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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
3/27:前書き変更
4/4:行頭空白挿入(内容変更無し)
1/29:誤字訂正(内容変更無し)
言うまでも無く、これほどの暴力を受けた経験も、窒息で失神した経験も、今までの人生では皆無だったのですよ。いくら日本も最近では治安が悪化していると言っても、世界的に暴力は排斥されるべきだと訴えられている昨今で、そうそう先進国の平凡な一般市民が暴力慣れしている筈もない。
衝撃、だった。
怖いとか、痛いとか、通り越して衝撃だった。
明確な恐怖と痛覚は、後に数倍に膨れ上がった。
努めて当たり障り無く生きている所為か、他人から睨まれる事すら殆ど経験した事が無かったのに、一度にこんなに、受け止め切れない。こんなに沢山の苦痛、受け止められない。
だから、私の脳みそは、いよいよこれが夢であると判断を下した。
目が覚めたら、いつも通りよ。
そう言ったもう一人の自分を、珍しく純粋に、信じたかった。
目を開ける前に、落胆の溜め息が出た。あれは夢じゃなかったんだ。と。
その溜め息が私の覚醒を伝えたのだろう。ぼんやり聞こえていた話し声が止んで、すぐに凛とした知的なソプラノが声を掛けてきた。
「お目覚めですか、カレン様?」
・・・・・・さ、「様」と来たか。
成人すれば誰だって、仕事やお出掛け先でいくらでも様付けで呼ばれる。が、それは「香坂様」。つまり苗字だ。もしかしなくても、下の名前に様を付けて呼ばれたのはこれが初か。照れる。
「ご気分はいかがですか」
ぼんやり開いた焦点の合わない視界に、見知らぬ薄茶色の木造の天井。頭痛がして焦点を絞るのが辛い。メガネが欲しい。乱視の裸眼を誤魔化しながら痛みを堪えて首を巡らせば、壁も天井同様綺麗な木製で、さっきの部屋とは全く違った。
色んな瓶とか小箱が詰め込まれた木の棚と、簡素な木製ベッドが数台。狭いその部屋に満ちているのは、独特の臭い。
「ここは医務室です」
ミキちゃんと同年代くらいのすらりとした美人さんが、私が寝ているベッド脇から私を見下ろしている。若いのに、働く女性の顔のように見えた。メガネ無いからはっきりしないけど。落ち着いた茶色い髪と瞳の、ぴんとした背筋の、理知的な雰囲気の娘だ。きっちりと後ろで一括りにされた髪が白い陽光に天使の輪を作っていて、白衣の天使ちゃんを連想した。だって医務室とか言うんだもん。
「・・・・・・」
でも愛想振りまく気にはなれない。この娘は、あの時駆け込んで来た女性達の内の一人だ。記憶が正しければ、美少女クリスティーナの頬を撫でていた私の左手を、力いっぱい払い除けてくれた犯人でもある。
硬いベッドの感触と、意識が覚醒しきった事でジワジワ痛みだす右肩の締め付け感と、体と顔のあちこちに痺れるような痛みと滑った感触があるから、ここが医務室で、手当てを受けたのだという事は信じてやろう。見れば、私の体は包帯らしき布でほぼ覆われている。それにしても、包帯もシーツも微妙な色合いだ。普通医務室とか病院とかって、白じゃないの?なんで灰色。
「痛み止めが切れましたか」
その言葉は質問というより、きょろつく私の注意を引く為の言葉に近かった。実際、更に一歩近寄ってきた彼女の表情を見上げれば、そこには完全たる無表情。眼差しは怪我人の様子を伺う看護師さんのような注意深く優しい物では無く、どこまでも事務的で無機質だった。そして目が合った途端、こちらの状態度外視で喋り出す。
「まだ痛み止めは効いておられるようですね。 私はアンナマリア・クレイドルと申します。クリスティーナ妃殿下の第一侍女の一人でございます」
・・・へ?
「暫くカレン様のお世話をするよう仰せつかりました。以降、何か御用の際は私をお呼び下さいますよう」
「ちょっ、待って待って」
声も口調も、眼差し同様ちょー端的で分かりやすい。分かりやすくて、理解したく無くてもしてしまう。そういやあの時も周りが散々言ってました。
「クリスティーナちゃんは、お妃様なの?」
重い頭痛と、何だか枯れまくってる喉に苦労しながら問うてみると、何とも言えない顔をされた。最初は「何言ってんだこいつ?」みたいな。一瞬で消えたその表情の次は、思いっきり不愉快そうな顔。で、特別慌てるでもなく、すっと無表情に戻る。
「仰る通りです」
おっけ。この娘の私への基本的扱い、概ね了解です。
てゆーか、やっぱあの子が「妃殿下」って呼ばれてたのか。あの年で?びっくりだ。
ん?えっと、じゃあ・・・。
「私の顔踏み躙ってくれた銀髪の若者が、お、王様、だったり?」
これは完全に勘で言ったが、そこは女の何とかだ。また簡潔な是が返る。
んーーーーー!
なんかもう、どこからどう突っ込んで良いやら。いや、誰も突っ込んでくれなんて言って無いけどさ。
何で皆が皆コーカソイド85%モンゴロイド15%くらいの混血で日本語なのか、とか。
20代前半の王様と10代半ばのお妃様なんて、お伽噺かよ、とか。
服とか部屋とか超ファンタジックだな、とか。
寝てる間に変な薬とか盛ってねえだろうな、とか。
着てる物が変わっちゃてるよ、とか。
今何時だよ、とか。
「・・・」
おお、徐々に具体的な思考が。
「帰りますね」
勢いって、時には何より重要な物だったりする。ので、さくっと帰って忘れちまおうと起き上がった。勿論帰り方は後で考えるのだ。まあ、力んだ途端全身に激痛がいらして、半身起こすくらいしか出来なかったけども。
その痛みに強張り、呻きを漏らしたと同時に、威圧的なバリトンが聞こえた。
「帰れると思っているのか」
「っ!」
この声!
聞こえて来た方を見れば、この部屋の出入り口だろう簡素な扉の脇の壁に、背中を預けて腕を組む大柄な男の姿があった。濃紺の生地に金糸の刺繍がある、記憶にこびり付いた制服のような・・・うん、これはたぶん、軍服とか言われる類の物。腰に、長大な剣を提げている。怯みながらも目をやった私から、チラとも鋭い視線を外さない男。
この男に間違い無いだろう。最初に私を押さえ付けた、あの声の主だ。
「意識が戻ったなら、調書を取る。質問に対する答えだけを言え」
日本人とは規格が違いそうな体格。メガネ無しなので細部は分からない。でも、眼差しの鋭さは分かった。切れ長の三白眼はぞっとするほど淡いブルーグレーで、氷の色をしていた。ひんやりどころか、皮膚が裂けるような冷たさだ。
私を、人間として見ていない。
それが理解出来た。理解させる眼差しだった。
途端、脳内に蘇ったあの瞬間の記憶に、戦慄いた私の体が感じたのはきっと、殺されるという圧倒的な恐怖だ。あの王様君の碧眼の奥に垣間見たのは、憎しみという人間らしい感情だったが、今私を捉えているブルーグレーの瞳の奥は、何も無い。
感情というものを、一切、何も感じられない瞳だった。
「名は」
人に命令し慣れている、端的な口調。どんだけ上から目線よ、とか、現代日本のお軽いノリなど、ここでは微塵も通用しないと感じて、また競り上がる恐怖心。
怖い怖い怖い怖い・・・。
「答えろ」
彼は指一本動かしていない。でも、あの時のように、背後から、地面へ押さえ付けられているかのような錯覚。押さえ付けられる、なんて表現では生温いくらいの、痛み。
「っ・・」
答えようにも、喉が塞がったような状態になった。変だ。息がまた苦しくなる。頭、痛い。そうして言葉も出ない私に焦れたのか、男が室内の空気へ絶対零度の苛立ちを放つのが分かって、体が勝手に震え上がる。
こんなの、知らない。
私、こんな自分、知らない。
全く制御出来ない。その事に焦って、益々呼吸が変になる。自分の無様な様子をはっきりと自覚しているのに、何も、出来なかった。
「答える気が無い、と解釈する」
耐え切れず、吐いた。
人前で吐くなんて、若い頃の飲み会以来だ。胃が空っぽなんだろう、胃液しか出ないのに、呼吸も困難になるほど何度もえずく。アンナマリアとやらと男が、何か言い合うのが聞こえたけれど、私の脳みそはそれを聞き取るのを拒絶して、ひたすら吐け、と体に命じた。体の痛みと、頭痛と、吐き気と、酸素不足と、自分が吐いた胃液のすえた臭い。全身寒気で震えているのに、痛む箇所や目や喉が焼け付くように熱い。
やだ、本当苦しい。こんなの知らない。いらない。
事務的な女と、無感情な男。
今、私の近くに居る人間は、どちらも、味方では無い。むしろ敵視されているんだろう。そう思うと、脳みその奥の温度が急激に下がるような気分に陥った。
あれって、本物の刃物なんだろうか。
目にこびり付いた、男の腰にあった刀剣のような物。
うん。剣、と思う。
黒くて厚くて長い鞘みたいなのと、その上に同色の鍔と柄のような形が見えた。
あんな大きな物が本物の刃物ならきっと、一振りで、この肉も骨も、ぐちゃぐちゃになる。
お読み下さった方に心から感謝いたします。
6話まで一気に投稿です。