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カレン  作者: f/1
光と闇
46/62

44

作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。

誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。

また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。





 応急処置と言っても道具が要る。止血には布、骨折には添え木。まともな手当てをする余裕が無い環境で、優先すべきなのは何だろう。

止血、消毒、気付け、輸血・・・は無理か。

 考えながら、テントを手前から漁って行く。そもそもテントの開け方が分からないので、開け放たれている物へ勝手にお邪魔した。中をじっくり観察してる余裕も無いので、乱雑に置かれている物を片っ端から調べて行く。

 アンマリちゃんを思い浮かべた。

 私の手当てをしてくれた彼女の、使っていた物、その形や色を思い出す。救急箱は木の箱で、包帯もガーゼも灰色で、消毒液の匂いは・・・。

 4つ目のテントで、清潔そうな灰色の布と、記憶にある消毒液と同じ臭いの瓶を見付けた。大急ぎで両手一杯に抱えて出る。

「っ!」

 外へ出た瞬間、北側のテントの一部へ魔獣が突っ込んで薙ぎ倒すのが見えた。嫌な音が沢山聞こえて、上がっていた息が詰まる。土埃が増して惨状が見えないのが、かえって恐慌に陥るのを回避させてくれた。

 それでもまた足や肩が震えだすのは、もう放っておいた。震えたきゃ震えてれば良い。構ってられない。そう自分を宥め賺して、周囲を見渡す。

 思いの外魔獣達が近い。押されてるんだ。テントとテントの間から行商人達の怒号や悲鳴が聞こえ、また人が宙を吹き飛ばされる。足元から伝わる様な轟音や、耳の奥が軋む様な金属音等、叫んで遮りたくなる様な戦闘音も絶え間無い。

 その中を来た方へ戻ろうとした時、消毒液達を見付けたテントの2つ隣のテントへ、地面を転がる様に人が飛ばされて来た。すぐ目の前だ。咄嗟に、本能的に身を低くして駆け寄ったけど、スカートが絡まってたたらを踏んで、無様にも手の中の物を零しながら辿り着く。

「っ!おじさん!」

 テントの布壁に受け止められる様にして倒れたのは、金熊さんだった。

 ボロボロだ。全身傷が無い所を探す方が難しい状態で、金熊さんは尚、立ち上がろうとする。取り敢えず一番大きな傷、肩口の不自然な穴に、包帯布を消毒液ぶっかけて押し当てた。途端、呻き声を上げる低い声と、硬直する筋肉。あの汚らわしい牙で噛まれたんだろう。

 でもばい菌の事とか考える間も無く、すぐに血が布を浸透して掌に届き、その感触にまた何も考えられなくなった。

 緊張で冷え切った指に、熱い。暖かい命の目安。どんどん減ってく。

やだっ・・・出てかないでっ・・・止まって!

 痛いんだろう、金熊さんは暫く奥歯を食いしばって蹲っていたが、脂汗噴き出しながらも無理やりに呼吸を整えた。私が押し当てる布を受け取る様にして自分で押さえ、そこで漸くこちらの顔を見て、驚きにその目を見開く。が、私が触れた手の熱さに戦慄くより先に、すぐさましっかり目を見据えて来た。

 血と土と脂汗塗れの髭面を言い知れぬ感情で微笑ませ、教え諭す様な焦げ茶色の瞳が言う。

「お嬢さん、町へお逃げ。ここはもうダメだ。こんなでけぇ群れは初めてだ。町の連中も恐れて加勢に来れん筈だ。助からねえ。今すぐご主人様のとこへ戻んな」

「そんなっ」

 言い指した所で、またすぐ傍に人が吹っ飛んで来た。何これ。人間ってこんなに簡単に飛ばされるものだっけ?

「っ!」

 新たに転がって来たのは、染粉の事を教えてくれたオカマさんだった。ぐったり伏せたその姿に悲鳴を飲み込む。左腕が無い!

「くそったれ!お嬢さん、良いから逃げな!」

 言いながら金熊さんはまた魔獣の方へ行ってしまった。もう何を言われたのか良く分からない。半分無意識に這い寄ったオカマさんの、左肘のあった辺りに包帯を巻き付け、強く縛ろうとして、震える手に力が入らない事に気付いた。心底イラ付く。

信じらんないっ、こんな時に!しっかりしろってばっ!

 潰れた断面から次々に溢れてくる血で、唯でさえ使い物にならない指が滑る。地面に着いた膝の上に患部を乗せていたから、瞬く間にスカートが重くなった。

 直の太腿に、濡れた感触。

 人の血。大量の。

「・・・っ、っ!」

 涙で結び目も良く見えない。いつの間に溢れたんだろう。服の袖で拭っても拭っても出て来て邪魔をする。嫌だ。

「嫌だっ・・お願い、しっかりしてっ」

 もう誰に向かって言ってるのかも分からない。

 オカマさんは意識が無く、ぐったりと横たわった姿でぴくりとも動かない。あんなに綺麗に艶めいていた髪が、見る影も無く汚れてぐちゃぐちゃに萎れている。ほんの2~30分前に陽気な笑顔を見せてくれた顔は、青褪めて強張ったまま目を開ける気配も無く、傷口を触られてるのに痛そうな表情にもならない。

ねえ、生きてるよね?生きてるんだよねっ?!

 どうしよう、本当に嫌だ、何も出来ない自分が。こんな時に止血布を縛る事すら出来ず、唯一出来るのが泣く事だなんて。一番なりたくない人間になってる。

「っねがい・・・だれか・・・」

 挙句の果てに口から出るのは他人頼み。他人嫌いとか言っといて、いざって時には他人任せ。最低だ。自分を罵って漸く、辛うじて布を縛る事に成功する。それでも不安で傷口を強く押さえながら、オカマさんの意識を取り戻す為に声を掛けようと、震える息を吸った。

 その時、北の方から、数が減ってしまった行商人達の声が聞こえた。

 怒号でも、悲鳴でもない。それは、どちらかというと喜色交じりで。

・・・・・・歓声?

 脳裏にチャランスの姿が浮かぶ。そうだ、彼が参戦してるんだ。盛り返したに違いない。

 その喜びに顔を上げた瞬間、視界全部が陰った。

「・・・・・・ぁ」

 間抜けな掠れ声が私の喉から出たのを、大きな耳が拾って、そこだけ器用にこちらを向いた。倒れているオカマさんより2回り以上大きな魔獣の、後ろ姿がそこにある。座り込む私の目線の上で、長大な尻尾がゆらりと揺れた。

「っや・・・」

 思わず、無意識に、オカマさんの体を這い跨いで魔獣との間に移動する。何も出来ない私が前へ出てどうするのかなんて、理性的な考えは浮かばなかった。

 頭、真っ白。何も考えられない。

 そんな私の目の前で、緑色の粘液で汚れる体躯がゆっくりと動く。体ごと私の方へ向き直って、軽く手を伸ばせば届く距離に、狐の顔を寄せて来た。

 酷い悪臭だ。獣臭とは全く違う腐臭に似た臭いと、沢山の人間の返り血の臭いが混ざって、目の前の大きな口から放たれている。

 一気に吐き気が込み上げたが、それを上回る恐怖に体が何の反応も示さなかった。これじゃあ「どうぞお食べください」と言ってる様なものだ。吐き気の衝動で思考が少し働き、せめて消毒液の瓶を叩き付けるくらいはしなきゃと思ったけど、もう指一本にも力が入らなかった。

 決して目線が合わない、瞳孔の広がった濁った目。血と唾液と緑色の粘液で濡れた牙が覗く、少しも閉じない口。いつ動くか知れない前肢に、地に減り込むほど長く太い爪。ヒク付く鼻も大きな耳も長い髭も、全部私に向いている。

 脳裏に家族の顔が浮かぶ。ごめん、と心で呟いた。覚悟なんて格好良いものじゃなくて。

あ、死ぬんだ。

もう帰れないんだ。

 そう思った。それだけだった。

 いざという時、私の中にはそれだけしかなかった。

 だからだろう。恐怖と絶望で極端に狭まった視界に、魔獣の横合いに映り込んだ煌きに、気付くのに遅れた。

「っ・・・?」

 音がしたと思う。とても嫌な音。肉と骨を、同時に切り落とす音。

 目の前の獣の顔に変化は無い。ただ、その顔が僅かに斜めにズレて、手前へ寄って来た。膨大な量の血飛沫と共に。

 本能的に目を閉じ、首を竦める。下げた頭の天辺から生温い血を浴び、落ちて来た大きな頭のどこかが膝端に乗るのを感じて、全身総毛立った。

 動けない。声一つ出ない。

 怖い。

 けれど、呼吸が詰まる悪臭の中、不意に穏やかな香りが過ぎった気がして。


「意識はあるか」


 不機嫌そうな、低い声。

 心臓を鷲掴みにする、重厚なバリトン。

「止せ、目を開けるな。口もだ。そのままじっとしてろ」

 上げかけた頭を何かに押さえられて、そこから伝わる様な声を聞く。

・・・ああ、そっか。コレ、あのヒトなんだ。

 何がどうなってるのか分からない。でも、混乱して辺りを探ろうとするだけの気力は戻った。

 同時、膝に掛っていた魔獣の頭部らしき重みが、鈍い音を立てて失せる。その音に思い切りビビってしまったけど、体勢的にきっと、彼が蹴り飛ばしたかどうかしたのだろう。

 どけてくれたんだ。そう察して、もう大丈夫、って分かった。

「三班救助!二班索敵!一班は警戒しつつ魔導処理!」

 遠くへ怒鳴る様な声で言った師団長野郎に、幾つか是の声が返る。切れの良い、覇気のある若い声が復唱するのも聞こえた。

 それらに紛れ、あの少女商人の声が届く。

「英雄だ!黎明様が来てくれた!助かったんだっ!!」

 きゃっほー、ってさ。大はしゃぎだ。なんて可愛らしい。

・・・・・・良かった。あの娘、元気なんだ。

 思った途端、耐え切れなくなって吐きそうになった。が、頭を押さえる師団長野郎の大きな手が、その吐き気を押し止める様に動いてから去って。

「吐くな。消耗されると面倒だ」

 厳しいお言葉と共に、ふっと何かに包まれた。

「暴れるなよ」

 体に掛る負荷と浮遊感に、抱き上げられたのだと理解した。片手で、子供にするみたく。

「っ・・・ま、ってっ。オ、オネエさんがっ」

「暴れるなと言った」

 耳元で低く凄まれて堪らず怯む。反射的にごめんなさいを言ってしまったが、続いた低音にもやはり、嫌悪は感じられなくて。

「息はある。手当ても部下がやる。お前が医者なら話は別だが」

 私を殺そうとしてる人の腕の中で安心するなんて、不覚過ぎる。

 でも、揺るぎない腕に、肩に、胸に、香りに、背骨をするっと抜き取られる様な安心感を覚えてしまった。






 妄想文章にお時間を頂きまして、まことにありがとうございました。



以下小ネタ・小話

 初戦闘終了です。あっさり風味でお送りしましたつもりです。

 てゆーか、戦闘描写自体はほぼ皆無のままで終わりました。

 期待されてた方には申し訳ありませんが、戦闘に関しては今後もこんな感じです。精々が多少エグさが増すかな?程度かと。

 今回もほんとはもっとエグくグロく痛い感じだったのですが、色々とアレなのでカットした次第です。

 でも一回書いてみたいです。古代ヴァレンティア人はサイ○人的なアレですから。

 あ、でもスーパーにもフュージョンにもなりません。あしからず。

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