君との始まり
「相田真夜、おめでとう。卒業だ。」
重い鉄の扉が開くと共に、その一言が響いた。同じ部屋の奴等からは、拍手と一緒に羨ましがる声もちらほら聞こえる・・。だったらてめー等も俺みたいに“真面目”にしてりゃいいんだ。でも、真面目にしてりゃ、こんなとこには入ってないか。
そう、ここは少年院。俺はここで2年間過ごした。理由は暴走族のリーダーだった2年前、傷害事件を起こしたからだ。しかしいざ入所してみると、看守共にはこき使われるわ、誰も見ていない所で殴られるわでろくなことがない。こんな最悪な所を出るにはただ一つ・・誰もが認める模範囚となって入所期間を短くすることだった。そして、2年後の今日。俺はここを出ることになった。
しかし、出所しても俺を迎えに来てくれる奴はいない。親父とおふくろは離婚していて、両方とも別の奴と再婚してやがる。仲間は俺が今日出所することすら知る訳がない。というわけで、保護監察官のおっさんが俺をアパートまで送るそうだ。
「真夜、ボランティアをしてみないか?」
車に乗ろうとした時、監察官の三田が話しかけてきた。
「ボランティア?」
しかめっ面で俺は聞き返すと、すぐに助手席に座った。続いて三田も乗り込み、車を発車させ再び話を続けた。
「そうだ。私の知り合いが院長をしているサナトリウムでな。これまで少年院を出た奴も何人かそこでボランティアしてきたんだ。どうだ?どうせしばらくは君もする事がないのだろう。やってみないか?」
「やだ。そんな一銭にもならないこと。」
三田の誘いを即答で断ってやった。今まで年少の中でボランティア活動してきたのに、出所してまでやってられるかってんだ。・・しかし、そんな俺の言葉なんか無視して、三田は俺のアパートとは逆の方向へ車を飛ばして行った。
「おいっ、こらオッサン!俺のアパートはこっちじゃねえよ」
俺のそんな声も聞こえていないのか、三田は悠長にハンドルを回していた。そんな勝手な行動にこの俺もただ唖然としていた。大人しくなった俺を見て、三田は少し笑っていた。フンっどうしてこんな奴が俺の監察官になったのか・・。
小一時間程して、やっと例のサナトリウムに到着した。三田は嫌がる俺の腕を引っ張り、院長室へと向かっていった。
「加賀ー。また一人出所したんだ。ここで使ってやってくれるかな?」
「もちろん大歓迎だ。こっちも人手が足りなくてね・・・ええと?」
加賀と呼ばれた院長は椅子から立ち上がると、俺の方を見上げていた。すると、三田が俺の背中を軽く押した。
「あっ・・相田真夜20歳。傷害事件で年少に2年間入っていました〜。特技はナイフを使いこなすことで〜す。」
と、自己紹介にはふさわしくない言葉を言ってやった。目的はもちろん、ここの院長に嫌われてさっさとアパートに帰ることだった。しかし加賀は、
「ハイ!今日からよろしくね。頼むよ」
そう思いがけない返事をしてきた。何だこいつ、俺の言ってる事がわかってねーのか?変な奴ばかりだ・・。
三田と加賀の勢いについていけない俺は、しぶしぶこのサナトリウムで働くことを承諾した。加賀から一通り説明を聞いた後、三田は俺を置いて帰っていった。
ボランティアの内容は掃除が主の雑用だった。ここには爺さん、婆さん、そしてクソガキなど色々な人間がいる。加賀は俺を一階の廊下に連れてくると、
「じゃあ、相田君。この一階から三階までの廊下全てモップがけしておいてね。」
そう軽く言うと、加賀は院長室へと去っていった。このバカでかい施設の廊下全て・・・
「やってられっか!」
モップを壁にぶつけタバコを吸おうとしたその時、俺の傍にいたババァがじっとこっちを見ていた。
「なっ、なんだよ」
しかしババァはじっと俺を見ていた。何か調子が狂った俺は倒れていたモップを持ち、タバコをポケットに入れ、キュッキュッと廊下を磨き始めた。それを見たババァはコクコクと頷き、また去っていった。本当に変な奴等が多いな・・ここは。
三階に入った頃には既に太陽も沈んでいた。三階は主に重い病を患う患者の病室があると聞いていたので、こんな所は適当にさっさと片付けてしまおうと思った時だった。
「キャーっ誰か止めてー!その子をつかまえて!」
という看護婦らしき女の悲鳴が聞こえた。そして俺の方に向かって一人のガキが突進してきた。
「お願いっその子をつかまえて!」
看護婦の言葉に思わず反応してしまい、そのガキをつかまえようとしたその時・・
ドカッ!
と、いう音と共に俺は倒れていた・・。不覚にもガキに跳び蹴りを喰らったのだ。すぐ追いかけようとしたが、ガキはすぐ傍で倒れていた。
「おっ、おい!」
ガキの方に駆け寄って抱き上げるとヒュー・・ヒューと荒い息遣いをさせ、顔色は蒼くなっていた。
「美岬ちゃんっ」
看護婦がガキに薬を飲ませると、荒かった息遣いは治まった。そして駆けつけた医師によってガキは部屋に運ばれて行った。
・・それが美岬との出会いだった・・