その二十 心なんてままならない
久しぶりに現実へもどりました。
日々、これ是々非々。
良い事はどうしたって良い事だし、悪い事はどっから見ても悪い事。
その理論に従って、感情ではなく道理に基づき適切に冷静に物事を判断―――――― なんて、出来るか!!
今のあたしの心理状態は、あっちもこっちも、あれやこれやで大騒ぎ。
それもさ~ 全部…とは言わないけど、本来なら逆立ちしたってあたしなんかが関係して良い話じゃ無いはずなんだよね~
まったく、なんだってこんな知らなくてもいい事を知っちゃうんだろう。しかも、中途半端に。
夢の中。
あたしの理想郷で有るべき世界は今、まさしく混沌の様相を呈している。
そもそも、こんなややこしい事態になるなんて、いったい誰が想像していただろう。いや、誰も――――って、あたし以外、あっちに行ってる人間は居ないんだけどね。
ともかく、状況を最初から整理してみよう。
あたしは現実では無い夢の世界で恋をした。この無謀すぎる恋の相手は、銀髪に紫の瞳の紛う事無き絶世の美丈夫たるアレクシーズ・ユノ・コルフィー様―――― 略してアレク、ね。でもアレクには、既に美しいお似合いの婚約者がいらっしゃって、この方こそが『スーベニアの蒼玉』と謳われる王家の姫君ミルヴァーナ姫。しかし、ミルヴァーナ姫は実はアレクでは無い人に心を寄せていて、それがアレクの親友と言うべき第二騎士団団長のガイ・ヒューバー。そんでもって多分ガイは――――― これは絶対、姫の事を憎からず思っている。
この辺は女の勘だけど、多分間違いないと思う。むしろ、それぐらい解らんでどうする!?って感じですかね。――――― でも、たった一人。多分全然わかって無いお子様にとり付いてるんだよね、あたしって。
まあ、年齢以上に純粋でお子様なユーリーだからこそ、ガイもあんな風に感情を隠そうとしないで話してくれてるのかもしれないけれど、そんな純真な青少年の中に、こんなヒネこびたおねーさんが入っているなんて、流石のガイも、きっとこれっぽっちも思ってないんだろうな~ なんか、世の中の不条理を感じるぞ。
徒然なるままに、思わずメモ書きしてしまった手元の紙をじっと見る。矢印が一方通行の様に並ぶメモの中で、両思いなのはミルヴァーナ様とガイだけだ。
しかし、彼らの恋は前途多難。何しろ相手は正真正銘のお姫様で、しかも親友の婚約者――――― お互いがお互いの気持ちを知らないってトコで、まだ、恋じゃないのかもしれないけど。
少なくとも、ガイからどうこうしようって、簡単にできる相手じゃない。姫のほうだって、まだ、二度しかお目に掛った事無いけれど、あの感じじゃ、良くあるわがままな何にも考えてないお姫様って方ではなさそうだから、立場を弁えず自分から動くなんてことは出来ないだろう。
つまり、どう転んでも実りそうにない恋なのだ。しっかり両思いで有る筈なのに。
このままの状態なら、きっと、この二人の恋は実らないままだと思うのに、何故か一つだけとんでもない不確定要素が出てきてる。
―――――― アレク。そう、問題はアレクなんだよね。
この人が読めない。どうやっても、あたしでも読み切れない。
どうやら、ユーリーには相当気を許してるみたいで、色々な顔を見せてくれてはいるけれど、肝心の所はあの美貌が造り出す微笑みの影に隠れてしまう。まるで、天使の様なあの微笑みに―――――
ああ! 思いだしてしまったではないの! あの顔は、やっぱり凶器よ! 凶器!!
特に、昨夜見た最後の微笑み。あれは、壮絶なまでに美しく力を秘めた、まさにとんでもない顔だった。
天使は天使でも、慈悲深いとか包み込む様なとか、そう言った柔らかなものでは無くて。
戦う者。魔を払う者。
そう言った意味合いでの天の御使い。刀をその手に捧げ持つと言う大天使もかくやと思わせるような、凄絶にして華麗、峻烈にして清廉。あんな顔で、にっこりと微笑まれたりなんかしたら……
きゃあ~~~~~!!!!! もう、あたしじゃなくったってその場で卒倒、間違いなし、ではありませんか!
問い詰めるとか、問いただすとか…そんなもん、出来る筈が無いでしょうが!!
……はい、え~っと、ごめんなさい。本当にぶっ倒れてしまったのかどうなのか、実はあたし、アレクの微笑みを見た後からの記憶が無いんだよね。その後、すぐ目覚ましが鳴って飛び起きたから、多分ちょうど現実へ帰ってくる時間だったんだと思うけど。
でも、実際本当にぶっ倒れてたとしても驚かない。それぐらい凶悪な(?)顔だったぞ、あれは。うん!あたしは絶対悪くない!
でも、そんなことになったら、ユーリーはって?
ご心配ありがとう。実は全然大丈夫。
たとえあたしがぶっ倒れても、あたしが居るのはあくまでユーリーの意識の中だけだから、あたしはその中でぶっ倒れ様が、叫ぼうが、ユーリーには何の影響も無いのさ、えへん。一応、曲がりなりにもユーリーは男ですからね。アレクの超強力微笑み光線も、ぼーっと一瞬見惚れるだけで、ぶっ倒れたりする前に我に返ってると思う――――― 多分。
実際あたしの意識がない時でも、ユーリーの時間は普通にしっかり流れてるから、心配無い…と思うけどな。うん、多分大丈夫。ええ、きっと! ユーリーまで一緒になってぶっ倒れたりなんかしてな……いと思う。た、多分…
…今度、あっち行く時がちょっとばかし恐ろしいな…
「―――――さん」
「……」
「…べさん、神部さん」
「――――― へ…?」
「神部さん、大丈夫ですか?」
いきなりのどアップ。可愛い丸顔があたしの鼻先十センチの場所にある。
え?え?え? あれ…?
「え? よーこちゃん? え?あれ?」
「どうしたんですか? もうすぐお昼休み終わっちゃいますよ」
慌てて周囲を見回す。そんなことしなくても、わかってる筈。此処は、あたしの職場の事務室に決まってます。
こーゆーのって人間の変な習性かしら。わかっててもこうやって確認したくなっちゃわない?
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
そう言いながらさりげなく手元のメモを隠す。いや、人が見たら意味不明だと思うけど、それでもね、うん、なんとなく。
「珍しいですね~」
神部さんがぼーっとしてるなんて。
不自然なあたしの動きとか、きっと解って無いはずないのに、コロコロと笑って陽子ちゃんが応えてくれる。
ああ… よーこちゃんのこの笑顔も、癒しだよね。なんか向日葵の花を見てるみたいにほんわかまったりしちゃうんだもん。それでも、その笑顔でしっかり意識を日常に取り戻す。いかんいかん。此処、職場だよ。いっつまでも、どうしようもないこと考えてたらダメじゃない。シャンとしないとシャンと!
だって、思わずトリップしてしまうくらい昨夜のアレクは凶悪だったんだもん。当分、白昼夢を見そう。
お陰で…と言うか元々と言うか、昨夜はアレクに何の質問も出来なかった。(当たり前だけど)
だからあっちの世界の問題は、こうしてあたしの中で棚上げのまま。ああ、歯がゆいったらありゃしない。
例えなんにも出来ないにしても、もうちっとこう、事情と言うか、状況と言うか、そう言うモンが解ってれば気持ちの持っていき様もあるじゃないか。不完全燃焼にもほどが有る!
いっつも思うんだけど、ユーリー以外の目線でもあっちの世界が覗けたら、もっともっといろんな事が解って動き様もあるのにな~ 普通、ファンタジーっつったら、もうちっと親切なモンでない? 誰だ、一体こういう事態を引き起こしたのは。
改めて言おう。
絶対、あたしの本意じゃないぞ、この状況!
「―――― 有里!!」
思わず、両の手を握り締めたあたしを狙った様に、バン!と思いっきり音を立ててドアが開く。
「有里!匿え!」
――――― また、あんたかよ…
声聞かなくても解る。こんな事するバカは、この病院には一人しか居ないんだから。
「剛史!静かに! もうちっと、大人しく入ってこられないの! 唯でさえあんたは図体がでかいんだから、力一杯ドアなんぞ開けたら、そんなもろいドアノブなんぞ一発でやられちまうじゃないの。大体此処は、あんたの為の避難所じゃないのよ! 一々一々、逃げてくんな!」
「ふざけんな! ここ以外に、誰が匿ってくれるっていうんだ!」
大真面目に――――― 言ってて情けなくないか? それ…
コンコン!
あたしたちの怒鳴り合いを抑える様に、いきなり響いた軽やかなノックの音。
おお! これって、デジャブー?。
「失礼します」
涼やかな美声と共に入ってきたのは――――― あれ? 真由美じゃないの?
「山本先生。レファレンスのお時間が迫っています。一緒においで下さいますか?」
にっこり。
わおっ! これはこれは、何とも知的な雰囲気美人さんではないの。
え~と、この方は…
「生方さん… い、今行こうかな~と…」
しどろもどろの剛史の声に、思わずそうだったと手を打ってしまう。確か、外科外来の…え~と、主任さんじゃなかったっけ? 外来とはあんまり接点が無いから、どうしても名前がうろ覚え… そうか。生方さんとおっしゃるのか。よし。これを機会に覚えておこう。
「お急ぎくださいますか? 午後から橋本先生がお出かけになられますので、それまでに済ませてしまいませんと」
「は、はい! すみません。すぐ行きます」
「では、ぜひご一緒に。どうせ同じ方向ですもの」
こんな美人さんを道行きですか? 剛史の奴め、なんてうらやましい…
と思いつつ、見返した奴の顔は―――― あらら、まるでどっかへひったてられる悪ガキの様ではないの。
「それでは、失礼いたします」
最後まで、完璧なご挨拶を残して生方さんは剛史をひったてて(うん。なんかそんな感じだった)鮮やかに退場して行く。
コンコン!!
「失礼します。山本先生はこちらに…って、いないの?」
なんで?
――――― いや、何でも何も。
「真由美、何であんたまで此処に剛史が居るって思うのよ」
「え?其処つっこむトコ? ここに居るに決まってるじゃない―――― で、居るの?居ないの?」
ちょっと真由美さん。そのセリフ思わず突っ込み返しをしたくなったんだけど。
「…今さっきまでいたんだけどね」
「ほら。やっぱり居たんじゃない。で、どこ?」
「居た事は居たけど、ほんの二・三分前に、外科外来の、なんとかって美人さんに拉致された」
――――― って言っちゃっていいよね? あの場合。
「え? 一足遅かった?! くやしい~~~!! あそこで、あの患者さんに掴まんなかったら、ゲット出来たのに!」
―――――― おいおい…
ゲットって、奴は珍獣か何かなのか? 身もだえしながら悔しがるもんでもないだろうに――――― しっかし、相変わらずフェロモンぶっちぎりだね、あんたってば。
「外来もついに参戦か… これは性根据えてかかんないと駄目ね。――――― 有里! あんたはあたしに協力してくれんのよね!?」
「…そんな約束したっけ?」
「もう! まったく友達甲斐がないったら! ――――― と、ヤバい! 昼休み終わっちゃう! 有里! また後で!」
バタバタバタ…
なんて慌ただしい登場なんだか。まったくいくら夏だからって、台風でもあるまいに。
「……いったい何が起こってんの…?」
――――― ええ、確かに。真由美が剛史を狙ってるってのは解ってたけどね。
それ以外? え? なんか、他の人たちまでがこんなに騒がしいの?
何ともいぶかしげに首をひねり続けるあたしを見て、よーこちゃんがクスクスと笑いだす。
「それはですね~ あの、神部さんと平川さんの所為です~」
「え?あたし?」
真由美は解るけど、あたしも?
「あのですね~ 山本先生は今まで、神部さんのものだって暗黙の了解が有りまして~ 看護師さんたちもおおっぴらにアプローチしてなかったんです~」
――――― ど、ビックリ…
「も、もの?」
「はい~ 売約済みって事ですね~」
「ば、売約済み…?」
って、いったい誰が、誰の!
「もちろん、山本先生が神部さんのです~」
どっかん!
だから……
―――――― どこをどうしたらそんな話になってんだ!
「でも、平川さんって神部さんと仲良いじゃないですか~ 一緒に呑みに行ったりしてるって聞きましたけど~」
…確かに、あの後何度も呑みには行った。あたし的には、真由美は決して嫌いじゃない。
「平川さん~ それでも山本先生追っかけてるし~ で、神部さん~ そんな平川さんと仲良くしてるから~ やっぱり山本先生はフリーなんだって事に病院内ではなりまして~」
……やっぱりも何も、奴はずっと、少なくともあたしからはフリーだが!
「看護師さんたち、本気になっちゃったみたいなんです~」
……なに…? なんですと…? これまでの剛史のあのモテっぷりで?
「…いままで、みなさん本気で無かった…?」
「はい~ その通りです~」
ニコニコニコ。語尾にハートマークがついてるような。
……よーこちゃん、あんたの笑顔がなんか怖い
「今までは~ まあその、アイドルみたいなもんで~ 本気で落とそうって人はいなかったみたいなんですけどね~ でも平川さんで~ 解禁? みたいな?」
……なに、その、鮎の解禁日みたいな言い方は!
「大変みたいですよ~ 山本先生」
もう毎日、すっごく逃げ回ってるみたいで。
「モテルのも大変ですね~」
にこにこにっこり。止めの笑顔。
人畜無害な顔をして。…よーこちゃん、もしかして誰かさんと同類ですか?
しっかし、それってまさしく。
「――――― ハーレム状態?」
それはなんて、うらやましい…
「――――― 山本先生がその気にならなきゃ、ハーレムなんかにならないわよ」
背後から突然かかったお声は、さっき思わず思い浮かべてしまったこの部屋の司令官殿のもの。
「深山さん」
「もう、仕方が無いわね、若い子たちは… まあ、仕事に支障が出ない限りは注意する必要もないし」
かる~く、まるでわざとの様な溜息一つ。
「これは、山本先生に頑張ってもらうしかないわね」
「そうですね~」
にっこり。そしてよーこちゃんと二人して、深山さんは微笑みあう。
うわっ… やっぱりダブルで怖い…
「…一体、なに、がんばるんですか?」
恐る恐る、それでも一応お伺いを立ててみる。
「え~? もちろん、捕まらない様によ」
「そうですよ~ これは、絶対条件ですし~」
「だから、なんで?」
だって、そこがわからない。
剛史は今フリーなんだし、人間モテてる時が花って言うもんね。いい年なんだからこの際、可愛い彼女の一人や二人…
「作ったっていいと思うけどな」
いや、これは真面目に――――― で、何で二人して、其処で溜息を付くんですか!
「…鈍い鈍いと思ってたけど、まさか此処までとは…」
「なんか、別の意味で尊敬しちゃいます~」
…お二人とも、何言ってらっしゃるんですか?
「ま、こればっかりは神部ちゃんばっかりが悪い訳じゃないしねぇ」
「そうですね~」
まったく、だらしないんだから。
そう言いきった深山さんのエールは、いったい誰への言葉だろう。
――――― でも、こうして好きな人に好きって言える。自由に自分でアプローチできる。その事がどれほど幸せなことか、皆わかっているんだろうか。
好きとすら口に出せない。
傍に居る事も出来ない。
ガイは、ミルヴァーナ姫は、今、どんな気持ちでいるんだろう。
そして、彼は―――――
アレク。
あの微笑みに、気持ちの全てを隠してしまうあの人は、誰を思っているんだろう。
いま、誰をその心に住まわせているんだろう。
そしてそれは――――――
あたしでは、有り得ないのだ。絶対に。
沢山の評価並びにお気に入り登録ありがとうございます!
本当に久しぶりに現実を書いた気がします。
この後ですが、少し更新が伸びるかと… 詳しくは活動報告かブログにて。ゆっくりですがこれからもよろしくお願いいたします。