その六 銀と黒と黄金と
本日からあっちの世界。
しばらく、ユーリーとしての目線で進みます。
揺れる。
視界が躍る。
ああ… ユーリーってば走ってるんだ…
自分の体がそれを認識した途端、あたしの視界がぱっと鮮明になる。
え~と此処は… ああ、隊舎の中だ。
この道は執務室への途中。そうか、お使いの最中ね。手にはしっかりかなりな量の書類を抱えてるし。
自分の置かれている現状を認識して、あたしは意識を落ちつける。この間に、実はあまりタイムラグは無い。
あたしが夢のこの世界へ来るのには、実の処余り明確な法則などは無いようで、あたしの現実世界とこの夢の世界とは、どうやら時間の流れすらも違うらしい。
だって、来るたび、朝だったり夜だったり、あんまりにもまちまちなんだよね、その瞬間が。
あたしがあっちで就寝する時間って大体一定してるのに(仮にも社会人があんまりハンパな生活送る訳にはいかないじゃん)こんなにもこっちに出てくる時間がいい加減なんで、そんなふうにあたしは納得してるだけなんだけど。(いっつもいっつもあっちで「おやすみなさい」こっちで「おはようございます」って事態もどうなのよ… とは思うから、いいんだけどね)
ともかく、勝手に流れていっているユーリー本人の時間の中での出来事は、本来ならその時その場に居ないあたしには記憶すらされない筈のものなのだが、そこはそれ、それこそが夢って奴の便利な所であるようで。
此処へ着た途端、あたしの意識はほんの数秒でユーリーの意識とものの見事に同化する様になっているらしい。あたしが居なかった間の記憶ってやつも、その瞬間、何の違和感もなくあたしの中に流れ込んでくるから、「ちょっと、ちょっと、どうなってんの!? 前回の話、見逃した~」なんて事には今までなった事が無い。
いやまったく… なんて便利な機能なんだか。
確かに、あたしにとってはすんごくありがたいけれど、これ、ユーリーにあたしの存在がばれたりなんかしたら、きっと、ユーリーが悶絶する事請け合いだわね。
だって、初めて、この子の意識の中に居る事を理解した途端に、あたしはこの子が今まで生きてきた全部の記憶すらも共有することになったんだから。
考えても見てくださいな。他人に、自分の過去や考えている事を知られてしまうって…ちょっと考えただけでも、もう滅茶苦茶恥ずかしくない? あたしゃ、これやられたら、マジ、恥ずかしくてその日のうちにトンズラするわね、この世から。
これでも、あたしはあたしなりにプライバシーってもんを尊重してきたつもりだから、とりあえず知らなくて良い事は知らない様にしようと努力だけはしたんだけど… やっぱり、無理? …っていうか、あたしの意識は、此処に居る以上どうしたってユーリーの意識と文字通り一心同体な訳で。
もうしょうがないから、せめてもの思いやりって訳じゃないけれど、あたしはユーリーの過去を振り返る事だけは極力避ける様にしている。記憶って、意識をそちらに向けない限りあんまり思い出したりしないでしょ? あたしだって昔の事なんて、きっかけがあって思い出そうと思わなければ、普段意識に登らせることもない。だから。
それに、記憶はともかく感情の方は、いくら同化してるって言ってもやっぱり察知しにくいの。その時その場で同化している時は、否応なくこの子の感情はあたしに流れ込んでは来るんだけど、過去にあった事に関するユーリーの感情は、やっぱりもう名残の様な淡いもので。その事柄への喜怒哀楽、その程度しか認識できないようになっている。
だからそこら辺、勝手ではあるけれど、自分のなかで折り合いを付けることにしてるんです、あたしとしては。
まあどっちにしても、あたしって存在がユーリーに気付かれる訳じゃないんだから、そこまでこだわんなくってもいいのかもしれないが。
と、ともかく。
そーゆー訳で、今日この場所を、ユーリーが小走りに走っている理由はこの時点であたしには把握済み。
ふ~ん、宰相から、団長への書類一式のお使いね。
『出来るだけ早く』って…そんなこと言われたら、走るにきまってっんじゃないの、この子なら。
隊舎の中は基本バタバタ走ったりしないものなんだけど、そう思ってか、精一杯早歩きに見えそうなってとこが泣かせるじゃない。
うんうん。いつも良い子だね~ ユーリーは。中に入ってるおねーさんも、もう、鼻高々だったりして。
でも、気を付けないと。結構その書類、量多いよ? あんまり慌てるとうっかりして…
「うわっ!」
「わわっ!!!」
どしん!
ばさっ!
――――― ほらやった…
「うわっ!すみません!すみません!」
誰かを確認もしないで謝って、さげた視線の先でものの見事に散らばった紙の束にユーリーは青ざめる(遅いって…)。
「わわっ!!書類が…!」
あたふたとかき集め出したユーリーの、その傍にしゃがみこんで一緒に書類を集め出す人影。
「慌てんじゃないぞ、ぼーず」
聞き慣れた声に、あたしも、そしてユーリーも、思いっきり驚いた。
「ヒュ、ヒューバー団長…!?」
慌てて眼を上げた其処に居たのは、黒髪の驚くほどの男前の偉丈夫だったのだから。
「よっ! 久しぶりだな、ぼうず。相変わらずちっこいな~」
拾い集めた書類を渡され、そのままその大きな手で、頭をかいぐりされる。
う~ん…頭なでられるって、気持ちいいんだよね~…ってそうじゃなくて。
「お、お久しぶりです! お元気でしたか?」
「おうよ。そっちはどうだ?変わりないか?」
そう言って笑ったのは、この所めったにお目にかかれなかった第二騎士団団長様―――― ガイ・ヒューバー、その人。
あらら~、本当に久しぶり。あたしが生で会うのも久しぶりだけど、ユーリーもこの頃会ってなかったみたいだもんね。
立ちあがって見あげると、これまた驚くほどに背が高い。
アレクも高い方だけど、それより、もう五センチぐらい高いかな?瞳は髪と同じ黒。アレクが非の打ちどころがない美貌だとすると、こちらは粗削りな男らしいとしか表現できない容貌の持ち主。
体躯も、アレクが細身のしなやかな剣だとしたら、この人は鍛え抜かれた剛剣。その男らしさでアレクと王宮で、貴婦人方の視線を二分する存在だ。
しかし、生粋の貴族でもない事もあって、社交の世界にはとんと興味も未練もないらしく、用がないかぎりこの王宮には足を運んでこない変わり種。でもって、あたしのアレクの大の盟友でもあるのだね(あたしのだって… きゃ~! 言っちゃった!!)
「団長に御用ですか?」
「ああ。ちょっと色々相談ごともあってな。居るかい?」
「いえ、あの、わたしも、これを届けに、今執務室へ伺う所で… いらっしゃるかどうかは…」
うん。正直、行ってみないとわかんない。
前にも言ったと思うけど、アレクは、騎士団の仕事のほかに、今は公爵家の実務もこなさなくちゃなんない事態に陥ってしまってる。
現在、アレクのお父さんに当たる公爵は、急な病で自宅から身動きが取れない状態になっている。その為、かなりな実務をアレクが代行することになっているらしい(これは、団の諸先輩方からの、通達も込めた噂話からの情報ね)その所為か、この頃は執務室に居ない事も多くて、団員が欠かさない訓練すらも欠席しがちになっちゃてる。
おかげで、この頃、こっちへ来ても会えない時が多いんだい! ううう…恋する乙女に何たる無情!
う~ん…今日は居るかな~? 居て欲しいよな~
あたしがこっちの来れるのって、本当にささやかな時間だけなんだぞ~
せめて、大好きな人の顔の一つぐらい見て帰りたい。
「―――― まあしかたないか… とりあえず、行ってみれば解る。どれ、半分貸せ。持ってやる」
そう言って、ひょいっ…とユーリーの手の中の書類の束を掴みあげる。
「えっ!? あの!! ヒューバー団長…!」
どう見たって、そっちの方が多そうなんですけど!?
「どうせ、行先は同じなんだ。滑ってまた落っことしそうだ。俺がほっとけなくなるから、持ってやる」
にやっとした笑いが、また決まるんだ、この人は!!
見あげるユーリーの目線が、称賛に染まっていくのが、中に居るあたしにもはっきりとわかってしまう。
いや~正直な話、アレクに此処まで打ち込んでなきゃ、こっちに惚れてたかもしれないくらい良い男なんだよね、ガイってば。もともと、おじさま系のちょい悪に弱かったあたしのハートを、もうびゅんびゅん突いてきちゃってんだよ、本当に!
言ってる事は俺様っぽいけど、声も、やってる事も、どっかあったかいし…
ああ… この人も、ほんとになんていい男なんだろう…
「―――― ああ、ユーリー。おや? ガイも一緒なのか」
どうした?二人揃って。
いきなり掛けられた声に、真面目に意識がぶっ飛んだ。
きた~~~~~!!!
振り返ってみたその先に、あたしが一番会いたかった銀の髪が陽光に光っていた。
また、ここで切るか~って感じですが… すみません。次回まで少しご猶予を…出る出ると言いながら、最後の最後かよ~って感じですが、この後から、こまめに出る…かな? …実は、まだ、わかりません…
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凄く凄く嬉しくて… 出来うる限り頑張る所存ですが、きっと更新は遅めになりそうです。どうか気長に待ってやってください。