その四十五
「ともかく、ぶっちゃけちゃうけど!」
もう、此処まで行ったら、ある程度以上は剛史に打ち明けてやる! 肝心の事さえいわなかったら、何処の誰ともわかりっこなんかないもんね。
剛史からのアドバイスなんてこれっぽっちも期待してないけど、そこはそれ、そうなったらこの煮詰った心情の愚痴のはけ口にでもなっていただこう。
どう言うつもりか知らないが、ちょっかい掛けてきたこいつが悪い! 覚悟しろ!
あたしは、改めて真正面から剛史に向き直る。
一瞬奴が「およ?」みたいな顔したけど、もう遅いからね。しっかり付き合ってもらうわよ。
「その人ね。ものすごく有能で、性格もよくて、人間的にも出来が良いんだけど」
「それはさっき聞いた」
「……!」
こいつの、こーゆートコ、むかつくんだってば!
「良いから黙って聞きなさいな! こっちにも話の流れってもんが有るんだから!」
ぜーぜー…
「あたしは、あんたみたいに、変に小器用な性格してないんだからね!」
「…自分で認めるなよ」
「なんか言った?!」
「言ってない言ってない! ともかく話?進めろよ。時間無くなっぞ?」
「あんたが混ぜっ返すからでしょうが!」
――――― いかんいかん。進まねぇ。
冷静に、落ち着いて。
――――― まったく、剛史と話してっと、どうしてこう横道逸れちゃうんだろ。
「だから!」
「ふんふん」
「その人、有能は有能なんだけど、その分、周囲から、妬まれてるって言うか…まあ、やっかみ?みたいなの、凄くある人なんだよ」
「ほうほう」
「それでもって、まあ出身が一般人…と言うか、庶民?みたいな?」
「―――― 何処の世界の話だよって感じだか、まあ良く有るっちゃ有る話だよな」
「やっぱ、そうなの?」
「そりゃそうだろ」
「剛史も有った?」
「そりゃまあない事も…って、俺の話じゃないだろうが。なんでそう来る?」
「いや、あんたもヘタに有能だったって前に聞いたから」
「…誰に?」
「真由美――――とと、外科病棟の平川さん」
「…お前ら、何処までつるんでんだよ… いい加減、彼女に諦めるように言えよ」
「ええ?なんで? だって、真由美、凄いナイスバディだし、美人だし、性格も悪くないよ?」
「…確かに、悪くは無いけどな! 俺にだって、都合とか予定とか…って、なんで俺の話になってんだよ! お前の先輩とやらの話だったろうが!」
「あ、そうだった」
やばいやばい。
「どうしてこう、剛史との会話ってどんどん論点からズレて行っちゃうんだろうねぇ?」
「そこ、俺に聞くな!」
俺は悪くない!―――――いや、あんたが絶対悪いだろう。
転がり続ける話の輪!―――――なんちゃって。……いかんいかん。至極真面目な話の筈なのに…
「――――― まあともかく。まずは、その、先輩ってのが、優秀で敵が多いってことだな?」
「そう!そうなのよ」
ありがとう剛史! 話、戻してくれて。
「で? その難癖…だっけ?」
「うん。なんか、その人が大事な人…と、言うか、組織?を裏切ったとかって話になってて」
「……おい、穏やかじゃねぇな。なんだよ、その組織って」
「いや、会社… そう!会社!」
「いや、それだって十分剣呑そうだが… 一応聞くが、ヤバい関係とかって無いだろうな?」
「あ、それはない」
これだけは自信もって言っちゃうよ、あたし。
「……濡れ衣だって?」
「うん」
「間違いないのか?」
「…あたしは、そう思ってる」
そこまで聞いて、剛史はちょっとだけ考え込む。
そうすると、いつものおちゃらけた雰囲気が消えて、妙にカッコよく見えたりして…
―――― え? 今、あたし何言った?
違う違う!絶対違う!
剛史がカッコいいなんて、天地神明に誓って有り得ない!
「有里」
「え、え!?」
「…なに、ビックリしてんだよ…」
「い、いえ、別に…?」
なんにも有りませんよ~
ホホホ…なんぞと笑って見せるあたしに、剛史はちょっとだけ胡乱な目線を投げて。
「まあ、いいか」と、仕切り直すように傍の手すりに凭れかかる。目線があたしから外れて、少しだけホッとする。
「もう一度だけ聞くが、そいつを信じたらどうなるんだ?」
「へ?」
「そいつの…まあ、無実って言うのか?それをお前が信じたら、お前に何か不利な事でも起こったりしないか?」
「え、ええ?」
不利な事?
なんでそんな事聞くの?
って言うか、不利も何も、夢の中の話だし。
あっちで動くのは、あたしでなくてユーリーなんだから…
「…無い…な」
「確かか?」
「うん。絶対にない」
絶対に、何も起こる筈がない。
「――――それなら聞くが、お前はどうしたい?」
「へ?」
「お前は、今後、そいつに対して、どうゆう風にしたいんだ?」
「どうゆうって…」
変わらない。
変わりたくない。
「…これまで通りでいたい…」
「ふ~ん…」
「変わりたくない」
信じてるから。
やっぱり、あたしもガイを信じてるから―――――ユーリーのように。
「じゃあ、それで良いじゃないか」
「へ?」
「お前は信じてんだろ? だったらそれで良いじゃないか」
か、軽い調子で、言ってくれましたね、剛史さん。
「だって! そうしちゃっていいかわかんないから…!」
「だから、お前が!」
「…」
「お前がそう思ってんなら、とことんまで信じて見るのもいいんじゃねぇかと言ってんだ」
とことんまで信じる?―――――…え…? でも、それって…
「そんな時は自分の目ってもんを信じてみても良いじゃねぇか。そいつを信じるんじゃなくて、自分の目を信じる」
自分の目…?
「それで、もし、裏切られたとしても、それは自己責任だろ?」
お前はその結果が受け止められないような女じゃないだろうが。
「――――――!」
「…おい」
「…」
「おい、有里」
「……」
「おーい、返事しろ。どうしたよ?」
ペシペシと、大きな手の甲でほっぺたを軽く叩かれて、あたしはやっと、我に返る。
「…びっくりした…」
「何が?」
「初めて、剛史が年上に見える」
「はあっ!?」
「なんだよそれ! お前今まで俺をなんだと思ってたんだ!」
「え~~? そんな事、かわいそう過ぎて言えない」
「なんだよ、それは!」
ぎゃんぎゃんと、剛史が文句を並べ出したけれど、そこはそれ、いつものスキルでスルーしてしまう。
見直した――――― なんて、言ってやりたくないんだもの。
ずるい…なんて思っちゃう気持ちがすごくすごく、悔しいから。
そうだね。
あたしに出来る事は信じる事。
ユーリーのように、ガイを、皆を、そして、あの世界を信じる事。
それだけしか出来ないからこそ、前向きに信じる。
そう、思うだけで、いいんだ、きっと。
「ありがとね、剛史」
だから、言葉に出して、感謝を。
「まさか、あんたに解決策伝授してもらえるとは思わなかったけど」
でも、憎まれ口は忘れない。
だって、それがあたしと剛史の関係だから。
「なんだよ、それは! もう少し、真面目に感謝しろ!」
「いえいえ、心の底から、思いっきりこれでも感謝してんのよ?」
理解できない山本センセが、お年寄り過ぎるんじゃありません?
「…かっわいくねぇ…」
そう言うと、剛史は白衣のポケットから徐に箱を取り出して慣れた仕草でその中にあった白い細いものを指先でつまんで口に咥える。
「剛史! あんた、タバコ…!」
医者の癖に、吸ってんの!?
「ん? なんだ、お前もいるか?」
「冗談! あたしは…」
「まあまあそう言うなって… ほれ」
と、しゃべろうと開いていた口にポン!と放りこまれたものは…
「…はぇ…? ほえって…」
「そ。懐かしいだろ~?」
「よく、あったわねぇ~これ…」
「隣町の雑貨屋で見つけた。凄いだろ?」
「うん!」
手に取って見たそれは、余りにも懐かしいシガレットチョコレート。
むかしむか~し、おばーちゃんにもらった記憶が有るだけの。
「これ、食べていいの?」
「おお、いいぞ。俺のおごりだ、有り難くいただけ」
「たかが数円でいばんないでよ!」
ぺりぺりと白い紙をはがした中は間違いのない茶色い棒。
ペロリ…と舐めてみると、懐かしいような甘い味がした。
「…なあ、有里」
「な~に?」
もぐもぐと、チョコを食べながら答える。
ああ、美味しい… …そう言えば、お昼ごはん食べてないな…
うわ~ヤバい。時間あるかな…
「お前さ、その先輩って…」
「ん?」
「……本当にヤバい事じゃないだろうな?」
もぐもぐゴクン!
「ああ!ないない!!」
チョコをしっかり呑み込んで、思いっきり力強く否定する。
これはもう、絶対に『大丈夫!』って言えるもんね。だって、ガイは、どう転んだって、夢の世界の人なんだし。
あちらで何が起ころうとも―――――― 少なくとも、こっちの世界でどうこう何て事はありえない。
「ま、なんかあったら、また、言ってみろよ」
これでも、お前よりは長く生きてる先輩だし。
「…あんたに、先輩面されたくない…」
「…相変わらず、かわいくねぇ…」
「どっちが!」
最後には、いつもどおりになっちゃったけど。
これでいいよね。
うん。あたしたちは、これで良い。
「それにしても…」
「ん?」
「お前も、いろんな事で悩むようになったんだな~」
今になって成長期か?
―――――― むっか~~~つ!
前言撤回! 相変わらずむかつく奴!
「やっぱりあんたって、性に合わない… 感謝して損した!」
「ん~? な~に言ってんだ。こんなに優しいお兄様を捕まえて――――― どうだ? 惚れそうだろ?」
「誰が!」
誰が誰にどうするって?―――――― 絶対あんたに、惚れたりするもんですか!
「あたしは結構一途なの! ―――――ごちそうさま! ご飯行ってくる!」
べ~っつ!と舌だしあっかんべ~!
子供っぽいって思われても、つい、しちゃったわよ! いじめっこ!
ぷいっ!と剛史に背中を向けて、屋上を降りるべく足を前に出す。
――――だ~れが、だ~れに惚れるって?!
後ろから一緒に付いてくるような足音は、この際、まったく聞こえない振り。
――――― あたしはアレクが大好きなの!
そうよ。
あたしは、今、アレクしか見えません!
そこまで考えて、ふと、足が止まった。
――――― そうだ。
アレク…
そうよ、アレク。
アレクが居てくれたら、きっと、ガイにこんなことは起こらなかった。
――――― アレク…
銀の髪に紫の瞳。あたしの一番好きな人。
アレク。あなたは今、何処に居るの?
あなたが居たら。
今、ガイの傍にあなたさえいてくれたら―――――――――――――
何とか仕上がりました…
稀にみる突貫工事の産物です… 間に合いました…よかった…
今日の更新までお待たせした分、がんばっ…て、みました…
この間に、PV50万、ユニーク10万、お気に入り登録700に届きました…びっくり…
皆様、本当にありがとうございます。
この通り、不定期も不定期。予測すらつかない更新ですが、どうか、ゆっくり、付き合ってやってください。