愛しい真砂
三沢真砂・・彼女はかつて俺と付き合っていた女で、俺が2番目に心を許した人間だった。付き合っていた頃も、もちろん俺は不良だったが、真砂の家族は俺の事を本当の家族のように暖かく接してくれ、本当に落ち着く事ができた。俺は真砂を愛したし、真砂もまた俺の事を愛してくれた。俺は悔しい時はいつも真砂に支えてもらい、泣きたい時は泣いた。本当に幸せだった・・けど、幸せは長く続かなかった・・。
真砂は転落事故で歩けない体になってしまった。俺は変わらず愛し、今度は俺が真砂を支えた。真砂の事も考えて、歩けなくなったからといって、過剰に接する事はしなかったし、特別扱いをする事もなかった。そんな俺に真砂もホッとしていた。
時にはケンカする事もあった。歩けなくなった真砂の気持ちをちゃんとわかってやれない俺、俺の真砂に出来る事をしてやりたいという気持ちがわからなかった真砂。しかし、それでも2人で一生懸命支えあってきた。普通の恋人同士に変わりはなかった・・俺はそんな生活でもよかったんだ。
しかし・・真砂は耐える事が出来なかったんだ。俺に告げられたのは突然の別れだった。真砂は俺に対して笑顔を見せつつも、ずっと遠慮していたのだ。それに気付けなかった俺は、ただ悔しくて・・。俺は真砂には言っていなかったが、このまま族を抜けてまともな職について、安定したら真砂と結婚しようと思っていたんだ。
それから俺はさらに荒れ狂うようになった・・。もう誰も支えない・・必要としないって。しかし、どんなに荒れていても心の中の寂しさは癒されなかった。真砂はそれだけ俺にとって大きな存在だったんだ。
それから何ヶ月か過ぎた頃、俺の元に真砂の父親からエアメールが届いた。手紙には、真砂は歩けなくなった足を治す為、アメリカに行った・・と書かれていた。それを黙って俺の元から去って行った真砂・・。俺にはショックが大きかった。
その真砂が帰ってくる。三田には俺が年少に入っている間、万が一真砂から連絡が来たら・・と前々から話をしていたが、待ちに待った連絡がやってきた。帰ってくると言う事は、真砂は歩ける様になったのか・・それとも・・。
ずっと荒れていた俺の心に何かホッとした気持ちが流れ込んできた。嬉しかった。あの時あんな別れ方をしても、俺は素直に喜べた。
「そっか・・真砂帰ってくるのか。すっげぇ綺麗になっているんだろうな・・。」
そう言うと、目を細めて笑った。こんな落ち着いた気持ちになったのは久しぶりだった。真砂の存在は“不思議”だった。何が“不思議”なのかはよくわからないが、とにかく“不思議”だった。
「それで?いつ帰ってくるんだ?」
「・・それがわからないんだよねぇ・・」
俺の問いに三田はあっさりと答えた。その態度にムカッときた俺はその場を去ろうとしたが、三田はあわてて、
「真砂さんがね、君を驚かせたいんだって!だから日付書いてなかったんだよ〜」
と、言って俺を引き止めた。俺を驚かせたい・・か、真砂らしいや。そう思うとまた笑ってしまった。
「いつ帰ってくるのか楽しみだ・・。」
そう呟くと残りのコーヒーを飲み、再び立ち上がった。
「どうしたんだい?また部屋に戻るのかい?」
「いや、今日は気分がいいから仕事して来る。」
そういい残すと、その場を去って行った。そして倉庫からモップを取り出すと、廊下を磨き始めた。真砂のおかげで今日は気分良く仕事が出来そうな気がした。
“真砂が帰ってくる・・”
嬉しい気持ちでいっぱいだったが、こんな惨めな姿を見られたくない・・という不安も拭いきれなかった。