その二十三
呑んで食べて騒いで。
たった二人だけど、女同士の飲み会なんてきっとそんなものなのだ。
おとなし過ぎる洒落たバーなんて、いらない。美味しい料理とお酒があったら、そこで何時間でもおしゃべりして居られる。だから、適度に騒がしいこういう居酒屋の方がいいんだよね、飲み会は。
――――― な~んて。どっかの小説に出てくるようなデートに相応しいトコなんて言った事無いんだけど。う~ん… ヘタしたら、男とデートなんてした事の無い、あたしみたいな女のやっかみと取れない事も無いか。
まあ、よいよい。今日も楽しく呑めたことだし。
「も~いっけんいく~?」
「いや~もうむりっしょ! あしたもしごと~」
けらけら笑いながら言う真由美は、いっつもの女を寄せ付けないようなお色気むんむんのおねーさんの風情はない。いや、別の意味で、寸ごく色っぽいけんど、でも、この色っぽさは柔らかくって可愛くって、あたしゃ、大好きだね。女一人が見物するには勿体ないくらいの可愛さなんだが… 奈何せん、こいつの男に関するレーダーは半端無いからなぁ~ あ~誰かに見せびらかしたい! あたしの綺麗なおねーさん好きの血が騒ぐ!
こんなことを真面目に考えている辺り、あたしも相当酔ってんだろう、自覚ないけど。
只今、しっかり午後十一時。流石にもう、同じ場所で粘り続けるって訳にもいかなくなって、あたしたちは思いっきり長っ尻になってしまった居酒屋を後にする。常連だからって、こう言ったお目こぼしが有るからほかの店行けなくなんのよね~ 喋り出したら、長いんだから女は。
まだ宵の口っちゃ宵の口なんだけど、八時くらいからだから…もう、流石にね。いい加減アルコールにも飽きようかってとこだ。
「かし~かえるなら~あまいもんがいい! パフェ! パフェ、食べたい!」
お酒の後は甘いものでしょう! まだ、話足りない感じもあるから、思わず真由美を誘っちゃう。
「じょーだん! こんな時間からそんなもんたべたら、しぼういっちょくせんじゃない!きゃっかよ!きゃっか!!」
「え~?なんで~? あたしはともかく、あんたにだいえっとなんてひつようないじゃん!」
「それなりに、メンテナンスはひつようなの!」
あ~そ~だった~… 美人は美人なりに、ちゃ~んと管理が大変だって前に言ってたっけ。
気にしなくて良い様なナイスバディの方が気にして、気にしなきゃなんない筈のあたしみたいなのが無頓着って… あ、そうか。無頓着だから、ナイスバディになんないのか。納得、納得。
しっかし、真由美。あんたなんか言葉がひらがなっぽくない? 酔ってるね。酔ってるよね。
「んじゃ、しょーがない! 帰りますか~ …で、どーする?」
「ど~するってなにが~?」
「帰りよ帰り~ もう、この時間なら…タクちゃん呼ぶ~?」
タクちゃん――――― この場合はタクシーね。
「え~!?歩いてかえろ~よ~」
「いや、あたしはともかく、あんたを歩かせんのはヤダ!」
「なんで?」
「おおかみさん、食ってくださいって言ってるようなもんだもん!危なっかしくてやってらんない!」
ほら、あたしってばちゃんと帰りの心配してるぞ!真由美程には酔ってないぞ~ えへん!
「でも~! もったいない、もったいない!! バスで~歩く~!」
「だ~め! まいかい、ごねるな! ダメったらだめ! あんたんち、町はずれじゃん。なんかあったら寝覚めがわるい!」
「危ないのはあんたもいっしょ!」
「あたしは、い~の!」
「だ~め、だめ! いっしょだよ~ん。あんたも乗ってくんじゃなきゃや~だ~」
「あんたんちと、あたしんちは、思いっきりの逆方向。いっしょになんて、むりだよ~ん」
「んじゃあ、二台。二台捕まえる。大通りに出れば、捕まるでしょ?」
「じゃあ、真由美~先に乗ってくんだよ~ あ~たの方が危ないから」
「だ~から、いっしょだってば! ひとりでおいとけないし!」
「だいじょうぶ! こんなあかるいし!」
「いっつもより、おそいの!」
今日は、真由美がすごく気にするな~ たしかに、いつもより、遅い時間だけどさ~
「だいじょうぶだって。だって、あたし…」
「――――― お前は俺が送っていく」
―――――― へ?
あたしだよ~と言いかけたセリフを遮るように、いきなり低い声が被さってきて驚く。反射的に振り向いた視界の中に背の高い黒い影。一瞬ビクリとしちゃったけど、すぐ気付く。余りに見慣れたシルエットだ。
「剛史、ビックリすんじゃないの。なんでいるの?」
「…そこで呑んでた」
そこ? 其処って…同じ店? あらら…全くすっきり気が付かなかったじゃん。
「や~だ~! 声ぐらいかけてくれたらいいのに~ な~に? 秘密ぶって、や~らし~」
は~い。ごめんなさ~い。酔ってま~す。絡み酒って程じゃないけど、絡んでま~す。とまりませ~ん。
「…こいつは俺が責任もって連れて帰るから。平川さんはタクシーひろって」
「は、はい…」
え~と… なんかおこってる? 声、かたい…かな?――――― と言うか、いっつものヘタレ具合が嘘の様に、人に命令を下す声…に、なってる…
医者の声? …なんというか、逆らえないって感じ…
大通りのこの時間になっても途切れないライトに向かって、言われた様に真由美が手を上げる。数分も待たないうちに、すーっと一台のタクシーが目の前に横付ける。
「じゃあ、これタクシー代。お釣りは良いから」
「え? あの山本先生?」
「お疲れさまでした平川さん。また、病院でね」
「は、はい」
「お前はこっち」
有無を言わさない口調で真由美をタクシーに押し込んで、思わず一緒に乗ろうとしたあたしの腕はグイッと強く剛史の方に引っ張られる。
「い、いたいいたい!」
「どいてろ。あぶない」
「そんな引っ張んなくったって… あ~真由美!気を付けて…」
「平川さんなら、お前よりよっぽどしっかりしてる。大丈夫だ」
「なんつー事言うのよ! あ!あ!あ!…あ~ん。行っちゃったじゃない!」
「だから、大丈夫だと言ってる。お前はこっちだ」
ぐいぐい。力を込めて右の二の腕を引っ張られる。い~たい!いたいよ!バカ力!
「な~に? なんなの~ そっち裏通りじゃん。そんなとこにタクシーなんて…」
「歩く」
「へ?」
「家まで歩いて送る。付き合え」
歩くって… ええ?家まで… 家まで?
やだ! 徒歩二十分!!
「た、剛史! 剛史! どうしたの? あ、歩くって… とお…とおいよ! やだ! お金…お金無いなら、あたし…」
「バカか!」
あ、地雷?
「話が有る! 歩きながらでいい。つきあえ!」
医者に、言っちゃいけない一言だったかも…
話が有ると言いながら。
あたしたちは無言で夜の街を歩く。
昼間なら、何回となく歩いた事のある街並みなのに、暗く闇に沈んだ家並みは、何処か違う街の様で。
等間隔に並ぶ街灯の灯りは、決して完全な暗闇を造り出す事はないけれど。だからこそ、人口の灯りと闇の境界が薄ぼんやりと浮かび上がる光景は、紛う事無くあたしにとっては非日常だ。
徒歩二十分の道なりは、決して遠いものではないけれど、こんな夜、あたしひとりだったらやっぱり怖くて歩けない。そんな道を剛史を二人歩いている。
話が有ると言っておきながら、車道側を黙々と歩く剛史を横目でちらっと盗み見る。
何だろう。何考えてるんだろう。
普段はそれほど感じない剛史の顔だちのきつさが、今は何の覆いも無いままその眼が真っ直ぐに前を見ている。
強い視線。いつもは押され気味だった筈の真由美すらも従わせた声音。
――――― 男だ。
此処にいるのは、間違いなく一人の男だ。
あたしはこの時初めて、横に歩く幼馴染を男の人だと認識した。