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カレン  作者: f/1
お仕事
32/62

31

作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。

誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。

また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。


5/12:改行ミス訂正(内容変更無し)


 嫌な感じはしてたのよ。実物は赤黒いくせに、王城にしか使われていない「白」が名前に付くんだから。


 しかしどうやら、皇女様投獄後から『白い魔獣』騒動まで数年の間があり、『白い魔獣』鎮静化以降から国王暗殺までも数年あり、どちらの間にも何やら色々あったらしい。国王暗殺なんて大大大事件の公表もされていないとの事。公には老いに因る病死、にしたんだって。

 それらに関しては殆ど知らない様子のクリスたんを、伯爵様が極甘テノールで誑かす。

「重要な部分は、肝心な話は、聞かせてある筈だね、クリス。きちんと考えてごらん」

 恋人に対する囁きというより、目に入れても痛くない愛娘に対するそれだ。まあ、パパ侯爵様より伯爵様の方が年上だしこの愛らしさだ、分からんでも無い。しかも経緯からいって伯爵様は、生まれたてのクリスたんや、よちよち歩きのクリスたんや、後追いクリスたん等と、他人と言えないくらいの頻度、距離感で接していた可能性が高い。羨まし過ぎる!

 うん。愛妻を理不尽に失い、忘れ形見を抱えて消沈する友人の元へ、魔導師はきっと通い詰めたに違いない。少年期に母を失った弟分の元へも。

 それで辻褄が合う。基本的に胡散臭く時折傲慢にさえ感じる伯爵様に、彼らが根っこでは心を許して頼っている様に見えるのは、一番辛い時に支えて貰った過去があったからだとしたら。

「・・・おじさま、わたし、考えたの。いっぱい。今まで泣くばっかりで、本当は何も考えてなかったの。だからその分も、いっぱい考えたの」

「そうかね。ならばもう、過去を気にし過ぎても前へ進めないと、分かっているんだね?」

ごらあっ!誘導すなー!

 尊敬しかけて損した、と怨念込めて睨んでみたら、とっても綺麗なモナリザスマイルで返された。そんなばかな!

 大人の不毛なアイコンタクトなど気付かぬほど思い詰めた少女は、不意に強く私の手を掴んだ。長い語りの間、隣り合って座っていた至近距離が、更に詰まる。ふわりと、初めて会った時と同じ甘い香りがした。

 同時に背後のチャランスが呼気を詰めるような声を出したが、クリスたんの眼差しも、声も、私の心をしっかり掴んで放さなかった。

「お願いがあるのです、カレン様。貴女にとっては残酷な、わたしの身勝手なお願いが」

 悲壮な決意に色を失う真っ白な頬が、緊張に引き攣っている。酷い言葉を吐く自身を、小さな胸の中でどれほど責め詰っているのか見える様だ。

 あの時ちらりと見えた、傷痕の奥で。

 この娘はこの若さでどれくらい、辛い日々を過ごしてきたのか。


 無性に年の離れた弟、玲衣の顔が見たくなった。


ダメダメダメ!今の無し!

 唐突に湧いた感傷を振り払おうと内心焦る私の目の前で、あまりにも理不尽に、あまりにも沢山のものを失った少女が、自分自身ごと抉る言葉を選ぶ。

「わたしは戦争を終わらせたいのです。 その為に、わたしの代わりに戦場へ行き、民の声を聞いてください。民の本当の望みを聞いて、わたしに直接知らせてください。貴女の耳で聞いたもの、貴女の目で見たもの、貴女の手で触れたものを、そのままそっくり、わたしに教えてください。 そして、戦争を終わらせる最良の手段を、ヒントを、共に探して欲しいのです」

 ダメだ。この真っ直ぐで悲しい眼差しを回避する方法なんて、私は持ち合わせてない。これまでの人生で、こんなにも強く、重い覚悟をぶつけられた経験なんて無いのだ。

 クリスたんは経験とか前例とか、そんなの微塵も考えないで、只管自分の思いを貫こうとしている。その結果、目の前の人物を傷付け、怨まれる事になっても。だのに、勢いだけで物を言っている人間の表情でもなかった。

 振り払えるワケが無い。

「・・・理由を、私である理由を聞かせて頂けますか?」

 初めて会った時、どうして私を自身の客だ等と言ったのか。どうして異世界の人間と信じたのか。まだ聞かせてもらってないよ。

 本来なら、王妃様の言葉に対して「畏まりました」以外の返事は許されないんだろう。そう理解はしてたけど、こんな厄介な申し出に対して首を縦に振るには、どうしようもないと思えるきっかけが欲しかった。

 逃げ道を塞がれては仕方ない、そう思いたい。でなければ、動けない。どちらの方へも。

 私はそれ程には臆病で、年なんだよ。

「それは・・・」

・・・意味分かんない。

 しかしてこれまた意外な事に、クリスたんは話の流れからして当然の範囲である私の質問に、真っ青になって言い淀んだ。じっと真っ直ぐこちらに向けられていた目線も泳ぎ、手を掴む細い指が震えを増す。

 伯爵様から私が元々戦場へ行く予定になっている事を聞いていて、ついでですからー的に安請け合いされると踏んでいたのだろうか。そんな浅慮な雰囲気じゃないけど。

 確かに、他の誰でも良いけどたまたま私だったというだけの話なら、何も考えず適当に返事をして、適当に報告して、それで終いだったろう。王妃様の慰みになれば良いだけ、と言うのなら。でもここまで内情を話して、ここまで感情的に迫って来ておいて、それは無い。

 そもそも、私で無くても良い程度の事情なら、伯爵様は大事な娘と得体の知れない異世界人を再会させなかったと思う。そんな馬鹿げたリスク犯す必要性、そうそう有るもんじゃない。

 横目でその伯爵様を窺うと、普段通りの読ませない微笑の中、私の視線に気付いたろうに、赤い瞳が空の一点に定められて全く動かなかった。見守る、と言うよりは、展開を注視している感じだ。

 やはりここだ。核心は。

「・・・王妃様、私に何か、仰りたい事がお有りなのではありませんか?」

「そ、れは・・・」

 クリスたんと伯爵様が、私の根底にある疑問の答えを知っていると、想像は付いている。でも、それがどんな系統の内容かは想像も付かない。

 普通に考えて、戦争を止める為にクリスたんが私をこそ使って得られる益なんて、ほんの僅かでもあるのか。子供でも知っているレベルの一般常識さえ知らず、誠実でも素直でもなく、特技も無いどころか失魔症で、保身最優先の年増女に。

 戦争を知らない人間に。

 クリスたんは真っ直ぐ過ぎる。捻くれても良さそうな半生が見え隠れしているのに、心優しく誠実だ。それは良い事だと思う。奇跡の様に素晴らしい事だ。とても。

 けれど、人を使う立場に立つなら、時にはそれを完璧に隠さなくてはならない。

んー。この若さじゃ、酷かしらね。

 少し伯爵様を怨みたくなった。なるほど、あの時彼は、今のこの状況までを想定してあんな風に言ったのかも知れない。

『私を怨むかい、カレン』

「・・・わたしを怨んでください。カレン様には、その権利があります。でもどうか、この国を、民を、怨まないでください。わたしの所為なんです。お願い、どうか」

 大きな目にまた涙が一杯に溜まったけれど、彼女はとうとう、それを零す事を自身に許さなかった。何て事無い仕事をあんなに意味深に私へ依頼した、その理由も。

 見くびっていたかも知れない。そう思って、自分の無能さを、諦観と共に再認識してしまった。

 結局、逃げ道を塞いで貰えなかったのは、自分の力不足の所為だ。

 全ては、至らない自分の招く未来だ。

「はいはいはいはい、分かりました。それくらいでお許しください、王妃様。これでは私が意地悪な悪者です」

「そんなっ!違います!わたしはそんなっ」

 慌てて募って来るクリスたんを、伯爵様を真似て笑って見せ、無理やり黙らせて宥める。嫌なやり方だ。

・・・本当、嫌な役回りをさせてくれる。

「申し訳ありません、王妃様。本当は私、元々戦場へ赴く予定だったのです。なので、王妃様のご命令、しかと賜りますよ。ついで、ですけどね」

 何も気付かなかった。何も考えなかった。そう念じれば極自然に、しれっと言葉が流れ出る。

「ただ、少し、ほんのちょっとだけ、ご褒美を期待しちゃったんです。ほら、私、犯罪者って事になってますから」

 騙し、利用し、危険に巻き込むという王妃様の罪悪感に、ここぞとばかりに付け入る悪党。脇役のお仕事は、多岐に渡るのが特徴です。

 気付いたかどうか、クリスたんの表情がここでガラリと変わる。瞳に、強い輝きが戻った。本当に外見を裏切る、強く深い少女だ。そういう意味じゃないと、もっと別の意味で言ったんだと、そう私へぶちまければ全て話せて楽になれたのに、彼女は結局、とげとげした何かをそのまま飲み込んだ。


 私が異世界へ来た理由。

 戦争なんてものに関わらなければならない原因。

 もう、分かった気がしたけれど・・・。





 読み難い稚拙な文章にも拘わらずお読み下さり、まことにありがとうございます。



 ストック分の編集・加筆修正が思いの外進み、執筆中の続きを幾つか閃くという僥倖に遭遇中です。

 どんなに辛くても、見直し・読み返し作業って大事なんだなあと痛感しました。

 まあこの先の趣味具合はほんと痛いんですがね。ごめんなさい。。。

 どうか寛大なお心をお持ちの方、どうしようもなくお暇な方、お付き合い頂けたら幸いです。


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