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遺された音源  作者: なやまじ


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15/18

師走のリフレイン

 師走の街を、コートの襟を併せて足早に歩く人々の耳に、どこかの店のスピーカーから音楽が流れていた。近頃よく耳にする歌だった。若い男性が唄う歌で、『今週は神週』という軽快な歌である。癖になるバッキングコーラスのリフレインが特徴的な歌で、巷では今年最後のヒット曲といわれているらしい。

 普段音楽番組を観ない裕一はそんな流行をまったく知らなかったが、帰宅してスーパーの弁当を食べている時に来た妹からの電話で知った。

「いまテレビの音楽番組で流れている『今週は神週』という歌は、公園のカセットテープに収められていた曲だわ」

 裕一は弁当をテーブルから落としそうになった。慌ててテレビを点けると、生中継の音楽番組で若い男性が唄っていた。あの日一度聴いただけなので曲はうろ覚えだったが、遥香は何度か聴いていたので間違いないのだろう。

 唄っている工藤慎という男性歌手には見覚えがあった。それは初めて山内プロダクションを訪問した際に窓口でやり合った若者だった。プロダクションのスタッフだとばかり思っていたが、どうやら歌手の卵だったらしい。

 山内プロダクションの社長に渡したカセットテープは加倉田良一の手に渡っているとばかり思っていたし、使用されることは想定していなかった。万が一、使用されるとしても、プラチナエンブレムが書き変えて、義理でアルバムの片隅に置く程度だと思っていた。

『今週は神週』を調べてみると、作詞作曲のクレジットは父の名前になっていた。山内社長は父への感謝やお詫びのつもりでリリースさせたのかもしれない。だから歌い手は誰でもよく、事務所で下積み中の新人歌手に唄わせたのだ。それが売れてしまったのは、おまけのようなものだ。カセットテープに曲名はなかったので、曲名は誰かが考えたのだろう。

 数日後、大晦日恒例の国民的音楽番組の出演者が発表された。そこには思いがけずプラチナエンブレムと工藤慎の名前があった。信じられないニュースであった。

 裕一と遥香はそれぞれテレビ局宛てに番組観覧希望の応募メールを送ったが、結局どちらにも招待ハガキは届かなかった。大晦日は家族三人で番組を視聴するだろう。目まぐるしく過ぎたこの一年の最後に、国民的音楽番組で父の曲が二曲も唄われるのである。一年前には想像もできなかったことである。

 雪が降り続く大晦日、大館の実家のテレビの前に座り、三人は番組の開始を待った。母は大げさにも、父の写真を胸に抱えていた。

 番組が始まり、冒頭の早い時間帯に華やかな番組にそぐわない普段着のような服装を身に付けた工藤慎がステージに登場した。歌ったのはもちろん『今週は神週』だった。

「彼は服を持っていないのか?」

「お兄ちゃんはわかってないわね。あれが彼のトレードマークなの。あれでも特注の衣装なのよ」

「特注だと気付かれないような衣装なら、市販品で十分じゃないか」

「考え方がおじさんなのよね」

 番組の出演選考はかなり以前から始まっていたはずなので、歌がヒットしたのが年末だった工藤はかなり不利だっただろう。よく滑り込めたものである。

母が少し涙ぐんでいた。

「どうして泣いているのよ。ママはパパが音楽活動をすることに反対だったんでしょう?」

「それとこれとは別よ。年をとると涙もろくなるのよ」

 母は嬉しかったのだ。過去に音楽に反対したからといって、成功したことを喜ばないはずはない。逆に父が音楽を辞めずに続けていても成功していたかと問われれば、それは違う気がした。世の中はそんなに単純ではない。

 番組も半ばを過ぎ、プラチナエンブレムが後半のトップバッターとして登場した。『オセロ』のイントロが鳴り響き、テレビ画面には曲名と作詞作曲者名が表示された。それを目にして裕一たちは驚いた。作者が加倉田良一から秋元優斗に替わっていたのだ。もちろん父が書いたのだから正しい表記なのだが、晴れ舞台に立つ加倉田の心情を思うと複雑だった。

 その時、乙藤誠からショートメールが来た。どうやってチケットを入手したのか、彼は国民的音楽番組会場の客席にいるようだった。

『僕は三階席からステージを視ています。この観客の中で、優斗の曲が二曲も唄われたことを知っているのは僕だけです』

 金に困っていても信用できる人間はいるものだが、乙藤には常に何かを企んでいる胡散臭さがあった。だが父の歌に対する一途な思いだけは純粋で、父の歌を聴いている時だけ彼は正気になるのではと思うほどであった。その二面性が不思議だった。

『テレビではオセロの表記も父のクレジットに改められました。残念ですが、すでに全国の人がそれを知っています』

 裕一がそうメールを返信すると、乙藤はすかさずメールを返してきた。

『了解!』

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