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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
察する事が出来たのは飲み込んでから更に数秒後。何も起こらないので伺うつもりで首を傾げたら、息を飲むようなか細い悲鳴のような音が出入り口の方から聞こえて。
「・・・・・・え?」
目をやった先のアンマリちゃんが、あの無表情アンナマリア侍女が、卒倒しそうなほど青褪め、遠目にも分かるほど震える両手で自分の口を押さえていた。塞いだのは悲鳴か、嘔吐か、尋常な様子では無く、私は思わず駆け寄ろうと咄嗟にテーブルを降りかけた。が、伯爵様の黒尽くめの左腕がそれより早く私の上体を押し留める。「アンナマリアさんが」と訴えたら「だからだよ」と返された。意味が分からない。
混乱する私も、怯えているアンマリちゃんも置いて、伯爵様は師団長野郎にも劣らぬほど感情を排した眼差しと声質になって言った。
「気が済んだかね?」
と、見下すでも睨み付けるでもなく、私を懐に入れるような体制のまま、真っ直ぐ師団長野郎を見詰める血色の瞳。感情を殺した目に、逆に言い知れぬ感情が渦巻いているようでゾッとした。今、私が無遠慮にガリガリ食べちゃったお豆さんに、圧し殺さなければ居られない何かがあるのだ。それもたぶんすっごい危険な内容で。
私は試された側なので知ったこっちゃないですが。
「・・・・・・」
何も答えない師団長野郎を、私も勇気出してチラっと見てみる。でも、やっぱりそこにあったのは機嫌の悪そうな無表情。他の表情が想像付かないような。彼が元々そういうヒトなのか、軍人としてそう鍛えられたのか、若しくは何かあってそうなったのか、何れにしろ、私にとって目下の害であるのはやはり、このヒトのようだ。
そしてあまり体温を感じさせない、独特の香りと声と言葉でヒトを惑わすこの魔導師は、この『害』に対して滅法強そう。師団長野郎が答えないと判ずるや否や、私を一層抱きしめるようにテーブルへ繋ぎ止め、鼻先が触れ合うような距離でまたにっこりと笑った。問答無用で視線を奪う美貌。
「大丈夫。貴女の今の判断は正しいよ。それは偽物。砂糖菓子だ。安心しなさい」
その言いように苦笑する。何も大丈夫じゃない。何だか知らないけど、師団長野郎は全く納得してないのではと思う。間近の赤目は優しげに笑んでるけど。
あ、目尻に小皺!親近感!
「でもこのテストは成立しなかったのでは? 傍に伯爵様が居らっしゃる場合は意味が無いような」
「ふむ。まあ、一定の効果は無くは無いがね。 それくらい強烈な物なのだよ」
・・・『白い魔獣』か。名称も日本人にはダメな感じよね。愛人も小悪魔も通り越して魔獣ってのは結構突き抜けてるけど、所詮脳裏に浮かぶのはとっても美味しい名物お菓子だ。しかもコイツどこも白くない。
そうなんですかー、と適当に返しながら横目でアンマリちゃんを盗み見ると、偽物発言を聞いたからか、幾らか落ち着いているようだ。が、細い肩が強張っているのがはっきり見える。これは聞きたくないでは済まされないよね。ちゃんと知っとこう。
「そうみたい、ですね。私にとっては「試されてるなあ」程度のものだったんですが、結局私、何を試されたのでしょう? 合格も何も本当、成立してませんけど」
あ、嫌味入っちゃった。ごめんなさいませ。
「実はとーっても怖ろしい毒薬なんだよ、本物の方はね。たった数ヶ月で、獅子のようだったこの国を、薄汚れた野良猫にしてしまうくらいに、ね。 貴女がもしこの毒薬を知っていたら、例え偽物と察しても物を見た一瞬、物の正体を聞かされた一瞬に、ほんの僅かでも何らかの反応を見せる筈で、それを試したかったらしいがね。何せコレがこの国のダニとして暴れまわっていたのはそう古い話では無いから、貴女の年齢なら、余程の事で無い限り知らない筈も無い、と。 本当に、底の浅い何の価値も無い救いようの無いお粗末な試験を用意したものだ」
ちょっともうっ!また予想のずっと上いった!
まさか大国を揺るがすような規模の話だったとは!怖い怖い怖い怖い怖い!
・・・だったとしても、私が元々死を覚悟して潜り込んだ侵入者なら、やっぱり何の躊躇もせず口に入れたんじゃないかと思うし、解毒薬とか中和剤が確立されていたら侵入前にそれを接種済みの可能性もある。穴が開きまくりの網で何を捕まえようと言うのか、ほんとお粗末なテスト。その割にその題材が国を左右する程の激物だなんて、彼らにとって私はとことん害虫レベルらしい。面倒になったら丸めた新聞でぺちんで終了だもの。あ、新聞ってあるのかな?魔導瓦版?
私に、というより、半分アンマリちゃんのためのような説明をした伯爵様はふと、突然、屈託無く笑った。
「その怖ろしい毒薬を、豪快に音を立てて噛んで、味わって、飲み込んだわけだ」
3つも!と声を上げてとうとう、伯爵様は私の左肩に顔を埋めてしまわれた。本当は大声で笑いたいのだろう。痛くない方にしてくれたのは良いのだけど、あんまり強く顔をぐりぐり押し付けられると流石に響く。それに左肩にも打ち身はあるんだよー。
噛み殺し損ねたクックッという喉笑いも、骨振動で伝わってきて、その感触に、なんか、妙に人間味を感じた。体温を感じ難いヒトとは言っても、触れれば当たり前に温かい。笑いの呼気が一層私の左肩を温める。滑らかな肌の感触も、サラサラの髪の感触も、私の知ってる人間の物と相違無い。
・・・・・・それでも人間も、他の物と同じように、地球とは少し違うんだろう。
単純な魔力の有り無しの他にも。内臓の作りや位置とか怪しいと思う。血の色は伯爵様の目を見る限り赤いと思うけど、他の体液の色も私と一緒かどうか、今のところどこにも保証は無い。
人間、と呼び合っても、その言葉に対して持っている理解は、どこまで一緒なんだろう。
されるがままぼんやりと考えていたら、そう経たない内に伯爵様は何とか笑いを納め、顔を上げるのと同時に私を解放してくれた。心底ほっとして、してから緊張してたんだって気付いた。まあ、魔導師なんてヒトに一方的に抱き付かれて緊張しなかったら、私日本人代表失格だけどね。
「あー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。ありがとう」
礼を言われてしまった。
「どういたしまして。お楽しみ頂けたのでしたら幸いです。命張った甲斐がありました」
にっこり笑い合って、再認識。伯爵様も、本当に怖いヒトだ。
私の命を、眉一つ動かさず秤にかけるヒトと、その結果を心底楽しむヒトと。より怖ろしいのはどちらか、ちょっと、冷静に考える必要がありそうです。
その後、笑い疲れたのか、主観を交えて説明する意味が無いと判断したのか、伯爵様はとってもアップテンポに色々な事を、実に簡潔に説明してくれた。ここまでの無駄口が嘘のようだったが、私の困惑等は相変わらず全無視だった。ちょっとくらい待ってよもう・・・なんて言ってませんよ?そんな勇気あったら他の事に使ってますよ。
差し当たりここでの生活で必要になる知識と物品。気前良く与えられたそれらを受け止めるので精一杯だった。何せその殆どが、師団長野郎の罪人取り調べ要素を持っていて、聞いているだけでも顔に出す表情に気を使った。挙句8割以上は魔導具でその場で返品。どれもこれも生活必需品なのに、どれもこれも私には全く扱えなかった。
結果、私に与えられた称号がまた一つ増えた。
王妃寝室への不法侵入犯、王妃へ何らかの行為を働こうとした容疑者、以上の犯罪に対し無実を訴える囚人、言葉が通じる異世界人・・・そして新たに、完全な失魔症患者。
私が自分から望んでなったものはない。
世界が人に理不尽なのは、地球とエヴルの珍しい共通点か。
ううん。ほんとは分かってるよ。日本とバルバトリアは、似ている物事の方がずっと多い。
食器も、服も、雑貨も、人間も。材質や形や使い勝手は必ずどこか異質な部分を持っているけれど、でも、一目でソレと分かるほど、私の知っている物に似てる。地球の旧石器時代とかよりよほど近しい。
何より、中身は得体が知れなくても、彼らの誰も、人間以外の何かには見えない。
もし、あの小説の主人公のように、私にもこの世界へ来た意味が有り、その意味を達成したら元の世界へ、元の香坂花蓮へ戻れるのなら、きっとこの事がとても重要になるのでは無いかと、何の根拠も無く思った。この似て非なる世界で、きっと。
・・・なんつって、私、とことん脇役タイプの人間なのよね。
主人公なんて張れるような度胸も資質も持ってません。死ぬほど勇気出して狙うのは助演女優賞候補です。ノミネートで天辺です。受賞はしたくありません。
概ねそうやって生きて来たし、これからもそのつもり。例え舞台が日常から、夢や非日常へ一時変更になっても。ここまで来ると夢オチ確率どんだけ低いのか、想像するのも怖いんだけども。
取り敢えず、10代乙女向け小説を、ガイドマップや参考書みたいに扱うのは控えよう。色々と危険極まりない。異世界へ渡る意味なんて、生きている意味と同じくらいの扱いで良い。つまり暇になったら考える、だ。今はこれ以上無く忙しい。
等という未だ若干ニュートラルに混乱中の私の心中は、彼らには重要では無かったご様子。知ってたけどね。
私に重病患者認識を持ったらしい師団長野郎と伯爵様に、哀れアンマリちゃんは私の介護介助を命じられてしまった。勿論、自身で私の世話をすると言い出した伯爵先生に、師団長野郎が慌てて「女性だから」的な言い訳を取って付けてアンマリちゃんに命じた、というのが正しい経緯だ。アンマリちゃんはクリスたんの侍女だが、王様師団長同盟の回し者という認識で居た方が良さげね。監視係続行である。ちっ。
とは言え、私だって妙齢の婦女子である。生活必需品の中には男性に関わって欲しく無い物だってあるのだ。女性の、それも気配り力120点のアンマリちゃんが補助してくれるなら、これ以上贅沢な話も無い。ご配慮ありがたく頂いておきますとも。
そうしてこの日の内に用意された部屋で、私の異世界生活がスタートしたのでありました。
グダグダと無駄文多いのにお読み下さり、感謝の言葉もありません。
やっぱり後半苛酷になるのを避けられない予感をお詫びしておきます。
書きたいテーマがアレなので、どうしても主人公が残酷な目に遭います。
苦手な方、本当にごめんなさい。