気付かなかった友情
昨日、葉山美岬に言われた後、俺は自分を責めていた。
俺は待っているだけだった・・・。真砂が俺に黙ってアメリカへ行った事に対し、ただ悔しいと思いながら待っているだけだった。
俺は追いかけようともしなかったし、連絡もしなかった。真砂の父親からの手紙で、連絡先なども分かっていたはずだ。
例え、しつこいと思われても追いかけるべきだった。後悔が俺の心を蝕んでいた。だが、そういった行動に出なかったのは、きっとどこかで怖がっていたからかもしれない。真砂を追いかけてアメリカへ行ったとしても、拒否されるかもしれない・・・。
“もう、君はいらないから”
そう言われるかも知れないと思っていた。それがやはり怖くて怖くて・・・。真砂は決してそんな事を言う女じゃない事は分かってはいるが、言わないだけで心の中ではそう思っているんじゃないかと、だんだん悪い悪い方へと考えが進んでいって・・・。結局、待っているだけを選んでしまった。
「あ〜っ、俺はどうしたらよかったんだよ!」
イライラしながらも、頭の中では真砂の事でいっぱいだった。
「とりあえず、拭いた方がいいんじゃない?」
そう、真砂を拭いてもっと綺麗に・・・って。振り返ると、声の主は葉山美岬だった。
「な、何だお前?何を拭くってんだよ。いきなり現れたかと思ったら訳のわかんねぇ事言いやがって」
すると葉山美岬は俺の足元を笑いながら指してきた。指差す方を見ると、あたりは水浸しになっていた。
「うおっ!!」
そういえば、仕事中だったのをすっかり忘れていた。考え事をしていてモップでバケツを倒していたのかよ・・・。最近ボーっとしがちだなぁ、オイッ。まぁ、ほとんどは真砂の事なんだけれども。
とりあえず床を拭いたが、葉山美岬はまだいた。
「何?俺に何か用ですか?お嬢さん」
葉山美岬はただ首を振っていたが、何かをひらめいたかのような顔をしたかと思うと、突然俺のシャツを掴んで、
「下の名前・・・何だっけ?」
その瞬間、ガクーッとしてしまった。この間教えたばかりだぞ・・・。えらく記憶力の悪い脳をお持ちなんだな。
「真夜、真夜です。もう聞くなよ」
仕方ないので教えると、葉山美岬はうんうんと頷いてニッコリ笑い、
「わかった〜ちゃんと覚えとく!それじゃあね!真夜!」
元気よく答えると、そのまま走り去っていった。ったく、何なんだあの女は。人の名前を聞いたかと思うと、さっさと去りやがって・・・。訳のわかんねぇ・・・あっ、
「さらりと人のこと呼び捨てにしてんじゃねぇよ!」
すでに誰もいない廊下に俺の叫び声が空しく響いた。俺の方が年上なんですよ!
だけど、別に怒っている訳ではなかった。以前ならすぐ追いかけて、一発殴っていたかもしれない。まぁ、あの女には真砂の事で小さな借りがあるからな。ケイゴ達ではなく、あの女にあんな事言われるなんて意外な事だった。
その時、携帯の着信音が聞こえた。誰だと思いつつ、携帯を見るとため息が出た。
「はい。あぁ、わかった。今から行く」
簡単に答え電話を切ると、そばにあったモップとバケツを片付け、部屋に戻って着替えてから“相手”が待つ場所へと単車で向かった。めんどくせーな・・・ホント。
目的地へ着くと、すでに電話の主は待っていた。
「・・・で、こんな時間に俺に何の用だよ。カオル」
カオルは自分が乗っていたスポーツカーから降りてきた。
「何の用って、ただ真夜に会いたかったの。だって最近会ってないし、この間だってケイゴとカイが店を貸し切りにしてさ。理由聞いても教えてくれないし。昨日も真夜店に来ないし・・・」
ホント、女ってのはよく喋る生き物だよな。ある意味感心すら覚える。
「真夜、族にいた頃は優しかったのに・・・。どうしちゃったの?突然変わってしまって、あたしがどんな気持ちで待っていたか分かる?年少出ても店には戻って来ないんじゃないかって、ずっと不安だった」
相変わらず一人ベラベラ喋るカオルの横で、俺は欠伸をしながら聞いていた・・ような聞いていないような・・・。
「けど、あんたが店に現れた時どんなに嬉しかったか。それなのにあんたの心の中にはまだあの女がいた!」
そう言い放ったカオルの目には、涙が溢れていた。カオルは必死に我慢していたが、涙はカオルの意思を無視して頬に流れていった。
「カオル・・・」
俺はそんなカオルに手を差し伸べたが、カオルはそれを払い除けバッグからハンカチを取り出して拭いていた。そして再び俺の方を見ると、
「たとえあの女が現れても、あたしは何もしない。あの女を傷付けたりしない。真夜が好きだから・・・。真夜の大事な女だから」
カオルの言葉に、俺は思わず驚きの表情を見せていた。俺の予想では、カオルはもし真砂が俺の元に帰ってきたら、何らかの手段で真砂を傷付けると思っていたのに・・・。
「カオル・・・お前」
「どうせ、真夜はあたしがあの女に手を出すと思っていたんでしょ?バカにしないでよ」
カオルはそう言うと、少し笑って煙草に火をつけた。そんなカオルを俺は今までとは違う目線で見ていた。ただ鬱陶しいだけの女ではなかったんだな・・・。そんな風に思った俺もまた、笑っていた。
カオルはそんな俺を見ると、煙草を捨て踵で擦り付けた。
「どう?せっかくだから、これからちょっと遊びに行かない?」
カオルの誘いを断る事もなく、俺はそのままカオルの車に乗っていった。
ホント、俺は人間を見る目が無いんだな・・・。今更気付いてしまった。