その三十一
それではさくさくと続きです。
本日、大安吉日日曜日。
この気候の良い秋の休日、ここ―――― 某有名どころのホテルでは、さぞかし沢山の結婚式が予定されているのだろう。そうでないと―――――この人出は納得できないぞ。
こうやってロビーに座っているだけで、あっちにこっちにと目一杯めかし込んだお嬢様方が一杯目に飛び込んでくる。「綺麗なお姉さんは好きですか?」「はい!大好きです」と、言ってしまっちゃうあたしにとって、これはこれで目の保養。一種眼福の光景では有る。
ひらひらきらきら。ひらひらり。
ああ、若いっていいな~―――― って、二十五にしかなってない若造がほざく言葉じゃないけどね。でも、綺麗に着飾った女の子のオーラって、ほんとにまぶしいくらいに和んじゃう。
え? あたし? ――――― えっと… ……まあ確かに、あたしも、着飾っている部類には入るのかも知れないが…
そこはそれ。どうか除外してほしい。どうしたって、似合う似合わないってもんがあるんですよ、こういうもんは。出来れば今の自分自身を、認識したくないって思ってるんだよ、あたしとしては!
今日のあたしの服装は、某デパートで、光子おばさんが思いっきり趣味に走りまくって誂えてくださった、とびっきりのお勧め品でございまして。一応女性物のスーツのってことにはなるんだろうけど、一見黒に見えるその生地は、良く見ると光沢の有る凄く深いグリーンで。―――― ベルベットって言うんだっけ? 服の折り目やら皺やらが、光の加減でうっすらと緑に浮かび上がるって言う色だけ取ってみたら確かに抑えたモノなんだけど。これ、着ると違う。着て動いちゃうと、妙にその緑が鮮やかに浮かび上がってくるんである。
おまけに、このスーツ専用にって、セットになってるブラウスが、実にものすごく半端ない。
もう、ひらひら…?というか、もこもこというか。胸元に、これでもか!ってくらいにフリルが有るんです。しかも、ただ付いてるって言うんじゃなくて、一つ一つ計算されてるんだろうな。ものすごくゴージャスなんだよ。このフリル! 何せ、止めてるボタンが一個も見えないってどうゆうこと? こんなにも、ひらひらさせる必要あんのか? 確かにスーツにしては胸元が大きくV字に開いて、なんかでカバーしないと変だってのは分かるけど。
おまけに胸元だけでなく、このフリル、少し長めの袖口に、思いっきりひらひらしていらっしゃるんです。……どうすんの、これ… 手の甲、半分ぐらいフリルに浸食されてっぞ? 濡らさないでどうやって手、洗えって? スーツだけなら一応少しは控えめなのかと思ったら、このブラウスとセットになんかなっちゃった日には――――― 派手。必要以上に派手。こんな派手になってどうすんだよ、これ!
しかも、このスカート… 思ってたより、短いんだ、これが…
立ってる時はそんなにも思わなかったんだけど… これ、座ると、ヤバい…
否応なく、慎ましやかに両足を揃えて良家のお嬢様風に斜めに足を流した感じで座らざるをえなくて。
ああ、窮屈だ… ああ、うっとおしい…
ちなみに足元は、共布で作ったんじゃないかと疑いたくなる色合いのハイヒール。アクセントの金の流線が、なんだか凄く浮き上がる。バックは、同じような金をあしらった小振りな物。…ハンカチぐらいしか入んないじゃん、これ。持つ意味有るのか、一度製作者に聞いてみたい。
「ああ、可愛い…! やっぱり女の子は良いわよね~ お洋服も選びがいがあって」
そんなあたしを、にっこにこと満面の笑みで見ていらっしゃるのは言わずと知れた光子おばさん。
「有里ちゃん、晶ちゃんに似て肌は白いし、上背もあるから、お洋服、一杯選びやすくっておばさん目移りしちゃったわ~ でも、これにして正解よね~ ああもう、ほんとに可愛いったら!」
――――― おばさん、それは身内の欲目です…
慣れない賛辞に、あたしの頬は思いっきり引きつり気味。このスーツ、確かにとんでもなく着心地は良いし、今日は朝から美容院まで引っ張って行かれて、メイクも髪も整えてもらってるから、けっして悪目立ちしてはいないと思うけど。
――――― 柄じゃない…
何処をどう取っても、あたしの柄じゃないだろう。
試着した時は、ここまでって思わなかったんだけどな… ブラウスは、合わせたりしなかったし。
だって、これの前にいろいろ着せられたの、これの比じゃなかったもの。 ド、ピンクとか、紫とか、真っ赤のフリルスカートもあったっけ… ああ、もうなんだか、思わず遠い目線になっちゃうよ…
「ああ、足元はもう少し足先を揃えた方が綺麗よ。それから、立つ時は、あんまり姿勢を崩さないでね」
「…はい、光子おばさま」
「―――― きゃー! 『おばさま』っだって! なんだか、すごく良いとこの奥様になったような気がするじゃない! もう、一回言って!」
「おばさま…」
きゃ~~~!と少女のようにはしゃぐおばさんは、本当に年を忘れるほどに若々しい。
そんな光子おばさま(もう今日は、あえておばさまと呼ばせていただきます)は、さりげないクリーム色のスーツに白のパンプス。これって、たぶん例の余りにも有名なブランドだよね。流石と言うかなんというか、この着こなしは半端ねぇ。付け焼刃のあたしとは、やっぱりモノが違うって感じ。
なんとも所在ないような気持ちになって、ふーっと大きく息を吐いた時、ロビーの向こうの方に立っている人影がふと目に入った。
――――― あ、あの人…
すっきりと切りそろえられた黒髪。体にぴったりとフィットした抑えた色合いのスーツを纏った後ろ姿。
「かっこいい…」
思わず、そんな言葉が口を吐いて出た。別に、これと言って目立つ要素は無いはずなのに。なんだろう…なんでかその後ろ姿が人目を引く。なんともシャキッとした、関西風に言うと「しゅっ!とした」って表現がぴったりくるようなその背中。姿勢が良いのかな。隙がない感じなのに見惚れちゃう。
男の人で、後ろ姿に目が行っちゃうって初めてだな。年齢は… よくわかんないけど、三十ぐらい? ダークスーツだけど、礼服じゃないってことは結婚式の関係者じゃないよね。
「あら、良い男」
いきなりの声に驚く。
「おばさん?」
いつの間にか、あたしと同じようにかの男性の後ろ姿を見ながら、おばさんの目が輝いている。
「あのスーツ、ブランドは良く分からないけどつるしの背広なんかじゃないセミオーダー…ひょっとしたら完全オーダーの結構良いものよ。型としてはオーソドックスなブリティッシュ。……すごいわ。あれをあの若さであんなに着こなせるなんて」
「ブリティッシュ…? え?」
なに? ブリティッシュってイギリスの事?
「ブリティッシュスタイルのスーツの事。型の一つなんだけど、細身で、バランスが取れてないとなかなか綺麗に着こなせないのよね。腰のところで絞ってあるから」
嬉々としておばさんが説明してくださってるけど。…すみません。ちんぷんかんぷんなんです、あたしには。
実は光子おばさんは、独身時代結構名の通った企業に秘書として勤めて、そこで旦那さんに見染められたと曰くつきの方なんです。あたしはもう紛れもない一般人、普通の家庭の人間なんだけど、叔母さん自体は、富豪とか大金持ちとかまではいかないにしろ、こうして一流と言われるものをそばで見て、馴染んでしまうぐらいには良いおうちの奥様なんである。
おまけに息子ばっかし三人だもんな~ そりゃ、スーツにも詳しくなるよね、多分。
つまり、そんなおばさんが一目でわかるぐらい良いスーツってことね。ほほう… それはそれは…
「うん。あれは間違いない物件ね。こんな時じゃなかったら、声かけてお世話させてもらいたいぐらい」
「おばさん…」
この、仲人根性恐るべし。
「でも、顔見えてないよ。そんなんで良しあし決めていいの?」
そうなんです。さっきから、おばさんと二人してこっそりじっくり拝見させていただいてるけど、件のバックシャン(…これって死語?)は、目線を一度もこちらには向けてくださらない。故に、未だあたしたちにはそのお顔立ちがわからないままなんだよね。希望はもちろんイケメンだけど、振り向いてみたら案外…ってことも、やっぱし無きにしも非ず、だよね?
そんなあたしの方を向いて、おばさまは力強くこう言った。
「大丈夫。男はね、有る程度の年齢になれば、その背中を見ただけで、中身の良しあしが分かるのよ。そうなってくると、少々の顔立ちの不自由さなんて、目じゃなくなるの」
男は背中で語るのよ。
―――― は~… そういう、もんですか…
その自信は、いったい何処から来るんでしょう…
でも、おばさんが――――― もとい、おばさまが、これほどまでに力説するんだから、これはこれできっと根拠のあるご意見なんだろう。その極意は、あたしごとき若輩者にはまだまだ到達できない高みなんでしょうけれど。
「男は背中で語る」、かぁ…
確かに、あの後ろ姿は…… うん。すごくカッコイイ。
これも一種の目の保養? 何しろ、あたしってば職場が職場だから、スーツ着た男性なんて、それこそ医薬関係の営業か、MRぐらいしか見ないんだよね、普段から。白衣天国―――― あっちもこっちも白衣だもん。それこそ服装だけ見たら、一部のマニアにしか受けない職場だろうな、病院って。
「あら。そろそろ時間よ。さあ有里ちゃん、行きましょうか」
「…は~い…」
はっと我に返ったように時計を見て、にっこりあたしを促したおばさんに、思わず語尾を伸ばして返事して、少しだけにらまれちゃったりしたけれど。
立ちあがり、もう一度、さっきの人を振り返る。
彼はやっぱり振り返ることなく、きびきびとした足取りで遠ざかって行く所だった。だから、やっぱりその背中しかあたしには見えなかったけど。
うん。なんだかすごく良いものを見せてもらった気分。
あんなかっこいい男の人もいるんだ。(背中だけだったけど)
あたしは、なんとなく少しだけ軽くなった気持ちを抱えて、ゆっくりとおばさんの後を追う事にした。
お見合いの場所は、このホテルの中でも、その美味しさがちょっとばかし有名なフレンチレストラン。その奥まった、半個室におばさんと二人案内されて席に着く。
「…良く取れたね、ここ…」
確か、半年先まで予約一杯って聞いたんだけどな。
「うまい具合にキャンセルが出たらしいの」
幸先がよいと思わない?
「これで、今日の首尾は上々ね、きっと」
―――― いや、上々になってもらっちゃ困るんです…
とは、あたしの心のつぶやきである。
こんな時じゃなかったら、あれもこれも、ここのお勧めのランチコースとか、思いっきり舌鼓を打ちたいところなのに。
なんで、見合い?
まあ、こんな事でもなきゃ、敷居が高すぎて、二の足踏んじゃいそうだけど。
「ここってやっぱりドレスコード付き?」
「大丈夫よ。有里ちゃんとっても可愛いから」
―――― 会話、成り立ってませんがな…
やっぱり、それなりのドレスコードはいりそうだよな、このお店。
確かに、今日は、おばさんにしろあたしにしろ、目一杯、お金と手間はかけてきてるから、そういった方向で追い出される心配はなさそうだけど。この際、似合う似合わないは別にしてね。
「こちらです。どうぞ」
と、ウエイターさんのまるで接客の見本みたいな仕草に案内されて誰かが近づいてくる。
「…いらっしゃったみたいね」
まだ、壁の影になってその姿は見えないけれど、そう呟いてカタンと静かに立ちあがったおばさんに習って、あたしも出来るだけおしとやかに立ち上がる。
「本日はお忙しい中、わざわざ来ていただいてありがとうございます」
流れるようなおばさんの挨拶を耳にしながら、軽く下げられたその頭をみならってお辞儀をする。
「申し訳ない。お待たせしてしまったかな」
目線を伏せた耳に飛び込んできたのは、耳に柔らかな、初老の男性の声。
「いいええ、そんな… それほどお待ちしたりはしていませんわ。…御無沙汰しております、佐々木さん。本日は本当にご無理を言って…」
「いえいえ。こういった事は、何よりもスピードが肝心ですからな。…そちらが?」
「はい。私の姪の有里です」
「は、はじめまして。神部有里と申します」
「ああ、これは可愛らしいお嬢さんだ。初めまして。有働さんとは懇意にしていただいている佐々木と言います」
なんかしょっぱなから、慣れないほめ言葉かましてくれるじゃないの! このおじさま!
ダブルのスーツがお似合いのロマンスグレー…
あ、やばい。タイプかも――――― いや、たぶん違うし。この人じゃないし!
(ちなみに、有働とは、おばさんの姓。有働光子というのが光子おばさんのフルネームではある)
「そして、こっちにいるのが…」
「はじめまして」
妙に素敵なロマンスグレーのおじさまが、視界を開けるようにすっと体を動かした時、一瞬頭が呆けるような甘いバリトンが耳に飛び込んできた。そして――――
「あ…」
「あら…」
期せずしてあたしとおばさんの声がハモる。
真っ先に目に飛び込んできたのは、さっき、ロビーで、思いっきりあたしたちの観賞用と化していた、見覚えのあるダークスーツ。
ゆっくりと上げた目線の先に、穏やかそうな一人の男性の顔。
「初めまして。西條敦也です」
そう名のったその人は、顔立ちにふさわしい柔らかな空気を纏い、ゆっくりとあたしの前で微笑んだ。
いよいよお相手の登場です。
途中で切る訳にいかなかった為、少し長め… さて、この後どうなるんでしょう…
この前の更新で、ユニーク一日のアクセス数、1000を超えさせていただきました。久しぶりで、もう、感無量…
おまけになんだか、お気に入り登録してくださっている方が、すごく増えているような… う、嬉しい… 評価して下さった方も含めて本当に心からの感謝を送らせていただきます。
…出来るだけ早く、次を更新できるよう頑張ります。