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遺された音源  作者: なやまじ


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14/18

充満する想い

 会社に届けを出し休暇を取った裕一は、妹とともに大館に帰省し、東丘公園に立った。例の通称バッテン公園である。

「誰もいないのね」

 妹がコートのポケットに両手を突っ込んでつぶやいた。昔は冬でも親子連れが散歩していたものだが、いまは彼女の言う通り公園には誰もおらず、ただ冷たい風が吹いているだけだった。その理由は少子化だけでなく、子供の遊び方も大きく変化したからなのだろう。

「いつ雪が降ってもおかしくない季節だし」

 公園を見回すと昔の面影が残っており、柱時計も同じ場所に立っていた。時計の盤面にあったバツ印はなくなっていたが、針は間違った時間を示していた。せっかく修理したのに、また壊れてしまったのだろうか。

 持参したスコップで、柱時計の根元を掘った。公園でそんなことをする人間はいない。目撃されたら間違いなく怪しまれるだろうし、警察に通報されてもおかしくはない。

 事前に父が掘ったからなのか、土は意外に柔らかかった。三十センチほど掘るとスコップの先が何かに当たり、ブリキ缶を叩いたような音がした。スコップを置き軍手で掘り返すと、現れたのは菓子用のブリキ缶だった。指で汚れを拭くと、見覚えのある缶だった。

「プルルンバターじゃない。懐かしいわ」

 妹が声を上げた。その菓子は兄妹が幼少期に好きだった菓子で、父が会社帰りによく買ってきてくれたものだった。錆びついて渋くなった缶ケースの蓋を開けると、中にはカセットテープが一本入っていた。テープのラベルにはマジックペンで『優斗の曲』と書かれていた。

「またカセットテープか」

 物置で発見したカセットテープに散々苦労させられたことを思い出し、裕一はちょっと憂鬱になった。ようやくマラソンを走り切ったと思ったら、コーチにもう一回走れと言われたような気分だった。

「乗り掛かった舟じゃない。でも自分のカセットテープのラベルに『優斗の曲』って書くなんて変わっているわね」

 裕一はそのカセットテープも、きっと父が高校時代に録音したものだと思った。

 実家に戻ってそのカセットテープを再生してみると、案の定、父が多重録音をしたと思われる曲が流れてきた。曲の出来栄えは平凡だと感じた。

「どうしてこんなものをわざわざ公園に埋めたのかしら」

 遥香が首を傾げた。裕一に渡したければ、こんな面倒なことをせず実家のどこかに置いておけばいい。

「乙藤さんには手紙ではなく、直接カセットテープを渡せばよかったんじゃないか?」

「違うわ。手紙に柱時計の下を掘れと書いたのなら、その時点ですでに埋められていたのよ。手紙を書いた後で、病室を抜け出して埋めに行くのは不自然だわ」

 裕一は東京に戻り、新たに出現したカセットテープを山内プロダクションに届けることにした。加倉田良一に渡してもらうためだった。

 裕一は見覚えのある山内プロダクションの古びたドアをノックした。プラチナエンブレムが成功したのだから、もう少し綺麗なオフィスに引っ越せばいいと思うが、一曲売れただけではそんなに儲からないのかもしれない。

「また君かね」

 例の山内社長が奥の席から立ち上がって近付いてきた。また大声で追い返されるのかと思って警戒したが、驚いたことに彼は裕一に手招きし、事務所の億にあるパーテーションで区切られた小さな応接に通してくれた。

「あの時は追い出したりして誠に済まなかった。『オセロ』はお父様が書いた曲だったらしいね。リョウから聞いたよ。さすがに驚いたし頭に血も上ったが、ここまで売れてしまうと簡単に作者を変えることもできないんでね。リョウは君に感謝していたよ」

「僕は感謝されるようなことは何もしていませんよ」

 曲に感謝しているのか、SNSで真実を暴露しなかったことに感謝しているのかわからなかった。後者だとすれば、感謝しているのはむしろ山内社長のほうかもしれない。もし盗作疑惑が拡散されていたら、芸能事務所の経営にも影響を及ぼしかねなかっただろう。

「それはそうと、今日はどんな用かね?」

「じつはこのカセットテープに歌が収録されています。このテープを加倉田さんに渡してほしいのです」

「何が録音されているの?」

「父の歌です」

 社長はもう勘弁してくれという表情をした。

「わかった。渡しておこう。しかし彼らが録音するという保証はできないよ」

 内山社長はまるで脅されている被害者のようだった。

「そんなつもりで渡すのではありません。曲もそんな水準にはありません」

「わかった。約束するよ。彼らを有名にしてくれた方の曲だ。決して粗末には扱わん」

 社長は大げさな言い方をしたが、もう関わり合いたくない様子がありありだった。

「渡してくださればそれで結構です」

 裕一は退室しかけて、あることを思い出した。

「半年ほど前、太田土建工業という会社に個人情報を流出させるなと電話をしたのは山内社長ですよね?」

 社長は不意打ちをくらったように一瞬言葉に詰まった。

「ああ。リョウがホームページを修正したいと言うものだから理由を尋ねると、自分の曲ではないと告白したわけさ。驚いたね。盗作に加担するつもりはなかったが、彼等はようやく売れたタレントだし、会社を守るためにも手を貸さないわけにはいかなかったんだ」

 盗作に加担するつもりはなかったと言ってはいるが、保身を優先して事実を秘匿したのだから共犯のようなものだ。

 帰宅すると、父の同級生だという沢木卓郎という男から郵便が届いていた。大きな封筒には簡単な手紙とギターのミニチュア、そして新聞紙が入っていた。沢木卓郎という名前には聞き覚えがあった。


『拝啓 木々の葉も見事に色づく季節となりました。

 じつはお父様からあなたに渡してほしいとギターのミニチュアを預かっておりました。しかしお渡しする機会がなく、今日まで手元に保管しておりました。この度お母様からあなたの連絡先を伺うことができ、こうして連絡させていただいた次第です。

 私はお父様と同じ高校に通い、一緒に音楽活動も行い、楽しい青春時代を過ごさせていただきました。しかし長く疎遠になっていたことから、この度のご不幸は最近になって知りました。彼と過ごした日々が思い出されます。

 どうしてこれらをあなたに渡したかったのかはわかりません。しかし彼なりにきっと理由はあったのでしょう。あなたならおわかりになると思い、お送りさせていただきます。お納めください。

 私は上板橋駅の近くで比内大将というラーメン屋を開いております。屋号の通り、比内地鶏を使ったラーメン屋ですが、いまの店は年内に閉めて、年明けに大館市に移転する計画を立てています。閉店する前にお越しいただいて、お父様のお話でもできたら幸いです。機会がありましたら是非いらしてください。お待ちしております。

敬具』


 届いたミニチュアギターにはどんな意味があるのだろう。包装用の新聞紙は今年一月発行の地方紙であり、読んでみると東丘公園が閉鎖されるというローカル記事が載っていた。

 母に電話し沢木から郵便物が届いた話をすると、沢木に裕一の住所を教えたと答えた。母もミニチュアギターの意味はわからないようだったが、東丘公園の閉鎖計画は父が亡くなる前から地元で持ち上がっていたようで、父は有志とともに公園閉鎖反対の運動に参加していたのだという。

「亡くなる少し前から参加し出したんだけれど、本人は体力的にしんどかったと思うわ」

 その後、体調悪化によって運動参加は困難になったが、熱意は変わらなかったようだ。

「父さんにとってあの東丘公園は特別な公園だったのかな?」

「裕一と遊んだ話はよく聞いたけど、あそこは私たちもよく利用していた場所なのよ」

「私たち?」

「デートよ。結婚前はよくあの公園で待ち合せをしたり、ベンチで話したりしていたわ」

「父さんは僕が遺志を継いで運動に参加することを望んでいたのかな?」

 ただ望まれても、公園のために度々大館に帰ってくるのは現実的ではない。

「さあ。あの人はそこまで自分のエゴを押しつける人ではなかったわ。でも運動に参加することに、妻の私が反対していたから歯痒かったかもしれないわね」

「母さんは運動に反対だったの?」

「仕方なかったのよ。だって公園閉鎖の発端となった苦情を訴えていた人物というのは私の中学の担任だったのよ。高校進学の時に大変世話になった人で、いまだって会えば挨拶ぐらいするわ。反対運動なんかでぎくしゃくしたくなかったのよ」

「いらっしゃい」

 裕一は予め電話で沢木に訪問を告げていた。比内大将の店内は鶏ガラスープの匂いが充満していた。食欲を強く刺激する旨味を凝縮したような匂いである。邪魔にならないように混み合わない午後二時すぎに訪問したのだが、それでもカウンターには数人の客がいた。

「やあ、よく来てくれたね」

 沢木拓郎が笑顔で厨房から出てきて、四人掛けのテーブル席を勧めてくれた。

「入って来た時に優斗の息子さんだってすぐにわかったよ。顔つきが昔の優斗に似ている」

「父からの荷物を送ってくれてありがとうございます。でも、どうしてミニチュアギターなのでしょうね?」

 席までやってきた沢木は、裕一のはす向かいの椅子に腰掛けた。

「俺も最初は気付かなかったんだけど、あのミニチュアギターは高校当時に優斗が弾いていたモデルだったんだ」

「紛失したというギターですか?」

「よく知っているね」

「母から聞きました。父はそれがきっかけで音楽から足を洗ったようです」

「ああ、そうだったな」

 沢木は遠い目をした。高校卒業後、父とともに大館に残った沢木は、もしかしたら音楽を続けたかったのかもしれないと感じた。

「でもギターは紛失したんじゃない。盗まれたんだ」

「盗まれた? 誰に盗まれたのですか?」

「同級生だった男だ。ただ証拠がないのでこれ以上は言えないが」

 すぐに頭に浮かんだのは乙藤だった。沢木が実名を挙げなかったのは、裕一が乙藤を知っているはずがないと思ったからかもしれない。

「乙藤さんですか?」

「あいつを知っているのか?」

沢木は驚いた様子だった。裕一は乙藤の見舞いに行った話をした。

「そうか。そこまで知っているのなら、隠しておくわけにはいかないな。ミニチュアギターは優斗から預かったものだと言ったけど、じつは公園に埋められていたものなんだ」

 裕一は驚いた。沢木は自分より先に公園に立っていたのだ。柱時計の足下の土が掘りやすかったことを思い出した。土が柔らかかったのは父の後に沢木までが掘り返していたからだったのだ。

「でも、どういう経緯で沢木さんが公園を掘ることになったのですか?」

「乙藤が横取りしようとしていたからだ。昔あいつは優斗が大切にしていたギターを盗んだだけでなく、今度は裕一くんに渡そうとしているものまで奪おうとしている。許せなかったから、俺が先回りして妨害したわけさ」

 沢木は先回りして掘り返したものを、父の希望通り、裕一に送ってきたのだった。

「しかしミニチュアが盗まれたギターと同じモデルだと気付いて考えた。もしかしたら、優斗は最初から乙藤をからかうためにミニチュアギターを埋めたんじゃないかとね」

「どういうことですか?」

「じつは、昔俺は乙藤が優斗のギターを盗む場面を目撃していたんだ。しかし友人関係が壊れるのが怖くて、それを誰にも言えなくて、俺はそのことで苦しんでいた。だからその数年後、俺は優斗にそれを打ち明けたんだ」

 乙藤は若い頃から手癖が悪かったということか。

「ここからは想像だが、乙藤に思わせぶりな手紙を渡せば、奴は絶対それを探そうとすることを確信していたんだと思う。そしてまんまと掘り当てたものが過去に自分が盗んだギターのミニチュアだったら、奴は優斗にすべて見抜かれていたことを知ることになるわけだ」

「父は僕に何かを渡したかったわけではなかったということなのでしょうか」

「優斗に確認できない以上、推測の域を出ないが、恐らく優斗には乙藤を欺くことしか頭になかったと思う。裕一くんへの手紙を装ったのは、それが一番自然だと思ったからだろう」

 裕一もそれが事実のような気がしてきた。裕一はミニチュアギターを受け取っても、何も感じなかった。最初から乙藤を茶化すためだけに仕組んだことなのかもしれない。

「ただ、単に包装紙代わりだと思っていた新聞紙に気になる記事が出ていた。東丘公園の閉鎖に関する記事なんだけど、あの公園は俺たちが高校生の頃、放課後に集まっていた場所なんだ。公園で雑談をしてからバンドの練習に行ったものだ。君のお母さんもいつしか仲間に加わった。公園は俺にとっても優斗にとっても思い出の場所なんだよ」

 父が東丘公園に深い思い入れがあることは、公園の閉鎖反対運動に参加していた話を聞いて理解していた。

「もし本当に裕一くんに渡したいものがあったとすれば、それは包装紙にしていた新聞紙じゃないかと思うんだ」

「しかし僕には父と遊んだ記憶が残っている程度で、これといった思い出はありません」

「公園が自分にとって大切な場所だと知ってほしかっただけだろう。すべてに理由を求めなくてもいいんじゃないかな。親子とはいえ、自分と同じ感情を持てと強要したところでそれは不可能だ。君は優斗の思いを受け入れるだけでいいんじゃないかな」

 確かにそれ以外にできることはなさそうな気がした。

「では、カセットテープを埋めたのは沢木さんだったわけですね?」

 沢木は「ああ」と言って、メニュー表を差し出した。

「好きなのを頼んでよ。ウチの店はラーメンだけじゃなく、餃子も意外に美味しいんだ」

 メニューにあるラーメンは、いずれも基本的には比内地鶏スープがベースになっているようだった。裕一は比内チャーシュー麺と沢木が勧める餃子を注文した。

 沢木は立ち上がると厨房に戻り、食材を刻む音を店内に響かせた。

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