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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
チャラいランスさん、略してチャランス脳内渾名君が初めてうっかりミスをしたのは、意外にもその日の内の事だった。
伯爵様が彼を買い被っているとは思わない。たぶん、それほどなのだ。
夕食後、スケジュール通り師団長野郎の部屋を掃除していた。先に自室を、それが終わったら執務室で、その後廊下。ディナーの後師団長野郎が外出したので意気揚々と自室の掃除を完了し、戻って来ない内に、とさくさく執務室へ移ろうとした。
この部屋の扉は2つ。廊下へ続く扉と、隣の執務室へ続く扉。いつも通り廊下側の扉の脇に立ち私の掃除姿を見守るアンマリちゃんの、扉を挟んで反対側を定位置としたらしいチャランス。
彼は隣へ移動するのに使う扉は、部屋の奥左手にある直通の方の扉だと思い込んでいた。だから私がいつも通り自室側の掃除を終え、アンマリちゃんの傍のワゴンへ布巾と箒モップを置きに行っても、廊下への扉を使うとは思わなかったんだね。
私は基本、扉に触れない。開け閉めはいつもアンマリちゃんがしてくれる。
この国のマナーとしては、共に出入りする時は身分がより下の者が開け閉めをし、訪問時は訪問された室内に居る者の中で一番身分が低い者が対応に出る。だけど、扉の材質が激重で失魔症の私は開けられないし、また囚人脱走防止の為にも彼女が、彼女が居なければ伯爵様がエスコートしてくれるのだ。
たぶん、その辺りの細かい事情が伝わっていなかったのも、原因の一つだった。
要するに、ちょっとぶつかってしまったの。
チャランスにとっては、特殊な単独任務初日の事だから気を張っていたに違いない。もちろんそんな素振りはちらとも見せずチャラ男っぷりを披露していた彼だったけど、その裏で私の一挙手一投足警戒し、先読みし、身構えてたんだと思う。
だから予告無く予想外の方向へ動かれて、対応が一瞬遅れた。私とアンマリちゃんにとってはいつも通りの流れだったんだけど、彼にとっては「え?!こっちかよ?!」みたいな状況。
ほんの少し、肩がぶつかって。
咄嗟に「すみません」と言いつつチャランスの方へ顔を向けた私の視界に、凡人とは次元の違う反射神経で飛び退き、軽薄な笑顔しか見せなかった顔へ素直に感情を乗せた彼の姿が映った。
驚愕。嫌悪。恐怖。
顔を青褪めさせ、目が合った瞬間反射的に繰り出した愛想笑いさえ引き攣らせた。チャランスが強靭な精神を持つ騎士でなければ、もっと大きなリアクションだったかも。
それでも、現実に見せたその態度は、私に失魔症差別の現状を理解させるには十分過ぎた。
失魔症は現在、そのメカニズムの殆どが解明されていない。先天性後天性、発症原因や期間など、治療法だけではなく殆ど、何も分かっていないらしい。何せ迫害されるので患者が名乗り出る事はほぼ皆無で、なかなか研究が進まないのだ。
ただ唯一、感染しない、という事だけは専門家達が断言している。極少数とは言え、発見された患者を検査などして研究している医者や研究者、患者の家族等、様々な接触の仕方をしている者達が発症していない事実があるからだ。
が、その事実が一般へ浸透したのは、ほんの1年程度前の話だそうで。
タイミングの問題なんだろう。私がこの国に現れたのが数年後くらいなら、きっとチャランスはこんなミスをしなかった。
監視対象に、最大級の不信を抱かせてしまうなんて。
言わずもがな、私も良い大人だし、相手は自分より10歳くらい若いと言っても人生経験が豊富そうな軍人さんである。そうそう気まずい空気などに支配されたりしない。ほんの数瞬後には、それまでと全く変わらない、どこか打ち解けたような雰囲気さえある和みムードを取り戻していた。
・・・すっごい怖いけどね。
感触もある、匂いもある、温もりもある、毎日長時間空間を共にし、何度となく会話をする相手にそういう態度を取られると思いの外、胸に刺さるものがあった。とても小さな棘が、音も痛みも無くそっと心臓に刺さったような、感傷か諦観か良く分からない感情。
たぶん暫くは、目を合わす度に、会話をする度に、この感情を味わう事になるんだろうな。
でも、偉そうには言えない。
私だって、日本人の常識として殆ど言動に出さないだけで、頭の中や心の中では差別に近い事、してる。これまで何度か、何種類か、あった。人種や価値観、病気や疾患で、人を区別する事、あったと思う。
しないように、と自分に言い聞かすのは、もうしてるからだ。
こっちに来てからももう既に1回やってる。伯爵様だ。
この世界にアルビノという突然変異や白皮症・白化症が存在するか分からないけど、私は初めて伯爵様に会った時、本人に確認もしないでそうだろうと考えた。そして私はこれが感染症じゃ無いと知っていた。地球基準だけど。でもだから赤い目に驚きながらも、体裁を取り繕う余裕があったのだ。
もし、知らなかったら。
知っててもちょっとガン見してしまったくらいだったのに、もし白皮症の事を少しも知らなかったら、私はもっともっと生理的な部分でも、伯爵様を警戒したと思う。ただでさえ右も左も分からないところだから、きっとその警戒は深く本能に根付いて、チャランスのようにうっかり隠し損なう事もあったろう。
伯爵様は、異世界なんてトンデモな場所から来た図体のデカい美人でも無い胃液塗れの私を、躊躇い無く抱き上げて優しく運んでくれるような人だったのに。
区別と差別は違う、という言葉を言って良いのは、された側。
相手を「された側」にしない為に、その区別を自分の中だけにしまうのが安牌。当たり障り無く人と接したいから。
だから相手にもそうして欲しいという願望は常にある。うん。往々にして通り難い願望だというのも承知してる。人それぞれなんだから、私の思い通りに行く方がどうかしてる。分かってる。
・・・・・・でも、コレはキツい。
本当に疲れる問題だ。心痛を伴う所が遣り切れない。他人嫌いの苦労嫌いは打たれ弱いんですよー。
「・・・・・・」
思いっきり溜め息を吐きたくなるのを堪え、自室同様殆ど汚れていない執務室の掃除を始める。拭き掃除の手が若干力入んないのはご勘弁を。
大きく重厚な執務机の上に置いてある物を、片っ端からてきとーに拭いていく。その殆どは用途不明な様なそうでもない様な、微妙なデスクワーク用品。ミキちゃんのデスクのようなファンシーさは欠片も無く、社長の文房具のような無駄な高級感も無く、実に簡素で実用重視の誰でも触って良い感満載な品揃えだ。幾つか全く未知の謎物体があるけどそれも含めて、機能美、と言えなくも無い。
悔しいが、この機能美机でアヤツが仕事している姿は、確かに、指揮官とか騎士とか貴族とか、そういう言葉が納得のアレなんである。ウザ怖い!
それにしても、お勉強会での失魔症差別に関する伯爵様の説明は、あれで私を怯えさせない様に配慮されてたんだろうね、この様子だと。現実は暗黒魔導師が鳴らした警鐘が、可愛らしい鈴の音に聞こえる程に、厳しい。
だってチャランス、平民出っつってたよ。平民のリアクションがコレなら、失魔症嫌いの貴族はどんだけになるんだよ。むっちゃくちゃ怖いじゃないか。
しかもその上、私が得体の知れない異世界人と知られたら・・・・・・目も当てられない。
伯爵様曰く、私が異世界から来た人間だと知っているのは、伯爵様本人と師団長野郎、アンマリちゃん、それから国王夫妻の5名だけ、らしい。どうかずっとこの5名だけでありますようにと、祈らざるを得ない。神様信じて無いっていうか、居るかも知れないけど見た事も無いから頼る気にならないので、祈る先はもちろんその5名の方々。
この際、思念でも怨念でも良いです!届けこの想い!
いや待て。そう言えば、師団長野郎も最初のアレ以来指一本触れていない。彼の場合は異世界人がキショいのか、重罪人を警戒してるのか、失魔症が怖いのか分からないけど。脅す時だって胸倉掴み上げるくらいはしそうなキャラなのに、私へ向けて手を伸ばす事すらしなかった。
ああ、やっぱり遠くからこっそり射殺されそうな気がする。飛んで来るのは拳銃の弾では無く、矢か魔法です。
・・・・・・ダメだ。どうしたって、不安だ。
初の外出が遠出どころか戦場ですよ、奥さん。最初は生活圏周辺散策くらいからが良かったけど贅沢ですよね囚人にははいはいはい。
思考が同じ所をぐるぐる回って前へ進めないのは、不安で苦しいのは、きっと今手の中にあるこの妙なペンの所為に違いない。それかその持ち主。八つ当たり!
とか何とか悪意込めて拭いてたら、現れた。罰は速達で届けてくれるのね、エヴル様。
廊下側の扉が開く音に、即座に手を止め、軽く膝を曲げて頭を下げる。アンマリちゃんの真似を意識して、体の隅々まで気を張り巡らした完璧な礼をした。
あ、やべ、手に魔導ペン持ったままだった。集中出来て無いなあ・・・。
この部屋の掃除中は高確率で今の様に師団長野郎が戻って来るので、すぐ反応出来るように警戒してるのに。
「え! そうっすか。やっぱり」
ゆっくり礼を解いた時、廊下側扉脇の長椅子から立ち上がったチャランスが声を上げた。入って来た師団長野郎に何か言われたらしいが、距離があるので良く聞こえない。そのすぐ近くに立っているアンマリちゃんも無表情に徹しているので、さっさと興味を失って掃除に意識を戻す。
ヤツが戻ったからにはとっとと終わらせて去るに限る。
万年筆と中世の羽ペンみたいのを合体させたような魔導具を布巾に包む様にしてそっと撫で、元在った場所へ寸分違わず戻す。我ながら今日1日でこういう細かい事が様になって来た。アンマリちゃんのモノマネを極めようと努力している成果である。わはは。
さっきの出来事を消化しようと、胸の棘を無かった事にしようと、思考を散らす。でもやっぱり気になって聞き耳を立ててしまった。止せば良いのに、は言わないお約束。
「・・だ。正式に書類が通った。今もうこの時点で、あの女はロレンシア領民だ」
もう始まったの?!
途中から聞き取れた師団長野郎の声に、ズドーンと後頭部が重くなる。心の準備不足でほぼ不意打ち。不覚。持ち上げられない重さの楕円系な石っぽいのを拭く作業がとっても雑になっちゃう私へ、執務机へ向かって来ながら続けるバリトン。
ちなみにこの石、魔導消しゴムです。さっきの魔導ペンで書いた皮紙を白紙に戻します。重さの意味は分かりません。
「出身は涙軌諸島付近の地図にも載らない小島。失魔症のため幼少期に迫害されて放流される。2年前ヴァレンティヌス領に流れ着き、領地へ戻っていた失魔症擁護派の導師ヴァレンティヌスが保護」
待て待て待て!ええっとルイキ、涙軌諸島?2年前?
「以降、魔導、失魔症の研究に協力し、弟子となっていた。 更に当時伏せていたロレンシア卿の元へ通っていた導師によって、卿と引き合わされる。その時卿を助けた功績から、ロレンシア領民として籍を取得。以降今日まで、導師ヴァレンティヌスの弟子として、ロレンシア侯爵の友人として、国に尽くしてきた・・という設定が決定した」
一語一句洩らさず頭に叩き込んでおけ、と言いながらデカい執務机のデカい椅子へ腰掛けた師団長野郎は、手元のリセット石を睨み付ける私へ顔を向ける。机が大きいのでそれほど近くないけど、角度的に三白眼が睨み据えてくるのが良く分かった。
はいはいはい端的で分かり易くて助かりましたよ。けっ。
「・・・はい。畏まりました」
夕食後、この件について伯爵様と侯爵様と最終確認していたらしい。この言い方だともっと細かく、恐らく昨日から時間を見ては詰めていたんだろう。大変ですね、悪巧みも。
「他に覚えておくべきことはございますでしょうか」
深呼吸深呼吸。
うっかり出した声が平坦だった事に、軽く後悔しながら窺う。手を止め、ちゃんと姿勢を正して、師団長野郎の顎辺りへ視線を落とした。
ええもう、こっちもただの確認作業ですがね。
「・・・有る。19日後、フリード領カルヴァート市郊外エミリオの森で発生する戦闘終了後、同地で導師と弟子が調査を開始し、偶然俺と出会う。それが初対面だ」
つまり、黎明ルートも不可避が確定したのだ。最悪過ぎる!
もちろん、半分以上諦めてはいた。いたが、善処してくれるっぽい雰囲気だった伯爵様に、ほんのちょっと期待もしていたのだ。ぶっちゃけ一晩中祈り倒したとも。
それが完全に無駄だったワケだ。
戦闘とか、直接的な言葉を聞かされて、また精神的に大きくグラ付いてしまっている。さっきの今で踏ん張りが利かない。落ち着けと呼吸の度に念じて、何とか表面上は軽く強張ってる程度の動揺で抑えた。
「2度目は23日後、カルヴァート子爵邸だ。子爵に会う導師と共に侯爵代理として訪問し、本来ここで導師と合流する予定だった俺と再会する」
意識を外へ向けるんだ。視野を広げよう。背後、廊下側出入り口付近でこちらを窺っているだろう二人の監視役の事を、無理やり脳裏に思い浮かべた。
うわ失敗!その片方が正にこの精神状態の元凶の一人だよ!
ああああああ・・・もうヤだ・・・。
「3度目はその翌日だ。俺から導師とお前の滞在先へ訪ねる。その時にはもう恋とやらが始まっているらしい」
・・・・・・え?
これ以上無くしかめっ面の悪人面で、これ以上無く忌々しげな低音で、「恋」って言った。
心底忌々しげに睨み付けながら、「恋」って言った。
・・・・・・・・・ウケた。
誰か助けて。顔が笑いそうです。
拙い駄文をお読み下さり、本当にありがとうございます。
今回ちょっと長くなってしまいました。申し訳ありません。
本当、無駄文過多でごめんなさい。
でも趣味ですのでこの調子で続けます!あしからず。




