その三十六
長くなりすぎましたので三つに分けました。
出来るだけ連続で読んでいただきたいので今日連続で三話更新します。
ばれた。
ばれました。
すっかり化けの皮がはがれました。
誰の所為?
「…誰の所為だよ…」
「あん?」
まだ、横に立ったままの剛史が、あたしの独り言に反応する。
「あっち行ってよ、このおバカ」
「なんだよ、お前はさっきから」
「それはあたしのセリフでしょうが!」
どーしてくれんのよ、この始末。
完全にアウト。絶対にパー。
せっかくのド、ストライク物件――――― いやいや、断る…と言うか、このまま成功させるつもりは無かったけどね。
でも―――― でも、ですよ?
前にも言ったかも知れないけど、あたしは思いっきり小心者なんだってば。場をぶっ壊すとか、TPOを無視しまくるとか、本来なら絶対できない性格なんだって。
なのに、なんだって、こんなとこで、こいつと何時もの舌戦繰り広げちゃったりなんかしちゃってる訳?
ああもう、そうよ。あたしが悪い!
売り言葉に、つい、買い言葉で返してしまうこの性格が悪いんだけど!
あああ…もう、どうしよう… 一体、おばさんに、どういう風に言い訳すりゃ良いんだか… ああもうホントに情けない。結婚なんて、端からする気なんてなかったけどさ。本来ならもうちっと、こう、なだらかに? こう、穏やか~に和やかに、『おーしまい』ってしたかったのに…
思わず大きくため息一つ。
まあ、もうこうなったら仕方無いか。今さら、何隠しても仕方ないし。
うん。ここは、思いっきり開き直ってしまうしかないだろう。
「西條さん!」
「はい」
「あの…!」
「はい?」
斜め向いてた体を回し、正面から西條さんに正対する。
穏やかそうな顔――――― でも、この人は見た目のままの人じゃないから。
「ごめんなさい! このお見合い、なかった事にしてください!」
言葉と共に、思いっきり頭を下げる。
「―――― それは、そちらの方が原因ですか?」
「は?そちら?」
そちら――――― って、剛史のこと?
「――――! い、いや!違う! 違います!」
まさかと思うけど、剛史となんか関係有るとかって思われてる?
「これは、えっと、なんでここに居るのか知らないんですが、唯の知り合いと言うか、腐れ縁と言うかなんで――――― もう、無視しちゃってやってください」
そこは、絶対に誤解してほしくないから全否定。
「おい!」
剛史の声が跳ね上がるけど、今はしない、気にしない。
「お知り合い?」
「まあ、兄のですね、友達で。あたしの同僚でもあるんですが… ―――― とにかく、奴は関係ないので、この際なんで、どうか丸無視の方向でお願いします」
きっぱりはっきり。おまけに奴なんて言っちゃってるよ、あたしってば――――― ま、いいか。言われた本人自業自得。
「……おい…」
今度はなんだか小さい声で。なんか聞こえたような気もするが、幻聴よね、ええきっと。
今、それどこじゃないから、はっきり言って。
それた話を戻すように、あたしは西條さんの目を真っ直ぐに見直して、改めて大きく息を吸う。
「御覧になっちゃった通り、あたしって、実はがさつで、口が悪くって… 本当は、今、見たまんまの人間なんです。さっきまであたし、ねこ、かぶってました」
きっぱりと言い切ると、度胸が付く。
「…正直な人ですね…」
うん。真剣に正直に――――― 今のあたしには、きっとそれしか出来ないし。
「あたし、最初から、このお見合いはお断りするつもりで受けてます。――――と言うよりむしろ、お断りしていただければ嬉しいかな~なんて、勝手な気持ちでいたんです」
ほんとに、勝手だ。言葉に出してそう思う。
自分の望む事を相手にさせようとした。自分が悪者にならないで、どうやったら断れるかなんて都合のいい事考えた。
「あたし、結婚ってまだ、考えてなくて。でも、もう二十五だし。男っ気も本当に無いんで、周囲が心配しまくるんですよね。このままだと、嫁き遅れるって」
嫁き遅れって年でも無いと思うんだけどな。
まあ、何よりもの心配はあたしのこの男っ気の無さだろうけどさ。
でもね、でも… どうしても譲れないものもちゃんとある。
「あたし、実は今、絶賛片思い中なんです」
「は…?」
いきなりの宣言に、またまた呆気にとられた様な西條さん。
あっは。もういい。もう言っちゃおう。
「……片思い?」
「はい」
「もう既にお相手が居るとかではなく?」
「はい」
「そちらの方…」
「だから! これは違いますってば!」
ああもう、『これ』扱いで良いや。
なんか横でぶつぶつぶつぶつ言ってるけど、そんなもん知った事か。こんなとこに顔出すあんたが悪い!
「片思い…ですか…」
なんだか釈然としないって顔かな?
うん。確かにね。片思いでお見合い断るって、本当だったら有り得ないかも。
「その人の為に結婚はしないという事ですか?」
「え~と… はい」
「きちんと、その方に気持ちを伝えたんですか?」
「あ、それ、無理なんで」
「無理?」
「相手は、あたしの存在すら知りませんから」
西條さん、今度こそ絶句…って感じかな?
うん。この顔もレアだね。うんうん。変に造ってる感が無いから、あたしはこの人のこーゆー顔、すきだなあ。本音が少しだけ垣間見えて面白い――――なんて言ったら、怒られるかも知んないけど。
「それって、変じゃないですか? 好きならちゃんと気持ちを伝えるとか気付いてもらうとか…」
あっと、やっぱりそう来るか。
「だから、それが無理なんですってば」
気付くも何も、直接には会ってすらいないんだよね。
「……」
あれ… なんか不審そう…
まあ、そうだよね。こんな話、まともに聞いてくれるとは思ってなんていないけど。
「詳しく…こう、状態を説明するのって、いろいろややこしくて出来ないんですが。打ち明けるとか伝えるとか、無理なんです。絶対に叶いっこないって最初から分かってて」
ああもうホントにもどかしい。本当の事を話しても、きっと、誰にも理解なんてされないんだもの。
思い出すあの世界。
銀の髪に紫の瞳。風の音も、日の光も、撫でられた手の感覚すらも本物なのに――――― 唯一つ『あたし』はそこに存在しない。
でも好きで。
本当に好きになって。
気持ちだけは本物だから、伝えたい。
正直に、真剣に。この人には、きちんと真っ直ぐに――――― そうすべきだと思うから。
「あたし、あの人が好きなんです。あの人に片思いしてる自分が好きなんです。こんなに… ――――― こんなに自分が誰かを好きになれるなんて、思ってもみなかった」
最後のつぶやきは声に出しているつもりなんて無かったけど。
アレクに出会うまでのあたしは、ゆったりとした時間の中に住んでいて。緩やかに穏やかに、このまま恋愛なんてしないで一生を送ると思ってた。結婚は確かにしたいけど、自分は恋愛なんて、きっとしないと思ってた。
「だから、今のこの気持ちをあたしは大事にしたい。自分で納得がいくまで、この気持ちと付き合っていきたいんです」
本当は、こんなもの、恋愛なんて言ってしまったらおこがましいのかもしれない。唯の片思い――――― それにすら、なっていないと言われるかも知れない。けれど。
「あたしは、今の自分が凄く好きです」
今まで過ごしてきた時間の中で、今の自分が一番あたしには愛おしい。
「だから、こんな気持ちのままでお見合いしちゃった事、本当にごめんなさい。絶対に叶わないって分かってたから、やっぱり少しだけ痛くって。現実を見て、気持ちを切り替えようなんてズルい事まで考えてました。本当にごめんなさい」
言葉に出してみて、改めてそれが自分の本音だと悟る。
―――― そう。本当は少しだけ考えた。
実りのない気持ちを、抱えてやって行くのはやっぱりきつい。恋愛とかはありえなくても、もしかしたらあたしを見てくれる人がいるのかもって考えた。そんな人が居るのなら、アレクの事も吹っ切れるかと考えた。でも。
「西條さん、素敵過ぎるから、やっぱりあたしなんかにはもったいないです」
この人は、こんないい加減な事に付き合わせていい人じゃない。
だから、目を逸らさずに真っ直ぐに。それであたしの気持が、そのままに伝わると思ったりなんかはしないけど。
でも、分かってほしい。
貴方は凄い。
決して貴方を軽んじたりした訳ではないんだと、何故かそれだけは分かってほしい。
これすらも、あたしの勝手な感情でしかないけれど。