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遺された音源  作者: なやまじ


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蟻の歩み

 裕一が個人的に建設工事会社を調べ始めてから二ヶ月が経過した。業務報告書を開示してくれる会社はあっても、なかなか加倉田良一の名前を発見できなかった。ある訪問先では加倉田良一のファンだという若い事務員に大騒ぎされ、慌てて逃げ帰ったこともあった。そんな場合には、田舎の親が息子を探しているという作り話も通用しない。

 だが裕一に焦りはなかった。たとえ加倉田良一の出勤日数が僅かだったとしても、警備会社で働いていた事実がある以上、必ずどこかに痕跡が残っているという確信があった。

 そしてついに太田土建工業という土木工事会社で加倉田の名前を発見した。業務報告書を開示してくれた女性事務員は、過去に取材で訪問した際に面談してくれた人物だった。業務報告書はキャット安全警備という会社が発行したものだった。

「キャットさんは紙の業務報告書だけど、最近はPDFで送ってくる警備業者もあるわ。スマートフォンの画面に監督が指で署名するとそのサインまで印字されるの。時代の変化ね」

 金町の工事現場で話を聞いた加藤安全保障の警備員も似たようなことを言っていた。

「この人、いまもキャットさんに勤めていればいいわね」

 人探しだと偽って協力させたことは多少心苦しかったが、人探しには違いない。

「ありがとうございます。後日キャット安全警備を当たってみます」

 その業務報告書の日付は今年の正月だった。それはちょうど『オセロ』が売れる前後の時期に当たる。そうだとすれば、このすぐ後で警備会社を辞めたのだろう。

「御社はキャット安全警備を頻繁に利用するのですか?」

「そうね。比較的依頼しているほうじゃないかしら」

「キャット安全警備が発行した業務報告書はほかにもありますか?」

 裕一の意図は、キャット安全警備の他の社員の名前もできるだけ収集することだった。なぜなら、父の楽曲を横流しした人物は加倉田の同僚だった可能性があるからである。女性事務員は立ち上がりキャビネットを開けると、束をふたつ取り出して手渡してくれた。

「好きに見ていいわよ。コピーしたければそこのコピー機を使って」

 女性事務員が窓際にある機械を指さした。

「でも、あなたは加倉田さんの勤務先が知りたかったんでしょ? それが判明したというのに、別の業務報告書で何を確認するつもりなの?」

 それは当然の反応だった。

「それは、もし加倉田さんが退職していて所在が不明だった場合でも、一緒に働いていた同僚の中に消息を知っている人がいるかもしれませんから。その時のためです」

 裕一は咄嗟にでまかせを言った。事務員は「ふーん」と、一応納得したように見えた。

 前年まで書類を遡って、キャット安全警備が発行した業務報告書の控えをコピーさせてもらった。加倉田が太田土建工業の現場で交通誘導警備を行ったのは延べ二十日ほどであった。そのうち何回かは同一人物とペアを組んでいたので、実際に太田土建工業の現場で加倉田がペアを組んだことがある同僚は八人であった。

(この中に父の音源を加倉田に渡した人物がいればいいのだが)

 裕一が彼らから話を聞く手段として選択したのは、キャット安全警備が交通誘導を行っている工事現場を直接訪ねることだった。キャット安全警備の事務所を訪問すれば一度に何人もの警備員から話を聞ける可能性はあるが、上司や同僚の目を気にして情報開示を拒んだり、会社側から遮られたりすることも考えられる。そうなるとその後の取材もしにくくなるだろうし、後々痛手になりそうだったからだ。いまはどの会社も個人情報の管理には神経質になっている。まして加倉田は有名人である。自社の社員が芸能人の秘密を安易に暴露して責任問題になってはたまらないだろう。時間はかかるかもしれないが、同僚から話を聞くのなら社外のほうが確実だと思った。

 問題はキャット安全警備の警備員が立っている工事現場をどうやって見つけるかである。その時、裕一は太田土建工業の女性事務員が割と頻繁にキャット安全警備を利用していると話していたことを思い出した。ひょっとしたら、今日も使っているかもしれない。

 裕一が太田土建工業に電話をかけると、運よくあの女性事務員が出た。先日協力してくれたことへのお礼と簡単な世間話の後で、今日どこかの現場でキャット安全警備を使っていないかを尋ねた。

「残念だけど、最近キャットさんに依頼した現場はないわ。そのうち出てくるはずだけど、いまのところ予定はないわね」

 裕一は落胆した。

「そうですか。ほかにキャット安全警備を利用している土建屋さんを知りませんか?」

「申し訳ないけど、他の会社のことまではわからないわ。ところで、先日探していた男性はまだキャットさんにいたの?」

 当然聞かれると思っていた。

「もう辞めてしまったようです。また振り出しに戻ってしまいました」

「そうなの。残念ね。そう言えば、あの後キャットさんの社員を名乗る男の声で、ウチにおかしな電話がかかってきたのよ」

「おかしな電話ですか?」

「そう。その男はウチの警備員の情報を外部に流すのは個人情報保護法に抵触するぞとかなんとかいって脅すのよ。随分と高圧的な言い方で、得意先に対して失礼だと思ったわ。その時あなたに業務報告書の写しを開示したことを思い出して、そのことを指しているのかもしれないと思ったのよ」

 裕一は直観的に山内プロダクションの山内社長だろうと思った。きっと裕一が業務報告書の開示を求めて訪ねた土木工事会社のどこかが、プロダクションに加倉田良一の記録を探しに来た男がいると連絡したのだろう。加倉田はいまや有名人だから、プラチナエンブレムのメンバーだと気付いた人がいてもおかしくない。山内社長は加倉田からホームページの修正要請を受けた段階で彼にその理由を訊ねたに違いない。プロダクションとしては、良し悪しは別として、売れっ子タレントのスキャンダルを防ごうとするのは当然である。

「あまりにも気分が悪かったものだから、社長にその電話のことを伝えたのよ。そしたら社長も憤慨してキャットさんに電話をかけていたわ。でもキャットの社長さんも、得意先にそんな無礼なことをするはずがないと怒っていたらしいけど」

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