その十三 -1 女同士というものは
またしても分割です。
でも、今回は見直す時間が無くて日もまたぎます。
さて、とりあえず。
「とりあえず、ビール!」
居酒屋でのこの第一声はもはや定番ではないだろうか。
そこに突っ込みを入れてくるのは、今日初めて一緒に飲む羽目になった元同級生。
「それはビールに対して失礼でしょう? ビールであれ何であれ、好きで飲んであげなきゃ失礼ってもんじゃないの?」
「じゃあ、あんたはなんにすんのよ」
「とりあえず、ビール」
「同じかい!」
いや、こんな所でノリ突っ込みをしている場合じゃないのだが。
深山さんの宣言通りに残業を回避させられたあたしを関係者出入り口で待ち伏せし、さっさと此処へ連れ込んだこのお姉さんは、いまいち状況に適応しきれていないあたしを後目に、メニューを思いっきり広げてそれの吟味に入る。
「焼き鳥と~枝豆と~唐揚げ… あんたは?」
「焼き鳥追加。ほっけと煮付け…今日は何?」
「石鯛って書いてある」
「じゃあ、それ」
こう言う時のノリは、女同士だと例え親しくなくても一緒なのだろうか?
まあ、最初っから猫を捨ててかかる気まんまんだからね、あたしは。もしかして、そっちも同じ考えなのかい?
「……しっかし、あんた…その格好…」
小汚いとは言わないが、結構年代染みている行きつけの居酒屋のカウンターで、あたしの横に座っているのは、まんまどこぞのエロゲーですか?と突っ込みたくなるようなピッチピチのお洋服をお召しになったボン、キュ、ボンのお姉さん――――― エロ川こと、平川―――― なんてったっけ…?
いかんいかん…また、名前覚えきれなかった。
これってば本当に直したいあたしの欠点の第一位――――― とにかく顔覚えが悪いんだ、あたしは。
ダメなんだよね~ 人の名前とか顔とか覚えるの苦手でさ~。
絶対営業職には就けないねって昔から言われ続けてきたくらいなんだけど、どうやっても、やっぱり一回や二回じゃ覚えらんない。顔だけ~とか、名前だけ~とか、入れ違いに覚えて呆れられた事だって一回や二回じゃないからね、自慢じゃないけど。
こうして曲がりなりにも社会人である以上、職場でのお付き合いは決して無視できないものじゃない。大事な取引先とかにも失礼ぶっこいちゃうから、出来れば何とかしたいんだけど。
剛史敵前逃亡事件は今日の昼休みの事だから(ああ、なんだって中身の濃い一日なんだろう)この、ミニスカートのおねーさんに確保されてたまま此処へ連行されてきたって事は、また晩御飯ドタキャンじゃないか。さっきかろうじてメールだけは打っといたけど、またおふくろさんの愚痴を聞かなきゃなんなくなるだろうな~
基本放任主義の母親だけど、予定調和を崩されることが耐えらんないタイプだから――――― こう言う土壇場でのキャンセルは後が怖いんだって、あの人は。今さら言ってもしょうがないけど。
おまけに、また、愛用のバイクは病院にて放置かい… 此処まで来て、呑まずには帰るなんてばからしいし。…明日、どうしよう。こうなったら、歩くっきゃないかな。
この頃、妙にこのパターンが多くないっすか? あたしの周囲。まあ、此処で呑むのは嫌いじゃないんで、良しとしますけどね。
「―――― なによ。なんか文句ある?」
思わず隣を恨めしげに見て、溜息の一つも付いて見せれば、すかさずつっけんどんな言葉が降ってくる。
反応は鈍くないね、おねーさん。
「いえ、文句なんて一つも有りませんが… 周りの視線が痛くない?」
普段、ジーンズにTシャツとか、くたびれたスーツとかのお客しか入らない様なカウンターに妙齢の思いっきり色っぽい女が一人――――― この際、あたしは彼らの眼中には絶対入ってないと断言してやるが。
「有名税よ有名税。スタイルが良過ぎるのも困ったものね~」
うわ~~~っ! そんな事言いながら、足、組みかえるな!足! 下着ちゃんと着けてても、思わずドキッとかしちまうでしょうが!
…昔、こーゆー映画、なかったっけ? あんときゃ確か、あの女優ノーパンだったって評判に――――― いやいや、そうじゃない! こんな場所で女のあたしでも赤面する様な行動を取るな! 身の置き所に困るじゃないか!
綺麗なおねーさんも、色っぽいお姉さんも、あたしは結構大好きだけどさ。
それはあくまで、見てる分。遠くから拝察するくらいがちょうどいいんだよ。あくまで遠くからね。
出来ればこんな真横に来ていただきたくない。うう…やっぱり早まった…
「…んで、なに?」
「は?」
「わざわざ、あたしを此処に連れてきたって事はなんか、用事が有るんでしょうが」
こうなりゃさっさと用件済ませて帰るに限る。
「あら、わかる?」
「それぐらい、わからいでか。何の御用ですか?エロ川さん」
「…ちょっと待って。その前に、その呼び方をどうにかしなさいよ。不愉快だわ」
「え? 呼び方って…エロ川?」
「そう!それ!普通、そんな呼び方されて喜ぶ女が居るとでも?」
それは確かにそうだけんども。
「……あんたから、普通って言葉が出ると思わなかった…」
おまけにその顔。本気で嫌がってんのが丸わかり。え~と、これは、噂と随分違う様な…
「失礼ね!かえすがえすも失礼ね! まったくなによ!ゆりの分際で!」
「ちょっと待て。分際ってなんだ?分際って。あたしもあんたに、いきなり呼び捨てにされる覚えはこれっぽっちもありませんが」
「呼び捨てが何よ! 呼び捨てが!大体あんた、昔から『ゆり』って呼ばれてたじゃない!」
「それは、極々親しい奴らだけ」
基本あたしは、名前呼ばれんの実は好きくないからね。
「あんたに、呼び捨ての許可を出した覚えは無い」
「あたしだって、同じよ! すっごいむかつく!」
その声音の忌々しさに少し驚く。あの当時、確かにそれほど親しくは無かったが、このあだ名を本気で嫌がってたとの印象が、あたしには無かった筈なんだか。
「…もしかして、ほんとはすんごく嫌だった?」
「もしかしなくても、いやだった」
「…そんな風にはお見受けしなかったんだけど…」
「普通に考えて、『エロ川』なんて呼ばれて喜ぶ女の子がいると思う?」
「…思いません」
「だったら、わかるでしょ!」
「…それは、なんとも申し訳ない…」
まずいな~。確かに配慮に欠けちまったか。
―――― そうか、嫌だったんだ。
高校の時、あったり前の様にそう呼ばれてたから、本人も納得してんのかと思ってたんだが。
「あれはね、開き直りよ。開き直り! 何しろ、このナイスバディでしょ? 制服着てても、変に目立っちゃうし、隠そうと思うとかえってバランスが崩れんのよ。そうなるといやらしいエロになっちゃうの! かえって開き直っちゃうと、健康的なエロになんのよ。その方が建設的まだましってもんでしょ?」
…いや、傍から見たら、しっかりその方面で自己主張してるように見えましたぜ、旦那。男子連中は目の色変えてたし、女子からは嫉妬の嵐…
――――― そうか~ 確かに嫌だよな~
あたしが考えても、それはけっして愉快な状況では有り得ない。
その中を開き直ってきたこの方ってば、実はとっても凄いんではないだろうか。そう思ったあたしは自然に彼女に頭を下げる。
「知らなかったとはいえまことに申し訳ない事をした。今後はしっかり善処させていただこう。…んで、どうお呼びすれば良いのかね?」
「…名字でいいじゃない」
「名字ねぇ~ エ…もとい、平川…さん?でいいのかな?」
「…なんで、そこ、語尾が上がるの…」
「だって、今までの口の慣れってもんが有るからさ。どうしてもエ…平川さんってつまっちゃうんだよね」
あはは~… なんて、笑ってごまかしてしまおう。悪いけど絶対あたし、これからも、エ…で詰まる。断言できる。
「ああもう!わかったわよ!じゃあ、名前!名前で読んでいいから!」
「名前?」
「そう! そうしたら、混同しないんでしょ!?」
「……ちなみにお名前は何とおっしゃいましたっけ…?」
なんで、あたしのハードル上げんの?
「忘れたの?今日の話よ?!忘れたの?忘れたのね!?」
「…すみません…忘れました…」
「まゆみ! 平川真由美!まは真実の真にゆは自由の由!みは美しいの美、よ! わかった!?」
「わ、わかった。ま、真由美さん、で良いのかな?『さん』付けいる?」
「そこは結構。同級だしね、呼び捨てで良いわ」
ありがたく思いなさい!
つん!と顔をそっぽ向けるエロ川…もとい、真由美の顔は、あれれ…少し赤い?え?照れてる?
名前呼ぶだけでてれるって…もしかして、可愛い性格とか…
「んじゃ、あたしも有里。有里で良いよ。有り無しの有りに、里と書いて有里」
「え?」
「一方通行じゃ、申し訳ないしね。そんじゃ、これからよろしくね、真由美」
「…こちらこそ…」
もごもごもご…と、何か呟いているのが気にはなったが。
まだまだ、赤みが取れてないほっぺた見てたら何だか笑いたくなってきた。
「…何笑ってんのよ…」
「いや~別に」
これは楽しい誤算かも。
「――――― ともかく! 話戻すわよ! あたしが聞きたいのはね!」
「あ、ちょっと待て。飯が来た。ああ、すみません。おにぎりも追加で二つ。―――― とりあえず、食べない?」
「あ、あのね!」
「腹が減ってはなんとやら。きちんと話は聞くからさ~ あたし、お腹減ってると、聞いたことすっかり忘れちゃったりすんのよね。まずは腹ごしらえ…OK?」
「…おーけー…」
うんうん、いい子だね~
そう言う聞きわけの良い子は、あたしゃ大好きだよ~
とりあえず今日は前半のみ。明日、がんばって後半を…更新する予定です。
もがいた挙句の本当の不定期更新。
この回が終わっても多分しばらくは不定期になりそうで…なんとか、最後まで、持っていけるように頑張ります。ム、ムラが有りすぎる…