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閑話  神部有里という女

思いあまっての番外。閑話休題です。

剛史からの視点で。

―――――― え~~っと…


「…今、なんて言った、お前…」


俺、山本剛史は例によって例のごとく、居酒屋のカウンターに腰かけて思わず落っことしかけた日本酒のグラスを寸での所で引き止める。


「え~~?だから、その兄弟が…」

「いや、其処じゃなくて!」

「は? ドラマの話じゃなかったっけ?」

「いや!そうだけど!いや、そうじゃなくて!!」


問題は、其処じゃないだろう!!


「お前!どういう状況かわかってんのか!それ!!」


思いっきり、それこそ一瞬周囲が引くぐらい大声で喚き散らしても、こいつ――――― 有里はきょとんとした顔をして、こっちを見ているばかり。手に持ったビールのグラスは俺と違って微動だにしていない。


「…状況って…あんた、聞いてなかったの? その時、その双子の兄弟は生きて再び出会えるかどうかの瀬戸際で…」

「誰が、一昔も前のメロドラマの筋書きなんぞ聞いてるか!!」


ああもう!!誰がそんなモノ、こんな必死な顔して聞いてるもんか!!


「もう一度、聞くぞ… お前、それ、そのビデオ、何処で、どうやって見たって言った…?」


本当は、恐ろしくて聞き返したくは無かったが…


「ああ、そこ? 言わなかったっけ? 大学一年の時、サークルの先輩の家で、先輩二人と一緒に見たの。あれ、古いドラマだから、VTRの機械持ってるの、先輩しか居なくって苦労したのよ~ たまたま、その先輩がコレクションの中に持っててね」


…やっぱり、聞き間違いじゃなかったんかい!


「……その時、その家に家族は居たんだよな…?」

「いや、先輩達下宿だから」

「で、その先輩ってのは女…」

「いんや、二人とも男」


ぴきっ!!


「ちなみに聞くが…それは昼間の事だよな…」


いや、昼だから良いってもんじゃないが!


「い~や。授業終わってからだったから…夜?」


よる!?


「七時くらいからだったかな~」


ななじ!?


「ああ、でも、ぶっ続けで見たから九時半には終わって帰った。見逃してた最後の部分だけ見せてもらっただけだから。終電前で良かったよ~」

「~~~~~~~~~!!!!!!!」


――――よかーない!!


全然全く良くはない!!

声にならない叫びってのはきっとこう言うのを言うんだろう。


「そんなもん、絶対いい筈なかろうが!!」

「え~?なんで? 生き別れになってた兄弟が、お互いのわだかまりを捨てて、いざ手を取り合おうとした時に起きる悲劇! あれは、今でも屈指の名場面って…」

「だから、誰がドラマの話なんぞしてる! 問題なのは、そこじゃねぇ!」

「え~~? ドラマの話じゃないの?! ここからが良いとこで…」

「だから!いい加減、そこから離れろ!このバカ!!」


ぜーっぜーっぜーっ…

息をからして喚き散らして、こっちは疲労困憊だってのに。

その原因の有里ときたらきょとんとしたままで、訳が解らないって顔して俺を見る。

解ってない… いや、こいつ、マジに解ってない…!?


「お前、その頃幾つだ! 大学一年―――― 一応は花の女子大生って奴だろうが! 仮にも女が夜の夜中に男の部屋で、男と二人っきりになるなんてありえねぇ!」

「いや、二人じゃなくて、三人…」

「女が一人しか居なかったら、二人だろうが三人だろうが状況は同じだ!!」


むしろ、悪い!


「バカか!お前は! 襲われたらどうするつもりだったんだ!」

「襲われる?」

「そう!」

「誰が?」

「お前が!」

「誰に?」

「そいつらに!」

「―――――― あ、ありえない~~~~~!!!!」


ぶはっ!!っと思いっきり噴き出して、バンバンと机を叩きだす。

「有りえない」って… ―――――― 自分で言うか、このバカは…


「あのね~ あんたってば何考えてんの? あたしだよ?あたし!そんな物好き、居る訳ないじゃん!!」


ひーひーと、息を切らせて机を叩き続けながら有里が言葉を紡いでいく。

おまえなぁ… 言うに事欠いて、物好きとはなんだ、物好きとは…


「自慢じゃないけど、あたしゃ今まで女扱いされた事、一度たりともありゃしませんからね。そん時も、自分でも女だって認識なかったしなぁ~」

「……」

「そういう考え、先輩に対して失礼じゃんか。その辺の見境のない男と一緒にするんじゃないよ、人の先輩を」

「………」

「先輩達にも選ぶ権利ってもんが有るんだかんね。な~に心配してんのよ。ばっかじゃない? それとも何? これまで、男の一人も居なかった事で、あたしにケンカ売ってる?」

「…………」


…マジか…

心底真面目に言ってんのか、こいつ


「…襲われなかったのか…?」

「はあ?」

「何にもされなかったのか?お前…」

「…なんか、襲われないのが悪いみたいな言い方ね…」


殴っていい?

思いっきり目がマジだろうお前…

こいつのこの、のーてんきな様子からして、それだけは有り得なかったと踏んでるが。


―――――― そうか…変な目には会わなかったんだ。其処だけは思いっきり安堵して、顔も名前もしらないその先輩方に感謝する。

よくぞ、このバカに手を出さないでいてくれたもんだ。まだ、一抹の不安は残るが、本人の口からの否定の言葉にホッとしている自分がいる。こういう場面で平然と嘘が付ける様なタイプじゃないのはわかってるから。


一瞬、見たくもない場面を想像して背筋が思いっきり凍ったことなど、絶対にこいつには言ってやったりなんかしない。此処までの無自覚娘に何言ったって空しくなるだけだと解ってしまっている。

女扱い? そんなもんをしなくても、こうして普通にバカ話が出来る貴重な女子に、友情以上の感情を持ってしまってさりげなくアタックしてた奴を俺は少なくとも二人は実際に知ってるぞ。それをいつも華麗にスルーしまくってたお前が何を言う。もしかして、全然わかってないのか?と思っていたら――――― やっぱり、わかって無かったな…




こいつ――――― 俺の幼馴染にして、親友の妹、さらにこの四月から、目出度く同じ職場に勤める同僚としての立場も手に入れた二つ年下の栄養士、神部有里。

気風が良くて姉御肌で、身長ばっか高いくせに笑うと子供みたいに無邪気な女。


昔っから変なトラブルばっかり寄せ付けて、その癖いつも何もなかったかの様にスルーして。

俺は、いつも心配で心配で気が狂いそうで、でも身内でも同級でもない俺はいつも何もしてやれなくて。


そんな自分が認められなくて、いっつもからかって怒鳴り返すこいつの顔に安心していた。


けれど、なんでこんなにこいつの事が気になるのか、その頃もっともっとガキだった俺は長い間理解できず、傍に居るとあんまりにもイライラするから、いっそ忘れてやろうと思って親の意見をすっ飛ばして遠くの地方の大学受けて。

ずっとずっと忘れたくて、こいつを俺の中から追い出したくて、六年間、こいつから思いっきり離れたトコでしたくもない勉強三昧の生活を送り(言いたくないが、医学部行ってて、遊んでられる奴は本気で医者になる気がないか、真の天才かのどっちかだ!!)さらにダメ押しで二年―――― 研修医としての勤務地も思いっきりここから離れた場所でいそしんできたってのに。


最後に勤務地を決める時、もう大丈夫だろうと思って募集の掛っていた地元の病院も一応見ておこうと思って足を運んで…

廊下の向こうで患者と談笑している白衣姿のこいつを垣間見て、落っこちた。

そうさ! かろうじて引っかかってた穴の淵からものの見事に落っこちたのは何を隠そう俺なんだ!

ああ!そうだよ!悪かったな!!

その時まで、何の自覚もしなかった俺が悪い。

悪いが――――― 自覚した途端、歯止めが効かなくなっていた。


面接で院長の前に出た途端、堰を切った様にこの病院に勤務する事を熱心に希望し、条件も案件も全てふっ飛ばして内定を取りつけ、その他の様々な事務処理すらも、その日のうちに書類一式持ち帰る程の勢いで実家に飛んで帰り、その足で家族と祐樹にぶちまけた。此処に還ってくる事を。

あんまりの俺の勢いに、ついでの様に帰ってくる本当の理由まで、しっかりくっきり洗いざらい吐かされてしまったが、自分の気持ちを自覚した俺にはもう言い逃れをするつもりも、そんな余裕も有りはしなかった。


とっ捕まえる。逃がすもんか。

こうなったら、十年分だ。覚悟しやがれ、こんちくしょー!―――――― ってのがその時の俺の偽らざる本音で有って。

「まあ、がんばれや」 お前なら、持ってって良いぞ~と、祐樹はあんまりお陰の無さそうな応援を一応俺にしてくれた。「趣味が悪いな」の一言付きで。


ダメ押しの様に、俺の就職に関しては、知ってるやつ全てに緘口令を引いといた。これまでの事を考えると、これは本当に適切な処置だったと思う。

有里の事だ。逃げやしないと思うが、隠れられたらやっかいだから。


思った通り、職場での初顔合わせのその途端、俺の顔を見て文字通り目の玉飛び出るほどに驚いて、無意識にまわれ右しかけた事はこの際だから忘れてやろう。自覚した俺は寛大なんだ。惚れてしまえばあばたも笑窪えくぼ。意地っ張りなトコも、可愛げのないトコも、あまりに昔と変わらないままで―――― かえって一層惚れ直したなんて、絶対言ってやらないけどな。


性根据えて、一から口説こうと思った。

まずは、俺と言う人間をしっかり認識してもらう所から始めて行こうって。


…しかし …しかし、だ。


余りにも変わらなさ過ぎて、ついつい昔と同じ受け答えをして、毎回毎回怒鳴りあいって事態になるなんて。

おまけに、此処まで人を振り回しておいて、この本人の自覚の無さは何なんだ!


「――――― おまえ、自分の事、女だと思ってないだろ」

「失礼ね! あたしにだって、胸も生理もあるんだから!」

「~~~~~!!!!」


――――― だから!


「大声で、そーゆー事を言うんじゃねぇ!!」


思わず見渡した周囲の奴らは、客も従業員も既に我関せずを貫いてこっちをスルーしてくれている。

ありがたい…ありがたいが…

それ以前に、なんか、間違ってるだろう!お前!!


この店に通う様になってもう半年。馴染みの店主もアルバイトの兄ちゃんも、何度か顔を合わせた事のある馴染みの客も、きっともう、その辺の奴ら全部に俺の気持ちはもろバレだろうに。

唯一人。

一番に通じて欲しい奴にだけ、いつまで経っても通じない。


「…有里…」

「あん?」

「お前、もう、女やめろ…」


ここまで、鈍い奴に、女なんて名乗る資格はありゃしねぇ。


「なんですって~~~~!!!」


途端に、ぎゃんぎゃんと突っかかって来る有里をいなしながら、見えない所で俺は大きく溜息を吐く。


意地っ張りで、可愛げが無くて、身長ばっか高いくせに子供みたいに無邪気に笑う。

鈍くて、バカで、お人よしで。ずっといつまでも変わらない。

だから、俺も変われない。


「きっと…」

「はん?」

「いや、なんでもねぇよ」


何でも無い…当り前の事を、もう一度再確認してしまっただけだ。


きっと。

きっと、俺は。

俺はたとえお前が女でなかったとしても。


―――――― とっ捕まってただろうな…


必ず、お前に。




本当に、絶対言ってなんかやらないけれど。









煮詰まって、書けない余りの閑話休題。

少し視点を変えて、山本剛史センセの視点から。

有里ってこんな子なんだと思っていただければ…

ノミュニケーションは次の回で。もうしばらく、現実のお話ですがよろしくお付き合いください。

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