち。

「落ち着け。浅い川だ。降りて返り血を洗え」

違う違うそうじゃないでしょこのおばかーっ!

 側道の小川の水深は脹脛の真ん中くらいで、私はその真ん中に置かれそうになってるんだ。実際もう彼の足と私のお尻は浸かってしまっている。とにかく掴まった手に渾身の力を込めるしかなかった。

 私の両足は畳まれる様にして彼の足の間に収まってるし、背中に回された彼の右手は触れるくらいの力しか入って無いし、彼の利き手である左手は最初からずっとノータッチ。だから、自分の力だけで自重を支えるしかない。懸垂状態。無理無理無理っ!

 罵ってやりたいくらいの焦りに、朦朧とし掛っていた意識が完全に覚める。

「ダ、ダメですって!ダメっ、降ろさないでっ!」

 ダメって言ったのに、重心を私の背に移して益々降ろそうとしやがった。軽く覆い被さる様にされた所為で上体が反れ、一層しがみ付く腕に力が必要とされる。

落ちる落ちるっ!!

「師団長様っ!」

「まず返り血を洗えと言ってる。魔獣の血は毒だ。目に入れば失明、飲めば内臓が腐る」

「知ってますよ!」

 態々骨振動使ってまでご説明頂かなくても『白い魔獣』の原料が何かは聞いた。知ってる。そしてこの人もその事を心底知ってる筈だ。なのに・・・。

「なのに川で洗ってどうすんです!川の中でっ!下流の人とか馬が飲んだらどうすんですかっ。早く上がってくださいっ!」

 言いながらも失明という言葉にビビって、目を閉じる力に意識を持ってかれる。彼の襟のとこで軽くゴシっちゃった事は内緒だ。それに、喚いた所為で口の中に変な味が広がったし、皮膚からも吸収してしまうだろう。早く洗いたい。うがいしたい。今すぐ隅々まで洗い流したい。

 だのに、暫く沈黙があった。のん気に数拍黙った師団長野郎は、これまたのん気にこの状態のまま会話をご所望になられる。

「・・・言ってる場合か」

 しかも超呆れた風だ。信じられない!

「何ですかそれっ。それで下流の人が失明したり重病になったりしたら、どう責任取るつもりですかっ。魔薬騒動みたくなったらどうすんですっ。 ってゆーかこうしてる間に上がって川の外から水掬って洗ったら済むでしょーがっ!」

 いけない、腕がワナワナしてきた。口の中も今やはっきりと血の味がする。いや、腐った血の味、だ。今まで味わった事の無い、異様な味。吐きそう。

「っねがい、早くっ」

 必死に頼むと、漸く、やっと、動いてくれた。背中の手がまたお尻に回って、持ち上げられる。反動とか予備動作無しに腕力だけで長身の私を抱え上げ、微塵も乱れる様子の無い足取りで川から上がった。そして、意外にもとてもゆっくり、転ばないよう支えながら地面へ降ろしてくれる。

 混乱に困惑を足された心地になりつつ、足が地面の感触を掴んだと同時、そっと彼の軍服から手を放した。

 力一杯握ったからきっと皺になったろう。ごめんなさい。返り血もいっぱい吸ってしまったろう。ごめんなさい。あとこっそり顔拭いてごめんなさい。

「ごめんなさい。ありが」

 礼を言い切るより先に、大量の液体が頭上から降って来た。さっき返り血を浴びた時の事が脳裏を過ぎって、反射的に縮こまってしゃがみ込んでしまったが、すぐにそれがさらりとした清涼な川の水だと分かった。

「・・・・・・」

 分かったんだけど、なんか、凄い量だ。どばどばと。

・・・ええっと。魔法、かな。

 どう考えても、水道に繋いだ極太ホースで放水されている様な水量。特別泳げないとか水怖いとか無い性質なので、されるがままに浴びてみる。ちょっとどころじゃなく息が苦しいけどね。俯いて口呼吸ついでにうがいしとこ。

 その行動は正解だったようで、疲れた様なバリトンが合間に聞こえた。

「・・・お前に何かあったら、リヒャルトにくびり殺される」

 殺される、じゃなく、くびり殺されるってところがミソですね。分かります。でも実際はちょっとイヤンな嫌がらせだけで済むと思うよ。あ、それか生涯ネタにされるか。どの道エグいよね。究極、逆に全くその話題に触れないとかもしそうだね、超ワザとらしい感じで。怖いねえ。

 水が止むまでの間、自分が殺された後の事について師団長野郎にいっぱい話しかけてしまった。もちろん、脳内でだけですとも。


「痛みや違和感は無いか」

 放水が止み、顔の水滴を無理やり手で拭って、恐る恐る目を開けたらそう問われた。早いよ、待ってよ。慌てて全身チェック。

 うん。化粧がどろどろな点以外は問題無さそう。平素なら絶対人様に晒す状態じゃ無いだろうが、言ってる場合でも無い。

「・・・ん、大丈夫です。コレもありますし」

 言いながら、無事な証拠に声のする方へ顔を上げ、左手を上げて見せる。親指に嵌るリングの向こう側に、存外近くに、淡い色の男前が居た。こんな時じゃなかったらビビって目を逸らしたろう。それくらい、躍動感が半端じゃ無い筋肉質な肉体が惜しげも無く晒されていた。

 テレビで見たボディビルダーやプロレスラーほどはゴツく無いのに、何故か見る者の本能に威圧感を与える厚みの肢体を濡らすのは、ただの水だけだ。噂通り胴部の肌は完全に白人の人の肌色で、日焼けしてるところより一層白くて分かり易い。

良かった。怪我、してない。

 素人の視認だけで完璧に分析出来る筈も無いので、確実では無いけれど。古い傷跡みたいなのは見える場所だけでも2つ3つあるが、真新しい傷は無い様だ。血の赤も見当たらない。

 さっと観察して心中撫で下ろした私を、横目で見下ろす淡い青灰色の瞳。きらりと朝日が差して煌く。

「頼り過ぎるな。所詮道具だ」

 その輝きに、なんでか目を見合わせてるのが辛くなった。咄嗟に彼の手が持っている、私を抱えた所為で魔獣の血に塗れてしまった軍服や、彼のすぐ傍の地面へ突き刺してある長大な剣へ視線を移す。が、これは失敗だった。彼の瞳より冷たい金属の輝きに、ぞっとして怯んでしまった。

 命を奪う為の刃物は、思っていた以上に空恐ろしい迫力を持っている。

・・・でも、おかげで私、生きてるんだよね・・・。

「・・・・・・」

 複雑な心境に陥りながらも、初めて見た師団長野郎の抜き身の剣から中々目が離せなかった。

 柄や鍔は全く飾り気が無いのに、剣身には何か模様が有る。日本刀よりちょっと白っぽいシルバーグレーの刀身の中央。真っ直ぐ掘られた溝に細くダークグレーで綴られているそれは、どこかで見た様な気がする。

・・・・・・ああ、月光宮だ。

「聞いてるのか」

「はい。聞いてます。ええ。所詮道具ですもんね」

 あ、ダメだ。感情と思考がグラグラしてる。逃げるな。しっかりしろ。

「あの、ランスさんは?」

 外衣はもう着れないと判断されたらしい。至極不機嫌そうに眉を寄せた彼はぽいっとばかりにそれを地面へ捨て置き、シャツを絞って一度勢い良く広げただけで濡れてシワシワのまま羽織る。ごめんなさいってば。

 私の問いには、羽織る動作のついでみたいに答えてくれた。私の背後を顎で指して。

「そこに居る」

 振り返って見てぎょっとする。とんでもなく不穏な雰囲気のチャランスが、これまた意外なほど近くで私を睨み下ろしていた。笑顔で、だ。

 こっちも目に見える様な大怪我は無い。血がいくらか着いてるが、服が破れてる部分等とは場所が食い違っている。返り血の様だ。

無事ならそれで良し。

 怖いのでさっさと顔を逸らし、深呼吸してから、周囲を見遣る。いつもなら3回するところを、1回しか出来なかったのは、焦り。

 これ以上逃げてたら、目を閉じて、蹲って、もう顔も上げてられなくなる。

「っ・・・」

ああ、ほんとに・・・。

 本当に怖ろしい事だ。改めてそう思った。

 最初に目に入ったのは、大きな魔獣の、あちこち切断されて動かなくなった体。緑の粘液と赤黒い血でどろりと染まっている。内臓がぶちまけられているものもある。骨も肉も剥き出しの切断面も、この遠目でなら少し、見る事が出来た。

 が、それまでだ。

 紺の軍服姿数人に運ばれる魔獣の死骸の、その傍に落ちている肌色が視界に入った途端、また思考が飛ぶ。

 人の、人間の右肩から先だけが、土の地面に無造作に転がっていた。

 目を凝らせば他にももっと、無残なものが見えただろう。けど、また性懲りも無く涙で視界が滲んで見えなくなった。これもたぶん、自己防衛。

自分の事ばっかだ、私。

 映画や小説で、泣く事しか出来ないヒロインや脇キャラに、脳内でしっかりしろーってツッコミ入れるタイプだった。自分だったら、いざという時はまず自分にやれる事をやるだろうと、そう思っていた。冷静に考えて、落ち着いて行動する。最初は無理でも、数分もすればそう念じて奮い立ち、結構すぐにちゃんと出来る。良い年になってからは尚の事、そう考えて疑った事も無かった。

 それがどうだ。

「・・・・・・亡くなった方はどれくらい?」

「・・・現時点で俺が確認出来てるのは、行商人4名だ」

 首を振って流れかけた涙を散らした。何も出来ない私に、泣く権利は無い。そう思いはしても勝手に次々出て来る涙を、俯いて目をぱちぱちさせたりして紛らわす。そうこうしてる内に、情けなさで落ち着いて来た。

 違う、落ち込んで来ちゃったんだ。ダメじゃん。

 慌しい騎士様達の働く音に乗じて、無駄口叩いて浮上を試みる。

「あの、お金、払ってくださいね。私、彼らの持ってる包帯と消毒液、全部買い占めたんで。国のお金で」

「何?」

「色、付けてくださいよ?どーんと。相場の10倍くらい。で、余ったのはその場で底値で売ってください。きゃっ、騎士様カッコイイ。太っ腹。ステキ」

「・・・・・・」

 すっかり朝になっている。その事を、陽光に淡く透けだした白金色の濡れ髪を仰ぎ見て、理解した。

 夜は黎明が終わらせたのだ。

「助けて下さって、ありがとうございました。私を殺すの、止めたんですか?」

 絶好のチャンスだったろうに、師団長野郎は逆に助けた。私を見殺しにしたら伯爵様にナニされるか知れない、というのも本音だろうけれど。

 透明な瞳が真っ直ぐ睨み下ろしてくるのを、今度はちゃんと感情をセーブして、黙って見上げて待ってみる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・黙れ」

 やっぱり英雄は、悪人面なだけで、悪人じゃないんだな。






 この様な駄作にお時間を割いて頂き、感謝感激です。ありがとうございます。



以下小ネタ・小話

 この回での注意。

 師団長野郎は半裸です。ズボンは脱いでません。大丈夫です。

 早朝行水で寒かったのでティクビは起ってるかもですが大丈夫です。

 R15です! ・・・よね?

 作者がエロ方面は20禁くらいまで余裕な人間なので、15禁の加減が難しいです。

 残酷描写のレーティングは結構線引き出来る様になったんですが。。。

 危なそうだったら警告を頂きたく存じます。すぐ対応します。

 ご不快に思われる方もいらっしゃるでしょうが、何卒生温かい方向で宜しくお願い致します。

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