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その二十二

ぐびっ…ぐびっ…っと差しつ差されつ。こうやって、誰かと呑むお酒って、実に美味いんだよね。もちろん、美味しい肴が一緒にあって、だけれども。


どうやら此処いらへんの波長が、真由美とはぴったりと合うんだよね~ どうやら、あっちもそう思ってるみたいで、少しだけとろんとしたその顔は実に実に色っぽいのだけど―――― この顔は、どうやら仲間用の顔なんだよね、真由美にとって。いっつもの造った色気顔よりあたしはこっちの方がすんごく可愛いと思うんだけどな~ ほんの少し目じりが下がって――――― そんでもってそのお口が凄く軽くなるんだ、この人は。


「…しっかし…」

「え?」

「あんまりじゃない~?」

「ん~? な~に~?」

「『な~に~?』じゃないわよ~! き~てよ! き~てるでしょ? あたしの!あたしのライバルが増えたって理由! 此処んトコへ来て、思いっきりライバルが増えた理由! その理由が、あんたと、こうして差しで呑んでるからなんだって…… 可笑しくない?」


ほいほい。本当に酔ってきてますね、おねーさん。軽いだけじゃなくて、絡んできてますよ…


「……そこんとこは心底、本当に同意する。あたしゃ、こうやってあんたと呑むの辞めるつもりはないんだけど…あんたは?」

「恋とお酒は別でしょう! あたしは美味しく呑みたいの!」

「それは重畳。さしで付き合える呑み仲間は貴重だもんね」

「そうそう! 美味しく呑まなきゃお酒に失礼だもの!」


決して、『友情』とかって言っちゃわないのがこの際お互い様ってとこだけどね。


「……しっかし、あたしとあんたとケンカしないだけで、剛史がフリーで解禁ってどうよ。いったい、どう思われてたの?あたしたちって」

「え? 今さらあんたがそれを言う?」


真由美サン… お願いだから、心底ビックリした顔しないで。


「だって、剛史だよ?」


あたしと奴との間にあるのは、ホントに唯の腐れ縁。


「確かに、あいつと兄貴は今でもしょっちゅうつるみまくってる悪友同士だけどさ。あたしと奴の間にあるのは良く言えば幼馴染。悪く言ったら――――― 不倶戴天ふぐたいてんの敵同士?」

「ふ、ふぐ? フグが敵ってなによ!」

「いや、その河豚じゃなくて。―――― 言わば、どうやったって相いれない間柄…ってとこ?」

「……いったい何時の時代の人間なのよ、あんたってば…」


え~~!? そんな呆れた風に言わないで。

こう言う言葉って、もう、本当に使わないのかな~ 確かにあたしゃ、時代劇とか時代物の小説とかが大好きだけど、まさか通じなくなってるとは思わなかった。結構便利なのにな~ 『ここぞ!』って時に凄く使いやすいセリフって多いんだぞ! 通じなかったら意味無いけどさ。

そんな風にぶつぶつ言語の不備を嘆き続けるあたしを生緩い目線で撫でながら、真由美が大きく息を吐く。


「あのね。そうやって、何の遠慮も無く口ゲンカしてるって事がもう既に問題でしょうが」

「え?なんで?」

「そんな風に、何の遠慮も無く言いたい事を言いあえるなんて、よっぽど仲がよくなきゃありえないでしょ? 普通」

「いや、これは、昔からの習慣で…」


だって、ほっといたらいっつまでも言いたい放題言われっぱなしなんだもん。


「自己防衛よ!自己防衛! そんな良いもんじゃないってば!」


思わず力一杯力説したってのに… ―――――― なに?その生ぬるいままの眼は。


「あんたがどう言うつもりで言ってたとしてもね~… ――――― ぶっちゃけ、山本センセとあんたってば、それこそ十何年連れ添った夫婦みたいなもんだわよ、傍から見たら」


だ~から、今まで誰も手ぇ出さなかったの。


「…………」


…なんかもう、反論する気も起きやしない…


「夫婦ってなによ、夫婦って…」


好きも嫌いもすっ飛ばして夫婦ってか…? 


「あたしの意志とか好みとか、そーゆーのは何処行っちゃってんのよ…」


誰ひとり聞く気も無いんかい。あたしにだってちゃ~んと好みってもんが…


「あのさぁ、一度真面目に聞いてみたかったんだけど…」


思いっきり溜めてから、真由美が言ってのけたのが。


「あんた、本当にセンセの事好きじゃないの?」

「す…!」


…きじゃない! って、思わず言いかけたんだけど。


「…なんで、そーゆー話になんの」


そうよ…! あたしと、あいつはそういう風な艶っぽい間柄では絶対なくて!


「あれは敵! あたしの天敵!」


そう。唯の腐れ縁! お知り合いでしかないんだから!

力説しまくるあたしを、真由美は心底胡乱な眼付で眺めてくる。


「――――― もしかして、あんたってそっち系?」

「……聞きたくないけど、そっちって?」

「ゆり」

「は?」

「百合って言ったら、あれでしょうーが。薔薇の反対?」

「ば、バラって…まさか…」

「おお!そっちはわかるのね。あっ!そう言えば、あんたの名前もゆりだっけ? もしそうなら、『名は体を表す』? だって、あれだけの物件にあんなにアピールされて、なびかないって普通有り得ない!」

「ア、アピールなんてされてない!!」


何処で! 誰が! アピールなんかされてんの!? 


「まあ、それは置いておいて。……ホントに違う? そっち系」


―――――― それは、余りに、失礼だろうが!


「絶対に、ぜ~ったい、ありえない!!」

「――――― そうよね~ なんたって、このあたしを口説いてこないんだもの。そっちの筈は無いわよね~」


コロコロコロコロ… 軽やかな笑い声が木霊する。どんだけ自分に自信が有るんだ、あんたは…


「でも、だとしたらますます不思議。山本センセでもダメ。あたしでも無いとすると… もしかして、あんたって人外?」


――――― それはあんまりな言い方ではないのんか…?


「あ、あたしにだって好きな人は居るんだから!!」


だから、思わず大声で叫んじゃった。

うわっ!ヤバい! 真由美が目の色変えて食いついてきたじゃないか!


「ほう!! だれ!?」

「い、言わない!」

「良いじゃないの。聞かせてよ。あの山本センセに落ちないあんたの思い人。すんごくきょーみ、あるわ~~」


そんな興味、持たんでいい!


「い、や、だ! あたしの事なんてほっとけば良いじゃない!」

「此処まで聞いたらほっとけない。それぐらい、あんただってわかるでしょうが」

「わかるか! そんなもん!唯の野次馬根性でしょうが!」

「まあまあまあまあ、そのとおり。…で、だれ? だれなのよ~ 誰にも言わないってば、教えてよ。放射線の高島さん? MRの鈴木さん? それとも検査技師の…」

「だから、病院の人じゃないってば!」


あんたって、いったいどんだけ情報持ってんのよ! 


「MRなんて、薬局か医者以外、顔も知らないのが普通じゃないの!」

「だから、この程度の事は常識だって。何回言わせんのよ、まったく」


常識か?常識なのか? こうやって並べられたって、顔と名前が一致しない、あたしみたいな人間だっているんだぞ~!


「んで、だれ? 何処のどなたなのかな~? あんたみたいなのが惚れる男って」


にこにこにこ。…真由美サン… …誰かに似て来ちゃ居ませんか?その笑顔…


「…この辺の人じゃないもん」

「この辺の人じゃないって…あたしの知らない人?」


コクン… これは本当。真由美だけじゃないよ。あたし以外は誰ひとり、知ってさえいない人。


「どんな人よ。いい男?」

「もっちろん!」


あの人は、あたしが大好きなアレクは。


「強くって、優しくって、背が高くって、頼りがいがあって、すごく、綺麗な人…」


そう。凄くすごく綺麗な人。


ああ、そうか。嬉しい…――――― あたし、今、すごくうれしい。

あたし、言いたかったんだ。誰かに知って欲しかったんだ。自分が、誰かを好きな事――――― あたしが大好きなアレクの事を。


「あらら、ベタぼれね…」


呆れた様な真由美の顔も、自然、ゆるんでいくあたしの顔を止められない。そうだよ。あたし好きなの。あの人の事が大好きなの。


「でもね、ダメなの。婚約者がいるから」


にっこり、笑いながら。思わずそこまで言っちゃったあたしに、真由美が目を見開いちゃうのが解る。


「はあ? どういうことよ、それ」

「だからね。その人には、もう婚約者がいてね」

「え?ちょっとなに?それって片思い…まあ、どんなもんでも最初は片思いだけど…え?なに? 全然見込みが無いって事?」

「うん。そう」


まあ、見込みが無いのはそれだけが理由じゃないんだけどね。


「その婚約者って、金の髪に銀の髪で、目は蒼くって凄く綺麗でね。アレクは銀の髪だから二人並ぶと凄くお似合いで…」

「ちょ、ちょっと待った!」


調子に乗っていたあたしは、真由美の声に目をぱちくり。


「金髪?」

「うん」

「青い目に銀髪…?」

「うん…」

「アレクって…?」

「あ…」


しまった…!!

真由美の視線の余りの冷たさに我に返る。初めて他人ひとにアレクの事話す事が出来たからって、ついついついつい調子にのっちゃたよ~!!

こ、こんなこと、聞かされたら普通は…


「…有里…ちょっと聞くけど、もしかして俳優とかって言わないわよね?」

「ち、ちがう!」

「…手が届かないって、言う所の二次元とか、漫画とか、まさかと思うけどアニメのキャラクターとかって言わないわよね!怒るわよ!!」


ああ、やっぱり~~~!!


「違う!違うって! ちゃんと生きてる人だし、会話もだってしてるもの! 向こうだって、きちんとあたしの事知ってるし!」


いや、正確にはあたしの事を・・・・・・・知ってる訳じゃないけれど。


「―――― どう言う事よ」

「…」

「有里」

「…言いたくない」


これ以上、言いたくない。

どう言ったって、どんなに言葉を尽くしたって―――――― きっと、わかってなんかもらえない。

当り前じゃないもの。

普通じゃないもの。

それは、誰よりもあたし自身が解ってる―――――


「…わかったわ。聞かない」

「え?」

「あたしには相手が誰かなんてわかんないけど、とりあえずあんたは真剣なのね?」


コクリ…

真由美の言葉に頷くしか出来ない。え…? 何で…?


「あの…真由美…?」

「実らないって解ってんなら、もう少し現実見なさいって…ホントなら言うべき何だろうけど――――― あんた、本気そうなんだもの」


――――― 驚いた…

まさか、こんな言葉が返ってくるなんて。


「解るの…?」

「それぐらい解るわよ。まだ、納得してる訳じゃないけどね」


くいっ!

忘れられてて少し温もった冷酒を、真由美が一口煽る。

綺麗に赤く彩られた唇が、ほんの少しだけ濡れてその形を変える。


「だって、相手がどんな人であれ、好きな気持ちは変えられないでしょ?」

「うん…」


それは、紛れもなく笑みを浮かべていて。その笑みが、もの凄く切なくてあたしは思わず顔を伏せる。


「…気持ちが変えられたら楽なんだろうけど…」

「真由美?」

「こればっかしは… 引きずっちゃうよね」


何を…?――――― これって、聞いちゃいけないんだろうな。

解ってもらえると思わなかった。理解してもらえると思わなかったけど、もしかして…


「――――― でも、どうせ失恋するって解ってんのに、あんたもばかよね~」

「――――! バカって言うな!」

「もしかして、M?」

「誰が、Mか~~~!!」


あの、空気が消える。

でも、きっとこのままでいいんだろう、あたしたちは。


「完全に失恋した時は言いなさいよね。しっかり相手の事吐かせた後愚痴ぐらいは聞いてあげるから、あんたのおごりで」

「こんの鬼畜!」

「なんとでも」


クスッ…と笑った真由美の顔は、いつも通りの色っぽい何処か挑戦的なままの笑みで。


だからあたしは安心した。

自分の気持ちに安心した。






MR~メディカル・リプレゼンタティブ(Medical Representative)の頭文字をとったもの で、医薬品メーカーの医薬情報担当者のこと。

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