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その二十八

月曜日。


休み明けの病院は、殊のほか慌ただしい。休みの間に出た入退院の申し送りとか、救急の患者の手配とか、その他もろもろの事務処理が一気に回ってくるからだ。

あたしは休日出勤してたから休み明けでは無いんだけど、それでも午前中はあたふたと走り回る事がいつも以上に多すぎた。よって、そうなると、必然的に昼休みが午後にずれ込む事になる。


「―――― あら、山本先生。今、お昼ですか?」


深山さんと連れ立って食堂の扉を開けた時、其処に居たのは見慣れた背中。一瞬振り返って微かに見開かれた目に回れ右をしそうになった体を寸でのところで引き留める。危ない危ない… 人の目他人の目。深山さんが居るでしょうが。そう感情に突っ走って行動する訳にはいかないぞ。絶対後が怖すぎる。


「今日は、整形が異常に混みまして… 看護師には別々にお昼行ってもらったんですが、僕が抜ける訳にはいかないですからね。しかたなく、今です」


もう腹ペコで…


――――― うわ~~~…爽やか過ぎる笑顔が怖い… 


ちらっ…とあたしを見た視線がふいっと逸らされる。

そーかそーか、気まずいか。そっちが気まずい様にあたしだって気まずいわ! なんだってこんなところで会うんだか。


病棟の看護師さんは、基本、時間通りのローテーションなんだけど、その日の患者数で仕事時間がずれ込む部署は、外来、事務、薬局など、病院である以上結構多い。その所為か、お昼休みの時間決めは各々各部署の裁量に任されて、食事の時間がまちまちになる事が病院ここでは往々にして起こりうる。


そして今日。ずれこんだ昼休みを消化すべく、午後の一時半も過ぎてから職員食堂に顔をそろえてしまったのは、あたしと深山さん、そして剛史の三人だけだった。

置いてある食器を確認してみると―――― あたしたちが最後か… まったくなんて間の悪い。


ほぼひと月ぶりに見た剛史は、いつも通り変ににこやかな笑顔を浮かべているが、ほんの少しだけ影が薄くなったような気配がする。

……少し、痩せた…? ―――― いや、あたしの所為せいじゃない。絶対全く所為じゃない。たとえ、ホントに奴が痩せたんだそうだったとしても!


しかし、そーとー疲れてはいますね、お兄さん。さっき、一人称、僕になってたし。そこへ持ってきて、あたしと顔突き合わせてご飯だなんて、そっちも思いっきりごめんこうむりたいだろうけどさ。


でもね、あたしもおなか減ってるの。あんたのご機嫌に付きあって、今さら場所変えたりするような余裕は残念ながらございません。午後からだって、仕事満載。ぐたぐた言ってる暇は無いのよ、あたしもね。さっさと食べて、少しでも休憩を取らせてもらわないと、体持たない、マジやばい。


……まあ、深山さんもいるしね。二人っきりじゃないってことでお互い手打ちにしましょうよ。

とりあえず、今だけは。


置いてあった、もう冷めてしまった一人前のトレーをとって、剛史から一番遠い椅子にさりげなく座る。

ちらっと奴がこっちを見たけど… これぐらいは、良いじゃんか。まわれ右、しなかっただけでも褒めてくれ。


「外来も大変ですね~ 今日は山本先生おひとり?」

「ええ。副院長は、出張で北海道行ってますから。この一週間は、僕だけで… 当直は助っ人に入ってもらいますけど」

「あらあらあら…」 


流れの関係で、あたしと剛史の間に座っちゃってる深山さんと奴の間で、世間話のような情報交換が始まる。あたしはと言うと、思いっきりおなかが減ってますって感じで食事に集中―――― する振りで、しっかり会話だけは拾いまくってます。大体、この狭い空間の中にいて、聞こえない訳なんてないし。


自分がしゃべんなくても大丈夫そうでほっと一息。此処に二人きりで気まずく無言で食事って… 

うわ~~っ、考えたくない。絶対ヤダ! ほんと、深山さんが一緒でよかったな~――――― などと、その時あたしは暢気にも、そんな事を考えてたから油断した。



「―――――― そう言えば、神部ちゃん。今度お見合いするんだって?」


ぶぶっ!!!

やばい!思わずみそ汁吹き掛けた!

な、なに!? なんなの!その爆弾!! 


「し、しません! ――――っていうか、深山さん! それどこで!?」

「うふん。もちろん、あきさんから」


―――――― うわ~~~~っ!! そこからかい!!


極上の笑顔を張り付けた言ってのけた深山さんに、思わず頭を抱え込んだあたしには、絶対絶対罪は無い!


深山さんの言う『晶さん』と言うのは、実は神部晶子かんべあきこさん――――― はい。間違いなくあたくしの母親の名前でありまして。


「い、いつ!?――― っていうか、なんで!?」


ありえねぇ! 昨日の今日だぞ!!


「今朝ね~ 晶さんからお電話いただいたの。『うちの売れ残りのバカ娘に良い縁談が回ってきてね~』って」


こーゆー事情ですんで、土日勤務、配慮よろしくですって。

にっこり―――――ああ、なんて微笑みなんですか…


「み、み、深山さ~ん~~~……」


あなたのお言葉のその語尾に、ハートマーク付いてるような気がするのはほんとにあたしの気のせいでしょうか…――――― って言うか、おふくろ様! いったい全体あんたって人は…!


どうしてくれるんだ、この始末! なんだってこのお方を巻き込んで!


ごふっ!げふっ!!

―――― と、自分のでない咳き込む音に目をやれば、


「た、剛史!?」

「あら、山本先生。大丈夫ですか~?」


げふっ!ごふっ!と思いっきり胸を押さえて苦しんでる剛史の姿。ころがったお椀の中身が少しだけトレイに零れて。

み、みそ汁か? 味噌汁だな! なんだってあたしと同じように… しかもこのバカ、気管に入れやがったな!


何時まで経っても収まらない咳に焦ったあたしは、手近にあった湯呑に冷水器から水をぶち込んで剛史の所にすっ飛んで行く。


「剛史! とりあえず、水…水のんで… いや、無理に飲まなくてもいいか… と、とにかく、だ、大丈夫?」


ごふっ!げふっ!と、剛史の咳が続く間、丸まったその背中を撫でながら、のほほ~んとしている深山さんを振り返る。


「深山さん! 狙ったでしょう!?」

「あらら…ひどい。何を狙うって?」

「ちょうど、あたしらが味噌汁飲むとき、狙って言ったんでしょうが! どうすんです、この始末!」

「そんな~~… 山本先生をわざわざむせさせるなんて器用な事、出来る訳ないでしょ? あたしに」


にっこり。


――――― い~や。出来る… あんたなら出来る!


まったくまったく、他人事だと思って…


「遊んでるでしょう! 二人して!!」

「二人ってだ~れ?」

「ああたと、うちの、おふくろさんの事です!」

「あら、失礼な… わたしはただ、娘想いの先輩の親心に感動してしまっただけなのに…」


そこで、涙を拭うフリをしないで~~~!


少し落ち着いてきたものの、まだまだげふげふやっている剛史の背をぽんぽんぽんぽん叩いてやりながら、にこにこしている深山さんをじと目で見返す。

あたしの顔、今、絶対、ものすごく情けない事になってるぞ。うん、間違いなく。






どうにか更新です。でも、すみません。こんなところで切りました。またまた長くなったので二分割。続きは明日に更新予定。よろしくお願いいたします。



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