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遺された音源  作者: なやまじ


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夜の灯り

 仕事を終え、自宅の最寄り駅である常磐線金町駅に着いた裕一は、途中のコンビニで弁当を買い、岩槻街道沿いを歩いていた。その途中で電柱の地中化工事の現場に出くわした。

(夜間は交通量が少ないから、作業効率を考えて夜間工事をしているのだろう)

通り過ぎようとして、赤い誘導灯を持った交通誘導員に気付いた。現場を挟んで両側に立ち、相方と無線で通話しながら車両片側交互通行の誘導をしていた。

 裕一はしばらく立ち止まってその仕事ぶりを眺めた。警備員のアルバイトをしていたという加倉田良一の姿を彼らに重ね合わせたのだ。簡単な仕事ではない。瞬時にゴー・アンド・ストップを判断し、無線で相方に正確な情報を伝えなければならない。もし歩行者を巻き込む事故が発生すれば責任問題は避けられない。建設工事業者が費用をかけてわざわざ警備会社に誘導を依頼するのは、事故が起こった際の責任逃れの側面もあるのだ。

 現場監督とみられる太った建設作業員が「今日は終わりにしよう」と周囲に声をかけた。どうやら夜間工事ではなかったらしい。その声を合図に作業は終わり、交通誘導員の一人がその建設作業員に近付きメモ用紙のようなものを差し出した。建設作業員はペンで何かを書き込むと誘導員に返却し、受け取った誘導員は紙を一枚剝がして建設作業員に渡していた。宅配便を受け付けた店員が送り状の控えを客に渡すような感じである。

 興味を抱いた裕一はその交通誘導員に近寄った。ヘルメットと蛍光チョッキには加藤安全保障という社名が記されていた。

「いま返却した書類は何なのでしょうか」

 突然声を掛けられた小柄な中年の交通誘導員は一瞬怪訝そうな表情をしたが、すぐに温厚そうな顔になって「業務報告書だよ」と見せてくれた。覗き込むと、さっき監督からもらったサインのほか、建設工事会社の社名、工事名、場所、現場に立った交通誘導員の氏名、勤務時間などが記されていた。どうやら現場の責任者のサインが当日の勤務証明になるらしい。誘導員が切り離して渡したのはその複写で、建設工事会社にとっては控えになる。

 裕一はふと気付いた。業務報告書は警備会社が管理するが、その控えは建設工事会社が保管している。つまり警備員氏名が記録された伝票は警備会社だけでなく建設工事会社側にも残っているということを意味する。

「大変参考になりました。お二人は明日もこの現場に立つのですか?」

「あいつは明日もここだけど、俺は別の現場に行くことになっているんだ」

 その警備員は、少し離れた場所でバッグに荷物を仕舞いこんでいる若い相方を指差した。

「同じ警備員がずっと同じ現場を担当するわけではないんですね」

「まあね」

 前日と異なる警備員になれば監督は改めて任務を説明しなければならない。手間が増えることを嫌がる監督もいるだろう。

「翌日の勤務場所は資格の有無や自宅から現場までの距離、警備員同士の相性などで決められるんだよ。例えば、終了した現場にいた警備員が別の現場に行けば、必然的に押し出される警備員が出る。そいつも別の現場に立つわけだからさらに押し出される警備員が出るというわけだ。最後に押し出されるのは決まって下手な奴か同僚に煙たがられている奴だ」

「仕事なのに、相性も関係するのですね」

 性格が合わない同僚がいても、社会人なら仕事と割り切って我慢する。学生時代の就職セミナーで口酸っぱく聞かされたことだ。

「この仕事で相性は重要だよ。そこが社会の常識とは違う点だし、常識が通用するような人間なら警備員になんかならない。もともと集団生活が苦手な一匹狼が多いし、私が言うのもなんだけど、彼らは社会人がどうのこうのなんて気にしやしない。嫌な人間のことはとことん嫌だし、それを隠そうともしない」

 そんな人間が安全を守る仕事に就いて大丈夫なのだろうか。

「もし相性が悪い警備員同士が無線で口喧嘩でも始めようものなら、交通の安全は確保できなくなるだろう」

 相方の警備員が会社に電話で下番報告をしていた。下番報告というのは会社に対する勤務の終了報告である。無事に任務を完了した報告と翌日の勤務地を確認するのだ。

「最近では電話連絡に替わって、スマートフォンのアプリで上下番報告をしたり、現場の地図情報をやりとりしたりする会社もあるらしい」

「建設工事会社というのは、いつも同じ警備会社を使うものですか?」

「そんなことはないよ。建設工事会社には何人も監督がいるし、監督それぞれに贔屓の警備会社がある。それにいくら懇意にしていても必要な時に警備会社に警備員の空きがあるとは限らない。そんな時のために、監督は複数の警備会社と関係を築いているよ」

 建設工事会社は同時に多くの現場を動かしている。複数の現場を並行して動かすということは、それだけ多くの警備会社と取引しているということになる。

「私の知り合いに加倉田良一という元警備員がいるのですが、加藤安全保障さんで働いていたことはなかったでしょうか?」

「加倉田? 知らないね。そんな珍しい名前だったら忘れないからね」

 裕一は警備員にお礼を述べて、再び歩き出した。交通誘導警備員たちはそれぞれ多くの建設工事会社の現場に立つ機会があり、逆に建設工事会社には多くの警備会社の業務報告書が残っている。二千社もの警備会社を当たるのは大変だが、建設工事会社側を調べれば一度に多くの警備会社の警備員の氏名を確認できるのではないか。こんな時、探偵事務所の名刺は役に立つ。銀行と同様、探偵事務所もある意味では名刺があればどこにでも出入り可能な職業だった。問題は当たる建設工事会社をどうやって抽出するかと、業務報告書の控えをどうやって開示させるかであった。

 プラチナエンブレムのメンバーたちは中野のアパートで共同生活をしていた。もし自分が同じ立場で仕事を探そうと思えば中野区内で探すだろう。勤めた警備会社が中野区内の会社だったと仮定すると、その警備会社も遠方の聞いたこともない建設工事会社よりも中野区内の会社と取引するほうが安心だろうから、加倉田の名前が記された業務報告書を保管している可能性が高いのは中野区内の建設工事会社だということになる。

 裕一は中野区内の建設工事会社に当たるのが、彼に近付くための最短距離だと思った。

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