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その十九

連続更新です。やれば、出来る!

アレクが扉を開けてくれた団長室は、前にガイと入った時のまま。あの時も、確かアレク自らに扉を開けさせちゃったんだったような…


うう… かえすがえすも情けない…

お願いです。従僕の仕事、取らないでください。


「ユーリー、御苦労だった。伝令の役目、確かに果たして来てくれたようだな」

「は、はい! 遅くなって申し訳ありません!」


ユーリーってば心からの良い子のお返事。しかも斜め90度、思いっきりのお辞儀付き。

だって、にっこり笑ってアレクにこんな風に言われちゃうと、もうそれだけで良くなっちゃわない? 

この気持ちってば、あたしだけじゃないのよ。しっかりユーリーこのこも団長命!だもんね。

もう、末期。いいのよ、ほっといて。恋愛(?)症状、末期なんだから、あたしたちって。

ああ、もう本当に―――――― アレクってば、やっぱりなんてかっこいい…


「でも、あの、お返事ですが…」

「ああ良い。わかってる。生きてる返事が一緒に来たがったのだろう? かえって迷惑をかけたな。これのお守りは大変だったろうに」

「い、いいえ! ヒューバー団長には、大変良い経験をさせていただきました!」


ありがとうございました!


こちらにも斜め90度――――― ユーリー… 君って本当にいい子だけどさ…


「そんなにこれを庇う事は無いぞ。どうせ、無理を言って付いて来たに決まっているのだろう?」

「……あんな手紙寄越しといて良く言うな。あれを見たら早かれ遅かれ俺が来ることなどお見通しだろうが」

「騒動を起こせとは言っていないが?」

「あんなもの、騒動の内に入るかよ。次代を担う若者に、少し鍛錬たんれんほどこしただけだろうが」

「アルシャインに乗せたって?」

「…この地獄耳… さっきの今だぞ?」

「あれだけ門のあたりで騒ぎを起こせば、すぐ知らせが来ることなど貴殿にはお見通しで有ろうが。 

…まったく、私の大切な部下を、変な騒動に巻き込むのは止めてもらえないか? 何か起きたらどうする気だ」

「アルはあれで主人の言いつけには忠実でな。絶対に落っことすなと言い聞かせておいたから心配はない。現に、こうやって坊主は五体満足だろうが」


…やっぱり、言い聞かせてくれてたのね…

いや、良かったのか悪かったのか。確かにユーリーは五体満足でしたけどね。


あの黒鹿毛くろかげくん、アルシャインって言うんだ。

アルシャイン―――――で、アル、ね。うん。なかなかいい名前じゃん。すっごくカッコいいし、やっぱりセンスあんのねガイってば。もう乗せてもらう事は無いと思うけど、今度会ったら名前呼んでみたいな~――――― って、あたしが呼べるわけじゃないけどね。


でも、ガイが凄く楽しそう。相手がアレクって事もあるんだろうけど。まるで親友にお気にいりのおもちゃを自慢してるみたい。こっちでの馬の重要性は解ってたけど、それ以上に主人との関係って深いみたいね。


「坊主。お前自慢して良いぞ。俺のアルに乗った事が有る奴は他に居ないからな」


ほら、そうやって自慢げに。受け答えしてるアレクだって、こんな風に言葉の応酬をするのはあたしが知っている限りガイぐらいしか無い所為か、行ってる事とは裏腹に凄く楽しそう。


うん。男の人のこう言うトコって可愛いよな。こうなってくると年上も年下もあんまり関係ないし…

――――― って、良く考えれば、ガイやアレクってあたしと同い年じゃなかったっけ? 確かアレクはユーリーより十年上だったし、ガイはアレクと同年代だと聞いてるから――――― おお! タメ、ですか? わ~~い!同級生じゃん! じゃあ、可愛いとかって言っちゃってもいいのかな? こっちの人ってどうしてもユーリー目線でしか見た事無いから、皆ずいぶん年上だって思ってたけど、あたしから見たら同い年なんだ。 今さらだけど、ちょっとびっくり。んでもって、これは嬉しいかも。


「ユーリー。ガイの甘言を余り信じるんじゃないぞ」

「甘言とはなんだ、甘言とは。俺は事実しか言ってないぞ」

「確かに、一人でアルシャインに乗せてもらったのはユーリーが初めてだが、貴殿に乗せてもらった者もいるだろうが。そんな風に言うと、その者が泣くぞ」


軽く。本当に軽くアレクがそう告げた途端、一瞬、ガイの全てが止まった。


「―――― 何の事だ? 俺は誰も乗せた事なんぞ無いぞ」

「…そんな風に言ってくれるな。確かに緊急時の事で本来ならあってはならない事だったが、姫にとっては初めての事だったのだから」

「姫…って、ミルヴァーナ様、か…? ……もしかしてあの時の事か? あれは、決して他意は――――!」


どうしたの?

ガイが… あのガイが動揺してる。

ユーリーあたしの解るくらい――――― いや、アレクが驚くほどに。


「いや、咎めたりしている訳ではない。すまない。言葉が足りなかったか」

「アレク! あの時の事は内密の…」


そう言った途端、ガイのその射抜くような視線があたしたちを貫いて。

ビクッ!!

思わず身体が硬直する。

何…? 何が有ったの…?

ユーリーのその動揺はそのままあたしに伝わって、胸が、心臓が苦しい。

こんな視線、ガイに向けられた事無かった。


「…あの…」


あの… 

それ以上、ユーリーは言葉を続けられなくて。

居ちゃいけなかった…? えっと。あたしたちは此処に居ちゃいけなかったのだ、きっと。


「ああ、ユーリー。結局君を巻き込むことになってしまったか… これは私の失態だな、すまない」


そんなあたしたちの動揺を、救いあげてくれたのは何時ものガイでは無くて。


「このままではお前も気になってかえって変に勘ぐるかもしれないな。――――― 一応、これから言う事は他言無用だ。誓えるか?」


アレクのその言葉は、ユーリーあたしに言うよりは、むしろ殺気を孕んだガイを静める為のもののようで。

あたしたちとしたら、こうなったらこう応えるしか無いじゃないですか。


「は、はい!」

「何に?」

「だ、団長に…アレクシーズ・コルフィー第一団長に誓えます!」


本当に、本心から。


「…其処まで大げさな事では無いのだが…」


そう言って笑ってくれたアレクに少しだけ気持ちが落ち着く。

怖くてさっきから見れないガイの気も、少しだけ落ち着いたみたいでホッとする。

いったい何が有ったって言うんだろ。どうやら、ガイと…やっぱりミルヴァーナ様との事みたいなんだけど。 所謂、『あの折』の事かな? アレクは何が有ったか知ってるの? 


「毎年、夏になると王家の方々が北の離宮に避暑に行かれる事は知っているな?」


声を出さずに頷く。

首都シュロスの北、馬車で半日ほどの所にクレイド湖がある。水の美しさで有名なそのほとりには王家の離宮が有って、夏になると王家の方々がお忍びで避暑に行かれるのは有名な事だ。

ただし、警備と予定とか色々な面を考えてか、何時行かれるとか、何日滞在されるとかは極秘になっている。まあ、当然の配慮と言えばそうなんだよね。スーベニアはわりと穏やかに安定している国だけど、それでも暗殺とか、不審死とかそんな事例が無い訳じゃない。これはあくまで噂だけど。


「昨年、その道中でミルヴァーナ姫が襲われた」

「―――――!」

「いつも通り、日程やその他、道筋などはごく一部の信頼できるものにしか知らされていなかったのだがな。賊は、行き当たりばったりの山賊などでは無く、確実に姫を狙ってきていた」


……ヤバい…

これは、マジに聞いてはいけない事ではないのだろうか…

王家の姫の暗殺…? そんなもん、国家の一大事でしょうが。何で極秘になってんの!?


「護衛は倒され、寸での所で姫も危うかったのだが…」


ゴクッ…と自分の喉が鳴るのが解る。

…アレク、ここで、言葉を溜めるな!


「たまたま通りかかったガイが、かどわかされそうになっていたミルヴァーナ姫をその場からかっさらってくれたのだ」


――――― か……?

「かっさらった…?」


いきなり、口調が軽いですよ、アレクさん!


「……人聞きの悪い。その場からお連れして逃げただけだ」

「いきなり単身、馬で乱闘の中に乗り込んで、一度も馬から降りる事無く姫を抱きあげて連れ去っただろうが」

「……月に一度の野外演習の日だったんだ。団員たちはもう少し先のマルシアの丘に居たんだが、俺は所用で一人遅れてな。たまたま近道をしようと思った所でその場に出くわしたんだ。団員達が一緒だったら、その場で賊を制圧出来たんだが」

「その判断のお陰で、大事にならずに済んだ」


にっこりとアレクがガイに微笑みかける。


「賊はどうやら、姫のお命を狙ったのではなく、その御身を何処かへ連れ去ろうとしていたらしい。その後かなり執拗に、姫を連れて逃げるガイを追ってきたようだが」

「―――― 姫が一人増えた所で、アルはビクともしないからな。引き付けるだけ引きつけて、出来ればマルシアの丘まで持っていきたかったんだが」

「それは流石に無理と言うものだろう。だが、貴殿が引き付けてくれたおかげで、付いていた者たちの犠牲も最小限で済んだ」


図らずも、絶妙のコンビネーションでその時の状況を説明してのけてくれるこの二人の事は置いといて。

だから、それって、もの凄く大事じゃないですか! もっともっと大々的に捜査とかあってもおかしくないんじゃない? なんで、ユーリーこのこが知らないの!


「……その時の賊は?」

「三人、ガイが動けなくしておいた者がいたが、追捕の者が捕らえる前に自害した。あとの者は―――」

「異変を感じた俺の所の奴らが、様子を見に現れた途端に、あっという間に引きやがった。せめて一人なりとも、生きて捕らえたかったんだが」

「…?」


心底悔しそうなガイの口調に、ユーリーあたしたちは二人とも思いっきり首をかしげる。


「…解らないのか? まだまだだな、坊主。生きて捕らえてこその事だと言うのに」


舌打ちをしそうなガイに、アレクが不自然な程穏やかに言葉を重ねる。


「賊は姫の行動を、正確に把握してその警備の隙を付いてきた」


この意味がわかるか?


「そもそもごく少数、信頼できるものにしか伝えられていない筈の事を、どうして賊が知っている?」

「―――――!」


……いや、それはまずい。まずいって言うか、ありえない!

本来あり得ない事が起こるって、それってつまり…


「…密偵が、入り込んでいるって事ですか…?」

「その可能性が高い」


軽く両手を組み合わせて、静かな表情でこっちを見詰めるアレクの顔には、何の憂いも無いみたいなのに。

さらり…と、そんな大事な事を何の感情も見せずに告げる事が出来る。そして、傍に佇むガイも、さっき一瞬だけ見せた感情の発露はもう無い。

冷静に、感情すらもコントロールしてしまう。そんな世界にアレクたちは居る――――


「今は変に騒ぎたててネズミを巣穴に潜らせるより、もう少し泳がせて確実にその尻尾を押さえる事に徹したい。…先ほどの誓いを守れるな?」

「は、はい!」


穏やかに、まるで何かお使いを頼む様に――――― でも、これって絶対に他言無用って事だよね。

信頼されてるって事…… 嬉しいけど、嬉しいけど。大丈夫か?! ユーリー!


「――――― この状況下で、姫がむやみに出歩かれるなど有り得ないだろうが…」


ポツリ…と、それは決して誰かに聞かせる為の台詞では無かったと思うけれど。


「ああ、ちゃんと会えたのだね。入れ違いになるかと心配はしていたんだが」


しっかりとそのガイの呟きを受け止めて、アレクがニッコリと微笑んで言った。


「…どう言う事だ…?」

「一度、どうしても貴殿に会いたいと姫に懇願された。今日はもしかしたら会えるかもしれないとお伝えしたまでだ。姫も僅かな時間しかこちらには来られないとのこと、どうかとは思っていたのだが」

「…アレク…いったい…」

「どうしても、返さねばならないものが有るとおっしゃっておられた。無事に、受け取れたか?」


微笑みをたたえたまま。そのアレクの顔に、あたしは穏やかな思いしか汲み取ることは出来ないけれど。

告げられた内容は、きっと、ガイにとっては余りにも重い。

微かに強張りかけたその表情を、果たしてユーリーは、アレクは気付いているのか。


「……こんなむさくるしい男に会ったって、なにもいい事なんぞ無いのにな。律儀なお方だ… 流石にお前の婚約者だけの事はある」

「褒め言葉に聞こえないが、そう取っておこう」

「……もしかして、俺をこっちへ来させようとしたのはそれだけの為とは言わないな?」

「当然だ。もし、時間が許すなら、色々と話さなければならない事がある。付きあってもらえるか?」

「付きあうつもりがなきゃ、こっちへなんぞ来てねぇよ。――――― 仕切り直しだ。酒を取ってくる。ちょっとこの坊主を借りるぞ」


ぐいっとガイに頭ごと引っ張られる。


「あ、あの! 酒宴の準備ならわたしが一人で…!」

「ついでになんか食いもん見つくろって来たいんだ。良いから付き会え」


そう言って強引に団長室を出て行こうとする。


「アレク」

「何かな?」

「もう少しミルヴァーナ様に付いて居て差し上げろ。いくら昼間、王宮内だろうとたった一人の護衛だけでは心許こころもとない、また何かあったらどうするんだ」

「腕の立つ信頼の出来る者を侍女として付けてある。さりげなく、影も付いている筈だ」

「それでも、もし…」

「せめて、王宮の中だけでも、自由にさせて差し上げたい。形だけで、あってもな…」


初めて、アレクの声音の中に微かな感情が混じる。

それは、確かに彼の姫への彼の確かな思いがあるように思われて…


――――― ツキン…


覚えのある痛みが心臓に走る。

それを感じるのは、きっとあたしだけじゃない―――――


無言で、ガイが踵を返す。その背に、穏やかな声が掛る。


「ガイ」

「…」

「姫を…ミルヴァーナ様を救ってくれた事、心から感謝している」


ありがとう。


そう告げたアレクを、あたしは思わず見返して絶句した。


なんて…なんて顔してんの…

今まで見てきた笑顔が、もうすべて帳消しになるくらいの。


穏やかなだけでは無い。綺麗なだけでは無い。

清濁を呑みこんで、何もかもその胸の中に納めて。

それでも、何かを求めて闘う事を止めない、清冽な微笑みが其処にあった。










二日続けての更新です。

こねくり回したあげく…なんとか、書けました。

ここで一度、夢から離れて、次回からは現実に戻ります。

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