その十 何かと毎日起こります
今回少し長いです。
―――――― う~~~~ん…
考えても仕方ない事って、有るよね。
―――――― う~~~~ん……
でも、それでも、どうしたって考えちゃうことも有って。
「う~~~~~ん…」
本当に、いったいどうしたもんだろう…
お昼休み。既にしっかりお昼は食べ終わって。
本当なら、天気も良い事だし、こんな風に事務室で机に向かって頬づえ付いてたりしないんだけど。
だってこの部屋、究極の職場最前線なんだもの。こんなとこ座ってたら、何時なし崩しに午後の仕事に突入するかわかんないの。いえ、マジに。
病院という職場での、これは特徴なんじゃないかと思うけど、基本、病院に勤めている職員は時間に対して非常にアバウトにならざるをえない。
普通の会社とかって、十二時になったらよっぽど仕事溜めてるとかとてつもなく忙しいとかじゃなければ、しっかり昼休みでは有りません?でも、病院――――これは、特に外来と救急に顕著なんだけど―――― ってところは、基本的に昼休みも昼ごはんも、取れる時に取る食べれる者から食べるのが当たり前。時間ぴったりに『さあ、皆でお昼!』なんてものは端っから論外な場所なんである。
あたしのいる栄養室は上記の二つほどではないけれど、お昼休憩の時なんぞでも、その場に留まっていれば急に入った仕事やらなんやらに否応なく持っていかれるのが実情で。しっかりお昼休みを取りたかったら、この場に居ないって事がなによりも肝要なんである。(その分後にずれ込んだりもするんだが…)
居たら使われる。いや、これ本当にマジだから。
そんな事情で、いっつもだったらさっさと近所のショップモールとか公園とかに逃げ出しちゃってるんだけど(この技、習得するまでに、二年はかかったよなぁ…)今日は、なんか、考える事が多過ぎて、ちょっと動く気がしない。
ああ… 近所のコンビニの新作スイーツ、試したかったなあ…
すぐ売り切れるんだよね。帰りで間に合うかなぁ…
ぐだぐだと未練がましく思いながらも、お尻はペタンと椅子に腰を下ろしたまま動かない。
原因は、一つ。
間違いなく、この前、見た夢。それが原因。
相変わらず、夢と言うには余りにも臨場感あふれるスペクタクル(?)な夢だったけど、一週間ばかり前に見た例の夢は、めずらしくも嬉しくも麗しのアレクが思いっきり出ずっぱりで目の前に居らっしゃって、それはそれは満足出来る夢では有ったはずなのだ。
アレクだけでなく、おまけの様にガイまでも―――――― あっちの世界での二大イケメンそろい踏みだったんだよ~! これは、間違いなくその後一、二週間はそれだけでうきうきしてしまうぐらいの楽しい夢ライフだった筈… なのに。
その最後。
目覚める前に見た景色。
アレクの婚約者を目の当たりにした衝撃もさることながら。
――――― あれは、なに?
アレクの婚約者で有る筈のミルヴァーナ姫のあの視線は、一体なんなのだろう…
わかる…んだ。
たぶん、あたしにはその意味が解り過ぎるぐらいわかる筈…
でも。
それを、認めっちゃって、いいの?―――― いや! だめでしょう!!
断じて、それは認めちゃいけないでしょう!? ええ絶対に!
――――― だって、婚約者だよ?
あのアレクの、婚約者だよ?
あの、おっそろしいまでにイケメンの、男としても結婚相手としても、おそらくこれ以上ないってぐらい完璧な、あのアレクの、惑う事無き婚約者なんだよ、ミルヴァーナ様は!
金と銀。青と紫。一対の、まるで理想が作り上げた様な完璧なカップルだったじゃないですか!
そうよ! まるでおとぎ話の王子様とお姫様! そのものだったじゃないの!
あたしでも…
こんなにもアレクが好きなあたしでさえ、「ああ、かなわないな…」と、思ってしまうぐらい完璧な。
……まあ、確かに。
確かにガイもいい男ですよ? ええ!アレクさえ居なかったら、あたしが夢中になっていたかもしれないぐらいのナイスガイ(…う…シャレじゃないよ…)ですよ!
でも、でも…!
それは、無い! ありえな―――――く、ないんじゃないで、しょうか…?(ああ、日本語の非定形すらわからなくなってる…)
けれど。
あの眼。
あの眼差し。
―――――― う~~~~~ん… 考えたくは無いんだけどな~…
あたしが感じた事は、果たして本当なんだろうか…
わかってしまったと思った事は、事実なんだろうか。
口には出せない。
その事を言葉にして、形にしてしまうには余りにも大変な事だから。
そんな事は、この年にならなくたってわかる。アレクの婚約者と言う立場が、どう言う意味を持っているかなんて。
ましてや、相手はガイだ。
――――― ガイ…
そう言えば、あの時ガイも変だった。
気さくで、アレクに対しても微笑ましいぐらいに自由に振る舞うのがあの人の魅力なのに。
あんな風に。いくら王族相手だと言っても、あれほどまでにへりくだり視線を決して合わせないようにして…
ま…さか、ね。
うん! それこそ、『まさか』の世界の事!
考えちゃいけない。
きっとこれ以上、この事をあたしは考えちゃいけないんだ。きっと、絶対に。
その証拠に、あの後三回ほどあっちの世界へお邪魔させてもらったけど、アレクはおろか、ガイにも、もちろんミルヴァーナ様にも一回もお目にかかっていない。
寂しいけど、これが現実。
これはきっと、これ以上考えるなって事だよね。
きっと、そうだ。
そうしよう。
だって、あたしがこっちでどんだけ悩んで考えたとしても――――― あたしはあっちで、何ひとつ出来やしないんだもの。
どんなに誰かが悩んでいても、何一つしてあげられはしない。
あたしは見てるだけ。いつも、ただ見てるだけの、傍観者でしかないんだもの。
考えない。
もう、これ以上考えない。
よ~し!もう、絶対考えたりなんかしないぞ~!!
悩んで、考え込むだけ損だ。
どうせ関る事が出来ないんだから、楽しい事―――― アレクに会えることだけ考えよう。
そうだ、そうしよう!
でも…
でも、もしも。
もしも、あたしの想像が、想像でなかったとしたならば。
あたしの恋心は、その時何処へ行ってしまうのだろう…
「―――― どうしたの~? 元気ないねぇ、神部ちゃん」
「ああ、深山さん…」
ポン!っと手にしたプリントを丸めて、深山さんがあたしの頭を軽く叩く。
どうでもいいが…あたしの周りには、あたしの頭を太鼓かなんかと間違えてる人が多くないですか?
いや、深山さんのは、決して痛くないから良いんですけどね。ポンポンポンポンやられると、そんな邪推までしてみたくなりますですよ、ハイ。
「変に神部ちゃんが元気ないと気になるわよね~ どしたの? 具合でも悪い?」
「…具合の悪い人間は、お昼完食しませんって」
深山さん、一緒に食べてたじゃないですか。今日は久しぶりのカレーだったし。
大鍋で煮込む此処のカレーは、甘口だけど結構イケるんだな、これが。ささやかな事だけど、食堂のある環境がこんな時は有り難い。
あたしの勤めてる、ここ、坂水病院には、小さいながらも職員食堂なるものが存在する。食堂なんて言っても、配膳室の横に小さな会議室ぐらいの部屋が有って、其処に会議で使う様な長机と椅子が十客ぐらい置いてあるだけなんだけど。
一応、プレートは職員食堂。基本、お昼を職員が食べる為だけにしか使われない部屋なんである。
ここの職員食堂は食券制。メニューは一品日がわりのみ。朝、券を出しておけば昼十一時半にはおかずが揃えて出してあるって仕組み。
メニューの日替わりは、実は病棟の一般食と同じなのだ。だって、作ってるのあたしとおんなじ職場のおばちゃんたちなんだもの。メニュー決めてんのはあたしらだし。別のメニューなんて作ろうなんて考えは、はなっから有りませんでしたしね。
入院してる方と同じメニューと言うのも、考えてみれば何なんだが、態の良いモニターと思えばこの値段でこの内容はありがたい。――――たまにはずれはあるけどね。献立決めてるあたしたちが言うのもなんだけどさ。
「それにしては溜息が多い。神部ちゃんらしくない…」
いや、確かにそーなんですが。
「もしかしたら、突発性のはやり病?」
「だから、違いますって!」
なんですか、その突発性のはやり病って。
「此処は仮にも病院ですよ。そんなけったいなもんが出たら、保健所行きまっしぐらじゃないですか」
「あら、保健所に関係のないはやり病だって有るんだから」
「は?」
「思いっきり突発で、人を選ばない――――― ずばり、恋」
「へ?」
「だ~から、恋の病! …ずばりでしょ?」
「…違います…」
いえ、当たらずしも遠からずでは有りますが。
「ええ~っ!? 違うの!? 絶対絶対そうだと思ったのに!やっとやっと、神部ちゃんにも春が来たと思ってたのに~!!」
「…深山さん…」
頼みますから、両手を胸のあたりで握り締めて力説しないでください…
…って言うか、あなた、今年お幾つでしたっけ…?
「残念ながら、今回は違います」
「今回はって、何時のはそうだったの?」
「何時のって、それは… ―――――!! み、深山さん!!」
誘導尋問ですか!?
「あら残念… もう少しで引っかかってくれそうだったのに」
けらけら…と笑いながらおっしゃいますか…
いつまでも、茶目っ毛を失わないのは深山さんの良い所だが…
頼みます。あたしで遊ばないでください。
「でも、本当に変よ。あなた。なんかあったの?」
あたしと向かい合わせ。
自分の椅子に腰をおろしながら真面目な顔で尋ねてくるのは、いつもの落ち着いた上司の顔で。
「いえ。もう、考えてもどうしようもない事考えてるだけですよ」
すみません。ご心配かけました。
ぺこりと頭を下げてみる。
ふざけてるってわかる時は友達みたいにしてあしらえるけど、こんな風にしっかりとした年上の立場で来られると、どうしたって敵わない。
いかんいかん…
本当に、どうでも良いとは言わないが、どうしようもない事で他人様にご心配をお掛けするなど、あたしの信条に反するではないか。
よし!もう、悩まない!
当たって砕けないけど、成り行きを見守っていくしかないよね。
「…ねぇ、神部ちゃん」
「はい?」
「もしかして、山本先生にふられた?」
は………?
「いや、間違えた。山本先生をふっちゃった?」
「はあ?!」
なんか、幻聴を聞いた様に思うのですが…
「え?違う? てっきり、そうじゃないかと思ったんだけど」
まだ、さっきの続きかい!―――――と思って、マジマジと見返した深山さんの顔は、信じられないが真面目な顔で。
えっと、誰が? 誰をフルとおっしゃいました…?
「あ、あ、有り得ないでしょう!!」
って言うか!
「何でそこで、剛史の名前が出るんですか!」
「え?だって、それをあたしに聞くの?」
「だから!そこを聞いてるんですってば!」
あたしが剛史をフルとか、マジ、ありえんし!
しかも、なに? あたしが、剛史に、フラれるってか!
「それは! あまりに! あたしに! 失礼でしょう!」
寄りによって、何であんなのにあたしがフラれにゃならんのか!
「だって、仲いいじゃないの」
「あれの何処が仲、良いんですか!!」
いっつも一方的にケンカ売ってくんのは剛史の方だ!
あたしがそれを、正当防衛で返して何が悪い!
「あたしと奴の間には、これっぽっちもそんな関係はございません!」
そこだけは、しっかり、拳握りしめて、思いっきり、宣言!
目をぱちくりさせた深山さんの瞳が、やがてふわっと微笑みに溶けて。
「…若いなぁ…」
「は…?」
「うんうん。若いって良いねぇ…」
「へ…?」
いきなり手を伸ばして、机越しに頭を撫でられる。
――――― あ… こんなの久しぶり…
そう言えば、この頃、あたしはこんな風にされた事なかったなぁ…
…そうか…ユーリーも、こんな気持ちなんだね…
自分がされるのってなんか照れくさくって嬉しいね。いっつも、ユーリーの中でだもんね…
「そんなとこが神部ちゃんの良いとこだけど。でも…」
大事な事を、見落とさないでね。
「大事なこと……?」
尋ねる様に深山さんを上目使いに見ても、深山さんはにこにこ笑ってるだけで。
こんな時はもう、応えてくれないんだよね。
…なんだかなぁ… 意味深過ぎて。ねぇ、どう答えたら良いんですか…?
―――――― と、その時、廊下の方から物音が。
パタパタパタパタ…
えっと、これって病院指定の上履きの音だよね。
非常時以外廊下は走るなって院長のお達しが出てるのに…
だれ?と、思う間もなく、バタン!と、事務室のドアが開けられて。
「「え?」」
思わず、深山さんとハモってしまった。何を隠そう、飛び込んできたのはさっきから、話のタネになっている山本剛史先生その人だったから。
えっと、こういうのって、なんて言うんだったっけ?
「頼む! 有里!匿え!」
「はあ!?」
そうだ。
『噂をすれば、影』
やっと、更新…この頃、このセリフばかりですが。
今回、切りどころがなくて少し長め。その分、次が短くなりそうです。
沢山の方に来て頂いているみたいで嬉しいです。
とにかく楽しい話を!と精進していますが、なかなか…
まだまだ先は長そうです。
どうか最後までお付き合いください。