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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
2012/11/25:句読点間違い訂正(内容変更無し)
すぐ北に崖と、その下に森があり、森を抜けると魔獣の巣窟である大草原が広がる。
この宿場町は地図上だと、もう殆どその崖に差し掛かるような位置にあった。高級ホテルの最上階からならば、森越しにパノラマが眺められる。大草原との距離もそれだけ近い。
それでも極珍しい事であるらしかった。群れが丸々1つ、ここまで南下してくるのは。
「魔獣だっ!!」
一番反応が早かったのは金熊さんだった。金熊さんに似た太い声の人が続けて怒鳴る。
「武器を取れ!魔獣除け持って来い!テント荒らされんじゃねえぞお前ら!」
途端、魔獣の群れの出現への恐怖を振り払い、皆それぞれ気迫の声を上げた。あの少女までも、一緒になって勇ましい雄叫びを上げてる。
え?なんで?逃げるんじゃないの?!
冷静に考えれば、魔獣を避けるなら最初から町の中にテントを張っていた筈だ。行商人はその安全を買わない代わりに、自分達の身は自分達で守るのだ。飯のタネの商品ごと。
この世界の行商人は、一人残らず戦う商人だった。
「アンタはさっさと町へ入りな!」
茫然と座り込んでいた私の腕が、誰かに強く掴み上げられた。掛けられた声からしてどうやら、同年代の女性商人らしい。私は顔を隠している分視界が悪いので、そうして立ち上がらされて初めて、周囲の状況がはっきり見えた。
黒色とも灰色ともつかない薄汚れた毛並みの魔獣が、10頭以上、じりじりとこちらへにじり寄って来ている。裏街道へ繋がる道を防衛線とした商人達が、声を張り上げてお互いの役割を確認し合っていた。その商人の数もいつの間にか倍増している。
眠っていた者も飛び起きて、参戦しているのだ。
・・・そっか、戦闘なんだ、これ。
戦場までは、人の命が左右される場面になど遭遇しないと、決めて掛っていた。伯爵様に守られて整備された街道を行くのだから、と。
本当バカだ。愚鈍過ぎる。伯爵様から離れた町の外へまで来て、何をのん気な事を。
ここまでの道程が順調だからと、完全に油断していた。この世界では魔獣の存在の為に、隣町へ行くのにも命の危険が伴う。そう教えられていたのに。
そこで漸く、やっと、私は自分が魔獣の群れに遭遇しているという現実を理解した。
「っ!」
した途端、焦点と意識が噛み合って、十数メートル先のその姿をはっきりと認識する。元は狐だ。それが分かるくらい、その魔獣達の姿はしっかり原形を留めていた。
しかし、どの個体も尋常な状態では無い。
体長は2メートル以上もあり、尻尾を含めると3メートルはある様に見える。大きな頭の上の大きな耳の位置が、私より10センチ位は長身だった染粉の青年の腹部まであった。この世界の本来の狐がどんなものかは分からないが、垣間見える爪や牙の長大さに私の価値観は付いて行けない。
おまけに全頭、瞳孔は開いて左右別方向を向き、開きっぱなしの口からは不規則な呼気と大量の涎が漏れていた。そして目、口、鼻、耳、全ての穴という穴から濃い緑色の粘液が垂れ出している。
狂ってる。
それなのに歩みは獲物を定めた肉食獣のそれで、はっきりと人を襲うという意思が見えた。獲物を逃がさない様に包囲するという、連携活動さえしている。
人間の衰退した動物的本能でさえ感じ取れる、異常。
生物として彼らを受け入れられない。
それなのに、以前動物番組で見た可愛らしいキタキツネと基本的な体の造りが同じで、その事が何よりも怖ろしかった。
「・・・ぁ」
ゆっくりと包囲されていく隊商。興奮しているのかどうかさえ分からないほど、正気を失っている化け物。あの少女が大振りのナイフの様な物を手に取っている。金熊さんは一番前で、さっきまでと別人のような形相で迫る獣を睨みつけて・・・一触即発。
「しっかりしな!自力で町まで走るんだよっ!」
私の腕を掴んで、引き摺る様に魔獣から遠ざけてくれている女性の存在に、ふと我に帰る。激しい叱咤を至近距離で浴びて、漸く恐怖に全身が震えだす。
「ごめんなさっ・・ったし、初めてで」
「見りゃ分かる!ほら行きなっ、応援呼んで来るんだよ!」
そうだ、応援だ。助けを呼ばなくてはいけない。あんな大きさの、あんな数、行商人達だけで挑んだらどれほどの被害が出るか。
あっ!!居るじゃんか!
「ランスさん!」
テント群の脇、町の手前で足を止めた私に行商人の女性は苛立ちを顕わにしたが、その私が急にあらぬ方へ向けて叫んだのに訝る顔を向けた来た。それは見えてるんだけど、説明する間が無い。
「ランスさんってば!お願い!居るんでしょ?!助けて!」
国民の緊急事態に飛んで来ないとは何事だ!
そう怒鳴り付ける為に更に息を吸った時、不穏な轟音がテントの方から聞こえて来た。始まってしまったのだ!
「ランスロット・レーダっ!皆を助けてっ」
語尾が掠れて潰れた。力一杯叫ぶなんて初めてだったから、喉の使い方を間違えたらしい。びりりと喉奥の粘膜が痛んで怯んだのと同時、防衛線辺りから悲鳴が聞こえて思わず振り返った。
「っ!!」
人が・・・。
魔獣の前足一振りで、成人男性が、屈強な行商人が2人、数メートル弾き飛ばされている。血飛沫を上げながら地面へ滑る様に落下した彼らは、すぐに立ち上がろうとするも、体を起こせずもがいて倒れ込んだ。
この世界の人間も、血が赤い。
人間が、血を流して地面にのたうつのを、自我から離れてしまったかの様に目が勝手に凝視する。ほんの数メートル先だ。この視力だと細部まで見える。見えてしまう。
何これ・・・嫌だ・・・誰か・・・助けて・・・。
苦しそうに動く手足が、徐々に力を失っていく。地面を濡らす血がどんどん増えてく。
「っ・・ダメっ」
ダメだ。そうじゃない。しっかりしろ!
後で考えても、この時湧いた気力がどこから来たのか、分からない。たぶん、これこそを火事場の馬鹿力って言うんだろう。
私を町へ行かせようと、守ろうとし続けてくれている女性に向き直る。不思議と体の震えは小さくなり、声も冴えた。
「足が竦んでるあたしより、慣れてるあんたのが速いわ」
「なにっ?」
何言ってんだ、と書いた顔が、しかし急速に得心の云った表情に取って代わった。流石切り替えが早い。
「分かった。アンタもすぐ来るんだよ」
「うん。ありがと。行って」
言い切るより先に踵を返して走り出す彼女は、やはり鍛えられている体が示す通り俊足だ。それを確認して、私は魔獣と行商人の戦場と化した、裏街道への道へ振り返る。
酷い状況だ。この短時間でまた、地に伏して動けなくなっている怪我人が増えていた。戦っている場所は土煙が上がり出していて視界が悪いのに、それでも怖くて見れない。
しっかりしろって!良い年して恥ずかしい!
あの少女だって怯まず、魔獣へ何かを投げ付けたりナイフを振り回したりして戦っている。
「・・・目の前で国民が血を流してるのに出てこないとか、騎士って何なの」
独りごちながら負傷者へ向けて歩き出す。数歩も行かない内に、無意識駆け足になっていた。
しかし、一番近くに倒れている人の元まで近寄った時、顔に巻いている布を真後ろから引っ張られ、喉を絞められながら強かに尻もちを着く羽目になった。痛い!
「何やってんすか。町へ、お師匠様のとこへ戻ってください」
見上げた顔は、本当にチャランスなのか一瞬疑ったくらい、真剣な顔だった。私を見下ろす眼差しにも、はっきりと怒りと嫌悪が込められている。
「仕事、してください、ランスさん」
「オレの仕事はアンタの護衛です」
「本気で言ってます?」
「っ・・・」
私の問いに、彼は奥歯を噛み締める様に顔を強張らせ、黙った。返事をしない。
目の前で、ほんの2歩先で、お腹から血を流して倒れている人が居る。ほんの10歩先で、足があらぬ方向へ曲がってしまった人が叫んでいる。ほんの数メートル先で、大きな化け物から仲間を守ろうと挑む人達が居る。
それを見ても、目の当たりにしても、それでも動かない心なんて無い方がマシだ。
ごめんね身の程知らずの日本人で!
「・・・あーっそう。分かりました。とっても、良く、分かりました」
「っ!おい!」
このくそったれ騎士は私に触れない。失魔症がキモ怖いから。
だから力一杯巻布を振り払ってやった。大丈夫、この混乱で私の顔立ちなんて些事に降格しまくってる。チャランスが驚いてる隙に、それこそ虫みたいに倒れている人へ這い寄った。ほら、すぐ手が届いたじゃない。
倒れていたのは沢山話をしてくれたあのダンディさんだった。胸からお腹にかけてが真っ赤な事は見れたが、チラ見でも分かるほど大きく抉れた傷口をしかと見るのに恐怖が湧き、一旦手を握って励ます。
「しっかりしてください、大丈夫、強い剣士様が来てくれましたからね!」
「アンタなあ!」
チャランスは無視!
同時に自分を内心で励まし、脳内で緊急時のマニュアルが無いか探し回った。でも車の免許を取りに行った10年ほど前に、講習で人工呼吸の練習をしただけだ。重傷の対応なんて・・・。
あ!意識の確認!
何の役にも立たないと思った人工呼吸講習の薄れ切った記憶から、芋蔓式に知識が出て来る。テレビとかで得た雑学が断片的に思い出され、体を動かしてくれた。
ダンディさんは辛うじて意識がある状態で、腹部に大きな切り傷が2本あり大量に出血しているが、内臓が飛び出すとかの大惨事は免れている。呼吸も浅いけど止まっては無い。脈と心音はびっくりするほど早い。でもこれもたぶん今すぐ止まる様な気配は無い・・・と思う。良く分からないよ!
ダメだ。落ち着け。深呼吸しろ。
とにかく止血だ。
汚れて曲がった魔獣の爪で裂かれたんだろう、綺麗な斬り口では無い。しかも並行して2本だ。上着を脱いで裏地が外側になる様に丸め、傷口に押し当てる。慎重に圧を加え、ダンディさんの表情の変化に注意した。
痛そうだが大丈夫。白眼は剥いて無いし、吐く様子も無い。
でも、吐血してないかとか痙攣起こしてないかとか、確認したところで何も出来ない事にここで気付く。私に出来るのは、傷口を圧迫止血する事くらいなのだ。経験があってぱっと出来るのは、痣や捻挫程度の処置だけ・・・いや、待てよ。
「救急箱は、応急処置用の道具は、商品にあったりしませんか?」
ダンディさんの顔を覗き込んで聞いてみたら、頷くような瞬きを貰えた。よし!
「勝手に漁りますよ?お代は国が持ちます」
「アンタいい加減にっ」
まだ喚いているチャランスを、睨み上げて吐き捨てる。
「見殺しにしたいの?!」
途端、激昂する若き騎士。
「んなワケねえだろっ!アンタが大人しくお師匠んとこ行ったら加勢に戻れんだよっ!」
この世界の、この国の、王室騎士団の決まりなんて知らない。破ったらどんな罰則があるのかだって、今は慮ってやる状況じゃない。
だいたいあんた今、制服着てないでしょーがっ。
黎明と導師の弟子はエミリオの森で出会う。だからそれまでは、私の傍に黎明師団の関係者が居てはいけないので、チャランスは念の為に旅の剣士を装っている。
如何にも戦い慣れている姿の彼を睨んだまま、背後の戦場を指さし、冷静に聞こえる様に感情を抑えて言った。
「順番を間違えないで剣士様。凝り固まって柔軟に動けないのは無能のする事です」
言った途端、殺されるかと思った。背後の魔獣では無く、目の前に立っている青年に。それぐらい、はっきりと激した目で睨まれる。赤茶色の瞳の奥に、どす黒い何かがぶわりと噴き出すのが見えた気がした。
だけど、伯爵様が受け入れた人物だ。師団長野郎が複雑な仕事を任す人物だ。騎士としての志が高く無い筈が無い。
チャランスは、日本で言うところの現場叩き上げの自衛官さんなんでしょうよ。
ならば人々を守る事を優先しなきゃ嘘だ。
「応援を呼びに行って貰いました。伯爵様ならほっといたってすぐ気付いて対応してくれます。私も魔獣の前に飛び出すような馬鹿はしません。もっと言いましょうか?」
握りしめられた拳は、焦げ茶色の革手袋に包まれている。それは血糊で滑らない為の、戦う為のものじゃないの。もう、ほんとは駆け出したいんじゃないの。
お願い、そうだと言って!
戦闘音の中、祈る様に睨む事数瞬。絞り出す様な返答は望み通りのものだった。
「・・・もう良いっ、勝手にしろっ」
アンタが死んでも誰も困らない。
小さくそう言い足した騎士は、旅用マントの利き腕側を肩へ跳ね上げながら魔獣へ向けて走り出した。使い込まれた細長い剣を手に。
・・・知ってる。だからこうしてるんだよ。
ママ、パパ、玲衣。
せめてあなた達に恥ずかしく無い行いが出来れば良いけれど。
拙い作品にお付き合い下さり、本当にありがとうございます。
以下小ネタ・小話
初魔獣はキツネさんでした。
しかしてこの作品はフィクションですので、実際のキツネさんとは一切関係ありません。全くの別物です。あしからず。
後に本文でも出るかもですが、バルバトリアでは動物も地球の物とはちょっと差異があります。という設定です。
大きさが最たるものですが、例えば毛色や爪の形や牙の数なんかも少しずつ違います。
実はお馬さんも大きさ以外にも差異があるのですが、主人公が地球のお馬さんと日常的に接していたヒトでは無く、その生態に精通していない為に気付かれない、というオチです。
ほんとは細かく書きたかったんですが、そうすると主人公が動物雑学王的なキャラになってしまうので断念。。。
あ、別に作者が動物雑学に富んでいるという意味では無く、作者の傍には常にウィキ○ディアがあるという意味ですので、地球動物の描写に違和感があったら教えて頂けると幸いです。
と言う訳で、ここで舞台設定プチ発散ですごめんなさい。
例えば家畜やペットの食事は、魔獣化問題の為、野生の物を勝手に食べない様に徹底教育されます。
そして黎明師団の軍馬の主食は、バルバトリア固有の一枚草を加工した物です。
ニンジンは追いかけませんのでご了承ください。




