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その二十九

そのまま続きです。

あたしの親――――― あたしの、あのおふくろ様と、職場の上司にあたる、この深山かえでさんは、高校時代に先輩後輩の間柄であったと言う。


ああ、つらつらと思い返せば三年前、あたしがそれを聞かされたのは、初めてここで深山さんと対面した時だったなぁ… この病院に就職するまでは、そんなこと、これっぽっちも存じ上げたりなんぞしなかった。


うちのおふくろ様と言う人は、今でこそ、普通の主婦に収まったりしているが、実はある意味一部では、ものすごく有名人であったらしい。その当時を知る人間が、そろいもそろって思いっきり口を噤んでしまうものだから、その詳しい内容は、決してあたしの耳には入ってこなかったんだけど……

噂にすら出来ないことって、一体どんなことなんだ。


何も考えずに入学した母親の母校である高校で、当時担任だったというもう還暦近い老先生が、しみじみあたしの顔を見て、ため息ついたりしたもんね。それも、入学式の初対面でいきなりよ? 

その先生ですら、一体何があったのかは、あたしが卒業するその日になっても絶対に口を割ってくれなかった。ただ、これと言って何の問題も起こさず、かといって、変に優秀でも無かった筈のあたしの卒業を、「よかったよかった。何事もなくて…」と、あんなにも涙流して喜んでくれたって事は―――― おふくろ様… あんたいったい何やったんですか!?


その、一部伝説と化した高校生活の中で、この深山かえでさんは唯一おふくろさんと対等に渡り合えた後輩だったとか。


『かえでちゃんか~ なっつかしいね~』


二人で作った武勇伝、聞かせてあげようか?


就職した一日目に、深山さんの事を伝えた時、おふくろ様が笑って言ったこの一言―――― 聞きたくない! ぜ~ったいに、聞きたくないぞ! その、他人さますら思わず口を噤んでしまうような武勇伝なんぞ、絶対一生聞きたくない!――――― が、頼む、母さん! そう言う大事な情報は、頼むから就職を決める前に言ってくれ!


普段の深山さんは、実に実に面倒見のいい、良くできた上司なもんだから、今の今までころっときっぱりこの事実を忘れてた。あの時、あたしってばもう絶対深山さんには逆らうまいと思ったもんだったのに! ……あの人の後輩なら、こんな面白い事見逃すはずなんてないじゃない。あたしだって、絶対他人事ならめったくそ面白がってやる自信がある!


「んで、神部ちゃん。どうなの?」


何時するの?お相手は?

――――― すごく、すご~~く嬉しそうですね、深山さん…


「…まだ、なんも決まってませんって…」


――――って言うか、そもそもするかどうかも解りませんのに…


もごもごもご… 口ごもってしまうあたしを後目に、深山さんはころころと笑いながら言ってのける。


「あら。あたしは賛成。してみても良いと思うわよ、お見合いも。お相手の方、お堅いお仕事に付かれてて、共働きもオッケーだって言うじゃない。こちらとしては、今、神部ちゃんに寿退社なんてされちゃったら、思いっきり困るから、その時は断固阻止するつもりだったんだけど。続けてもらえるんなら、オールオッケー。何の問題も無い、ノープロブレムよ」


さあ、張り切って行ってみましょ~!

こぶし思いっきり突き上げて――――― ……一体、誰の見合いなんですか、もう…


「…だから、人の人生で遊ばんで下さいって… そもそも、何だってそんな事まで深山さんが知ってんですか」

「あら、聞きたい?」

「結構です…」


どうせ、情報源はおふくろ様に決まってんだ。


――――― 恨むよ母さん… あんた、やっぱり子供で遊んでるだろ…


げふげふげふ…

さっきよりは落ち着いたものの、のどに絡んだ咳の音が続いてる。

……剛史…まだ、咳き込んでんのかい…


いい加減、あれなんで、其処に置いたまま手を付けてない湯呑を、中に入った水ごとその右手に握らせてやる。

ぐぐ~~っ!

いっきょに呑み終えて…――――― あんた、今度は水詰まらせたらどうすんの。


「あら、落ち着きました? 山本先生。よかったわ~ いきなり咳き込むんですもの…ビックリしちゃった」


…それ、真顔で言えるあなたが怖いです…深山さん…


「…剛史、大丈夫?」

「あ、ああ…なんとか…」


すまん…とか何とか、もごもご言ってるが、それでもどうにか落ち付いたらしい。ほっと一息、思わず入れてしまう。

正直、こんな事で窒息でもされたりしたら、それこそ目も当てらんない。まあ、正確にはあたしの所為じゃないんだけど、これでこいつになんかあったら一層寝覚めが悪いじゃん。一応医者。腐っても医者。なんかあっても損害賠償なんて払えないぞ~!


「―――― あら、もうこんな時間… 神部ちゃん、ご飯まだみたいね。じゃ、あたし先行ってるから」


ごゆっくり~

トレーをさっさと返却口に片付けて、ひらひらと右手を振りながら深山さんがドアを開けて出て行って。


急に、しん…とした沈黙が落ちてくる。

ああ、気まずい。うう、気まずい。置いてかないでください、深山さん――――と言うよりは、この騒ぎの中で、しっかりご飯完食してしまっているあなたって一体… 


……よそう… これ以上考えると、この職場に居るのが辛くなる…


「…食べれそう?」

「……なんとか… と言うより、食べとかないと、この後持たない…」

「そうだね…」


一日はまだ半分も残ってる。ここで、栄養補給しないと、この後本当にやってられない、ぶっ倒れる。


剛史と二人元の椅子に座り直し、改めてもう冷え切ってしまった食事をもそもそと再開する。

もぐもぐもぐもぐもぐ…

ああ、今日の酢豚。ぜひともあったかいうちに食べたかった…


「…すんのか…?」

「……あん?」


しばらくして、ぽつりと呟いた剛史の声に、酢豚に気を取られて、あたしは少しだけ反応が遅れる。


「すんのかよ…」

「何を」

「……い…」

「は?」

「だから、その…」

「なに? ちょっと、聞こえないんだけど?」

「――――― だから、見合いすんのか?ってきいてんだ!!」


びっくり。

な、なんなんだ、急に。


「い、いきなり怒鳴んないでよ。びっくりするじゃないの」

「そんなもん、どうでもいい! …答えろよ。お前、見合いなんてすんのかよ!」

「はぁ?」


そこ? いや、そこにこだわんの?


「あのね~… さっき聞いてたでしょーが。――――まだなんにも決まってないわよ。母さんの先走り」

「決まったら、するのか…?」

「いや。決まったらも何も…」


今のところ、あたしにその気はないんだけど。


「まだね~ そんな気にもなれないし、仕事も忙しいし。――――第一、こっちばっかり、その気になっても、こういう事って成立しないもんでしょ?」


確かに、釣り書きと写真は大量に来たけどね―――――― な~んてことまでは、言ってやる義理も無いから言ってなんかやらないけど。


あっちから、情報が来てるってことは、こっちの、やっぱり釣書きやら写真やらが向こうにも行ってるって事だよね。


写真、写真、ねぇ…

ま~た、あの、恥ずかしい成人式の奴だぜ、きっと。あたしですらげーっとなったんだから、あれ見て乗ってくるのっていないんじゃないだろうか。


「――――― いっつも通り、ポシャるんじゃない?」


だから、あたしの口を突いて出たのは、本当にまぎれもない本心だった訳で。


「ホントか…?」

「うんうん」


この前、自分で横道それさせちゃった件でもわかるだろうけど、その気のないのにお見合いって多分すご~く気まずいし、あたしには耐えらんないんじゃないかと思うわけよ。第一、今まで一度も会ったことのない人と、何話せって? いや、それをするのがお見合いなんだけどさ。

やっぱり~どう考えてもめんどいし~。今まで無事に逃げ切ってきたんだもん。今回もやっぱり逃げたいな~


もぐもぐと、覚めた食事を咀嚼しながらつらつら憂鬱そうに明後日の方を見ているあたしに何を安心したんだか、一つ大きく息を吐いて、剛史はその口調をガラッと変えてきた。


「そーだよな~ …うんうん。確かに、そーだ。お前と見合いなんぞ、しようなんて奇特な奴はいねぇよなぁ~」


むかっ…

ちょっと、なんか、聞き捨てならない。

何ですか、そのご意見は。


「…ちょっと、失礼じゃない? 仮にも妙齢の女性に対してその態度」

「誰が妙齢だ。こんなガサツで口の悪い奴に見合いなんか出来るかよ。そんなもん、絶対すんじゃねえぞ」


お前が困るだけだから。


…また、言った。言いやがった。


「相変わらず…」

「は…?」


相も変わらず、いろいろ言ってくれるじゃないか、この無神経。


ガサツだ、口が悪いだと?

第一、奇特とはなんだ、奇特とは!

確かに我がおふくろ様にも言われたが、母親に言われるのは我慢できても、あんたなんぞに言われる事まで、なんで我慢しなけりゃなんない!


ああ、なんだか、ものすごく腹が立ってきた。

なんでか、わかんないけど、イライラする。

どうする?――――― どうする。

どうしてやろう、この始末!


「―――――する」

「…は?」

「お見合い、する」

「はぁ!?」


ガタン!

思いっきり大きな音を立てて、奴が椅子から立ち上がる。へへん!驚いたか、この野郎!

脅かしついでだ、とことんおののけ!


「どーせ、がさつで口が悪いもんね。あたしなんて、見合いぐらいでしか結婚できないね。うん。きっと、それでもいいって人がいるかもしれないし。うんうん。見合いってのも、結構いい機会かも知れないね。最初から、期待してないんだから、向こうだってそのつもりだろうし。うんうん。絶対に、これって、いい機会だよね。この際だ! お見合いでも何でもやって、あたしだって、いい男ゲットしてやる!」


売り言葉に買い言葉ってこういう事を言うのかしらね。売られたケンカは買ってやる!目には目を、歯には歯を!

見てろこのやろ! 女をなめるな!

あたしだってね、猫の一つや二つその気になったら被れるんだから!


「ゆ、有里!!」

「ありがとう、剛史。あんたのおかげで決心が付いたってもんよ。一回ぐらい、お見合いってものもしてみる方がいいもんね」


そうだ。なんにせよ、食わず嫌いはよろしくない。なんでも、食ってみよ。どんな事でもやってみよ!


……どうせ、どうしたってアレクはあたしのものにはならないし。このまま何時までも、幻みたいな片思いを追っかけ続けるのも、それはそれで余りにもあたしの人生悲しいし。

この際だから、現実って奴に目を向けてみよう。もしかしたら、すっごく素敵な良い出会いが待ってるかも…


「有里!」

「さ~て、ご飯も済んだし、お仕事お仕事。…なによ。剛史ってばま~だ、食べ終えてないの?」


は~やくしないと、時間無くなっちゃうわよ~

わたわたとなんだか慌てまくっている奴の姿に少しだけ溜飲が下がる。


「じゃ、まったね~」


お見合いの、結果が分かったら一応知らせてあげるから。


ひらひらひら…

深山さんのまねををして、右手を軽く振ってやる。


「おい、待て…」

「あたし、午後からの仕事、たまってますので。お先に失礼いたします、山本先生!」


どうぞ、ごゆっくり!

図らずも、さっきの深山さんと同じセリフを剛史に吐いて、あたしは思いっきり食堂のドアを閉める。

バタン! すごく大きな音がしたけど、今回だけは思いっきりスルー。


ああ、ちょっとだけ、すっきり。ざまあみろ! いっつもてめぇの思うようになってたまるもんかっての!


誰かに聞かれたらどん引かれるようなセリフを心の中で思いっきり呟いて。


――――― よ~し、見てろよ! レッツ、見合い!


一回でも二回でも、来いってんだ!!


既に、何が目的か分からなくなっている事にも気付かずに、ただひたすらに闘志を燃やす。


廊下の真ん中で思わず拳を握りしめたら、そばを通りかかった背広姿の営業の人が思わずぎょっとして飛びのいたりもしたけれど、頭に血が上り切ってるあたしには、もう周りなんか全然見えていなかった。





とりあえず一区切り。…どうしても、文字数が多くなってしまいまして…

この間に、総合PT1000を超えさせていただきました。…もう、どうしてよいやら…嬉しくて、舞い上がってます。読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。多分、これからも、ゆるゆる更新ですが、どうか最後までお付き合いよろしくお願いいたします。

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