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遺された音源  作者: なやまじ


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13/18

対決

 探偵事務所の重要な仕事のひとつに尾行がある。今回裕一が所長から任された仕事は、ある女性からの依頼で、四十代の夫に浮気の気配があるので尾行してほしいというものだった。具体的には朝の九時から夕方五時までの夫の行動を探る仕事である。浮気の調査ならば、夕方五時以降こそが重要だと思うのだが、夜間料金をかけたくないということらしい。このような場合には本来の調査目的が別にあることも少なくないのだが、探偵事務所は依頼内容に従って仕事をするだけである。

 夕方、裕一は仙台にいた。尾行対象者が午後になって東京駅から東北新幹線に乗り、北へと向かったのだった。都内を離れようがアメリカに行こうと、依頼を請け負った以上は尾行を続けなければ、契約違反を理由に支払いを拒まれる恐れがある。

 仙台に到着し、尾行対象者が有名な歓楽街で知られる国分町の居酒屋で独り飲んでいたところで夕方五時を迎えた。カウンター席から尾行対象者の様子を窺っていた裕一は尾行を打ち切り、残っていたビールを飲み干して店を出ると、スマートフォンで近くのビジネスホテルを予約した。金曜の夜だった。翌日は休日だったので、せっかく仙台まで来てこのまま東京に引き返すのはもったいないと思ったのだ。調査報告書の作成を終えたら、また繁華街に出て飲み直そうと考えていた。

 チェックインを済ませ、狭い部屋でパソコンを立ち上げた。壁際の大きな鏡台がテーブルになっていて、左端に小型テレビが乗っていた。スイッチを入れると夕方のローカルニュース番組のアナウンサーが、ある音楽グループが公演のため仙台駅に到着したと報道していた。視ると、そのグループは例のプラチナエンブレムだった。どうやら彼らは野外コンサートツアーの真っ最中らしく、この土日は仙台公演を予定しているらしい。

(わずか一曲のヒット曲で、観客を飽きさせることなくコンサートを完遂できるのか?)

 しかもそのヒット曲は無償で手に入れた父の曲ではないか。裕一は腹立たしさを覚えて、調査報告書を打つ手を止めた。

(その男が、いま自分と同じこの仙台の地にいる)

 著作権の保護期間は作者が亡くなった翌年の元旦から数えて七十年間である。だが父の楽曲は公的な機関に登録した作品ではないため、訴える場合は個人で法的に争うしかない。その場合、該当楽曲の作者が間違いなく父であることを証明する必要があるが、父が誰かの作品を模倣したものではないという証明ができなければ著作権を主張することはできない。本人が亡くなっている以上、証明は不可能に近い。裕一が発見したカセットテープの存在だけでは極めて弱く、裁判で勝訴することは難しいだろう。

 訴えても勝ち目がないのなら、加倉田が盗作を認めようが否定しようがどちらでもよかった。曲が優れてさえいれば誰が唄ってもヒットするとは限らない。プラチナエンブレムが魅力的だったからという理由で作品を買ったファンだっているだろう。裕一はただ、加倉田に会って反応を見極めたかった。

 裕一はブラウザで山内プロダクションの所属歌手たちが開設しているSNSを閲覧して、仙台公演時の宿泊情報を探した。所属歌手たちの宿泊予約をプロダクションが手配しているのなら、毎回同じ宿を利用している可能性があると思ったのだ。ある歌手のSNSに書き込まれたファンのメッセージにグランドクラウン仙台という文言があった。そのホテルは裕一がいるビジネスホテルから徒歩で二十分弱の場所にあることがわかった。所属タレントが毎回そのホテルを利用しているという保証はないが、利用していないとも限らない。訪ねてみる価値はあると思った。

 裕一はグランドクラウン仙台の前に立った。巨大なホテルである。ここに彼らが宿泊しているかもしれないと思うと、身震いを覚えた。ただ宿泊していたからといって、簡単に芸能人に会えるとは思っていなかった。

 玄関口からフロントまで真紅の絨毯が伸びており、その左右の一段低くなったフロアーがロビーになっていた。スーツ姿のビジネスマンや旅行者とみられる外国人の男女など、多くの人が行き来していた。それぞれのロビーには喫茶カウンターがあり、裕一はそこでコーヒーを買い、一人用の小さな丸テーブル席のソファーに腰を下ろした。

 周囲を見回したが、プラチナエンブレムのメンバーらしき若者の姿は見当たらなかった。フロント係に訊ねたところで、いまどき宿泊客の情報を洩らすホテルがあろうはずがない。

 裕一がコーヒーを一口含んだ時、華やかな一団が入館してきた。背広姿の大人たちに囲まれて現れたのは、あのプラチナエンブレムのメンバーたちだった。加倉田の姿も見えた。

 チャンスはいましかなかった。裕一は席を立って一団の行く手を遮るように歩み出て、「加倉田さんに話があります」と告げた。のんびり挨拶などしていたら、一団はそのまま歩みを止めずエレベーターに乗り込むだろう。

 歩を進めていた加倉田良一は裕一の顔を見て足を止めた。痩せた背の高い男だった。

「何でしょうか」

 山内プロダクションを訪ねた裕一の顔を覚えていた人物がいたら、裕一の目的を察知して声をかける前にガードされていたかもしれない。幸いそんなことはなかった。

「『オセロ』のことです」

 裕一が彼らのヒット曲名を告げると、加倉田はロビー方角を指差し、自分から一段低いロビーのフロアーに下りていった。ほかのメンバーたちは気にも留めず、そのままエレベーターの方角に消えた。

「以前事務所にいらしたという方ですね」

 裕一は頷いた。加倉田はその派手な服装に似合わず、意外に紳士的な雰囲気の男だった。乙藤誠が好青年だと評していたのも理解できる。

「仙台まで追いかけてくるとは熱心な探偵さんですね」

 裕一と加倉田良一は長いソファーに横並びで腰を下ろした。

「仕事です」

「そうでしたね」

 裕一は会話が嚙み合っていないことを察した。

「いや、別の仕事で仙台に来ていたという意味です」

「そうでしたか。こんな偶然があるのですね」

「仙台にいたのは偶然ですが、このホテルを訪ねたのは偶然ではありません」

「事務所で名刺は拝見しましたよ。僕に関する調査を誰かから依頼されたと聞きました」

「ご多忙でしょうから単刀直入に言わせていただくと、あなたが作った『オセロ』には盗作疑惑があります」

 裕一は加倉田の様子をうかがったが、彼の表情に顕著な変化はみられなかった。

「僕には何のことかわかりません。あれは僕の曲です。盗作の証拠でもあるのですか?」

「乙藤誠が打ち明けました。警備員の男です」

 加倉田の表情がはっきりと変わった。一瞬の沈黙の後で、彼は仕方ないという表情をした。

「ホームページを見た時、あなたが職歴に手を加えたことに気付きました。そのおかげで、あなたには警備業の経歴を抹消しなければならない理由があるとわかったのです」

「恐らくあなたが想像している通りでしょう。探偵が事務所にやって来たと聞いて、不要な情報は削除しておかなければならないと思いました。乙藤さんまで辿り着かないようにホームページを修正したのに、結局それが墓穴を掘ったということですね」

「じつは、あの曲の作者は僕の父なのです」

 加倉田は初めて驚いた表情をした。裕一は父の死去を発端とするこれまでの経緯を彼に話して聞かせた。

「そうでしたか。あなたは仕事でうちの事務所にやってきたわけではなかったのですね」

「それは謝ります。謎を解明したくて訪ねてしまいました」

「謝る必要はありませんよ。乙藤さんは、これは自分が書いた曲だから使いたければ使ってもいいよと言っていました」

「彼は自分の曲だと言ったのですか?」

 乙藤は仮に曲が売れたら、音源を買い取らせるつもりだったのだろう。強請りである。しかしその後二人が会うことはなかった。

「ええ。しかし受け取ったカセットテープの声は乙藤さんとは別人のものでした。もちろん、それだけで彼が作曲していないことにはなりませんが、彼とペアを組んでいた同僚から、彼は金に困っているから気を付けろと言われていました。借金依頼や出処不明の骨董品を勧められた人もいたらしく、僕は胡散臭い彼を信用していませんでした」

 乙藤は職場内でも金に汚い人物と見られていたようだった。

「それならなおさら、そんな危険な音源を使おうとは思わないのではありませんか?」

「聴いてすぐに魅了されたんです。アレンジ次第では名曲になると直感しました」

「しかし、どこからか盗んできた危険な曲の可能性だってあったわけでしょう?」

「だからマネジャーにはしっかり調査させましたよ。その結果、少なくとも過去に公式に世に出た曲ではないという結論でした。未発表曲までは調べようがありませんが、どうせ乙藤さんは表立って訴えることなどできないはずだから、自分の名前で出そうと思いました。曲が存在する以上、どこかに本当の作者はいるはずなのに深くは考えていませんでした。売れないことに慣れすぎて、どうせ売れないんだから録音しちまえという軽い気持ちでした」

 それが世間の注目を集めてしまい、いまさら自分が書いた曲ではないとは言えない状況になってしまったということだろう。

「音楽に限らずクリエイターというものは売上は二の次で、よりよい作品を生み出すことしか考えないものです。才能のない僕でさえ、いつかは誰もがあっと驚く曲を世に出したいと思っていました。最初から他人の曲を盗んででも成功したいと思っている音楽家なんかいませんよ。そんなことで自己実現はできないし、長続きもしません。そんな人間に音楽を作る資格はないのです」

 どの口で言っているのかと思った。彼は他人の曲を盗んで売れたのだ。あえて自虐的な意味で言ったのか、単に正論を語っただけなのかは判断できなかった。

「あなたが音楽を諦めて、会社勤めを考えていたことを乙藤さんから聞きましたよ」

「乙藤さんとは確かにそんな話もしましたね。僕には何の資格も技術もない。できる仕事もアルバイト経験がある警備員や訪問販売くらいかなと思ったのです」

 音楽以外の話で、加倉田は初めて笑みを見せた。音楽を見限りかけた途端に売れたわけだが、それが他人の曲だったことはどう受け止めているのだろう。

「僕を訴えるのでしょうか?」

 加倉田の目に微かに不安の影が浮かんだ。

「父はすでに亡くなりました。カセットテープを録音したのが父だったとしても、作曲をしたことの証明にはなりません。訴えたところで、裁判に勝つ見込みはほとんどないのです」

「そうですか」

 加倉田の顔が少しほっとしたように見えた。

「先日、事務所にいた女性アイドルが自殺したんですよ」

突然、加倉田良一はそんなことを話し始めた。

「いまの時代、誰でもSNSで自由に意見を発信できますが、内容次第で傷付けられる人も少なくありません。彼女もそんな一人でした。匿名で集中的に攻撃されたら敏感な人ほど参ってしまう。あなたも発信しようと思えばいくらでもSNS上で僕の疑惑を拡散することができました。あなたがその気なら僕たちは終わっていたのです。それを恐れていました」

「僕は聖人君主ではありませんが、そんなことはしませんよ」

裕一は加倉田に同情していた。間違って売れてしまったことで、彼の人生は余計に苦しいものになるだろう。SNSで誹謗中傷に晒されることもあるかもしれない。他の職業についてあれほど活き活きと語っていた彼にとって、これから先も有能な音楽家を演じ続けなければならないことは、何よりも残酷な罰だといえるかもしれない。

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