その三十五
さくさく参ります。
『結婚相手を探す為』
至極まっとうなお答えですね。
お見合いとはかくあるべき―――――― いや、もうその通りなんですけれど。
―――――― いや~~~~!!!
あたしはね~ あたしは違うんだよ~~~!!!
あのね~あのね~、あたしは、まだ、結婚するなんてつもりは無いの!
このお見合いだって売り言葉に買い言葉。勢いだけで流されちゃっただけなんです~!!
――――― な~んて事を、言えたろかい!!
何がどうして、こうなった!?
『かる~い気持ちで行ってきな』
おか~さん!!
全然軽くないじゃないですか!!
「神部さん?」
あ…い…う…え…お…
「有里さんとお呼びしても良いですか?」
か…き…くけこ!
「これも何かのご縁ですし。この機会を利用しない手は無いですよね」
り、利用?! 利用って何!?
「正直、今日、この場に来るのは余り気は進まなかったのですが…」
進まないままでいてください…!
「こういう事ってどう言いましたっけ。瓢箪から駒?でしたか?」
ええ!? 棚から牡丹餅じゃなかったでしたっけ!?
「有里さん」
「は、はい!」
「どうか僕と―――――」
「――――― 有里!!」
いきなり、ぐいっと腕を思いっきり引っ張られて。
ボスン!
となんだか硬くて柔らかなものにぶつかったと思ったら、頭の上から怒号が降ってきた。
「何やってんだ!!お前は!」
……あれ?剛史?
――――― なんであんた、こんなとこに居んの…?
麗らかに、秋の日が映える日本庭園。
一流ホテルの敷地内の為か、目に着く所に人の気配が無い事が勿体ないような素晴らしいロケーションで。
滅茶苦茶好みのデキる男と二人きりでいたはずなのに、腕引っ張られてぶつかって、見上げた先には余りにも見知った顔。
――――― 剛史…
「なんでこんなところに居んの?」
思わず口を吐いて出た一言には何の含みも無いんだけどね。
「…お前こそ、なにやってんだよ!」
「何って…」
え~と…何…? なんだっけ…?
なんか、ちょっと、脳が許容量オーバーみたいで、ちょっと回路が…
それと言うのも、目の前。すぐ近くに居る剛史が、一瞬奴だと理解できなかったからかも。
「スーツ…」
「は?」
「初めて見たかも…」
口に出してみて納得する。
そうよ。スーツ。剛史ってばスーツなんて着て。
色は少し薄めのグレー。縦にストライプが目立たないように入ってて。
シャツは白…うん。無難だけど、やっぱりシャツは白よね。
目の前にネクタイ。紺と赤の斜めストライプ。きっちり第一ボタンまで嵌めて。
…ん?第一ボタン?
なんで、そんなとこまでこんなにはっきり見える訳?
見上げた目線。
顎?
なんで顎?
そういや、なんかにぶつかったんだっけ。
ぶつかった…そこから動いてないよね、あたし…
でもって、改めて視線を水平に。
はい。目の前には剛史がしてるネクタイ。細かいストライプの筋の一本一本までがはっきり見える…
見える?見える…っていうか、なんで、剛史以外が見えないの?
んでもって、少しだけ痛い左腕は、でっかい掌に握られて…
「う…わ~~~~~~~っ!!!」
どん!
思いっきり。
そう、思いっきりそのネクタイごと目の前の壁を突き飛ばす。
「わわわ!!」
思わずって感じで掴んでいたあたしの腕を放して剛史が仰け反る。
――――― ちっ!
たたら踏んだだけで倒れもしねーのかよ、こんちくしょう!
「なんで、あんたがこんなとこに居んのよ!」
「なんでって、そりゃこっちのセリフだろうが!! こんなトコでなにやってる!?」
「あたしゃ、見合いだ!」
「そんなこたーわかってる! なんで、此処に居るのかって聞いてんだ!」
「こんなトコもあんなトコも知るもんか! なんであんたにそんな事、断んなきゃいけないの!」
あたしがあたしのしたいようにして何が悪い。
「あたしが何処で何やってようが、あんたに関係あんのかい!」
「あるにきまってるだろーが!」
「ない!」
「ある!」
「ない!!」
あるわけないだろう!!
「しつっこいわね!なんなのよ! こんなとこまで来てケンカ売る気? ―――― 上等じゃない。いっくらでも買ってあげるわよ! 表出ろ!」
「何処の姉さんのセリフだよ! TPOも分かってないのかよ!」
「あんたに言われる筋合い無い!」
「ある!」
「ない!」
「あるんだよ!ばか!」
ああもう!なんなのよ! いっつも以上に訳わかんない。
「だから! あんたにバカバカ言われるような筋合いなんぞ、これっぽっちもないでしょうが! あんた一体何様のつもり?!」
あんたはあたしのかーさんでもにーさんでもないでしょうが!――――― なんぞと、啖呵を切ったら、剛史の奴、ぐっと詰まって唇かんで…
「確かに、俺はお前の家族なんかじゃないけどな…」
「おうよ」
そう、その通り。
「だからって、なんだってこんな野郎に迫られてんだ!ばかやろう!」
―――――と、大声と同時に、ビシッ!とばかりに剛史が指をさしたのは、体三つ分ぐらい離れた場所に立つ人影。
お前、他人様を指さすなんて、何て失礼な!
「こんな野郎って… なんて事言うのよ!失礼だろうが! 第一、この人は…」
――――― この人…?
えっと…誰だっけ…?
この人は…――――― って、此処に居るのって、あたしたち以外には確か一人しか居なかった…かな…?
えっと、その…あの… …希望的観測を少しだけ願いながら、そーっとそっと振り返ってみる。
目に映ったのは、呆気にとられた様な西條さんの顔。
あ、これ、すごくレアかも…―――― いや、違うって。そうじゃない。
えっ~~~~と……
「見てました…?」
返事が無い。
けれど、一瞬のうちにレアな顔が、ふっと何とも言えない笑顔になって。
――――― うわ~~~~!!!その顔!なんか、なんか含み、有りませんか?!え?ありません?! いや、あるよね。絶対あるよね!
見てた…
見てましたよ、ね…?
この距離で見てないなんて、絶対そんな筈ないもんな~
うんうん。見てた見てた。
……てへっ!見られちゃった!―――――じゃねぇよ!!
思わず逸らせた目線を、恐る恐る戻して見ると…
にっこり。
ああ、何て極上の…――――― 怖いです~ その笑顔~!!
化けの皮が… あたしの猫が~!
いやいや。猫じゃない! こんなもの、猫なんかじゃないですよね。ちょっと、余所行きの顔だっただけ。これぐらい誰だって…―――― し、してない? え?してるよね!? 絶対してるって!
……って、そこ、力説するトコじゃないし…
う~う~う~…
バカバカバカ! あたしのバカ!
折角折角、こんな服まで着てんのに…!
あたしが悪い? ――――ううん! あたしだけの所為じゃない!
剛史の…剛史の…
「剛史のばか~~~!!」
――――― 今さら吠えても、しょーがないんだけどね…
お待たせせずに、なんとか更新。
今回少し短めです。
多分次の更新で、このお見合い編はラストになると思います。