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その八

文中に未成年の飲酒シーンが有りますが、それを推奨するものではありません。あくまで違う世界の話としてご了承ください。

 厨房から、大急ぎで。でも、折角のお酒とまかないのおばちゃんの心づくしの干し肉を絶対に落っことしたりしないように慎重に。

あたしは右手に今年取れた葡萄で造った出来たての葡萄酒を、左の手には干し肉が一杯に盛られた木の鉢を抱えて回廊を小走りに歩いて行く。


小走りに歩く…って、日本語、可笑しいけど。それぐらいの気持ちで動いるんだと思って欲しい。あたしは―――― じゃないよね。ユーリーは。


こうしてアレクの為に働くのは間違いなくユーリーの意志で、動くのは彼の体なんだけど。こんな風に同化してるとね、そこら辺の感覚が曖昧になってくる。

特に、あたしとユーリーの感情が同じ方向に向かっている時なんかは。


アレクの為に何か出来る。それがあたしたちにはたまらなく嬉しい。


両手いっぱいの荷物を抱え、アレクとガイの居る執務室の前でふと立ち止まる。


――――― はて… どうやって、ドアを開けようか…?


その時、前触れもなくいきなり目の前のドアが開いて。


「よお! ごくろうさん。早かったな!」

「…あ、ありがとうございます…」


…仮にも第二騎士団の団長ともあろう方が…


だから、それはあたしの仕事だってば!

確かに、両手ふさがってるからドア開けられなかったけど。ドアの前で立ち往生はしてたけど!


――――― お客様にドアを開けていただくなんて… 


ほら。部屋の奥でアレクも苦笑してる。もう、情けないやら恥ずかしいやら…


でも… ま、いっか。

こういう気さくな所がガイのきっと良い所なんだろうし。アレクだって、決して咎めるような視線じゃない。

うん、ユーリー。この際だから立ち直ろう。


「おお!お前、気が効くな。ちゃんと食べるものも一緒か。ありがたい」

「こ、これはジーナさんから…」

「流石、第一の隊舎の主。アレク、お前良い生活してるな~」

「やらんぞ。せっかく私が整えた極上の仕事環境だ。人に頼らず、自力救済するんだな」

「友達甲斐の無い… お前が先に、良い人材を取っちまうから俺が苦労するんだろうが」

「貴殿の努力不足を人の所為にするな」


また、言葉の応酬ですか? 楽しそうだから良いんだけどね。

でもね。ユーリーはおろおろしちゃってるから、その辺で止めていただけると嬉しいな~なんて。

おねーさんぐらいになると、会話の裏の裏とかって案外解る様になるけどさ(ふふん。これが年の功ってもんよ)ユーリーなんかは、まだ、無理なんだよね。良くも悪くも世間慣れしてないって言うか…

ああ、もう! そんなにうろたえなくても大丈夫だから。まずはその両手の持ってるものを、しっかりとテーブルに置こう。落っことしちゃうからね。


団長専用の執務室は隊舎への客の応接室も兼ねているから、テーブルとイスは結構きちんとしたものが置いてある。華美では無いけれど、結構良いものなんじゃないかとあたしは見てるんだけど。なにせ、主がアレクだし。それに、ここって仮にも王宮の中なんだから、そんな変な品物自体が有る訳は無いだろうしね。


「とりあえず腹ごしらえ… アレクも食うだろ?」

「…此処は私の隊舎だぞ。何故、貴殿の方が先に座って物を薦める」

「まあ、堅い事言うなって。そうだ、坊主も一緒にどうだ?」

「え?」


――――― え?


な、何をおっしゃってますか?ガイさん?

解ってますよね?あたしはただの従僕で、むしろ色々とお給仕?……いや、いらないかもしれないけど、そう言う事を率先してするべき立場なのでは無いのかい?


「ああ、そうだな。ユーリーもそろそろ酒を覚えても良い頃だろう。此処に来なさい」


―――――って、アレク~~~~~!!!

あんたまで、何言ってらっしゃるんですか~~~~!!


「そうだそうだ。こんな無愛想な顔だけ見ていては酒も美味くないからな。お前も、こっち来て一緒にやれよ」


って、ガイ!

そこで、あんたの隣の椅子を引くんじゃない!

うわっ!!

いきなり引っ張られて、ユーリーの体はすとんとガイが用意した椅子の上に乗っかって。何時の間にか手に葡萄酒の入った器が握らされている。


「ほら、呑んでみな。葡萄酒は初めてか?」

「これは…今年取れたばかりの奴だから、強くないと思う。お前にも呑めると思うが…」


きゃー!アレク!!

なんで、あんたが先に呑んでんですか!

毒見…ってこの城内で、そんな心配は無いと思うけど。従僕の毒見をあんたがやるって、本末転倒でしょうが!!


―――――なんて、騒いでんのは、ユーリーの中のあたしだけで。当のユーリーはもう一杯一杯で、恐る恐る器に口を付けている。


「うぷっ!」

「ありゃりゃ… お前、本当に初めてか?」

「は、はい…!」


ごほっ!!

うわっ! むせちゃった!く、苦し…!

あたしにとっちゃ、水みたいなもんだけど、この子ってば、お酒、初めてなんだよね~

初々しいって言ったら、その通りなんだけど… 訓練の必要あるよ、ユーリー君。


「…剣の練習もだが、こっちの方も鍛えてやれよ、アレク」

「どうやら、そのようだな。ああ、もういい。無理しなくて良いから」

「で、でも…!」


まだ、器に残ってんです~


―――――― 口に出さなくても、言いたい事は良~く解りますよ、ユーリー君。


お残しは許しません!―――――って、食堂のジーナさんに言われるまでもないんだけど。

こっちに来て、痛切に思った事。

何をするにせよ、何を作るにせよ、それはあたしが本来居る現実世界に比べて、おっそろしいまでに手間が掛るっていう事。


基本、機械ってもんが存在しない世界だから、食べるものから着るものまで、家も城も橋も、何もかもがみんな手作り。もちろん、その分手間も暇も思いっきり掛ってる。

だから、全て勿体なくって、『捨てる』っとかって概念があまりない。

……まあ、アレク並みの大貴族様はどうか知らないんだけど、ユーリーにはあたしなんかでは太刀打ちできないくらいに勿体ない精神が息づいてるんです。それも当り前に。

だから、物を捨てるとか、食べ物を残すって事が基本出来ないの。ユーリーは。

器を見ると、まだ、半分以上残ってるし…


う~ん…あたしだったら、こんなもん軽いもんなんだけどねぇ… 精神は融合してても、味覚も口もユーリーのだもんね。


…と、考えてたら、ひょいと手の中の器を取り上げられて。


「――――!」

「ほい。ごちそうさん」


ガ、ガイ~~~!!!

呑んだ?え?残ってたの、呑んじゃった!?


「このままで、良いか… アレク、そっちの酒樽寄越せ。これっぽっちじゃたりねぇよ」


器!ガイ!あたしが呑んだ器そのまま!!…って、か、かんせつきす…ですか!?

え?え?え?? ど、どうせなら、アレクと…

い、いや! ちがうだろうが、そこは!!

間接キスになっちゃったのは、あたしじゃなくて、ユーリーだってば!!

男同士…男同士…

い、いや、良くあること! そう、意味なんかないぞ!良くあること!!

あたしだって、部活で当り前の様にペットボトルのシェアしてたし! それと一緒! 焦るな!あたし!


「ここで、本気を出さなくて良い。今夜、屋敷に泊っていくだろう? とっておきの竜酒が有るから、呑んでいけ」

「竜酒?! イアニスの竜酒か?」

「それも十年物だ。いるか?」

「もちろん!――――と言うか、良く手に入ったな…」


なんか、酒の事で盛り上がってんですけど…

イアニスって、確かスーベニアの北方に位置する大国だよね… ユーリーが持ってる知識の中では、決して良い印象が無い国だけど。

しかし、北の方の酒って――――― もしかしたら、めっちゃ、きつくね?

アルコール度数、半端無いのが多い様な印象が… まあ、あたしが呑むんじゃないから良いか。ユーリーに呑ませる訳でもなさそうだし。

やっぱり、お酒にも強いんだ、二人とも。

それはそれでカッコイイよね、うん。やっぱり、惚れ直しちゃう!


それでも、この大物二人と一緒のテーブルに着いてるのって、ユーリーの神経に多大な負担をかけるみたいで、ユーリーは早々に椅子を立ち、葡萄酒の追加やら(何しろ、浴びるように呑むのだ、この二人)その他の細々した雑用やらであっちこっちへ動きまわることになる。


いや~、確かに目の保養なんだけど、あんまり近くでってのはあたしにとっても心臓に悪い。

ガイの存在感もそうだけど、やっぱりネックはアレクのあのとんでもないお顔の造作に尽きるでしょう。


あの顔とあの近さで向き合って、普通に話せるガイに尊敬の念すら持ってしまう。やっぱり、大物は違うって? なんかちょっと、情けないと言えばなさけないなぁ~ 


片思いってのにも、もしかしたら適度な距離感ってものが必要なのかも。

また一つ、勉強になった気がする。










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