惨めにさせる場所
あれから、何時間が過ぎたのだろうか・・。ふと外を見ると空は暗くなっていた。ドアを開けると、廊下はシ・・ンと静まりかえっている。この時間帯は、夕飯の時間か・・。本来なら俺も食堂で食べるのだが、あのガキと顔を合わせるのは想像しただけでも吐き気がする。
近くに売店があるので、俺は静かに部屋を出て売店へと向かった。誰もいない廊下は静かに歩こうとしてもよく響いた。角を曲がると売店だ・・ついでに煙草も買っておこうか・・。そう思いながら角を曲がったその時だった。
「バアちゃんっ」
そう叫ぶと、売店の向こうで倒れているババァの方へ駆け寄った。近づいてみるとババァは体を抑え、ただ
「痛い、痛い」
と呟いていた。何が何だかわからない俺はババァをそのままにして、売店に向かうと何事かと見ていた売店のババァに
「そこにある内線で、内科の藤谷のオッサンに連絡してくれ。佐山のババァが倒れたと言ってくれたらわかるから。」
そう言うと、再びババァの元へ駆け寄った。
「有也・・有也?」
ババァはそう呟きながら俺の方に手を差し伸べていた。その手を、俺はしっかりと握り締めた。
しばらくして、藤谷のオッサンが看護婦と共に走ってきた。そしてババァのそばに近づくと、
「佐山さ〜ん、大丈夫ですか?どの辺が痛いのかな〜」
そう耳元で大きな声を出して話しかけていた。ババァはそれに答えるよう、下腹部の方を指していた。藤谷のオッサンはそれを確認すると、看護婦にババァを治療室に連れて行くよう指示を出した。そして俺の方を見ると、
「ありがとう。君が発見してくれたおかげでおばあちゃん助かるよ」
そう言った。俺はすぐ立ち上がると、一度オッサンに向かって睨みつけたがすぐに笑みを浮かべた。オッサンがそれに応えるようニコッと笑ったのを確認すると、俺はその場から立ち去ろうとした。そして、オッサンとすれ違う時に一言呟いた。
「その方が後からくたばる時、ダメージが強くていいだろ?」
「なっっ」
藤谷のオッサンは俺の方を向いた。俺はそれに対して、笑顔で返すと自分の部屋へと戻った。
電気もつけずにベッドへ倒れこむと、さっきの藤谷のオッサンの驚いた表情が頭に浮かんできた。
「くっ、くくく・・あっはっはっはっ あ〜っはっはっはっ!」
ただ笑うだけだった。ホントにおかしい・・。俺が本気になって人を助けるかっての!
神サマじゃねぇんだよ、オ・レ・は!おかしくて、おかしくて・・
・・・涙が出てくる・・・
今回の事で、もう加賀達も俺の事に嫌気がさすだろうな・・。それでいいんだ・・そしてさっさと俺を追い出してくれ。もともと俺にはこんな場所、似合わなかったんだ。こんな場所にいたら俺は腐ってしまう。・・それなのに、
「いやぁ、藤谷先生から聞いたよ!昨日佐山のおばあちゃんを助けたんだってね。君もやるじゃないか」
翌日の加賀の第一声がこれだった・・。その言葉に思わず倒れそうになった・・。こいつら、やっぱりおかしすぎる。普通なら追い出すぞ!今すぐにでも出て行きたいのに・・。
ため息をつき、頭を押さえながら廊下を歩いていると、三田が立っていた。どうして、こう次から次へと出てくるのか・・。三田は下の方を指して、
「テラスにでも行こうか」
と、声を掛けた。それに対し、俺は1回頭をかきむしるとため息をつきしぶしぶ三田について行った。
三田はコーヒーを買うと、先に座っていた俺の前にコーヒーを差し出した。それを受け取ろうとしたが、三田はそれをかわす様に上へコーヒーを上げた。俺をからかっているのか・・と、俺は三田をギロッと睨みつけたが、三田はそんな俺に対してニコッと笑うと、
「人から物をもらう時は“ありがとう”デショ?」
そう言った。それに対し、思わず口を大きく開けたまま唖然としてしまった・・。別に、目の前にあるコーヒーを欲しい訳じゃないからそのまま無視してもいいが、それだと何か俺が“負けている”感じがして嫌だった。だから俺は眉間にシワを寄せながらニッコリ笑うと、
「ド・ウ・モ・ア・リ・ガ・ト・ウ」
そう言うと、三田は満足したらしくすぐにコーヒーを渡し、そして話し始めた。
「どう?ここにはもう慣れたんじゃない?」
「こんな所慣れてたまるか!俺はさっさと帰りたいんだよ。そしてまた悪さでもして、年少の世話にでもなろうかな・・。」
そう言い放ったが、三田は何も言わなかった。一体何を考えているのか、俺にはさっぱりわからなかった。しばらくの間、俺も三田もずっと黙っていた。沈黙が時を駆け巡っていた・・。居心地が悪くなってきたが、三田がやっと重い口を開き始めた。
「前に言ったと思うけど、結局君はここで暮らしていくんだ。君はまだまだ自分の“殻”に閉じこもって、孤独から抜けられないんだ。だから今の君は早く帰りたいなんて言っているが、それもいつまで続くか・・。」
ヤメロ・・・
「いいかい?僕がここに君を連れてきたのは、君を変えたかったからだ。それをずっと覚えといて欲しい。実際、今の君はほんの少しずつだが、僕らが出会った頃とは違うんだ。君は・・」
「うるせぇっ!」
三田が言いかけたのを、俺はテーブルを叩きつける事でさえぎった。説教なんてまっぴらごめんだ・・。
「うるせぇっ、うるせぇっ!もう何も言うな!お前や加賀にはうんざりだ!」
そう言った後、すぐに頭を押さえた。三田はそんな俺を見ると、1度ため息をつき話し始めた。
「わかった。じゃあ話を変えよう。真砂さんが帰って来るそうだよ」
「え・・・?」
・・真砂が・・帰って来る・・・