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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
「ゲイルが朝一に着ている物は何かね」
そりゃそうだ!
伯爵先生にバルバトリア国民皆寝る時裸疑惑を話してみたら、呆れ顔でそう言われた。目から鱗。寝起きの師団長野郎は人相が悪過ぎて直視出来ないので、うっかり見逃していたらしい。思い返すとなるほど、着替えは身支度の最後にするタイプの彼は、それまでの間ちゃんと簡素なシャツとズボンを着ていた。
「そんなにここの生活が馴染み難いようなら、ゲイルのお洗濯も貴女の担当にしよう」
なんたる藪蛇。超反省。
にっこり笑って茶を啜る伯爵先生も、本日も完璧な真っ黒魔導師様であらせられます。
「・・・・・・謹んで承ります」
「結構」
すっごく癖のある漢方混じりの中国茶的な風味のお茶を、超洋風の高級陶器っぽいティーセットみたいなので召し上がる美貌の伯爵先生は、簡素極まりないこの部屋を優美な絵画のようにしてしまう。ゆったりと組み上げられた長い脚を見て、この世界でも足を組む習慣があるんだなあと思ったのは6日前。
黒のフードから除く真っ白な頬と、口角が上がった形の良い唇の、仄かな赤みが色っぽい。除く艶やかな黒髪の隙間からちらり、直に血管を見ているかのような真っ赤な瞳がこちらを流し見て細まった。
・・・・・・・・・嗤われた。ちぇっ。
この黎明棟5階の一番小さな会議室は、それでも私の部屋より大きい。設置されている家具は大きなテーブルセットだけだ。椅子は全部で15脚。残りのスペースには何も無く、やはり殺風景と言わざるを得ない。
だのに黒尽くめのこのヒトが、窓辺の上座の椅子へ斜めに腰掛けて足を組んだ途端、何だか違う部屋に思えるから魔法使いって不思議だ。それとも、これはリヒャルト・ヴァレンティヌスさんの個性なのかしら。
ああ、違う違う。
リヒャルト・イル・ヴァレンティヌス様、だ。
真ん中の『イル』はセカンドネームじゃない。伯爵って意味だそうで、地球で言うところの爵位名。この名称はエヴル世界共通なんだって。
上から王が『リヴ』、公爵が『ジーク』、侯爵は『ディル』、伯爵が『イル』で、子爵が『エル』の男爵が『メル』。辺境伯だの何だのは無く、この国の貴族階級はこの1つと5つだけ。国王は別格で別物だ。一緒くたに考えると怒られる。
しかし爵位名って言ってるのに、これらの単語は脳裏にカタカナでしか浮かばないから、きっと日本語に直訳できる言葉では無いんだろう。結構頻繁にあるこの不思議現象はしかし、地球でも心当たりがあった。例えば日本語の「切ない」は英語には存在しないので直訳ではなく意訳になる、とかね。これもたぶんそういう類の言葉なんだと思う。
「えー・・っと」
カレンダー用に貰ったのと同じ炭のようなクレヨンみたいな物で、B5サイズくらいの黒板の薄紫色版みたいなヤツに、それら爵位を書いてみる。私と伯爵先生合作の辞書を見ながら、こちらの文字の読み書き練習を兼ねて常識勉強中です。
書き練習がミニ黒板で、あいうえお辞書が皮紙な理由は勿論、皮紙が貴重な物だからだ。書いたものを雑巾で消して繰り返し使う黒板な紫板を私の自室用にもオネダリしたら、師団長野郎の許可が降り次第届けてくれると言われた。絶望的!
と、本当は薄ら緑がかっているクレヨン(洗濯石鹸と色がそっくり)が手からスルリと抜き取られて、おやと思う間も無く、私が書いた拙いエヴル世界共通語の右横に、黒い手袋の手が何やら短い文字を書き足していく。文章は左から書くから、続く言葉か注釈か。辞書と照らし合わせて何を書き足されたか調べる。これが一苦労なのよね。
だって、286文字なんだもの!
複雑と有名な日本語だって『あいうえお』表は50文字だし、英語に至っては26文字しか無いのに、なんと、このエヴルという世界で唯一の言語は286文字から成っている。最初に伯爵先生が目の前で書いてくれたエヴル語のあいうえお表を見た瞬間の、私の心境は筆舌に尽くしがたい。無理だー!
とは言っても日本語って、濁音半濁音カタカナ漢字ぜーんぶ含めると300文字どころの騒ぎじゃないよね。完璧に全部覚える必要は無いんだ!くらいのやる気で、このお勉強会初日に一文字ずつ発音してもらい、あいうえおとABCを駆使して、無理やり当て嵌めて字引きとしたのだ。
言うまでも無く強引過ぎる箇所が幾つもあるし、『あ』だけでも10文字くらいある。もっと言えば短音ですらない文字も存在し、三十路を過ぎた脳みそにはほんっとキツい。
その上、当たり前だけど、数字が数字じゃ無い。
この時伯爵先生が書き足したのは数字だった。286文字全部照らし合わせて無かったから、次は数字の表を確認して見付けた。漢数字でも英数字でも無いエヴル語の数字は、変なとこで合致する異世界都合で十進法だった。唖然。
余談だが、ほんのっちょっと昔までは五進法だったとか。時計の5隔はそこから来てたらしい。
悲しくなってしまわない内に、先生へ答案を出す。
「・・えと、王=リヴが1人で、公爵=ジークが3家、侯爵=ディルが5家、伯爵=イルが12家、子爵=エルが33家、男爵=メルが71家」
「よろしい。 王は無論だが、公爵家と侯爵家もこの数で固定されていて、この国が出来てからずっと3公5候で成っている。政治的にも宗教的にもとっても意味があるらしいけれど、実質的には全く意味が無いよ。くだらないだろう?」
微妙な問いかけは笑って誤魔化す。日本人コレ得意。ふふふ。
刺激したいものは何も無いから、伯爵先生の主観・皮肉大好き口調は時々ヒヤッとするけど、これにももうだいぶ慣れて来た。彼のスラリとした文字を真似て書きながら、思った事を口に出してみる。
「じゃあ伯爵様、リヒャルト・イル・ヴァレンティヌス様と、ゲルンハート・イル・ベーレンドルフ様は、12人の内のお2人なんですね」
このお勉強タイム中に限り、アンマリちゃんは席を外している。初日に伯爵先生が追い払ったのもあるが、彼女は彼女で私から解放されてやりたい仕事があるんだろう、特別何も言わずあっさりと退室していて、勉強会が終わる時間まで現れない。カレン様罰し隊連合かも知れないアンマリちゃんが居ないからか、私も少し砕けた調子になってしまいがちだ。
このヒト相手に油断は怖くて出来ないけど、少しくらい情が移ってる感を出した方が良い気もする。んー、むつかしい。
「うん? ああ、いや、違うよカレン」
基本的に考えを読ませない赤眼が、ふと深く微笑むような苦笑を滲ませる。自嘲かな?伯爵様のこういう類の表情はとても分かり難い。でもたぶんこれが素だ。感情が素直に外へ出た表情だ。
自分を密かに嗤うような笑顔。
全身真っ黒にして。
「2つ違う。 ゲイルはゲルンハートじゃない。ゲルハルト、だ」
「あ、失礼しました。ゲルハルト様、ですね」
「そう。君は本当にアレが苦手なのだね」
見透かされてますね、はいはい。
ワザと名前間違えてやったのだが、伯爵様に微妙な表情をさせた理由はそれだけじゃないらしい。それも難しい話だが、答えを教えてくれる頃にはすっかり見慣れた作り笑顔になってやがる。もうっ!
「で、もう1つの間違いはね、カレン。良く覚えておいで。 彼自身は元伯爵に違いないのだが、爵位は以前弟君に譲ったのだよ。だからゲイルが持つ騎士伯爵位はそれとは別の、全く特殊な階級で、この12家の伯爵位には含まれていない。 騎士伯爵は完全に軍事階級なのだよ」
ややこしい!伯爵じゃないけど伯爵ですか?!
このバルバトリアに置いて、軍事は即ち国事だ。軍事国家だったのは昔の話、とは言っても、それほど古い話でも無いらしく、貴族階級と軍事階級では未だ後者の方が重んじられる向きが残っている。
何と言っても、騎士伯爵の最高位が国王その人である。
国王なのに伯爵なのかと首を捻った私に、伯爵先生は私の炭クレヨンの握り方を横目で眺めながら説明してくれた。貴族や権力者が居ないからか、彼も少し力が抜けたような抑揚でテノールを紡ぐ。
「この国はね、元は傭兵旅団が建国したのだよ。戦闘部族の精鋭で構成された傭兵旅団が、戦乱時代に調子に乗った結果、バルバトリア王国が誕生した訳だね。 騎士伯爵位はその頃の名残だ」
私の知ってる騎士伯爵と言えばハリウッドスターとかでも成れる名誉職的なイメージだが、こちらでは逆に政治的にも最も重んじられている階級らしい。そして普通の貴族階級とは完全に独立してるのだとか。
その傭兵旅団の団長は、当時旅団の雇い主であった亡国で『曙光騎士伯爵』と呼ばれていた。尊敬と畏怖を込めて。最高権力者のこの団長が建国し国王となった後も、『曙光騎士伯爵』という呼び名を気に入っていて手放さず、結果代々国王陛下なのに騎士伯爵閣下でもある、なんていう無茶苦茶な状況を生んだのだそうだ。
初代バルバトリア王は凄くめんどくさいヒトだったのね!
で、騎士伯爵と呼ばれていたのは曙光含めて5名だったんだけど、建国王は腹心の部下だった自分以外の騎士伯爵らにも呼び名を継続させた。その役割と共に。
傭兵旅団の副団長は『暁』、本隊隊長は『黄昏』、魔道師部隊隊長は『闇夜』で、特攻部隊隊長が『黎明』。それぞれ安直なコードネームみたいだが、略名的な扱いで存外定着しちゃってこちらも代々受け継がれる事と相成ったらしい。こういうのってマンガとかでありがちよね。
って!え?!師団長野郎は特攻係かよ!怖過ぎるよ!
「ええ・・っと。じゃあ国王様は、陛下で、王室騎士団団長で、曙光騎士伯爵なんですか?」
頭こんがらがりそうなので確認入れてみたら、私が考えながらアレコレ書いている炭クレヨンの握り方が今日はどうしても気になるらしい伯爵様が、それをじっと眺めながらつまらなそうに補足してくれた。
「王室騎士団は王国軍とは別の、独立した組織、という公表になっているからね、間違えずに覚えるんだよ。 曙光は、軍事国家という色を薄める為に、政治の為に、国軍元帥の座を臣下へ譲り、肩書き上は王室が所有する小規模騎士団の責任者、となっているのだがね。実際のところは無論、王国軍を含めた全ての軍事の頂点だ。王なのだよ、結局。 他にも騎士伯爵の5人を最高司令部、という呼び方をする事もある。国軍の元帥とて、有事の際には最高司令部末席の黎明にさえ服従を要求される。 全く面倒な話だろう?」
国王である曙光は、王室騎士団団長を名乗ってはいる。でもほんとは、バルバトリア王国軍も好きに出来る、って事。いやほら『王国軍』ですものね。王が頭で当たり前。元帥はお飾りか、平時のお守か。軍事国家、なるほどね。
ちなみに王室騎士団内の騎士伯爵の正しい役職は、次席暁は副団長で、黄昏が近衛師団、闇夜は魔道師団、黎明は騎馬師団のそれぞれ師団長だ。曙光と暁は統括という名の、会長と社長的なアレで、この騎士団は3つの師団とその統括部で構成されている。
王様は政務だけでも激務だろうから、たぶん騎士団統括部の実務は副団長の暁社長が行っている予感。流石にそこまで具体的な内情は、囚人には教えてもらえなかったので憶測ですが・・・うーん、でもねえ。
騎士伯爵末席黎明、特攻隊の流れを継いだ騎馬師団の長。
いざって時は、国軍の元帥をも顎で使える最高司令部の1人。
・・・って、だいぶ強引。
思って言ってみると、まず欠伸が返ってきて、それから返事を貰えた。物凄いこの話題つまんないアピールだ。なんかすみません。
「もちろん、階級の話だよ。実際に黎明が元帥を完全に黙らす事が出来るかとなると、微妙な話だね。 特に当代はねえ・・・黎明が若くて、元帥がジジイだからねえ」
まあそうでしょうね。
陰謀渦巻くのかどうか知りませんが、この国の最低限の輪郭はだいたい分かった。底辺の犯罪者が詳細まで知る必要は無いけど、この辺りの話はここまでで良いのだろう。伯爵先生の態度的に。また欠伸した。分かったっての。
この1週間、結局セックスどころかセクハラのセの字も無かった伯爵様は、自然な事のように一般常識を私に教えてくれていた。必要な部分はとっても楽しそうに皮肉を交えて、不必要な部分はとっても面倒臭そうに投げ遣りに。分かり易くてやり易いけれど、それはつまり、彼の良いようにされているという事だ。流石にそろそろ落ち着いて来たので、ちょっとこの状況に身構えてしまう。
『先生』は渾名だ。
実際に彼を師と仰ぐつもりは無い。あくまで対等な契約関係でなければならない。
そう自分へ言い聞かせるのも日課となりそうだ。教えを請うているばかりだと、どうしても精神的に甘えてしまいそうになる。伯爵様の言動のどこにも、甘えて大丈夫な要素は見当たらないのに。
なのに何だろう、このヒトが持つ特有の、頼りたくなるような雰囲気は。
思いの外、器が大きいヒトなのかも知れない。
等と散漫に考えながら文字練習していると、何の脈絡も無く、唐突に、伯爵先生が言った。
「本当に覚悟は出来ているのかね? 私に将来を捧げると」
当愚作にお付き合いくださった方々に、心から感謝申し上げます。
今日は個人的に嬉しい事があったので、アタマポワポワ状態で更新しました。
改稿が入らなければ良いと、投稿ボタン押す前から祈る始末です。ごめんなさい。




