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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
そんな風にのんびりベッドメイクを終えた頃、部屋の扉から鈴の音のような涼やかな音が鳴り響いた。控え目な、爽やかな音だ。実はこれがノックの正体。私には出来ない魔法のノック。僻んでなんてないもん。
あ、「もん」とか言っちゃった。あ、言ってはないや。うふふ。
歩み寄り、教えられた通り扉へは触れずに誰何する。近付かないと声が届かないの。この建物の扉は全て魔導具で同じ仕様になっており、魔力を持たない者にはノックも出来ない。ちなみにこの部屋に限っては開閉すら出来ない。そうなのよ、私の部屋なのに、私自分で開け閉め出来ないの。これって掛け値無しの牢屋よね。怖い!
でも若干とは言え引き籠り要素を持つ私には、やっぱりコレもそれほど深刻な問題じゃなかった。どっちかって言うと、独りで寛いでる夜中に内鍵を掛けれないのが少しストレスかな。完全な密室が恋しい。他人が現れる恐れが全く無い部屋で、10分でも良い、ゴロゴロダラダラしたい。日本では当たり前だった日常も、今では叶わぬ夢です。
こんな我儘が脳裏を過ぎるようになったのも、昨日くらいからだ。
「おはようございます。アンナマリアでございます」
「おはようございます。どうぞ」
丁寧な返事へ丁寧返しすると、目の前の扉がゆっくり外側へ向かって開き、廊下にワゴンを持ったアンマリちゃんの姿が現れる。今日も今日とて完璧侍女だ。メイド萌えとかとは格が違う。素敵。とか考えながら口から出るのは「毎日ありがとうございます」的な感謝の言葉だ。
いや、本心も半分はあるのですよ?彼女にとっては私は囚人なんだもの、近寄るのも嫌な筈なのに、事務的にサクサク世話をしてくれる。ただでさえ介護的な面倒な内容が多いのに。これぐらい自分でやれよ、って私が自分で言いたいくらいの事も、表情を変える事無くやってくれる。
やっぱ凄いや、スーパーメイド人。でも彼女の半分は監視役で出来ているので、100%純粋な感謝の気持ちは持たないよ。
そんな彼女が持って来てくれた桶で顔を洗って歯を磨くと、やっと人心地着く。もちろん、洗顔料も歯ブラシも歯磨き粉も異世界の平民用。ブラシの素材は超極細毛なかためで、歯磨き粉は橙色のパウダーで無味無臭。ブラシの毛質や原材料の不明さより、無味無臭な歯磨き粉に慣れる方が意外と時間が掛った。思えば今まで、完璧に無味無臭な物には出会った事無かったのよね。爽快ミント派の私にとっては全然すっきり感が無いのが何とも言えない感じ。
で、うがいした後に水を吐く壺は魔導具。蓋を閉めてダブルクリックすると中身が消える。不思議!
ちなみにこれとそっくりなゴミ箱を、私が顔を洗っている間にアンマリちゃんが指でノックしていく。仕組みを聞いたら超高温の炎で、一瞬で中身を跡も残らないほど燃やし尽くしているのだとか。一般家庭用の超ハイテク焼却炉だ。害は無いのかしら。外側へは匂いも熱も一切漏れてないけど。
もしかしてもしかしなくても簡易トイレもこれと同じです。申し訳無い。
私が歯磨きを終える頃には、アンマリちゃんが部屋の片付けに満足してテーブルへ朝食を広げ出している。
この部屋は師団長野郎の執務室の半分くらいの大きさだが、それでも目測で25畳分くらいはある。部屋奥の窓の手前に大きなベッドとサイドテーブルと、その更に手前に控え目なテーブルセットがあり、扉から見て右手の壁際に大きな洋箪笥みたいのが2つ置かれていた。ハイチェストと呼ぶのだろうか、背の高いその箪笥の中身はすっかすかである。着替えストックが1日分と、最低限の生活必需品を入れているだけ。
なので片付けるも何も視界に入る家具以外の物なんて、精々前の夜にアンマリちゃんが置いて行ってくれた水差しとコップ程度だ。
それでも掛け布団の端のちょっとした皺を伸ばしたり、カーテンの纏まり具合を整えたりと、王妃付き侍女的には手を出す場所がたっぷりあるらしい。そろそろ本気で覚えよう、あの完璧さ。めんどくさがりだからって煩わせ過ぎだね。小姑め。
味は微妙だが栄養はたっぷり有りそうな朝食をぱぱっと頂いて、次にする事と言ったら何とお化粧だ。投獄初日に化粧品一式ズラリと揃えられた時は流石に首を傾げたものだ。私は底辺の重罪人な筈なのにね。
時々見当たる過剰待遇関係には、どうにもクリスたんの影を感じる。いや、伯爵様もあのキャラならやりかねんが。
お城へ向けて「ありがと」と口パクしとく。
食後、食器を隅へ寄せて、箪笥から非魔導具の大きめの手鏡と化粧道具一式を手にテーブルへ戻る。このテーブル、椅子が2脚あるのでアンマリちゃんに勧めたのだが、たぶん心情的にも規則的にもダメなんだろう、事務的に否を言われて3回目で諦めた。無理やり私に従わせて、もし彼女が上司に叱られたり罰を受けるような事になっても、今の私には責任を取る力が無い。
アンマリちゃんは、ミキちゃんじゃないのだ。
結果、食事も化粧も、傍に立っているアンマリちゃんにガン見されながらになっちゃう。なにぶん不慣れな道具、フルメイクには物凄い時間が掛るし、正直、この手触りの化粧品でがっつりやっちゃったら肌が痛みそうだし、3時間置きくらいに化粧直しに走らなきゃいけなくなりそうなので、私は手抜きメイクに喪服という姿だ。
アイライン用リップ用含めて筆が2本しかないのよ?私お粉類も筆派なのに。しかもどっちも歯ブラシと同じ剛毛だし。てかこれ何毛??
いやだ、物凄く老けて見える。せめて髪は上げたいが、髪関係の道具は木製の櫛しか貰えてない。我慢。
あの日、顔に出来た傷はもうすっかり癒えたものの、良く見ると所々うっすらと痕が見える。これはきっと残るだろう。流石にへこむ。更に仕事用フルメイクのまま1日以上過ごしちゃった上、怪我して体調もどん底まで悪くなってた所為か、お肌の調子は近年稀に見る痛み様で、鏡を覗き込むのが苦痛だ。
体調不良軽減の指輪が無かったらと考えると泣けてきそうなので、これに関しては魔導師先生に心底感謝。あればいっそお肌ツルピカ魔法とか掛けて欲しい。彼自身そういう魔法使ってそうなくらいお肌綺麗だし。
ああ、質感が微妙とは言え想像以上に日用品を揃えられちゃって、その上お腹も毎日満腹だから贅沢病が・・・。
いかんいかん。
化粧用オイル(?)の付いた手で髪を片側へ寄せて前で捩じるように纏めたら、広がったりバラついたりはしなくなった。ホホバに似た匂いがするけど、これをし始めて5日目、何とカラーとカールで痛みがちだった毛先に艶が!なんてこと!高性能な高級美容液だったらどうしよう。だっぷだっぷ使ってるよ?
・・・迷惑料と思っておこう。その方が精神衛生上よろしい。
さて、化粧品達を片付けたら、これで身支度完了。30分も掛らない簡単なものだけど、この頃になると外はすっかり朝で、陽光に明るい。この部屋は私に魔力が無い所為で燭台が使えず(なんと普通の蝋燭の燭台は棟内使用禁止!)、前夜アンマリちゃんが出てった後は真っ暗闇で過ごすので、大きな窓から入る太陽の明るさは余計気持ち良い。
窓を開けられたら言う事無いけど・・・ああ贅沢心!ダメよ!我慢!
「お待たせしてます。 次は洗い物とお洗濯させてください」
気持ちを切り替えてアンマリちゃんに頼むと、いつも通りと化した簡潔な是が返って来た。
顔を洗ったのより一回り大きな桶に水を張ってくれたアンマリちゃんに礼を言いながら、これまた漸く慣れて来た食器洗浄と衣類洗濯をする。安月給な三十路女の独り暮らしでは、食器や服の素材によっては水で手洗いなんてザラなのでそこは問題無いのだが、使用する石鹸が問題だ。
まず、食器と衣類、どちらも同じ石鹸で一緒くたに洗わなければならない。これも最初は衝撃でしたとも。水も何度も入れ替えを頼める雰囲気じゃないし。未だに衛生面を疑ってるんだけど、もちろん囚人如きには贅沢な悩みだ。
更には、石鹸自体の色が、緑色が混ざった黒色なのがなんともはや。食器は焦げ茶色だし、服とか根こそぎ黒いから良いんだけど、泡も汁も黒くなるのね。しかも目を凝らすとほんのりうっすら緑色。だから汚れがほんとに落ちてるか不安になって、結構ごしごしごしごしやっちゃうわけだ。
この石鹸の素材なんて知りたくも無いけど、これまた意外に、ものっ凄いきめ細かな泡が大量に出る。それは顔を洗いたくなるレベルなのだが、洗顔用の石鹸は黄色のやつで匂いも違った。ちなみに顔兼体兼髪用はフローラル系、服用の石鹸はハーブ系の匂い。顔と体と髪を洗う石鹸が一緒とかは考えない考えない。坊主頭の野球少年の情熱でいきます。
アンマリちゃんは基本放置プレ・・放任主義なので、私が満足するまで放っといてくれてしまうため、私は洗い物も結構無駄に時間を使っていると思う。これでもこの2~3日でだいぶ短縮したんだけどな。
食器は布で拭いてアンマリちゃんのメイドワゴンに返し、服は絞れるだけ絞ってテーブルや椅子に引っ掛けて干したら完了。ハンガーや干し物用の紐なんかは凶器になるので使用禁止でした。そして使用済みの水は汚水処理用の壺へ柄杓みたいなので掬って入れ、後はアンマリちゃんに例の指トントンしてもらったら終了。はい、私、洗い物すら碌に一人で出来ません。
この時点で時計を見ると2隔を過ぎている。でもやっぱりだいぶ早くなった。感覚的にもう少し時短が可能な気がするけど、無理は禁物とも心得ている。私が失敗しても助けてくれる人は居ない。責任を取ったりしてくれる人も居ないのだ。いや、居る筈だけどアレなヒトだから頼ってはいけない気がする。怖い。
何事も慎重過ぎるくらいで良い。
そしてこの後のスケジュールがまた気を塞ぐ。でも勿論態度には一切出さない。出さないけどさあ。
「・・・・・・えっと、支度が済んだので、移動をお願いします」
失魔症介護の一環で、私の移動にも一々アンマリちゃんが扉の開け閉め等、エスコートみたいな事をやらされる。これを見る度、次のコレはアンマリちゃんが一人でちゃっちゃと済ました方が圧倒的に能率的だと思ってしまう。いや、でも私の仕事だし。これで食事とか与えて貰ってるならやんなきゃって分かってますとも今行きますよ!
足取りが重いのがバレたようで、アンマリちゃんがチラっと目線をくれた。ごめんなさいね!と内心で舌を出し、表情筋には伯爵先生直伝のにっこり笑顔を繰り出させる。無論無視されて、綺麗な装飾の有るワゴンを押す背中に付いていく。
早朝の広い石造りの廊下は薄暗く、肌寒い。軽く身震いして堪える。これにもだいぶ慣れて来た。
魔導具なんだろう、音を一切立てない超重量にも耐えるらしい金属製らしきワゴンが、やはり音も無く止まる。私の部屋の向かって左手の隣室は、同じ色と形の扉だ。
師団長野郎の自宅と化した、彼専用の自室。
朝一に訪れたくない部屋ランキング1位な部屋だけど、ここが私の朝一の職場である。
全く内容が無いにも関わらずお読み下さった方々、本当にありがとうございます。
体調を崩して執筆が全く進んでないのにストックを更新してしまう愚行。
更新する度飛んで来て下さる方の存在を知って以来、調子に乗りまくっています。
何せ左手にイケイケ線が。。。




