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カレン  作者: f/1
光と闇
42/62

40

作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。

誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。

また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。


7/8:誤字訂正(内容変更無し)



 宿泊施設の8割が娼婦宿という宿場町の北東、町の出入り口から最も遠い位置にある貧民区画は小さい。違和感に足を止めた場所から1本奥の道はもう、行き止まりの袋小路だった。

 袋小路と言っても馬車同士がすれ違える程の道幅があり、家が十数軒コの字型に建ち並んでいて、小さな広場の様になっている。

 その広場には、ぱっと視界に入っただけでも6人の娼婦が立っていた。それぞれ個性の違う女性だが、何れも表通りの娼婦には見られなかった独特の雰囲気を持っている。ただアダっぽいだけじゃない。

 一瞬、最後に会った師団長野郎の暗い三白眼を思い出した。

そっか。これを「殺伐としている」って言うんだわ。

 暗く、ささくれ立った、哀しい目。何かに追い詰められている様でいて、全てを諦めている様な。

 その広場に足を踏み入れた途端雰囲気に飲まれて、また足が止まってしまった。言い様の無い、不思議な濃い匂いも漂っている。いや、臭い、か。決して良い香りじゃ無い。

 そうして立ち竦む私をどう見たか、向かって左手奥の家の玄関口に凭れかかっていた女性が声を掛けて来た。

「ここには上等な男娼なんか居ないよ。失せな」

 私の着ている物の質は、表通りでは極一般的だ。それでもここでは、一目で上等扱いされるらしい。その女性の声に続いて、似たような排他的な言葉を彼女達は次々に浴びせて来た。だけど、そんな排斥の声も口調も、力が無い。

 疲れている。全てに。

 そりゃこんな時間まで客を待って外に立ち続けるんだ。苛酷な仕事だ。慢性疲労で肉体的にも精神的にも常にギリで、きっと怒りの沸点も低いだろう。

 でも、こちらが顔を隠している事には特別な反応が無い。むしろ声を掛けられるなんて初めてだ。狙い通りなんだから、ここまで来てすごすご逃げ帰る訳には行かない。こっちだって苛酷な仕事の最中なんだってば。

 心中奮い立ち、最初の女性へ向けて歩き出す。

 こういう時、最初に声を出した人間って重要だと思うんだ。たぶんある程度感情的で、多少なりともリーダーシップがあって、社交性がゼロでは決して無い。気が強く、正面から行けば逃げない気がする。

 別に避けられたら避けられたで、そん時は他の人へ行けば良い。

 私は他人嫌いの引き籠り予備軍だが、対人スキルは一般社会人レベルはちゃんとあるんだぞ。一般事務の古参なめんなよ。

「こんばんは」

 言いながら娼婦の目の前まで歩み寄り、きちんとパーソナルスペースを保って対峙する。そしてざっと外見チェック。

 身長は167センチの私より10センチほど低く、下着に近い高露出の服はよれて痛んでおり、そこから除く肢体は痛々しいほど痩せていた。分厚い化粧でも隠しきれないほど肌が荒れ、目の下には濃い隈がある。長い髪は不自然に艶やかで、植物オイル系の濃い匂いがしていた。

 そしてぎょろりと強い眼差しでどれほど私を警戒しているか表しているのに、態度や表情はどこまでも気だるげで覇気が無い。綺麗にすれば結構な美人だろう顔立ちだけに、遣り切れない感情が湧く。

 年齢は検討も付かない。年上にも年下にも見える。年齢当て得意なんだけど、これだけ痩せて肌が荒れてると判別出来ないな。

 夜の闇と濁った朱色の明りで、元の色が分からない髪と瞳。だけど、太陽の下で見てもこの淀んだ色を纏っていそうな、この路地裏の空気が骨の髄まで染み込んでいる女性だ。

 しかしこの外見的特徴はこの人だけじゃなく、他の5名の娼婦達も似たり寄ったりであると、薄暗闇の遠目でも分かった。ここではそれが普通なのだ。

「失せろって言ったのが聞こえなかったかい?それともカモられたいのかい」

・・・しっかりしろ、後はノリと勢いだ。

 この人は警告してくれている。襲う前に唸るのは、相手を逃がしてやる為だ。大丈夫。当たりを引いてる。

 脳内シミュレーションだってしてきた。何度も何度も。

 一度強く瞬きをして、切り替える。

 内心はおくびにも出さず、口角を引き上げる。ただしやり過ぎないように、慎重に。嘘は極力少なく、カレン・コーザックの設定からずれない様に。目の前の娼婦を真似て、言葉と口調を選ぶ。

「勘弁してよ。アタシだってお貴族様の気紛れに振り回されてクタクタなんだから」

 「貴族?」と口の中で呟く様に言った彼女の表情がはっきりと険しくなる。上流階級に苦手意識以上の感情を持っているようだ。悪い方向の。

 気だるい感じを意識して、お尻の上のポッケへ右手を突っ込んで一掴み取り出す。手の中でワザとじゃらりと音を鳴らして言った。

「そ。貴族のお使いなのよ。 ねえ、小遣い稼ぎと思って、ちょっとだけ協力してくれない?」

 ちらり、彼女の目線が私の右手に下がる。この娼婦はどうやら若く、素直な性質のようだ。やっぱり当たりだった。幸先が良い。

 警戒と困惑の狭間に立った彼女が、それでも部外者お断りの雰囲気を崩さずに睨んで来る。でも、出た言葉はもう、私の方を向いていた。

「アンタ、誰の使いよ」

「王都のお偉いサンよ。詳しくは知らない。アタシ、田舎から放り出されて迷ってるとこ拾われてさ、良い様に使われてるだけだから」

 ちゃりちゃりと右手の中の硬貨を鳴らしながら、娼婦達のモノマネをする。

 バルバトリアの通貨は全て硬貨で、高い物から白・金・銀・銅・黒の5種類。材質は金属に違いないんだろうけど、例によって私が知ってるどの金属とも異質だ。

 頭悪いのでどんなに説明されても物価の詳細な仕組みが理解出来なかったけど、最低限の基準は抑えたので後は実戦あるのみ。こういうのは数こなして覚えるタイプです。

「で、さっさと済まして休みたいんだけど、手伝ってくれない?」

 緩やかに急かすと、警戒心は剥き出しだが、彼女はやはり乗ってきた。「何をすれば良いの」と問いかけながら、右手の掌は既に私へ向けて差し出されている。

 それを見て内心小躍りしたが、顔は少しイヤンな感じで笑っておいた。

「アンケートに幾つか答えてくれたらそれで良いわ。市場調査ってヤツね」

「ふうん・・・で?何が知りたいの?」

 目新しくも無い、と聞こえてきそうな表情をされた。やっぱり、こういう商売の元には情報が集まり、それを目当てに訪れる者は少なくないらしい。

 私のデビュー戦には本当、最適な町と人材だったみたい。


滑稽上等。勉強させて貰います!


 気合いが空回らない様、意識の半分は娼婦モノマネに費やして、手慣れた風を装う為にもサクサクやっちまう事にした。

 何かの拍子に失魔症がバレた時、不必要な混乱を避ける為に相手の手に指が触れない様、少し高い位置から銅貨を一枚落とす。それが彼女の掌に収まると同時に質問した。

「最近この辺りで変わった事は無かった?もちろん、アンタらじゃなきゃ気付かないような内容で」

「・・・質問が大雑把過ぎない?それじゃ何を聞かれてるか」

「じゃあソレ返して」

 質問に対する答え以外には、毅然とした態度を返す。とは言え、高々銅貨1枚の事、それほど深刻な空気にはならない。現在の銅貨1枚の価値は、王都の表通りのレストランでの平民1人分の夕食程度だからね。日本の一般庶民の精々ちょっとしたディナーってとこ。

 ただし、その銅貨が後何枚有るか想像させるために、右手は握ったままじゃらじゃらと鳴らし続ける。あんまり利口じゃない感じは、狙わなくても自然に出るから大丈夫です。ちくしょ。

 貧困に疲れている若い娼婦は、一拍黙って、雑な溜め息を吐いた。

「・・分かったわよ。ったく、大して持って無いくせに」

 ほんとは持たされてるんだけどね。何かあった時の為に、田舎なら家一軒買えるくらいの額をポッケに。実は伯爵様から離れる度、背中が冷や汗でぐっしょりになってたりします。秘密。

 私の脳内を覗き込まなかった彼女が、ぶつくさ言ったのはそれっきり。後は思いの外すんなりいった。

「ダニーが何日か前くらいから羽振りが良いって噂。この辺りじゃそれくらいしか話題になってないわよ」

 「ダニーって?」と問いながら、彼女の掌へもう1枚落とす。

「この辺りで傭兵やってるうだつの上がらないクズよ。殴りながらじゃなきゃイけないクソヤロウ。大して強くも無いくせにどうやって稼いだんだか。 まあ、アイツは卑怯なやり方に関しちゃ昔っから評判だったんだけどね」

「さいってーね、ソイツ。 どんな稼ぎ方したのか、詳しい事は知らない?」

 苦笑して見せながら、また1枚追加する。小さな銅がぶつかる安っぽい音が夜気に零れた。

「それが誰にも喋って無いみたいなのよね。口軽いくせに珍しいって、皆言ってるわ。よっぽど独り占めしたい美味い仕事にありついたんだ、って」

 なるほどねと頷きながら、銅貨を手慰みに弄び始めた彼女を見遣る。警戒心はまだありそうだが、過ぎる緊張感はもう無い。

うーん、世間話はこれくらいで良いかなあ?

「ふうん。それじゃあ気になるけどしょうがないか。 ならみんなの生活はどう?開戦宣言からこっち変化あった?」

 ストレートに問うと、不意に色っぽい仕種で壁に凭れ直した彼女が、不穏な低い声を出した。悪態も過激になる。

「今まで肉が買えた値段でクソも買えなくなったわ。別に帝国とは元々交易なんて殆どしてなかったのに、なんで帝国戦でここまで物価が上がるんだか。 お陰様でこんな時間までこのザマさ」

もうそんなに影響が?

 1つ質問する毎に銅貨を追加していく。答えを貰った時ではなく、こちらが質問する時に出すよう気を付けた。

「それは表通りも一緒かしら?」

「さあね。表はまだマシだろうさ。ここいらみたいな貧困層が、一番最初にアオリを食らって、一番最後まで搾り取られるんだよ」

「この国でもそうなんだ。どこも一緒ね」

「ふん」

「客はどう?荒っぽいのが増えてんじゃないの?」

「客筋の荒れだったらとっくの前からさ。もう何年になるかね。2~3年前からか。 英雄が飛んで来た時に一回落ち着いたけどね」

 今から3年くらい前に徐々に激化しつつあった両国間の小競り合いを、2年前、師団長野郎の活躍で一度鎮静化させたという話はちらっと聞いた事があった。この出来事で、英雄の二つ名から「西海岸の」という言葉が完全に無くなったのだ。

 たぶんその事を言っているのだろう。

「ふーん・・・で、最近は?」

「過去最悪ってくらい酷いよ。客の8割が下っ端傭兵さ。戦闘の興奮そのまま持って来てメチャクチャしやがる。表の宿じゃ門前払いされてやがんのさ」

「後の2割は?優しい常連?」

「はぁ?優しい?アンタ結局良いとこの出だろ。こんなとこまで女買いに来る男に、まっとうなのが居るワケないだろ。変態のクズヤロウばっかりさ。 あとはケチな行商人か、得体の知れないワケアリか・・・どう転んだってロクなモンじゃないね」

 最後の1枚になった。感情的になってきた娼婦は、それでも警戒心を解かなかった。それほどに油断禁物な商売なのか、単に私のやり方が拙かったのか。

「そっか。嫌な事言わせちゃったね。ごめん。 じゃあ最後、変な物や人を見かけたって話は聞かなかった?」

 言って、9枚目を払う。心得たように、彼女は銅貨の山をさっさと懐にしまった。

「変な人なら今目の前に居るわ」

 最後の1枚は元よりサービスのつもりだったから、コレでもう良い。後は、私の事を言い触らさないでくれたら良いなあ、って祈るだけ。

「あ、ヒドい」

 苦笑しながら言って、踵を返す。長居は無用だ。

 振り返った背後の広場にはやはりと言うか、いつの間にか男性の姿があった。一瞬ギクリとしたけど、チャランスの狸っぷりを思い出して、何とか平静を保つ。

 娼婦を買いに来た風の、如何にも荒くれっぽい男の数は3名。あくまでも買春中の体を装っているが、それにしては私を睨み付け過ぎだ。日本の道端で出くわしたら事件を覚悟する人相の悪さ。でもこちとら三白眼の悪党面には免疫がありますのよ!

 じゃあね、とこなれた感じ装って彼女へ別れを告げ、普通を心掛けて広場を横切る。ものっ凄いガン見されてる気がするけど、目深のフードで遣り過ごした。コンビニの前に屯してる不良君達の前を通る感覚だ。こわっ。

大丈夫。いざとなったらチャランスが来る。

 そう念じながら袋小路を出る直前、背後からさっきの娼婦の声が飛んで来た。余所者を追い払う悪態かと思いきや、意外にも律儀な返答だった。

「変な物なら行商人が知ってるかもよ!町の外の西側でテント張ってるわ!」

ああ・・・。

 ちょっと嬉しくなっちゃった事は圧し隠し、聞こえた証拠に半分振り向き頷く素振りだけして、振り返り切らずにそのまま袋小路を出た。

 予定通りなら、私の初めての冒険はここで終了だったんだけど。

「朝市をのぞいてから戻ります」

 大きめの独り言を呟いて、進路を変えた。


 この進路変更が、もしかすると、運命というヤツだったのかも知れない。





 いつもの方もはじめましての方も、貴重なお時間を当駄作にお使い下さり、ありがとうございます。

 この作品には不適切な表現や描写がありますが、決して犯罪等を推奨する意図はありません。何卒ご理解の程、宜しくお願い致します。



以下小ネタ・小話

 出ました、通貨。スルーしてください。深く考えるとイラっとするだけです。

 基本適当設定なのですが、強いて言うなら(誰にも強いられてませんが)銅貨は5千円・・・くらい・・・?

 時価なのは間違い無いです。

 あとは、高い硬貨のが数が少ないので価値が高い、くらいの事しか考えて無いので、黒貨の価値はすっごい低くいっぱい流通してます。

 民間人は普段黒貨と銅貨しか手にする事が無く、銀貨はかなり価値が上がるので余程でないと庶民には入手出来ないです。

 貴族でも金貨は1枚でも慎重になるレベルですし、白貨となると豪商が大商いで使うレベルです。

 ちなみに黒貨と白貨は金銀に色を塗ったのではなく、そういう色の金属が元々存在する設定です・・・が、本編で説明しきれるかどうか不安なのでここでこっそり補足です。。。情けない。


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