その三
これからしばらく、現実の有里のお話。
さて、どんな環境か…
それでは、どうぞ。
ドアを開けて開口一番。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます!」
声をかければ、次々と応えが返ってくる。
う~ん、今日の皆さまのテンションは良好…やや、お疲れ気味ってとこかな?
あたしの職場。ここ慧愛会坂水病院は二百床ほどの中規模病院だが、小児科、内科、外科、整形外科――――と、とりあえず一般的に需要の多い診療科を曲がりなりにも取りそろえ、大都市から少し離れた医療僻地一歩手前のこのあたりの駆け込み病院として、地域医療の中核をになっている――――― 一応。
就職するまではそれなりに敷居の高かった(実はあたしは名うての医者嫌いなのだ)この病院の門を叩いたのは三年以上も前の事。大学をどうにか卒業見込みに漕ぎ付けて、とりあえず習得できるであろう資格を生かす職場をと、何も考えずに一番家から近かったこの病院の面接を受けたんだったっけ。
とにかく、初めての面接に緊張しまくっていたあたしを前にして、好々爺然とした院長がまるでお告げのようににっこり笑ってのたまった。「ああ、ちょうどいいから、さっそく4月から入ってくれる?」――――こうして、あたしの就職活動は、ゼミの皆から大ブーイングを浴びるほどあっさり決まってしまっていた。
それから、色々軋轢が無かった訳じゃないけれど。
まあそれなりの居心地を、自力で確保して今も勤め続けていれるんだから良しとしよう。
今日は早番だから、此処に居る栄養士はあたしだけ。
後はやっぱり早番で出てきている食事を作る方のおばさま方が、もう既にしゃかりきで朝ごはんの準備をなさって下さっている。ひい、ふう、み…うん。ちゃんと六人いらっしゃってくれている。今日はイレギュラーは無しか。上等上等。今日はこのまま事務室の方にまわってしまっても良さそうだ。
既にロッカーで白衣には着換えているけれど、ガラスで仕切られた調理室、配膳室に入るには、もう一ランク厳しい服装規定が有るからね。人数足りない時の非常要員も兼ねているあたしらは、そうなった場合もう一度着換えてこなきゃならない。うん。今日は大丈夫そうだ。
「神部ちゃ~ん! さっき、業者から電話あって、玉ねぎが一箱足んないってさ~」
「え~~!! 芝さん、それやばいじゃん!昼、大丈夫!?」
「昼分までは取り置きでオッケーかな。もう一度電話かけてやってよ、向こうも色々あたってみるって言ってるし」
「了解!」
流石に3年目ともなれば、年下の扱いに厳しいおばさま方も、少し寛大になって慣れてきてくださって。皆、悪い方々じゃないんだけど、年齢もキャリアも何もかもあっちの方が上だからね、職場じゃ。
でも、立場上、指導するのはこっちだし…
色々気を使う訳ですよ、こちらとしても。
そうこうしている内に、定時出勤の時間がやってきて。
「おはよう」
柔らかな落ち着いた声が、ドアを開ける音と共に耳に届いて、あたしは机に向かっていた顔を上げて思わず笑顔になっていく。
「おはようございます。深山さん。おはよう。よーこちゃん」
「はい。おはようございます」
「おはようございます! 神部さん。早番ご苦労様です!」
にこにこと入ってきたのは、あたしの本当の意味での同僚たるお二方。
「よーこちゃん、何時も元気だね。ちゃんと朝ご飯食べてきた?」
「はい!ばっちりです!栄養士が朝ご飯抜きってまじありえませんし!」
そりゃそーだ。
室長の深山さんとあたしは顔を見合わせて笑いあう。この雰囲気がこの職場の一番の売りなんだよね~
この病院の栄養士は三人。
室長の深山さんは、確かもう今年五十歳をお迎えになる大ベテラン。いつもにこにこ微笑みを絶やさないが、言うべき時にははっきりと物事を言い切れる、此処の職場歴も一番長い頼りになる大先輩でもある。
で、もう一人は今年入った西 陽子ちゃん。
この子がまた、可愛いの!
丸顔の笑顔が絶えない、愛くるしいペットみたいな女の子だ。あたしに同性を愛でる変な趣味はないけれど(これ、前にも言ったよね?)この子見てると、もう何時でも、その頭をかいぐりかいぐりして撫でてあげたくなってしまう。
陽子ちゃんが嫌がらないのを良いことに、今日も今日とて我慢できずにその可愛らしいおつむをかいぐりかいぐりして、恒例の朝のスキンシップ。
「よーこちゃん見てると、つくづく年齢を感じるんだよね~ わかいってい~ね~」
かいぐりかいぐり。
本当に陽子ちゃんってば、髪はさらさらだし、お肌はすべすべだし。
「なーに言ってんの。神部ちゃんだってまだ二十代の癖に」
クスクス笑いながら、すかさず深山さんが突っ込んでくる。
「二十五過ぎたら、女ももうピークです。こっから先は下がっていくばかりらしいですからね。…よーこちゃん。その若さを大事にして、いい男ゲットすんだよ」
かいぐりかいぐり。
う~ん、やっぱりよーこちゃんに触ってると和むな~
「こら、このセクハラ女。さっさと純真な後輩から離れろ」
ポコン!
いきなりの男の声と同時に、頭を背後から丸めた紙の束で叩かれる。
ま~た、頭だよ!今日は何なんだ、叩かれる特異日なのか?
憤然として振りかえったあたしの眼に映ったのは、女ばっかの職場環境に不似合いな、変に圧迫感のある大きなガタイの持ち主だった。
ここで切るか~ってところですが、ごめんなさい。一旦切って、明日、続きを更新いたします。新キャラ登場!なんですね。さあ、誰でしょう?
この四日で、ユニークが400を超えました。…ありがとうございます!
お気に入り登録や、評価も頂き、凄く嬉しいです!ゆっくり更新ですが、楽しんで頂けるような話にしようと思っています。よろしくお願いいたします。
…さて、今回から、有里の職場について色々と説明が入りますが、一応お断り。フィクションですので、現実とはかなり異なると思います。参考にさせて頂いている雰囲気や状況はかなり前のお話なので、現在とは大分違うらしいですね。働いていらっしゃる人数とか、就職面接とか、書きやすいように変えていますのでどうか、参考にはなさらないでください。
特に、あのあっさりとした面接は…たぶん、現状ではあり得ないだろうと…
昔聞いた知り合いの話があんまりにもビンゴでしたので、ここで使わせて頂きました。くれぐれも、信じないように。現実はそう甘くは無いようです。
…どうか、あくまでフィクションとして楽しんでやってください。
それでは、頑張って、明日、また更新いたします。どうぞ、いらしてやってください。