その四十一
さくさく続きます。
「お~い、坊主!」
その声を聞いたのは、何時も通り書類を抱えて、一の郭の詰所から隊舎へ帰ろうとした時だった。
余りに懐かしい声に、ユーリー以上に嬉々として振り返ってしまいましたよ、あたしは!
「ヒューバー団長!!」
――――― ガイ~~~~!!!
うわお~ん!! お久しぶりで~す!!
冬の少し柔らかな日差しの中で、手を上げていたのは背の高いたくましい姿。
う~~~ん…相変わらず良い男だねぇ… 少し痩せたかな…? でも、かえって精悍さを増したような感じ。もともと、溜息付くほどの男らしい風貌が、なお一層強さを増してるような気がする。
「お久しぶりです!」
おお! ユーリーの声も思いっきり弾んでるね。
「どうだ? 元気だったか?」
「はい! ヒューバー団長もお元気でしたか?」
「おおよ」
重畳重畳。
ぐりぐりぐりぐり…
少し強すぎるくらいの力でユーリーの頭を撫でてくるのも相変わらず。
「しばらく見ない間に少しは背が伸びたか?」
成長期だからな~
ポンポンポン… 仕上げ、とばかりに軽く頭を叩かれる。
うう… 嬉しくなっちゃうよね、こういうの。ガイのこの明るさって癒される~
「―――― そうだ。そう言えばそっちの団長さんはどうよ? ここのところ会ってないが元気にやってるかい?」
何気なく聞かれた問いに、一瞬ユーリーの言葉が止まる。
「どうした? なんかあったのか?」
「いえ。この頃、すごくお忙しいらしくて………」
「会ってないのか?」
「はい」
「……どのくらい会ってない?」
「ひと月…もうすぐふた月近くになります」
―――― そうか。もうすぐふた月ね。それは長いな~
でも、やっとこっちの時間間隔がわかってきたぞ。
「ふた月…」
長いな…
あ、やっぱりガイもそう思う?
「やっこさん、なんだかんだいって一番団長って立場が気に入ってるみたいだったからな… なのに、そんなに長い間、そっちに顔出してないって?」
「…はい…」
―――― そう。
これまでだって忙しい時は一杯あったけど、少しでも合間を見て隊舎に顔を出してたように思うもんね。
だから、これって、やっぱりおかしいんじゃない?
「あ、でも。私の知らない時に、いらっしゃってるのかもしれませんが」
…なんつーか…
真面目だね~ユーリー。そんなことまで申告しなくても良いと思うんだけど。
「そうか…」
腕を組み顎に右手を当てて、ガイが考え込む。
え~と… なんだか凄く深刻な顔…してる? いや、そこまで貴方にそんな顔されるとちょっとどころかかなり心配になってくるんですけど。
「―――― やはり…」
情報は確かだったか…
「―――― え?」
小さな小さなガイの声に、思わずその顔を見上げて息を呑む。
―――― 何…?
なんなの、その顔…
そんな表情、見た事無い。
厳しい――――― だけじゃない。
なんだろう… ガイらしくない。何処か冷たい…暗い…これは…
「ヒューバー団長…?」
思わず呼びかけたユーリーの声に、その表情は一瞬で霧散する。
向けられたのは、明るい闊達ないつも通りのガイの顔。
「まあ、そのうちにこっちからも顔、出してみるか。お前も、会えたら一度、顔出せって伝えといてくれ」
まだ、竜酒も飲んでねぇぞってな。
そう言ってユーリーの頭をまた一撫で。そして踵を返すガイは、いつもと少しも変わらないままにそこに居た従者から手綱を受け取って身を翻す。
「じゃあな!」
相変わらず見事な黒鹿毛にまたがって、そのまま王都に向けて走り出していく。
――――なんだったんだろう、さっきの…
その姿がいつもと変わらなすぎるから不安になる。
なんだろう… なんだか、ひどく胸騒ぎがする…
「―――― おい」
いきなり、後ろから掛けられた声にびっくりして振り向いた。
そこに立っていたのはこの門を守る役目に付いている一人の兵士。まだ若い… でも、何時も見かけるから、ユーリーも顔だけは知っている人。
「今のあれ、第二騎士団のガイ・ヒューバーだろ?」
―――― あれって…
あのね。一応と言うかなんというか、この場合相手は目上では無いのかな? いくら本人がもう居ないとはいえ、その言い方はどうよ。
「はい。そうですが」
それでも、きちんと良い子のお返事。
このこはね~ きちんとそう言うトコ弁えてんのよ~
でも、そんなの、この人にはあんまり関係なかったみたい。ユーリーが目に見えて年下だってこともあるんだろうけど、妙に上から目線で言ってのけた言葉に、虚を突かれた。
「お前、あれだろ? この中にある、第一騎士団の小僧っこだろ? だったら、奴にあんまりなれなれしくしない方が良いんじゃないのか?」
「え…?」
…なんか、変な事聞いた…?
いや、確かにユーリーは第一騎士団の従僕だけど、奴って…ガイでしょ?
馴れ馴れしくって… だって、元々この二つの騎士団って、団長同士みたいに凄く仲が…
「なんだ、お前、知らないのか? ガイ・ヒューバーって言ったら今…」
「―――― おい!」
いきなり、一緒に居た少し年配の兵士が思わずって形で止めに入る。
「止めろ! それ以上口に出すな!」
「え~? だって、先輩…」
「し~!! めったなことを口にするな! 此処は王宮だぞ!」
変な事が上役の耳に入って見ろ!こっちの首が飛ぶぞ!自重しろ!
――――― 首が飛ぶ? 変な事?
「……あの、めったなことって…」
「いや、気にすんなよ、坊主。唯の他愛のない話さね」
「…」
そんな、思いっきり引きつったような顔で笑われると、かえって気になるでしょうが…
…なに?
いったい、この空気は何なんですか?
「ほらほら! 仕事の途中だろ? 坊主も早く帰んなよ。遅くなって、上の奴にげんこつくらってもしらねぇぞ」
「あ! は、はい!」
我に返ったように、慌ててぺこりと頭を一つ下げて、ユーリーはバタバタと走り出す。
切り替えられた意識の中、ユーリーの視線はもう前方だけに向けられて、あたしには背後を見る事が出来ない。
ユーリー。ねぇ、ユーリー。
振り向いて。もう少し、何か捕まえて。
君は、気にならないの? この変な空気が気にならないの?
さっきのガイの表情。
その後の門番さんの言いたかった事。
変でしょう? 変だよね。
言ってくれないから、教えてくれないから、
気にしたってしょうがない。確かに仕方が無い事なんだけど。
酷く―――― 酷く、大事な事を聞き逃してしまったような気がして、後ろ髪が引かれてしまうのは、唯のあたしの気の所為?
何かがおかしい。
一体何がおかしいんだろう。
走るユーリーの意識の中で、あたしは誰にも言えない不安を抱きしめる。
それが現実にならないように――――
―――――だから、そんな事、考えなきゃよかった。
そう後悔したのはそれほど後の事では無くて。
何日かして、ユーリーの耳に飛び込んできたのは、信じられない話。
『王都内に、反乱の兆しあり』
その首謀者として人々の口に上がったのは、余りにも理解しがたい人物の名前だった。
続けて更新。
ようやく一人、黒髪の方は出せました。銀髪の方は…さて、いつかなぁ…
おかげさまでユニーク90000行かせていただきました。
不定期更新なままですが、どうかよろしくお付き合いください。