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その五 -1

少し長くなりすぎましたので、二つに分けました。

同時更新いたします。

―――――― …で?


「…で…?」

「は?」

「…なんで、こうなる…」

「なんでって… 約束しただろ? 楽しみにしてたんだぜ~ お前のおごり」


隣の席で、ニヤニヤ笑いながら剛史が言う。


「だから! 高給取の医者が、薄給の栄養士にたかるんじゃねぇ!」


すっかり朝の一件など忘れて作業仕事に没頭し、しっかり残業までこなして心地よい疲れの中、さあ早く帰ってご飯だ、ご飯!!――――と、通用口を出た途端に、でっかい腕にとっ捕まって、あれよあれよとばかりに連行されてきたあたしは、ここにいたって初めて我に返って剛史を怒鳴りつける。

公衆の面前だ? そんなこと知った事かい!どうせ周りも他人ひとの事などほっといて、自分達の事で盛り上がってるような輩ばっかりなんだから。


ここは、病院にもほど近い、御用達とも言っていいほどよく来る居酒屋。そのカウンターに二人して陣取って… ちが~う!! 今日はあたし、こんな予定は入ってないぞ!! 確かに、ここの突き出しと魚の煮付けは絶品中の絶品なんで、あたしの大好物の一つだが…… 

――――― と、そんな事言ってる場合じゃない!


「あたし、バイク!」


病院に置いたままじゃない! いや、それ以上に飲酒運転なんぞする気はこれっぽっちも無いんだから! 居酒屋ここ来ておいて、酒飲まないで帰れって!?


「あとで、タクシー。俺が帰るついでに送ってやる」

「母さんのご飯…!」


準備してんのに食べなかったら、どんな制裁が待ってるか…


「あ、俺が連絡しといた。『急な飲み会で夕飯はいりません』」

「……明日、どうやって職場に来いって……?」


徒歩三十分歩けってか…?


「俺が迎えにいってやる。…と言いたいところだが。残念ながら明日の午前中は研修で大学あっち行き。ユウに頼んどいたから、送ってもらえ」

「……兄貴にまで話行ってんのかい…」


なんつー用意周到な…

この男、本当にほんとーに、外面だけは良いもんだから、妙に受けだけは良いんだ、周りには!


いつもにっこり、素敵な笑顔。ガタイは結構いかついくせに、物腰だけは柔らかで。病院内でも、『話の解る優しい先生』って事になっている。う…なんか、めまいがしてきたぞ。

ついでに、その結構たちの悪い中身を把握しきってる筈の我が家に置いても(え~い!十年来の付き合いだけは伊達じゃない!)、なんでか、もの凄く信用が有るんだこれが。もう、ヘタしたら娘のあたし以上に、だ!


「『久しぶりのデートでしょ? 楽しんでらっしゃい』と言われたぞ」

「ちょっと待て! それは誰の台詞だ!」

「お前のおふくろさん。いや~相変わらず話が早くて助かるね~」

「訂正しろ!訂正を! そこは、思いっきり訂正するとこだろうが!」

「お~れは一向にかまわんぜ。虫よけにもちょうどいいし」


グイッとあたしがキープしていた筈の冷酒取り出して、何の断りもなく呑みながら言ってのけてくれちゃってますね、この極悪人。


「―――― 自分で虫よけとかって言ってのけるとこが、異常に腹立つんだけど…?」

「ま、そう言うなって。事実は事実だろうが」


けろっと自慢をうそぶきながら、タイミング良く、目の前の突き出しをさっとあたしの前にすべらせる。う~美味しそう… 今日はひじきの煮ものですか? ああ…お待たせされる間もなく、こ、これは、愛しのつかやチャンではありませんか…

この辺じゃめったにお目にかかれない魚、つかやを使った煮物は、もう、これ以上ないごちそうだ…

お腹はもう、減り過ぎるほど減っている。 

くそ~~~~!! どうあっても、付き合わないでは帰れないってか? 


「おごりは無理! ―――― て、言うか、あんたみたいにでっかい奴の食べる量なんて、あたしにおごり切れるわけないじゃんか! 今日、手持ち少ないから、絶対足りないし!」


今日は給料日の十日前。財布の中身は確か一万円も無かった筈。

基本病院での昼食は、給料引き落としのチケット制だから普段から大金は持ち歩いたりしないけど。

それでも、今は、一番厳しい時だろうが!


「カードがあんじゃん」

「クレジットカードは持たない主義」


いつもにこにこ現金払い。それがあたしのモットーなの。


「……しょーがねぇな~ うんじゃあ、わり。割り勘分ぐらいはあるんだろ? 帰りのタクシー代は持ってやっからさ」

「…わかった、付き合おう…」


ぐーぐーなるお腹には勝てないし…どうやら、帰してくれる気も無いらしい。

うう… 唯でさえ今月ピンチだってのに…


「…まったく、何だって、こんな奴が同じ職場に…」


絶妙の塩加減のひじきと、お待ちかねの煮付けを口に運びながら、思わず小さくブチブチと愚痴る。


「は?なんか言ったか? ほれ、おにぎりセットとビール。冷酒はその後だろ?先にやってるぞ」

「断る前から、やってんじゃん…」


人のお気に入りのキープ冷酒は勝手に呑みはじめちゃってる癖に、酒とコメをセットで食べないと落ち付かないとか、とりあえずビールを呑みたがるとかってあたしの癖はしっかりと飲み込んで、こっちが頼む前から目の前に差し出されてきたりする。

このおとこ、本当に、いったい何を考えてんだか…




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