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その三十三

このまま続きです。

かちゃ…かちゃ…と、微かにカトラリーがプレートに当たる音がする。

それを遮るように、ゆったりとした声が場に響く。


「済みませんでしたね。私が少し遅れてしまって… 敦也君はきちんと早くに着いていてくれたのに」


落ち着いた語り口のおじさま――――佐々木さんだったっけ。ああ、良いお声… この方の何とも言えないロマンスグレーのオーラに癒されつつも。


「どうしても、時間厳守が仕事柄身に付いていまして… 予定時間五分前にはその場所にいないと落ち着かないんですよ」


にっこりと笑う西條さんの、この微笑みは、本当に侮りがたい。


和やかに(?)食事が進む中で、とりあえず会話を回していこうって感じですか? 

えっと、こういう時、乗っといた方が良いのかな?


「…あの、お仕事は何を…」

「S商事、第一営業部に所属しています」


しっかりと、話し相手の方を見返してにっこり。


「まあ、有里ちゃん。そうゆうことはちゃんと釣書きにかいてあったでしょ。そんな風にあけすけにお聞きするなんて失礼よ」


――――― うわっ…! やった…


光子おばさんの突っ込みに思わず冷や汗がでてしまう。西條さんのにっこり光線にうっかりうっとりしてる場合じゃない。

やばい。乗っかりどころ、間違えた?


「いえいえ。こちらの方が、つい、いつもの調子でお返事してしまって… そんな、一般的な事をお尋ねになったんじゃありませんよね?」


ふっと目線をあたしに合わせて。


「有里さんは、栄養士…病院にお勤めでしたね。―――― 大学を出られて、ずっとそこに?」

「は、はい」

「じゃあ、商事会社なんて思い切り畑違いですから」


肩書きだけ見て、何をしてるかなんてお分かりにならなくても無理は無いですよ。


――――― ナ、ナイスフォロー!


…って喜んでいいんだろうかこの場合。


これ以上ないって感じのお言葉の後、仕事の内容とか、職場の雰囲気とか、ゆったりとした口調で説明を始めた西條さんに、あたしはただ相槌を繰り返す。


……それ以上、なんの、仕様がありますか! この人、あたしの釣書きにしっかり目を通してる。

しかも、しっかり内容覚えてきてるし… これじゃあ、なんかあたしが、ものすごく失礼なことしてる気がするではないの。

その釣書きってものに、あたしってばほとんど…と言うか、全然、目、通してませんし… おかげで、目の前のこの人の事、な~んもわかってないんだよ~――――― なんて言えないよ!絶対に!



―――― あのね。どうせ勢いで決めた見合いだし、別に恥かいたって良いじゃない? ってのは確かに思わなくもないんだけど。

実際ほら、小説とかでたまにあるじゃない。わざと変なことして相手に断ってもらうとか。


……実はそれ、えっと…変な話だけど、最初からあたしは考えてない……って言うか、出来ません。


だって、間に立ってるの、光子おばさんなんだもの。やっぱり、顔に泥塗るとかしたくないじゃないですか。それに、こういった場であんまりにも雰囲気から逸脱した行動を取るなんて――――― 出来ない… あたしには出来ない…! 出来ないんだよ~!!


あたしは所詮、とってもしがない小市民。TPOとか、その場の雰囲気とか、そういったものをことのほか重んじてしまうんです。

いや、それを言うなら、本当に失礼な事、やっちゃってるんだけどね、今、現在進行形で。

だって、見合いって結婚前提でしょ? その結婚する気、これっぽっちもないのにあたしはこの場にいるんだもの。

西條さんがどうのこうの言うでなく、ただ単にまだ結婚したくないってだけなんだけど、それでも持ってきてもらった釣書きも写真も一回も見ないで来ちゃったってのは―――― 今になって、なけなしのあたしの良心を、しくしくしくしく痛ませてる。


『かる~い気持ちで行ってきな』


―――― おかーさん! かる~い気持ちで…来れるような相手じゃなかったみたいです。


今になって泣きついても、ここにあなたは居ないのね…




何のかんの言いながら、食事は進むし、会話も―――― 佐々木さんとおばさんと、それから西條さんの三人の間では、至極和やかに交差する。


「どうしたの? 有里ちゃん。今日はおとなしいじゃない」


もっとお話ししなくっちゃ、だめでしょ?


―――― 振るな!おばさん。


頼むから、話題をあたしに振らないで。


「まだ、きっと、緊張しておられるんでしょう」


私と一緒ですよ。


―――――嘘こけ!


思いっきりリラックスしていらっしゃるように、見えるんですが西條さん。


―――― これは本音か? 本音ですか? これ言ったのが剛史だったら、絶対なんかの裏があるからって、この時点で叩き倒してるとこだよね。

でも、この人。この表情なんだもんな~ 

な~んか、そんな風に思っちゃいけないような何とも言えない気持ちになっちゃう。


悪意が無いって言うか、作為が感じられないって言うか。

西條さんから感じられるのは、決して悪い空気じゃないから困ってる。なにかを見透かすような強さは有るけれど、それを全部包み込むような、まるで空の様なおおらかなものすらを感じてしまう。


この人、いくつって言ってたっけ…? あたしより上ってのはなんとなくわかるけど…


「西條さん、今おいくつでしたかしら?」


お、おばさん! なにぶっちゃけて聞いてんですか!

さっきあたしにぶしつけに聞くなって言ってたじゃないですか!


「三十三…もうすぐ四になりますね」


それでも、西條さんの応える声に澱みは無い。


「ぶしつけでごめんなさい。あんまりにも落ち着いてらっしゃるから、お聞きしていたお年を間違えたかと思ってしまって…」

「良く言われますからお気になさらないでください。仲間内じゃ、若年寄とかって呼んでくるとんでもないのもいますから」

「あら…それはまあ… あんまりですわね」

「いえいえ。もう、褒め言葉だと思ってますから」


……むむむ… これは、出来る。

ここで、これ? 如才がない――――と言うより、人に変に気を使わせない。だけどそのまま、スルッとふところに入り込むみたいな。


これは、なかなかの出来物ですよ、この方。今日が初対面だというのに、物慣れたおばさんだけでなく、こうやって座ってるあたしにまで、決して気づまりな感じを与えないで。


これで、三十三…? あたしより、八つも上…

落ち着いて話題をさばききってると思ったら、道理でね。でも、それにしても落ち着き過ぎてんのかも。おばさんがそんな風に言うぐらいだもの。


「でも、見た目は若いでしょう? 西條君のこのギャップに、取引先がやられちゃうんですよ」


と、佐々木さんが笑いながらフォローを入れる。


見た目は… 確かに若いよな… というか、少し、童顔っぽいのかな? でも、可愛いとかって絶対に形容できない男の人の顔立ちだし、むしろ、年齢不詳(?)かも。きびきびとした仕草といい、はっきりとした声音と言い、確かに二十代…半ばと言っても、もしかしたら通るかもしれない。


――――― ヤバい…


あたしってば、もともと、カッコいいおじさまがタイプなんだった。

でも、今、あたしの心を占めているのは片思いの銀の髪。

そうよ。こうやっていても、思い出せるぐらいにその人の事が、あたしは大好きな筈なのに―――――


なのに、あたしの目の前にいるこの人。あたしの、思いがけない見合いの相手。

この口調、この物腰。ここまで人を引き付けて、離さそうとしない笑み。


―――――やばい。本当に真面目にヤバいかも。


この人ってば、元々のあたしの好みにどんぴしゃストライク…でない?

若年寄? ああ、オッケーではないの。そこが良い。

この若さでこの落ち着き。何処か渋い、その仕草。

決してイケメンって言う訳ではないのに、気持ちのいい顔立ち。もちろん、顔のつくりそのものは、当たり前だけどアレクの方が良いに決まってるんだけど。


でもだけど、そういうものじゃない。

なんだろう、この人の持つ何とも言えないこの魅力。


「暑くなりましたね。少し、歩きませんか?」

「え?」

「ここは、庭も綺麗で有名なんですよ。少し散歩にでも行きませんか?」


にっこりとそんな風に誘われたら断れない。

いつの間にか、手元にはからの皿。

コーヒーもデザートも、何時の間に食べ終えたんだ、あたしってば!


「行って来なさいな、有里ちゃん」

「そうだね。私たちは、少し、ここで休ませていただいておくから」


こ、これは…

いわゆる、後は若い二人でゆっくりと…ってパターンですか?

え? そのままのパターンで行くんですか?


「さあ、どうぞ」


さりげなく、差しだされた手になんにも考えずに右手を出して、支えるようにされて立ちあがって初めて気付く。


――――― あ…


このひと、あんまり背、高くない。

座ってた時は気がつかなかったけど、身長、あたしとどっこいどっこい… もしかしたら、少し低い…かも。

しかも、今日あたし、五センチヒール履いてるから、今は確実にあたしの方が背が高い。なのに…


「どうしました?」

「いえ」


その事に多分気が付いているだろうに、その態度にも表情にも、一切卑屈な感じがない。

にこやかに、変わりなく、自信に満ちた笑顔。


――――― 本物だ。


この人、間違いなく本物だ。

本当に本物の上物… 

決して、体格に恵まれているわけでもないはずなのに、この自信。この存在感。


――――― おばさん、おばさん。光子おばさん。


なんて… 何て人を連れてきちゃったりするんですか。

なんだってこんな上物を…


――――― うわっ… やばい…


やばいよぉ。


この見合い、絶対絶対ヤバすぎる。


結婚も交際も、断る気満々だったあたしの中に、ものすごい勢いで警報が鳴りだした。




長くなってしまったので、二つに分けて同時に更新。

大変お待たせいたしました。ようやっと、の更新です。

もうしばらく…つづきますねぇ、この見合い。でもって、更新頻度は…遅いです。きっと。ああ、もう間違いなく遅くなります、ええきっと。

この間に、PV30万アクセス、お気に入り登録500を超えさせていただきました。もう、ありがたいやらなんやらで、思いっきり舞い踊っております。

とりあえず、絶対完結はさせますので、どうか気長にお付き合いください。


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