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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
「そうか。クリスが・・・」
呟いたパパ侯爵様は、娘とそっくりの細い眉毛を寄せて嘆息した。
クリスたんとの再会を私の口から話しておきたくて時間を貰ったんだけど、ついついオブラート少なめに語ってしまった。伯爵様の味方をするつもりは更々無いが、あんな小娘があれほど悲壮な様子だったのがどうしても気に入らなくてね。
たぶん逐一情報入ってるだろうから態々言わなくても良かったのかも知れないが、あの時実際に相対したのは私だ。そして今後も、彼女に私と同じ立場で接する者はそうそう居ないだろう。その私の口から、私の言葉を、面と向かって伝えておきたいっていう自己満足だったのだけど。
無論それだけじゃない。
「王妃殿下との面識は殆どありませんし、私個人の勝手な憶測ですが、殿下はもうギリギリの状態でいらっしゃると感じました。 それで、一つだけ、侯爵様に確認させて頂きたい事があるんです。私には子供は居ませんし、身分的にも無礼だと承知しているのですが、どうしても窺っておきたいのです」
「そんなに畏まらないで。何でも言って欲しい」
「ではお言葉に甘えて。 侯爵様、私、本当に見た通りを妃殿下へご報告申し上げてよろしいのでしょうか」
日本人の成人としてどうしても引っ掛かっていた事のひとつ。実年齢15歳という、日本では完全なる未成年のクリスティーナ。彼女に、絶対にR指定が付くだろう惨状を、本当にそのまま伝えて良いのだろうか。
あれ?あの娘中学生じゃんか。
そう閃いたら最後、脳裏の隅っこにずっとコレがあったのだ。
戦争を止める手立てを見付けたら、それだけを教えてあげたらそれで良いのでは?
視点を変えれば、彼女は既婚者で私は未婚者だ。家族も皆健在で、自分の事だけ考えてれば良い生活しかした事が無い。人生経験で言えば彼女の方がずっとずっと上級者なのだ。そう考えたら、私が彼女の心配をするなんておこがましいのかも知れない。けど、結局ここまで来ても残っていた不安。
倍の年月を生きている私でさえ耐えられるか際どい現実に、あの少女が壊れてしまわないか。
パパ侯爵様は私の問いにさっと表情を失い、右足の上に載せていた手に力を入れた。娘婿を庇って失ったと言う右足は、ソファセットの真向かいに座っても普通に足があるように見える。
バルバトリアの医療技術や義足の技術がどれほど発達しているかは想像も付かないが、彼に関しては伯爵様のお手製魔導具だろうと思った。私の旅道具を手ずから作る事に一欠けらも躊躇わなかった伯爵様が、親友の足を支えるのに力を惜しむワケが無い。
その2人の姿に、胸の奥の方で小さく罪悪感みたいなものを抱かされる。
もちろん純粋にクリスたんが心配っていう話でもあるけど、正直売り込みでもあるんだよね。
この国でも異世界なんて都市伝説レベルの眉唾モノだから、日本人は立場云々以前に存在自体が特異中の特異で。だからこそ日本人として感じる事、思う事、考える事を商品にしてるんだから、それを誰にどこまで買い取って貰えるのか逐一確認しときたいとこなんです。
絶対時価だろうしなあ・・・。
私の価値は現時点では底辺。元手タダの思想や思考が売り物になるなら幸い。売れる内に稼いでおかなきゃ、下手打ったらすぐそこにあるのは借金地獄じゃない。敵勢力の鉄砲玉としての拷問生活か、都市伝説生物の実験体としての生活だ。
見透かされてそう・・・って言うか発案者は半分彼らだから、この辺りの罪悪感に関してはあんま深刻にならないで良いっぽいけど。こちとら小心者だからさあ。
「流石我が弟子。中々の辛辣っぷりだねえ」
茶化すなー。
自分がいじめるのは良いが、他人がいじめると黙ってられないらしい。いや、いじめてはないんだけどね。ジャ○アンめ。
にっこり笑み合う私達に、パパ侯爵様は蒼白になった頬の力を抜いた。そうして儚く微笑んで、青い瞳にだけ力を宿す。本当にこの親子、良く似てる。
「娘の覚悟にどうか、誠実に答えてやって欲しい。それで娘が挫けそうになったら、僕がきっと支えるから」
今度こそ、と小さく添えられた言葉に、脳裏へ閃くもの。あの白く華奢な鎖骨の下に、ちらりと見えた惨い傷跡。
・・・まさかあれは・・・。
「良く言った。それでこそ我が幼馴染殿だ。やっと目が覚めたようだね、お寝坊さんめ」
私の嫌な思い付きを掻き消すような、陽気な伯爵様の声。隣を見れば、白い相貌に明確な喜色が浮かんでいる。無邪気な角度に下がった目尻に薄ら笑い皺。珍しい。無防備な笑顔だ。
親友のその喜びように、完全に肩の力が抜けたらしい。パパ侯爵様は顔色を取り戻して一層美しく微笑み、まるで天使の様なオーラを醸し出して言った。
「僕の背中をここまで押したんだ。リヒト、あんたももう二度と引っ込ませないから、覚悟しておいてくれ」
・・・・・・・・・今のは聞かなかった事にします。
「出たな化け狸め!後はベーレンドルフのおちびさんだな!」
おちびさんだと?!
幼少期の師団長野郎は人一倍小柄で、絶世の美少年だったらしい。
という衝撃の暴露話を、2人のおっさんが大笑いしながらしてくれた。私、この年になって更に、物事への諦め方が上手になりそうです。なんかごめんね、ママ。
そうして二人は一頻り、聞きたい様な聞きたくない様な昔話を幾つかなさりながら、ついでみたいに本題へ入った。そんな緊張感がイマイチな中で、なんとか予定と連絡方法を細かく確認して、現地での私の言動についても指示とアドバイスを貰っておいた。
私はパパ狸侯爵様の代理として、現地の領主と会談するのだ。
その緊張が現実の物として感じられた。ほんの数日後の事だもの。その時使用する書類や渡す物品等を受け取る手が震えそうになる。大きな物や重い物は召使いの方がリ魔ジンへ運んでくれているらしいが、書類は絶対に手提げトランクから出さず肌身離さない感じでよろしくと言われる。
言われなくても分かってるからあんま念押ししないで余計緊張するうううう・・・。
表面上平然としてられたが、これはすぐ隣に伯爵様が居るからだ。本番は同席出来ない可能性の方が高いらしい。
いや待てビビり過ぎだ。OL根性見せたらんかい!
小さい会社だから営業職じゃないって言っても、時には相手会社の偉いサンと直で金額交渉する事だってあったのだ。値切り倒して買い叩いた経験だって10回や20回じゃない。こっちの要求を通すだけじゃない今回は、楽な仕事と言えなくも無い・・・と思うんだがどうだろう?
所詮は一般事務員。正直想像が付かない部分が多く、脳内シミュレーションもぼんやりしている。きっちり予習出来ないから不安なんだな。
よし、自己分析完了。問題点は分かった。軸足がブレる程の事じゃない。大丈夫。蹲って動けなくなって真後ろに投げ出す状況には程遠い。
なんかここ数日、こうやって脳内で自分を励ます事が増えたなあ。これに虚しさを覚える前に、気持ちの逃がし方を考えねば。
等とうだうだ考え込んでいると、伯爵様と侯爵様の身内話も終わったらしい。見送ると言ったパパ侯爵様の申し出を断った伯爵様に、そろそろ行こうかと促された。男の人達ってこういう時ほんとさっぱりしてるよね。この部屋に入ってからまだ1時間くらいだよ。
思いながら失礼にならぬ様、会釈付きで退席の言葉を言って立ち上がった。と、先に立って応接室の出口へ向かおうとした伯爵様が不意に振り返り、立ち上がったばかりの私からトランクを取り上げる。
はて、と思う間も無く背後から、ふわりと柔らかい感触と香りがした。
「どうか、怨むなら僕にしてくれ」
・・・またこの言葉だ。
紳士らしからぬ別れの抱擁の仕方を披露しくさったパパ狸侯爵様の、耳元で囁かれたその声はどこまでも哀しげで。
私はまた怨みを封じられ、代わりに望み通りの怨み言を聞かせる。
「でしたら、多少の失敗とか微調整は大目に見て下さいね。あ、ちょっと無駄遣いもしちゃって良いですよね」
相手にとって、都合の良い、耳触りの良い言葉を。
「・・・ああ、そうか」
そうだね、と言いながら、そっと私を腕の中から解放してくれた。暗黒魔導師が化け狸と呼んだ男は、最後の最後で、伯爵様と会話してるような感覚を私に抱かせた。
「どうか気を付けて。 貴女へはこの言葉しか言ってはいけなかったんだね」
そんな事は無いけれど。
でも、その通りで、言い直しは無効だ。
唇から外へ出てしまった言葉は、絶対に取り消せない。誰かの耳に入ったらもう、無かった事には出来ない。その言葉は意味を、力を持つ。
師団長野郎やアンマリちゃんも、いつか言うんだろうか。
私に怨まれる様な事をする人が、この世界に後、何人居るんだろう。
完璧な営業用の笑顔でお手柔らかに的な事を言って、最後のお別れに深く頭を下げた。貴方の思い通りに動けなかったらごめんなさい、という気持ちを込めて。先出し謝罪だ。効果のほどは不明。
すると以前から膝では無く腰を曲げる日本式お辞儀が気になっていたらしい伯爵様に、それまでの雰囲気を壊す勢いで質問攻めにされた。日本人のお辞儀の意味を1から説明させられている内に、パパ侯爵様とのお別れが済んでしまっていた。
照れ臭いからって私をダシにしないで欲しい。
何故か全力で照れている伯爵様は、見方によっては可愛くない事も無かったが、如何せん気持ち悪さの方が先に立つ。つーかマジなんで照れてんだこのヒト。どこにそんな照れる要素があったんだ。キモ怖い。
そんな伯爵様とリ魔ジンに乗り込む時、もう一度だけ月光宮をぐるりと見回しておいた。きっと、二度と見ない景色だ。
超短時間観光をしたと思っておこう。
無意味な感傷に襲われる前に、照れて身悶えているおっさんが居る車内へ乗り込んだ。
これが正式な、カレン・コーザックの旅立ちの瞬間だ。
そうして一路、東へ。
シェルツェリア帝国現皇帝バーソロミュー=エル・シェルツェリアが迫る国境線、ジーク・フリード領カルヴァート市へ。
戦場へ。
ここまでお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございます。
以下小ネタ・小話
バルバトリアの貴族は普通、どんな小さな荷物も自分では持たず、召使い的な人達に持たします。
伯爵様はフェミニストなとこがあるので、人目が無い所ではこっそり持ってあげたりします。
そこを通りすがりの師団長野郎に、見付かったら召使いの立場を悪くしちゃうからやめれと叱られます。
伯爵様は分かっててやってるので、反論出来ない代わりにおちょくって煙に巻きます。
師団長野郎も分かってるのを分かってるので、厳しく叱ります。
伯爵様、ツッコミ貰ったと勘違って喜びます。
師団長野郎、その様子にイラっとします。
伯爵様、喜びます。
そんな2人をパパ侯爵様が生温い目で眺めます。
以上、王城内で時々見られる光景、でした。




