1
作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
3/27:前書き変更
4/4:行頭空白挿入(内容変更無し)
5/10:無駄空白削除(内容変更無し)
1/29:誤字訂正(元喫煙者という表記抹消)
「失礼します。社長、A重工、鈴木様よりお電話です」
言って、日に何度と無く手にする受話器を置いた。年季の入った固定電話の外線ボタンが赤色の点滅を止め、取次完了を示す緑色の点灯へ切り替わる。それを横目で確認しながら、片手でパソコン操作を続ける。入社6年目、一般事務もこれだけやれば、電話しながらパソコン作業を2つ3つ同時に続けるのも当たり前になる。隣の席の21歳の後輩が電話が鳴る度もたつくのを、何だか懐かしく見守ってしまうのは年か。そうなのか。
まあ、生きてる年数が10年も違えばね・・・。
私は日和見主義の平和主義者だから、若さや可愛さには妬みよりも癒しを感じる。言い方を変えればただの無関心の小心者なのだが、この性格のせいか、老若男女全てに当たり障りの無い薄っぺらい関係を構築・維持出来ていた。とっても楽ちん。
心の絆とやらが無いと寂しさを感じる人や、とにかく独りの時間が耐えられない人には驚かれるが、私は独り遊びが大好きで、誰かと一緒に居るのが苦手なくらいだ。
ただもうイイオトナなので、人見知りだの会話下手だのは無く、本当に当たり障り無い接触がいくらでも可能で、時々人好きと間違われる程度にはテンションコントロールも自在である。捻くれてると思わないでもない。
「香坂さん!B社のアノ資料、すぐ欲しいんだけど!」
アノって何だよ。いや、分かるけどね。
大して広くない事務所の入り口に入ってきたちっさいおっさんが、こちらに向かって大声を出す。いつもの事なので慣れたものだが、脳内ツッコミも慣れたもの。表情筋にはいつもの動きをさせて、私は立ち上がり様返事をした。同時に、脳裏で目的の物の場所を検索する。
「資料室にあります。すぐ取ってきますね。 ミキちゃん、お願いね」
はあい、と可愛い返事を聞きながら、事務所を出る。その際おっさん・・・社長が意味無くエヘヘと笑ったのでウフフと反射で返しておいた。大企業の下請けの下請けの下請け会社の社長さんは、小柄で愛想の良い初老のおじさんで、良くも悪くも人情第一の田舎者だ。なのでどんな相手にも緊張を強いる事は無い。
「ごめんね!よろしく!」
体が小さいからか、社長は声が人一倍でかい。ミキちゃんの真似で「はあい」と返しながら、その騒音を背に廊下を進む。都心の端っこからもうちょい外れた場所にある、実に殺風景かつ何の変哲も無い雑居ビルの4階。この時間廊下は夕日ががっつり差し込むので、ぼんやりしてると目が痛むんだよね。でも私はこれも慣れたもの。顎を引いてメガネの黒いフレーム部分で太陽をブロック。メガネ万歳。
この4階フロアは我が社が全て借りきっているので、勝手知ったる、体が覚えているままに資料室へ。その間に脳内では、社長お目当ての資料の中身に関する資料、データが無いか考え中。どうせあの様子じゃ後からアレモコレモと言い出すに違いないので、予め思い付く辺りを揃えておきたい。出来るだけ用事をいっぺんで済まそうという面倒臭がりの根性を発揮していた。
だから、私はその時、いつも通りに資料室のドアを開け、入り、後ろ手にそのドアを閉めた。その動作の間中、頭の中はB社関係の資料やデータファイルの保管場所でいっぱいだったのだ。
だから、変な顔をしていたと思う。
いや、顔は生まれつきなんだけどさ。プチ整形どころか、ヒアルロン酸注入すらしてないから。実はちょっと興味あるんだけど。
いやいやいやいや。そうでなくて。
「・・・・・・・・・・・・」
資料室はほぼ物置みたいな状態。他の部屋同様コンクリ剥き出しで、古いスチールロッカーやキャビネットがギュウギュウ詰めにされていて、小柄な社長ですら体を斜めにしないと歩けないありさまの、15畳くらいの部屋だ。しかも窓もロッカーで塞がっているから、埃っぽい上に薄暗い。
だから、出入り口ドア左手の、胸の位置にある電灯のスイッチを、条件反射的に押そうとしたんだよ。殆ど無意識。資料の事考えながら、体が覚えてる動作をいつも通りしただけだ。
なのでその時、正直言うと顔どころか、ポージングも変だったと思う。
・・・・・・あれ?
最初に気付いたのは匂いだった。
実は私、ニオイ、人一倍気になるタイプだったりする。だから、資料室の埃の臭いがせず、柔らかい、優しい野花のような匂いがして、漸く異常に気付いた次第で。
「っ!?」
焦点を合わせ、メガネの向こうを見やると、そこは、別世界だった。
壁は白い石で、床一面の長毛の絨毯も白く、向こう正面に嵌っている巨大な窓から差し込む陽も、ほの白い。あれ?今夕方じゃなかったっけか?とぼんやり考えながら、白壁から等間隔で生えている瀟洒な金の蝋燭立て(?)やら、やたら高くて白い染み一つ無い天井や、部屋の広さに相応しい豪奢なテーブルセット、キングサイズ超えてそうなデカさの純白な天蓋付ベッドを一通り眺めた。が、それでもまだ余っている空間のが圧倒的に多い。てゆーか、とにかく真っ白で、広い。
右手はドアノブ、左手は壁、口を開いた間抜け面のまま、私は立ち竦んだ。
少し違和感のあるゴシック様式みたいなその部屋の中心、やっぱり何と言ってもどうしようもなく目に付く巨大な乙女ベッド。その脇で、小さく蹲る人の姿に。
おっ、お姫様!?
緩くウェーブの掛かった、光り輝くブロンドの髪。三角座りで膝を抱く腕に顔を埋めているので、私の位置からはその旋毛辺りしか見えないけど。でも、白い陽光を反射して煌く、正に絹糸のようなその長い髪に、その美しさにあっけに取られてしまった。
何この絵本の1ページみたいな光景。
それも、物悲しいタイプの絵本だ。資料室の3倍はあるその部屋の、地べたに蹲っている小柄な少女。黄金より光を連想させる色合いの髪が垂れかかる、剥き出しの腕の白さと細さが目に痛い。ああ、着ている服まで儚げな白いワンピース。
そこで漸くまっとうに全身の神経が戻ってきた。途端、背筋に冷や汗が。
右手に掴んだドアノブの形も素材も、さっきまでの資料室の物ではなくなっている。左手が探している電気のスイッチがある筈の壁は無く、そこにはさらりとした肌触りの、恐らく木材の壁・・・いや、扉?わかんない。
わかんない。ここはどこだ。何だこれは。
混乱し始める。同時に脳裏では「早く資料を持って戻らなきゃ」なんて考えた。考えて、心理だか精神だかがギコギコと働き出す。
・・・とりあえず、落ち着こうか。深呼吸3回。よし。
順を追って、確認して行こう。まず自分だ。私は私だ。香坂花蓮31歳独身OL独り暮らしの独り身。あ、でも読書だの映画だのが大好物で、独り遊び万歳な現代日本に良く居るタイプの根暗女だ。身長167センチと微妙に高く、体重はついに55kgを突破した。よし。自己認識は正常。でもちょっとへこんだ。
ざっと高速で半生を振り返ってみたが、こちらも問題無く私の物だ。家族構成も父母弟で正解。交友関係に関してはほぼ0だが、昔親友と呼んだ女友達とは未だに細々と連絡を取り合っている。
どうやら頭打って記憶がぶっ飛んだとかイカレたとかじゃ無いようだ。
うん。正常正常。たぶん。
じゃなきゃ夢だな、こりゃ。
元来小説だの映画だのが三度の飯より好きで、妙な夢は良く見る方だ。だから今、目の前に広がっているのは夢である可能性が高い。もしかしたら、今朝起きてから仕事してたのも夢だったかも知れないね。
今はとりあえずそういう事にして、夢って事にして、一旦飲み込もう。
五感の全てで感じる全てを、もう一度ぐるっと再確認。半端無いリアルさだ。私史上、リアルな夢部門ダントツで最優秀賞候補です。
変ポーズから姿勢を正して振り返って見れば、やはり木製の、それもとんでもなく重厚な、優美な細工が彫り込まれた扉がそびえていた。高さが3メートルくらいあるよ。観音開きだよ。横幅も資料室のスチール製のドアの、5倍はあるよ。しかも下手したらコレ一枚板じゃん。
私が片手でひょいと開けられる代物では無い気がします。
よし。これも理解を超えたのでパス。
・・・さて、と。
「・・・・・・・・・・・」
ここまで来てもう、いい加減、耳が痛い。
たぶん私がこの部屋に入ってからずっと、もしかするとその前からずっと、蹲っているお姫さんからすすり泣く声が聞こえている。
胸が締め付けられるような、か細い、悲しい音だ。
あーあ、ダメだ。
蹲る少女を放っておけない。好奇心もじゃじゃ馬根性も面倒臭さに根負けする私だが、泣いてる子供を見過ごすような大人にはなりたくないと、半端な良識は持っていたりするのだね。バカかと思う。
思いながらも、足は動く。一歩目を踏み出した瞬間、何か途轍もない不安が過ぎったけれど、正体が掴めない不安など後回しで良い。うん、後で考えるから、ちょっと今はパス。
私がここへ足を踏み込んでどれくらい経ったのか、数秒のような数分のような、はっきりしない感じは、自分が混乱継続中と知らせたけれど。足音を忍ばせなくても、ふかふか絨毯はピンヒールの踵の音を吸収して、静かに、ふわふわと、私を少女の前まで運んだ。
間近で見下ろしてみて、髪と肌の美しさと、ふわりと漂う花のような甘い香りと、それら柔らかい雰囲気のものと不相応な、ガクガクと大きく震えている華奢な肩に驚いた。こんな震えてるヒト、初めて遭遇したよ。思わず眉が寄る。自分の腕を抱く白魚の指先も、力の入り過ぎで血の気を失っていた。
どこのどいつだ、こんな華奢な子、こんな風に泣かすのは。
こんな風に、ひとりぽっちで。
「・・どうしたの?」
驚かさないよう、膝をついて目線を合わせ、そっと、そっと声を掛けた。眉間に寄った力も、出来る限り抜いて。
でもやっぱり、いきなり知らない声に話し掛けられたら驚くのが普通。その子は、一泊遅れて呼気を詰め、全身強張らせて恐る恐る顔を上げた。
いやまあ、髪と肌の色から想像はしてたけど。
外国の子だ。
それもとびきり綺麗な。
サファイアの瞳の。
予想してたのにびっくりしてしまった。それくらい美形な娘だった。年齢は14~5歳かな?私を見上げて戦慄くふっくらしたピンク色の唇も、髪と同じ色の細い眉と濃密な睫毛も、目尻の少し下がった大きなサファイアの瞳も、完璧だった。
けれど、こちらを驚愕に凝視するその大きな瞳は、溺れそうなほど涙を溜めていて。どれだけ溢れたのだろう、頬は涙の筋も見当たらないほど濡れそぼっていた。ほら、言ってる傍からまた新たに流れてく。音も無く、滑らかな白い頬は涙を止められずに、尖った細い顎先から零す。
血の気の失せたような白い頬とは対照的に、泣き過ぎで赤く腫れている痛々しい目元。比較的冷え性な私の指で、少し冷やしてあげられるだろうか。怖がらせないようそっと、もう一度声を掛けながら目の縁へ指を添えてみた。
「どうしたの?」
その感触にだろう。途端、美少女は大きく戦慄いて、震える呼気を吐いた。見詰める瞳が青さを増して、何か、切ない、堪らない感情の波に揺れだすのが分かった。ぶわり、思いの丈を訴えるかのように、大粒の涙が堰を切る。
その時、ちらり、白いワンピースの胸元に何故か視線が持ってかれて・・・目を疑った。白い皮膚が、抉れたように引き攣れているのが見えたんだ。
瞬間。
眼前のその娘が、ふと別の何かに驚いたように目を見開き、呼気を詰めた。
と、思う。良く分からない。
それをちゃんと確認する前に、衝撃が私の体を襲っていたから。
お読み下さった心広き方々に感謝致します。
読み難くてごめんなさい。長いので詰めてます。