“かわいそう”の集まり
「相田君、今日は患者の人々と話してみようか。」
サナトリウムでボランティアを始めた翌日、掃除をしていた俺の元に加賀はやってきてそう言った。
“まだ掃除している方がマシ・・”しかしそんな事も言えず、患者の人間共と顔合わせをすることになった。
たくさんの人間の中には、昨日俺の事をずっと見ていたババァもいた。今日もまたじーっと俺を見ている・・。
“言いたいことあったらさっさと言えや!”・・とも言えないし・・。ただひたすら無視するだけだった。
加賀のすすめで仕方なく一人一人と話をしている時、近くにいた看護婦が
「ねえ、美岬ちゃんは?」
と、ボソボソ話していた。
美岬というと昨日のガキか・・。
そういえば、ここにはいないな。
昨日の行動からみると、とても患者とは程遠い暴れ馬・・。
あのガキ、女のクセにこの俺に向かって蹴りいれやがった。
俺に蹴りを入れやがったのはあのガキが初めてだ・・。
〔・・女のくせに・・〕そうするとだんだんと・・
「美岬ってガキの部屋はどこだーっ」
と、怒りがこみ上げてきた。周りにいたジジ、ババが目をきょとんとさせていた。
看護婦に問い詰めて(半分脅して)そのまま三階の奥の病棟に突っ走って行き、“葉山美岬”とネームプレートに書かれた部屋を確認すると、ドアを乱暴に開け、
「こらっ、このクソガキ!昨日はよくもこの俺に蹴り入れてくれたなー」
そう叫ぶと、ベッドから降りて窓辺にいたガキがこっちを見た。
その顔色は、昨日の蒼い顔に似てとてもいいとは言えなかったが、ガキはこっちを睨むと
「さっさと出て行けヤンキー!」
と、つぶやいた。
な・・何なんだここの人間は。
俺は何も言わずに、また乱暴にドアを閉めるとすぐ加賀の元に行き、ただ一言言ってやった。
「やめる」
その言葉に加賀はただ、プッっと吹き出すだけだった。
こんな所に俺もムカムカしてきた。
よくよく考えてもみると俺は、三田によって無理やりここに連れてこられた訳で、好きでいるわけではない。
さっさと自分のアパートに帰って遊びまくるんだ。しかし・・
「ダメだよ。」
加賀は一言そう言うと部屋を出て行った。
さっすが三田の親友というだけあって、性格もよく似ていやがる。
ここから出られないのなら、サボってやる。
一階のフロアで掃除をほったらかして煙草を吸っていると、庭で患者であるクソガキ共が看護婦に見守られながらボールで遊んでいた。
ここにいる奴等は一人では何も出来ない、誰かが支えてやらないとどうすることも出来ない“かわいそう”なのだ。
ここにいる医師や看護婦はそいつ等に同情しているんだ。
・・くだらねえ。
もし、俺が患者なら同情した奴を片っ端からブン殴ってやる。
だから、俺はここにいる奴等が辛くても、絶対同情しないしなぐさめたりしない・・。
そう色々考えてるうちに、だんだんと自分が惨めになってきた。どうしてこんな事を考えているのかと。
「チッ。」
舌打ちすると俺は煙草を灰皿に捨て、モップを持って掃除を始めた。
だけど、俺はこんな所でぬくぬくと奴等と関わって暮らしたりはしない、さっさとやめてやる。
ぶつぶつ言っていると、いつの間にか横にはあの、例のババァがいた。
・・またかい・・。
ずっとこっちを眺めては少し微笑んでいた。
このババァは一体何なんだ?俺に何を言いたいんだ?すると後ろから、ババァを呼ぶ看護婦の声がした。
「佐山のおばあちゃん、またここにいたのね。」
ババァは一旦看護婦の方を見たが、すぐ俺の方を見てはシワだらけの顔をほころばせていた。
すると突然、ババァが俺の手を握ってニコニコ笑っていた。
何なんだ一体・・。
このババァは俺に何を求めているんだ?俺はただ、気味が悪いと思いながらもババァのされるがままであった。
「ほらほら おばあちゃん、もうお部屋に帰りましょうね。」
看護婦はそう言ってババァを連れて行った。
俺はやっとババァから解放され、ホッとした。
「あの人はね 入院してもう半年が経つかな・・佐山スズヨさんていうおばあちゃんなんだ。」
後ろから突然、加賀が声をかけてきた。
「あのババァ どっか悪いの?」
「ん、末期の癌でねもう永くないんだ。さらにボケてきちゃってね・・時々僕たちの事も忘れてしまうこともあるんだ。」
末期癌か〜よく聞く病名だな。
「あのババァ、よく俺の事を見てるんだよ。さっきなんか手を握りやがった。」
すると、加賀も俺の方をジッと見てきやがった。
何なんだこいつは・・。すると加賀は何かを思い出したかのような表情で、
「そういえば似てるね〜佐山のおばあちゃんとこのお孫さんに。似てる似てる。そのお孫さんも君と同じ元暴走族だったんだよ」
「ババァの孫?“元”って事は今年少の中にいるわけ?それとも引退したとか?」
「いや・・亡くなったんだよ。事故で。」
加賀の話によると、ババァの孫有也は両親の不仲から暴走族に入り、両親に反発するようになったが、ババァには変わらなくとても懐いており、唯一心を開いていたという。
ババァもまた、そんな不憫な有也をかわいがっていたそうだ。
しかし、数日後有也は近所のクソガキが車に轢かれそうになった所を助けたが、代わりに有也が轢かれてしまった。
ガキは軽傷で済んだが、有也は即死だった。
かわいがっていた孫だっただけにショックも大きかったという。
それからババァの体調は悪化し、ボケてしまったそうだ。
生前よく見舞いに来ていたその有也と俺が似ているそうだ。
「ふ・・ん。なるほどね。」
何かを思いつくと俺は再び掃除を始めた。
・・面白くなってきたかもしれない・・。