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遺された音源  作者: なやまじ


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古いカセットテープ

 三月に、父が五十九歳の若さで亡くなった。

父の葬儀のため約十年ぶりに帰った故郷は雪景色ではなかった。昔なら三月にはまだ雪が残っていたものだが、今年は降雪量が少なかったのか、路面のアスファルトも乾いていた。大館では毎年二月の大館アメッコ市が終わると春の空気に変わると言われているが、確かにもう春の装いだった。

 秋田県大館市は、昔は周辺の鉱山の隆盛によって人口が増加し、県北エリアの主要都市として鉄道網も整備され発展したものだが、昭和の後半からは資源の枯渇によって鉱山の閉山が相次ぎ人口減少が進んだ。隆盛期、周辺の鉱山で働くために全国から集まった労働者たちは高給を背景に小坂鉄道や花輪線、奥羽本線を使って大館に集い、買い物をし、国際通りという歓楽街で酒を飲み、四館あった映画館でデートしたものだった。しかし久々に目にする町はシャッター通りと化し、歓楽街では閑古鳥が鳴いていた。

 裕一は地元の公立高校に通ったが、学業成績が特別よかったわけではなく、将来の目標も定まらない生徒だった。しかし、たまたま食べた町の中華料理店の味に感動し衝動的に料理の道に進むと決め、高校卒業後は東京の調理師専門学校に進学したのだった。

 入学してみると、周りは飲食店の息子や転職目的の者ばかりで、裕一のように中途半端な憧れで入学した学生はいなかった。それでも何とか調理師免許を取得した裕一は、卒業後には都心のホテルのレストランに就職できた。ところが来る日も来る日も皿洗いばかりで面白くなくなり、わずか半年で辞め、新聞広告を見て探偵事務所に転職したのだった。

 坂本探偵事務所は新橋にあり、社長と女性事務員だけの小さな会社だった。調理の資格など何の役にも立たず、裕一は調査の基本を一から教わった。

 その後、徐々に一人で仕事を任されるようになったが、興信所だから尾行や浮気調査が中心で自己嫌悪に苛まれることもあった。しかし事務仕事ではないため、毎日あちこちに出向いて評判のラーメン屋を巡ることができたし、年功序列のホテルと異なり最初から給料がよかったことも長続きの理由であった。

「あら、裕一くん、大きくなったわね」

 今年三十歳になる男も親戚にとっては子供のままなのである。一方、裕一も年齢を重ねた親族たちに対し、平気で「叔母さんもお変わりないですね」と言えるくらいの社会経験は積んでいた。ただ勤め先に関して質問されると気が重くなるのだった。田舎で興信所という仕事は一般的でなく、いかがわしい職業だと思われていることを知っていたからだ。だから裕一が「小さな会社だよ」とごまかすと、親戚たちがそれ以上聞いてくることはなかった。

 父の秋元優斗の身体に腫瘍が見つかったのは三年前のことだった。まだ五十代半ばだった父の大病に母は電話で話すたびに決まって狼狽えて、最後には必ず嗚咽して電話を切るのだった。

 喪主は長男の裕一が務めた。葬儀会社にはマニュアルがあり段取りも整っており、挨拶文の雛形まであることに驚かされた。親族中心の家族葬とはいえ、雛形をそのまま読むのでは芸がなさすぎる。裕一はエピソードを交えながら挨拶を行い、葬儀は滞りなく終了した。

 葬儀の翌日、母と遥香と三人で父の遺した荷物を整理した。実家家屋は昭和三十年代に建てられた年代物で、そのような家の例に違わず広かった。

「遺跡に関する書物が多いのね。パパの持ち物なの?」

 遥香が母に訊いた。裕一も父から遺跡や考古学の話を聞いた記憶はなかった。

「そうよ。亡くなる少し前から興味を持ち始めたのよ」

「そうなの。無趣味だとばかり思っていたわ」

さらに押入れからは古い写真や書物、雑誌などが出てきた。古い雑誌など、どうして処分しなかったのかと疑問に思う物もあったが、価値が上昇していそうなものもあった。

「この部屋は焼けなくてよかったわね。ひょっこりお宝が出てくるかもしれないわ」

 家が火事になったのは父が高校生の頃だと聞いた。鍋の空焚きで自宅が半焼してしまったのだ。不幸中の幸いで焼けたのは台所付近だけで、補修工事で居間とつなげて、いまはダイニングキッチンになっている。

 別の押入れからも、昔の金貨や切手アルバムなどが出てきた。かなりの年代物と思われ、これらは亡くなった祖父母の持ち物だろう。

「一九八〇年代のレコードがたくさんあるわ。パパがロックを聴いていたなんて知らなかったわ。ほら」

 遥香がジャーニーやマイケル・ジャクソンのレコードジャケットを手に取って裕一に見せた。確かにこれらは父が高校生だった頃のコレクションに違いない。

 父は子供たちに自分のことを進んで話す人ではなかった。例えば父が食事をする姿を見て、初めて父の好物を知るような感じだった。だから父が音楽鑑賞をしている姿を見たこともなく育ったので、父は音楽に興味がないのだと勝手に思い込んでいた。

「とんでもないわ。あの人はもともと音楽好きだったのよ。高校生の時には友人らとバンドまで組んで、ギターを弾いていたの。想像できないでしょうけど」

 父と母が高校時代の同級生だったことは聞いていたが、父がバンドを組んでいたことは初耳だった。音楽に興味がないどころか楽器まで演奏していたと聞いて驚いた。

「でも遺品の中にギターは見当たらないわね」

 遥香が周囲を見回して言った。

「高校卒業の前後に、愛用のギターを紛失したと嘆いていたわ。だから私は言ったの。ちょうどいい機会よ。社会人になるんだし、遊びはほどほどにして仕事に専念してよって」

「どうしてママがそんなことを言うのよ?」

「結婚するつもりだったからよ。これをきっかけに音楽から足を洗ってくれたら結婚してもいいわよと言ったの」

「逆プロポーズね。ママって高校生の頃から主婦みたいなことを言っていたのね。でもわかるわ。音楽で食べていけるのは特別な才能と運がある一握りの人だけだもの。本人は楽しければそれでいいのでしょうけど、周囲にそんな稼げない遊び人がいたら悲惨よね」

「さすが遥香、私の娘だわ。誰もが認めるような才能があったら尻を引っぱたいてでもやらせていたけど、あの人は歌もギターもそこまで上手じゃなかったし」

「歌? パパは歌も唄っていたんだ。カラオケで唄う姿すら見たことなかったのに」

「ギターを紛失したのはただのきっかけで、きっとパパはママとの生活を選んだのよ。だから音楽に見切りをつけられたんだわ」

 遥香が柄にもなく大人びたことを言ったが、考えてみれば二十四歳は立派な大人だった。彼女は横浜のマンションに住んで、都内の会社に勤めている。

「親父は最初に勤めた会社で最後まで働いたし、母さんとの結婚も最善の選択だったんだよ。僕らも進学させてもらえたし」

 裕一は調理専門学校に進んだが、そこで得た知識を活かした仕事に就いていないことが、親に対しての負い目になっていた。

「私たちが進学できたから最善の選択だというのはお兄ちゃんの奢りじゃない? パパの人生の価値を軽々しく棄損している気がする」

 遥香は子供の頃から親父には優しかった一方、兄に対しては手厳しかった。裕一に対する母の接し方を真似しているうちに身に付いてしまったのである。

「バカ、母さんとの結婚を最善だと言ったんだよ」裕一は立ち上がった。「物置を整理して遺品を置くスペースを確保してくるよ」

「あら、逃げるのかしら」

 裕一はサンダル履きで玄関を出て芝生の庭を横切り、敷地の隅に建つ物置に向かった。

 建て付けの悪い引き戸を強引にスライドさせるとキキーッと気持ちの悪い金属音がした。何とか扉を開けると淀んだ空気が一気に全身に絡みついてきた。足を踏み入れると空気の流れが変わったのか埃っぽさが増した気がした。長く空気が入れ替わっていないのだ。

 物置内は六畳間くらいの広さがあった。コンクリート打ちの床には大小の荷物が無造作に置かれ、足の踏み場もない。棚にも荷物が積み上げられていて、新たに荷物を置く場所の確保は容易ではなさそうだった。まさしく捨てられない荷物の集積場であった。

 床で横転している段ボール箱の端がめくれ上がり、内部から赤いボディの家電らしきものの一部が覗いていた。裕一はその正体が気になり、段ボール箱を開けて中身を確認すると、それはラジオカセットレコーダーだった。

 近年のレトロブームでラジカセは若い世代にも注目されている。ある雑誌で、昔はアーチストが新譜アルバムをレコードとカセットテープという異なる媒体でリリースをしていた時期があったという記事を読んだことを思い出した。昔はラジカセのステータスも高かったのである。いま新譜アルバムをカセットテープで発売することはないので、当時発売された新譜アルバムのカセットテープがマニアたちの間では高値で取引されていると聞く。裕一はラジカセが入っていた段ボール箱の中身を確認しようと思った。高値が付くカセットテープが紛れ込んでいるかもしれないと思ったのだ。

 だが段ボール箱の中身はカバーが変色した古い文庫本や文房具用の缶ケース、ヨーヨーなど価値のなさそうなものばかりだった。埃をかぶったカセットテープが一本あったが、それはアーチストのアルバムではなく市販の録音用カセットテープだった。当時少年だった父がレコードやラジオを録音したものだろうが、それはそれで面白そうだと思いポケットにしまい込んだ。もしかしたら当時の家族の会話や、父が組んでいたというバンドの演奏が残されているかもしれない。ただカセットテープが再生可能な状態を保っているかどうかは、再生してみなければわからなかった。

 家に戻り、母が台所でラジオを聴くために使っているラジカセを借りて再生してみた。

 カセットテープの再生音を聴きながら、裕一は畳で胡坐をかき腕組みをして固まっていた。カセットテープは再生に耐え得る状態を保っていた。ただ、裕一が腕組みをして考え込んでいるのには理由があった。テープの中身に困惑していたのである。

 父が演奏をバックに歌を唄っていた。ただ、ドラムは空き箱か何かを叩いているような音で、ベース音も重低音ではなかった。明らかにバンド演奏ではなかった。

 しかし疑問点はそこではなかった。父が唄っている歌というのが、今年の年初に国内音楽チャートで一位を獲得した『オセロ』という歌だったからだ。

「これは今年ヒットしたばかりの曲じゃない? 一体パパはいつ録音したのかしら」

 一月といえば亡くなる二ヶ月前で入退院を繰り返していた時期である。ヒット曲をコピーしている余裕などあったのだろうか。そもそもそんなことをする理由も思い浮かばない。それに物置で発見したカセットケースは埃を被っていた。つまり最近触ったとはとても思えないような状態だったのである。

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