その一 あちらとこちら
さて、いきなりでなんですが、今日もまた、夢の中。
夢の中で、あたしは日本では無い何処か西洋風の、いわゆるファンタジーの様な世界の中に居るのである。(誓って言おう! 絶対あたしの願望じゃない!)
「こらー! ユーリー!!さぼんじゃねーぞー!!」
「わかってますーーー!!」
いちいちうるさいですよ!!と噛みつきながら、先輩方の乗ってきた馬の世話を一手に引き受けて今のあたしは大忙しだ。隊舎の厩には名だたる名馬がひとそろい。これだけでも世話のし甲斐があるってもんです。
あらためまして、こんにちは。
今、あたしの本体は寝ているんだから、「こんばんは」が正しいのかも知れませんが、こちらの世界は昼なので、一応「こんにちは」と言わせていただきます。
初めまして。あたしはユーリー。
ユーリー・コールターと言います、この世界では。
日本での本名は、またおいおい出てくると思うので、今はユーリーと覚えてやってください。
あたしが今いるのは間違いなく夢の中なんだけど、この夢、妙にデティールにこだわりまくりの世界なので、少し説明をさせていただこうかと思います。少しの間お付き合いください。
ここは、アランドア大陸の西に位置するスーベニア国、首都シュロス。(おお!まごうことなきファンタジーだ!!)
その中心にそびえる王宮の、その広大な敷地内の西北に配置された第一騎士団の石で造られた強固な隊舎の中。あたしは騎士見習いとして、一年ほど前からこの隊舎に住み込んで暮らしている。
この国には、国を守る騎士団が全部で十二有るんだけど、第一騎士団はその中でも別格。
他の騎士団と違って隊舎が王宮内にある事でも解る様に、この隊は王の直轄であり、近衛隊も兼ねる精鋭だ。
あたしは本当に入ったばっかの新米だけど、五十人余りからなる団員はそれぞれにもしかしたら他の団ならそのまま団長になれるんじゃないかと囁かれる逸材ぞろい――――― と、これは朝昼晩の御飯を世話してくれるおばちゃん方からの情報だ。(その分、個性の強い方々が勢揃いの様な気もするが…)
そして、その精鋭の中でも凄いのが―――――
「ユーリー」
「だ、団長…!!」
「どうだ? もう慣れたか?」
此処の馬は気性が荒いからな。気を付けろよ。
そう言って笑うこのお方――――― 第一騎士団団長、アレクシーズ・ユノ・コルフィー。
何を隠そうこの人こそが、あたしの報われない初恋の相手そのひとなんである。
あたしが初めて本気で恋したこの人は、
180センチはあろうかと言う長身に、日に透ける銀の髪。そして、吸い込まれそうな紫の瞳。端正な顔立ちは日本人――――― もとい、人間離れしたくらいに整っていて、その癖そのシャープな曲線には一欠けらも女々しさなんて有りはしない。
匂い立つような男らしさ―――― 紛れもなく、『男』として、おっそろしいまでに良い男なんである。
性格は明朗にして闊達。
さらに、この国の重鎮を代々にわたって務め上げ、王家との婚姻も一回や二回じゃありませんと豪語出来るコルフィー公爵家の跡取りでもある。
つまり、生粋のエリートなのだよね。
その明晰な頭脳に目を付けた宰相が、自分の後釜に据えようとかつて色々画策をしたらしいが、その要請をやんわりと、しかしきっぱりとはね付けて、国土を守る騎士として生きる事を選んだと言う硬骨漢。騎士としてだって、その腕前は「スーベニアの獅子」と呼ばれる王と並び称されるほどに轟いていて、二十五歳の若さで、もっとも重要と言われる第一騎士団の団長を務めるほどに…って、本当にこんな出来過ぎ君が本当に居るのかって感じだけど。
兎にも角にも、凄い美形で凄くカッコ良くて――――― 初めて会ったその日に一目で惚れこんでしまったあたしに決して罪は無いと思う。
「どうだ?だいぶ慣れたか?最初は雑用ばっかりだが、腐るなよ。日々の鍛錬も怠るな」
「はい!」
にっこりと微笑んで告げられれば、もう良い子のお返事をしてしまうのはしょうがないと思う。
本来なら雲の上の、もう一つ上の、こんな所に来なければ絶対に一生お目にかかる事もない筈の天上人なんだから。
いくら有名人で名前だけは聞いた事が有ったとしても、この世界にはテレビもラジオも無いし、情報は全て人づてだからね。同じ国内とは言え、東の隣国アベロンとの国境近く、辺境出身の一貧乏男爵の息子風情が、まさかこんなに近くで、この人を見あげる事が出来るなんて夢にも思ってみなかった。(いや、夢なんだけど)
「ユーリーはいくつだった?」
「今年で十五であります。団長!」
「そうか。これからが伸びる時期だな。楽しみにしているから励む様に」
「は、はい!」
もう、もう!
あこがれの団長から声を掛けられて、舞い上がっちゃう自分が押さえらんないよ~!
「じゃあ」
と、手を上げて踵を返す後姿も麗しい…
ああ…もう少し…もう、ずーっと、見ていたい…
ずっと… ずっと………
ジリリリリリリリリリリリ!!!!!!
その時、無粋なベルがあたしの意識を切り裂いた。